大学にて
今日はラボに用事があって大学へ行かなくてはいけなくなった。なんでも、最近話題のベンチャー企業の社長さんが来るらしく、就活をしている4年生はもちろん、3年生も呼ばれたのだ。もっとも、その社長さんは「教授の教え子だから」来るらしいので、ここで出会った事が就活に響くのかは分からない。
社長さんは教授と少し話した後、我々学生に対して自社の紹介を軽く行った。だが、本題はそこになく、起業するにあたって必要な事などを話してくださった。自分は普通に就職するつもりなのだが、マーケティングのコツや魅力的なプロダクトの作り方などはゲーム開発にも応用できそうで、大変参考になった。
その後、社長さんは自社で開発している超高スペックパソコンを研究室に寄贈してくれた。最も基本的なコンピュータはCPUしか搭載されておらず、高速なものはそこにGPUが搭載されている。ここまでは普通なのだが、寄贈されたPCにはCPUとGPUに加えて量子処理装置が搭載されているらしい。実際、そのパソコンで難しい方程式を解かせてみると、ものすごい速度で処理が進んだ。これは面白そうだ。
しかも、気前の良いその社長さんはOSのソースコードを見せてくれた。本来はそうやすやすと見せていい物ではないそうだが、「ちょっとくらいならいっか」と言っていた。教授とその下で学ぶ俺たち学生の事を信頼してくれているようだ。
さらっと見て、いくつか最適化が出来ていないコードを見つけたから、指摘しておいた。だから、実際に発売された際には寄贈して頂いた物の1.3倍くらいの処理速度が出ることになると思う。自分でしっかり稼げるようになったら是非買いたいね。
◆
昼飯はラボメンバーと共に学食で頂く。偶には誰かが作ってくれた料理と言うのもいいね!
「ところで、最後に天野社長と何喋ってたんだ?」
昼飯がひと段落したところで、先輩が話しかけてきた。
「えーと?ああ、最適化できてない個所のリストを渡したんですよ。」
「へ、へえ。そんなあからさまなミスがあったのか?」
「あからさまと言えばあからさまなんですけど、分かりにくいとは思います。見逃してもおかしくないミスですね。」
「というと?」
「えっと、ソースコードって『後から見て分かるように』するじゃないですか?」
プログラミングで重要なのは可読性とはよく言われる事である。他人が見て理解出来ない物は良くない。文学と同じである。
「そうだな。教授にも散々言われるよな。」
「ですが、そうすることによって最適化できていないことに気が付けないケースって沢山あるんです。分かりやすさは決して処理速度とイコールではない。というのがプログラミングという物です」
「そう……なんだろうな。」
「そうなんです。さらに言うと、先ほどのソースコードはCPU、GPU、QUPをコードする物で、我々が普段扱う物とは少し勝手が違います。ネイティブのGPUプログラミングに慣れていないと理解が困難ですね……。」
「ふーん。ちょっと何言ってるのか分からないが、よく分からないという事だけはよく分かった。俺はあの会社には入らない方が良いな。」
「慣れたら楽しいと思いますよ。一秒でも速い処理速度を目指すのって病みつきになります。」
「うわーー。俺は絶対に向いてない!それに、俺はもう就職先決めてるし。」
「あ、決まったんですね!良かったです。」
「まあ一応。ホワイト企業の候補を色々上げてくれた教授には感謝してもしきれないな。」
「あはは。確かにそうですね。」
◆
学食を後にした俺は、階下にある学生生協の本屋をぶらついていた。今日聞いたマーケティングの話に触発されたので、ちょっと真剣に勉強してみようかなと思った次第だ。
良さげな本を探していると、偶然見知った顔を発見する。
「あれ?もしかしてリョーマ?」
「おや?あ、セイじゃん!お久~。」
竜馬は俺の高校時代の同級生。成績はいい方だったのだが、一年浪人して俺たちと同じ学校に入学した奴だ。
「久しぶりだな。大学はどうだ?やっぱり医学部って大変?」
「医学科ね。」
「あ、はい。」
成績が良かった彼が一年浪人することになった理由。それは学科の違い。工学部に比べて偏差値が7~10程度も高いのだ。俺と同じくらいの成績だった奴が一年でそこまで成績を上げるとは……。素直にすごいなあと思う。
「で、大変か否かで言うとマジで大変!もう覚える事が山ほどある!!」
「噂では骨の名前とか筋肉の名前とか覚えるのが大変らしいな?これは本当なの?」
「部分的に本当だが、それがすべてではない。例えば骨の名前に加えて『骨の部位名』なども覚えないといけないんだ。例えば『肩甲骨』って骨は分かる?」
「背中にあるやつだよな?」
「そうそう。その肩甲骨には『肩甲棘』『烏口突起』『肩峰』などの部位があって、そういうのも覚えないといけないんだ。あとは、筋肉についてだと、その支配神経を覚えないといけない。首に胸鎖乳突筋ってのがあるんだが、『それを支配する神経は何でしょう?』みたいな問題が出る。一応言っておくがこれは基礎中の基礎だぞ。」
「うわあ……。無理。俺には無理。俺は素直にプログラム書いてるわ……。」
「ちなみに、こういった事を日本語と英語の両方で言えないといけない。」
「またまた御冗談を~……え、マジで?」
「マジで。綴りは完璧じゃなくてもいいらしいけどな。」
「……頑張れよ。応援の言葉をかけるくらいしか俺にはできない。」
「ははは、ありがとさん。ところで、お前、AWTってゲームやってるよな?」
「ああ!何で知ってるんだ?」
「そりゃお前、なんかワイン作ったとか何とかで表彰されてたよな?顔もほとんど変えてないから一目でお前だって分かったぜ。」
「え?!お前もゲームやってるんだ?!」
「嗜む程度に。流石に本気で遊ぶほど時間はないんだよなあ。」
「そっか……。」
「そういや、お前って生産職なんだよな?なんか面白いことあった?」
「面白いことねえ……。例えば……。」
こうして俺たちはゲームで起こった事を色々と話をする。学部の違いを思い知らされたけれども、こうして共通の話題で盛り上がるのは凄く楽しい。
その後直ぐに再び知識の差を思い知ることになり、そしてそのおかげで新たな可能性が開ける事になるとは、会話を始めた時は思いもしなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます!