ヘイト管理
アイテム「認識阻害の塗料」、防具に塗るとヘイトを下げる効果があるのだが、これはなかなか便利ではないかと俺は考えている。特に、敵に気づかれずに採取をしたい俺にとっては、ありがたい物である。
では、リオカ達にとってはどうだろうか? 戦って経験値を稼がないといけない彼女たちにとっては必要ない物だろうか? という訳で、本人に相談する事に。
「なるほどねえ。『ヘイトを著しく減少』かあ。ちょっと気になるわね!」
「やっぱり、便利そうか?」
「まだ分からないかなあ。というのも、ヘイト管理系のスキルって、現時点では重宝されていないのよ」
「そうなのか?」
「私のリア友に剣士でプレイしてる子がいてさ。その子から聞いたんだけど、剣士のスキルに『ヘイトスラッシュ』っていうのがあるの」
「ふむふむ」
「その効果は『攻撃力の一時上昇。また、自身に対するヘイト上昇(中)』」
「なるほど。つまり自分自身に攻撃を集中させるって事だよな? となると、味方のHPがヤバい時とかに使う感じ?」
「それがそうでもないのよ。ヘイト上昇(中)って言ってるけど、大して変化してないように感じるのよね」
「それは……バグじゃないのか?」
効果が無いなら意味がないじゃん! ヘイトを下げて、採取に徹するのは難しいって事か?
「その結論を言う前に、具体的な事例を考えてみてね。モンスターの目の前にいて、今にもスキルを使おうとしているプレイヤーAと、スキルの使用後、一時離脱しようとしているプレイヤーB。どちらの方がヘイトが高いかしら?」
「当然Aだよな」
プレイヤーAに意識を集中しないと、攻撃をモロに喰らってしまうからな。モンスターに搭載されているAIはプレイヤーAに集中するだろう。
「もちろん。じゃあ、プライヤーBが『ヘイトスラッシュ』後だとしたら? モンスターはプレイヤーBを狙うかしら?」
「……今の流れだとBにはならない?」
「ええ。相変わらずAの方がヘイトが高いわ。いくらヘイト上昇(中)の効果が効いたとしても、『今にも攻撃しようとしているプレイヤーA』のヘイトの方が高い計算になるみたいなの。レトロなRPGゲームと違って、モンスターの攻撃はAIが処理してる。そうである以上、ヘイトの大小はAIの判断によるものに重きを置いてるわ」
なるほど。モンスターが誰を狙うかは「モンスターに搭載されているAIが戦況分析をした結果」と「スキルによるヘイトの増減」の両方によって決まる。そして、前者の方がその影響が大きいという訳か。
「確かに、スキルによるヘイトの増減をベースに攻撃するんじゃあ、あまりにも機械的な攻撃パターンが出来上がってしまうよな」
「そうそう。リアリティーを出すために、ヘイトに関係したスキルはその効果が弱いって訳」
「なるほど。じゃあ、バグではなく仕様って事か」
「そういう事。同様に、ヘイト減少系スキルについても、それほど効果が無いわ」
「なーるほどなあ。じゃあ、この『ヘイトを著しく減少』はどうなんだろ?」
「それが問題なのよ。今までにない表記なのよね、これ。著しくってどのくらいなのか、全く判断できないわ。という訳で、まずは実験ね! もし、謳い文句通り、モンスターに狙われる確率が著しく下がるのなら、様々な戦闘スタイルが生まれるきっかけになると思う!」
さて、この塗料を防具に塗ると、時間制限付きで防具に特殊効果『認識阻害』がついた。なお、塗った量に比例して制限時間が増えるようだ。
「それじゃあ、早速検証しに行こう! フラウも誘うけどいいよね?」
「……え、俺も行くの?」
「待っておく?」
「うーん。いや、せっかくだし見に行こうかな」
「私が認識阻害の防具を着る感じでいいかな? 取りあえず、フラウを呼ぶわね!」
◆
「こんにちは! なんかまた面白い物が出来たと聞きました!」
「やあ、フラウ。久しぶりだな?」
「そうですね。確か、研究の為に引きこもっていたんでしたっけ?」
「ああ。粗悪な枝関連でね。結局そっちは成功しなかったけど、代わりに面白い物が出来てさ」
アスレチックエリアにあった秘密の足場とその先にあったミームブロックの採掘場、そして認識阻害の塗料について説明する。
「ヘイト関連ですか。なるほど、なるほど。つまり、攻撃を一切しないセイさん、攻撃に関わるが認識阻害の塗料を着けているリオカちゃん、攻撃に関わる私の三人で誰が一番攻撃されなかったかを調査する訳ですね」
「そういう事」
俺たち三人はフレアシティーの「狩場」へと赴く。アスレチックエリアと違い、アクティブモンスター(=積極的に攻撃を仕掛けてくるモンスター)が湧いて出てくる場所であり、レベル上げやドロップ品の回収に優秀だから「狩場」という名称で呼ばれているそうだ。
◆
「グルルルル……」
角の先が青白く光っているイノシシが俺達の前に立ちはだかった。その目の奥には俺達に対する敵対心が宿っており、轟轟と燃えているように見える。というか、本当に炎が出ている。
ドドドド! イノシシは俺達を狙って突っ込んできた! まさに猪突猛進!!
散開する俺たち三人。俺は右に、フラウは左に、リオカは後ろに下がって小刀を構える。なお、今は検証作業をするために召喚獣は出していない。
すると、イノシシは……右に来た! 俺の方だ!
「ひえ!」
間一髪で身を躱し、正面衝突は避けれたものの、横っ腹に衝撃が伝わる。あちゃー、HPも1/6ほど減ったよ。
「「この野郎!」」
リオカとフラウが攻撃を仕掛ける。
「ブフォー!!」(イノシシの目で燃える炎が一段と明るくなった)
炎の牙のようなものが発射される。魔法か! 三本の牙が発射され、二本がフラウに、一本が俺に飛んでくる。
フラウはカッコよくよけ、俺は何とか盾で防御して、魔法から身を守る。
その後も俺達の攻防は続き……。
◆
「やっと倒し終わった……!」
「タマちゃんとラビちゃんのサポートなしだと厳しいわね……」
「し、死ぬかと思った……」
上から順にリオカ、フラウ、そして俺のセリフである。
「お兄ちゃんはそんなにヤバく無かったじゃない? 途中からヘイトが私に切り替わったし」
「まあ、そうだけどさ……。やっぱり怖いよ!」
そう。戦闘の序盤、イノシシの攻撃はフラウ:俺:リオカ=7:3:1くらいの比で分散していた。リオカへ攻撃が行かなかったのは、認識阻害の影響だろう。しかし、戦闘の終盤はフラウ:俺:リオカ=5:1:3くらいになった。ロクに攻撃してこない俺をモンスターのAIは「後回しで大丈夫」と判断したのだろう。なお、この間、認識阻害の特殊効果は切れていない。
「それにしてもいい結果が取れましたね! この特殊効果『認識阻害』ってかなり凄いですよ!」
「そうね!」「そうだな」
「セイさん、この事はブログに載せても?」
「どうぞどうぞ」
「今の戦闘の記録映像も載せても平気ですか?」
「あー。まあいいぞ。でも、『この男、年下の女の子にばっかり戦闘をさせるなんてサイテーだな』って思われたくないから……」
「あはは。分かりました、ちゃんと『生産職で戦闘をしない人』って書いておきます。それに、これは検証動画という意味では、『攻撃に参加しない人』の存在は必要ですし」
「それもそっか」