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1.日本民話的世界の「おにぎり」は安全なのか

 いやあすっかり寒くなりましたね(執筆時12月)。

 幼稚園のころに集英社の学習漫画「人体の神秘(入江しげる版 ※1)」を読んで以来、毎日執拗に手を洗う子供だった私ですが、昨今はうがいと顔洗い、上着の埃はたきもそれに加わりました。


 目下問題になってる例の疫病、欧米諸国と比較しても日本の感染者数はずっと少ないわけですが、個人的にはこれは水道網がほぼ完備していることと、マスクや手洗いといった衛生習慣がある程度定着していることが大きいのだろうなと思います。

 インフルエンザの発症者数もほぼ消滅、ということは今までどれだけ洗ってなかったのか、という話になるわけですが、少なくとも我が国は「それが必要だと思えばすぐに励行できる」環境ではあるわけです。

 実際日本人は良く手を洗いますよね。トイレに行ったら手を洗い、ご飯を食べる前に手を洗い、ご飯を作る前にも手を洗い、神社でお参りする前にも手を洗います。泉下(あのよ)のセンメルヴェイス博士(※2)が聞いたら泣いて喜びそうです。


 ですが、しかし。


 この手洗いという行為、ポンプで加圧された水が常に蛇口から供給できる現代でこそ簡単ですが、それがないとかなりハードルが上がるわけで。

 私は16年の熊本地震で長期の断水を経験したのですが、その際に貯め置きの清水を使って手を洗うことがいかに大変かを思い知りました。

 貯めてある容器に直接手を突っ込めば、当然その容器の水は以後汚染されます。そこで柄杓を使って手に水を注ぎながら洗おうとするわけですが、さてそこで困った。


 厚生労働省が現在推奨している衛生手洗いに近い方法を行おうとすると、柄杓を持ったままではできないのです!! 

 まず手をこすり合わせることができません。せいぜいが神社の手水場でやるような洗い方になります。

 解決法としては、別途洗面器に水をためてその中で石鹸を使って手を洗う、とかになります――その場に自分一人なら。

 そして、洗ってない手で握った柄杓の柄は当然に汚染されるのです。われながら潔癖症じみて大げさだなあとは思いますが、厳密な話をすればそうなる。

 理想としては、誰かが別にそこにいて、手に柄杓の水を注いでくれるとありがたい。手をこすり合わせながら洗えるわけなので。洗うべき手と柄杓を握る手が別であれば、柄杓も汚染されませんね。


 さて、そんな体験を踏まえて考えるうちに突き当たった疑問が掲題の話。


 みなさん、おにぎりはお好きですか?

 日本の昔話なんかにも出てくるあの携行食、おにぎりです。古今著聞集で怪力娘「大井子」が石のように固く握って相撲大会の出場志願者を鍛えたり(※3)、「おむすびころりん」で鼠の浄土へ爺様を誘う、アリスの白うさぎに相当する役どころを演じたりするアレです。

 ウィキペディア先生によると、文献に登場する最古のものとしては常陸の国風土記とかまで遡れるのだそうですが。

 近代以前のおにぎり、どの程度衛生的なものだったのか? 食べて大丈夫だったのか、という疑問がここ最近むくむくと頭をもたげてきてまして。

 ちょっと家庭菜園程度の農作業でも経験すればわかることですが、田んぼや畑での作業はすぐに手が汚れます。

 爪の間や汗腺の穴にまで土が入り込みますし戦前くらいまでは土どころか人糞を含む堆肥を扱うこともあったでしょう。地域によっては田んぼの水の中には住血吸虫のセルカリア幼生なんかもいたわけですし、そばの水路で手を洗おうにも、だいたいそこも宿主になる巻貝類が生息していたりしたわけです。


 もっぱら家で働いているとしても、トイレは落とし紙があればむしろよいほう、場合によっては文字通りの「かわや」で排便後の処理は手で川の水をつけて洗うとかだったでしょうし、赤子のいる家なら当然おむつの処理も日々行われていたわけで。

 じゃあ民話の主人公たちがおりに触れてご馳走になる白いコメの握り飯、あれは大丈夫なのか? そもそも誰が握っていたのか?

 水道なんかない時代。井戸で汲んだ水を水甕に取り置いて、柄杓でくみだして使う、震災の時の私とほぼ同じような水の使い方をしていたとして。

 家事を担う婆様やおっ母、あね様の手は、清潔だったのかどうか――不安になりませんか? 私は不安になります。


 いくつか、明るい材料になるかもしれない情報もあるにはあります。


 水源が近く地下水が豊富な場所であれば、(かけい)と呼ばれる簡易水道を設置し、屋内外で絶えず新鮮な流水を使うことができます。これで手を洗えばだいぶ衛生的でしょう。


 日本では古来からムクロジ(※4)という植物の果実を、石鹸代わりに使っていたようです。私も子供のころ植物採集の授業で触れたことがありますが、水につけてこすっていると、石鹸ほどではないにしてもかなりの泡が立って手を洗うことができました。

 ムクロジに含まれるサポニンには、石鹸成分と同様、細菌の細胞膜やウイルスの殻を構成する脂肪を水と結び付けて溶解させる作用があります。これをふんだんに使うことができた地域なら、手指の清潔を比較的容易に保つことができたかもしれません。


 また、拙作「ばいめた」の中でもちょっと触れましたが、ベントナイトやカオリナイトといった粘土類には、水中の微粒子(≒汚れ分子、微生物)を吸着して除去する作用があります。製陶を行っているような地域であれば、陶土を製造する過程ででる粘土まじりの水を手洗いに使えたかもしれませんね。


 というわけで、ちょっと整理しましょう。もしあなたが日本民話風の世界に転生(おい)し、何とか太郎の類として旅をし鬼退治にでも臨もうという場合。どういう家で握り飯をこしらえてもらえば安心か?


・筧などで流水を使えるか、手洗いに柄杓を差し出す家族ないし使用人がいるなど。


・ムクロジやそれに類するサポニン植物を産し利用する地域であること。


もしくは、

・製陶産業に関わる地域であること。


・汚れ仕事を担当しない、健康な人間が家族構成員の中に存在し、その人物が握ること。


 この条件のうち、いくつかが重なっていれば、その家で持たせてくれるおにぎりはおおむね安心と考えていいかもしれません。

 また、ここまででは考慮しませんでしたが、日持ちを良くするために表面を火であぶって焼き目がつけてあれば、味が良くなるだけでなく表面が高温殺菌されていることが見込めるため、おにぎりの安全性はかなり担保されることになりますね。


 それではみなさん、食中毒に気を付けて、良い鬼退治ライフを。

 あ、でもそんなおにぎり持たせてくれる家があったら、とっととそこの入り婿にでもなっちゃう方向で定住するのがいいかもしれません。








※1

昭和40年代終わりまで発売されてたと思われるこのバージョンは、紙数の半分近くが伝染病や寄生虫の脅威とその対策に割かれていました。


※2

パスツールが細菌と疾病の関係を突き止める以前に、産褥熱の予防に医師の手洗いが有効であると唱えた医学者。不遇のうちに病死。


※3

それを食べたところで鍛えられるのは咬筋だけじゃないのかって思うのですが、まあ大井子の異能とか呪力を体に取り込むプロセスでもあったのでしょう。


※4

ムクロジ科の落葉高木。石鹸の用途の他にも果実の中には黒く大きな種子があり、これを羽子板遊びの羽につける玉として用いた。

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