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金髪美少女の命を救ったら、名前も知らないのにガッツリ惚れられました。 〜彼女は賢者の石です〜

作者: 午後十時

短編二作目となります。

お時間がありましたら読んでいただければ幸いです。



世の中は等価交換だ。


何かを得ようとすれば、何かを失う必要がある。

何かのエネルギーを得るには、何かのエネルギーを消費する必要がある。



僕は失うのが怖い。


僕は出来る限り今の持っているものは持っておきたい。


平穏な日々。


穏やかな日常。


安定した生活。



それを失うのが怖い。


だから僕は無難に生きる。



振れ幅が大きくならないように。






そんなことを考えていたことも、僕にはありました。


僕のそんな考えも吹き飛ぶぐらいの事象にリアルタイムで見舞われております。



ここは学校の屋上。時刻は午後2時45分。


本来開かれていない屋上のため柵は無し。腰ぐらいのコンクリートの縁があるのみ。


そこに佇むは金色の髪をした、目を見張るような美少女。


顔はよく見えていないけど漫画やアニメで出てくるような、日本人に近けれど人形のような整った顔立ち。


そんな美しい彼女が、一歩踏み出せば下まで落ちるそんな場所に立っていた。



入るためには鍵がないといけないこの空間。


先生、「鍵開けておいたからやってくれ」と、確かに清掃委員として屋上に上がってしまったボールやゴミ回収の仕事を賜りました。


屋上に行くとふざける生徒が多いから、人畜無害な僕一人に伝えて任せることもわかります。


でもそこに先客がいらっしゃることは流石に想定できておりません。



視界に入るのは鉛色の空。


それと風になびく彼女のスカート。


その足元はソックスのみで、コンクリート縁の根元に学校指定の上履きが丁寧に揃えてある。


…靴の中には手紙のような紙が見える。




どう考えても扉から下校する気無いやつだこれ。



とにかく目の前で飛ばれでもしたら僕のせいになる可能性もある。


なにより、目覚めが悪すぎる。

毎日フラッシュバックして後悔する日常なんて嫌だ。


とにかく、目の前の状況を安定させたい。

まずは声を掛けてみよう。


「は、ハイ!イッツデンジャー!!」


日本語が通じるかも分からない。

なんでもいいからとりあえず叫ぶ。


「スペシャルペイン!!カムバック!!」


文法もクソもない言葉を散らかす。

畜生、こちとら拾いに来たのはボールだけだっていうのに!命を拾いに来たつもりはないよ!


彼女は僕の声が届いたのか顔だけはこちらを見てきた。


「ウェイト!!飛び降りダメヨ!!!」


飛び降りなんて言葉、英語で何て言えばいいかわからない。じりじりと声を掛けながら僕も縁の上に登る。


あと1m。校舎の下が視界に移る。こっわ!!

何これ怖い!!!


彼女は僕を見ているが何も言わずに立っている。



「ひとまず戻ろうよ。ここは危ないし。落ちたら家族も悲しむよ」


開き直って日本語で話しかける。

自殺というのは割と衝動的だから一度落ち着けば考え直すことが多いってネットで見たし、もう大丈夫なんじゃないかな?


彼女は僕の言葉を聴くと、身体を反転させる。

どうやら僕の説得を聞いてくれたようだ。


その矢先。


彼女は突然首を振る。

そして、僕に向けて何かを呟いた。


「ーー」


わずかに聞きとれた言葉が「アデュー」であると理解出来たときには、彼女は堀の外へ向かって傾いていた。



「おまっー!!」

斜めになった彼女の肩を掴み取ることには成功した…が、自分も傾いている状態になっていた。


「うぁ…」

ジェットコースターの落下直前のような映像が視界に映る。


思わず自分の掴んでいたものを抱き寄せる。


そのまま頭から地面へと落下を始めた。


「あああああああ!!!!」

叫ぶ。


このままなら死ぬ?そんなことってあるの?地面に当たったら激痛がー



突然、地面への道の視界を遮る白いものが見えた。


風で外にはためいたカーテンだ!!



抱いている腕とは反対の手でカーテンの一部を掴む!


掴んだ感触はあったが、落下のエネルギーが全て手に掛かる。


余計な荷物もあり、衝撃が大幅に増えている。

右肩が千切れたような痛みが走る!


さらに校舎を擦ったところまでは感覚としてあった。




直後、ブチブチ!!という音と共に落下が再開される。


もうどうなっているかなんて分からない。とにかく抱いているモノが地面につかないようにー


と思う間もなく、右肩から全身に掛けて激痛と衝撃が走る。息が出来ない!!


身体が熱いし、何が起きたのか頭も体も理解が追いつかない。ただ一つ言えるのは、現時点では死んではいないこと。



そんなことはどうでもいい!

ただただ全身が痛い!!身体がバラバラになった気がする!



激痛の中、僕の視界は落ちてきたカーテンと、目を見開き震えている女の子が一人。


僕らは完全に白い布で覆われている。


それを見て、プチンという音が自分の中で立てた。




「おまえ…何一丁前に怖がってるんだよ。自分で飛び降りた癖に」


喋る度に激痛が走るし、大切な酸素を使っている感覚がある。


けど知るものか。僕は怒っているんだ。


「ぇ…?」


彼女が声を出す。

初めて聴く声は鈴のような美しい声だった。


だからどうした。


「そんだけ美人だったら人生なんとでもなる癖に、死のうとなんかするなよ」


等価交換以前に、最初から持っている人間が。


配られたカードが良かった人であろうとも。



どんな理由があれ、


僕が目の前で死なれて不快な思いをするか、

今のように激痛で意識が飛びかけるような状況に置く権利なんて。


そんなものあってたまるか。



ぺたりとカーテンの中で座り込んだ彼女を見るために起き上がる。

名前も知らない彼女は呆然と地面を見ている。


痛くて痛くて痛くてたまらない。

動くだけで叫びたくなる。




でも僕は彼女に言う。言わねばならない。




彼女の胸倉を掴む。強制的にこちらを向かせる。


彼女の豊かな胸に手が当たっているのは分かるが、すべての感触が痛みで塗り替えられている。


身体は動くな、やめろと悲鳴を上げている。



それでも、僕は腹が立っている。

自分の身体より優先すべきことがある。




僕から平穏な日常を奪いやがって。




僕にこんな痛い思いをさせやがって。




「僕の許可無く死のうとするな!!僕のために黙って生きてろ!!」

僕の人生にこんな下振れを生み出させやがって!



ちくしょうが。何が等価交換だよ。

全く割りに合わない。

人一人助けられたって結局僕はしんどいだけじゃないか。



叫んだせいで意識が遠のいていく。







嗚呼、それでも。







「無事で、良かった」







そう呟いて僕は意識を手放した。








直感的に、自分がベッドにいることを理解した。


目を閉じていてもわかる。


なんだ、夢か。

恐ろしい夢だった。

学校の屋上から金髪美少女と飛び降りるなんて突拍子も無い夢だよ、やれやれ。


だからこの右肩がどう考えても包帯的なもので固定されているようなのはきっと気のせいです。





目をぱかりと開けると、天井が見えた。




部屋は夕陽が差し込んでいた。




「…知らないてんじ「起きマシた!」」


小粋なボケを入れようとしたのに、またしても先客がいらっしゃった。


「レン、ゴメンなさいです!ゴメンなサイです!!」


あら、視界に金髪美少女が。夢の続きかな?


そんな夢の中の住人が僕の左手を抱きしめて謝り倒しております。


「ワタシレンと心中スるとこデシタ!痛い思いさせマシた!!本当にゴメンなさいです!!」



謝罪しながら涙声になっていく彼女を見る。



というか、泣かないで欲しいです。

僕どうすればいいか分からない。


…いやそもそも。


「なんで、僕の名前を知ってるの?」


一通り謝り倒してから、スンスンと僕の左手にすがっている彼女に素朴な疑問をぶつける。



「ア…お母サマにお会いシマシタ。今ちょっと外に出られテいますケド」


母さんいるんだ。

ってことは結構大事になってるよなぁ…。



「そっか。…ここは何処?」


ふと見渡す。

簡素な個室?のような部屋に彼女と僕しかいない。

少なくとも僕の部屋や保健室ではない。


「病院デス。あの後センセに見つけられマシて、救急車で運ばれマシタ」



はい、大惨事が確定しております。

本当に割りに合わない。



ふーっ…と息を吐く。

これからどうしよう…。


「ゴメンなサイ…」


彼女はまた俯いてしょんぼりとしている。

彼女の姿は屋上で見たときと同じ、制服の姿だった。


「君は怪我なかった?」

僕は声を掛ける。



「おかげサマでとても元気デス…ありがとゴザイマス」


深々と彼女は御辞儀をする。


僕の手を抱きしめながら身体を曲げるものだから、僕の左手は大変なことになっている。

僕の手を動かしたら逮捕案件なのに。

完全に埋まってる!!



「元気ならよかったんだけど…なんであんなことしたの?」


全神経が左手に注がれてはいるけれども、聞かねばならない質問をする。



「…実は――」




彼女の話は要約すると、家族間の問題だったようだ。


フランスから留学として来ている。


漫画やアニメが好きで日本を留学先として行けることになり、楽しく過ごしていた。


だけど、日本のことを見下していた、少し話をしただけの相手と婚約をしなければならないということが急に決まった。

それに拒絶をしたら直ぐに帰ってこいという帰りのチケットが入った手紙が来たという。


僕が見た、靴の中に入っていた手紙はそれだったみたいだ。



こんなに素敵な国から帰らなければならない上に日本嫌いな人と結婚しろと言われ、私の主張は無視されて一生自由の無い生活を過ごさねばならない。



そう考えるとただただ絶望しかなかった。


そんなの死んだと同然だ。

だったら。

この国で生涯を終えるのもいいかもしれない。


そう思って良くアニメのシチュエーションである屋上に行ってみたら鍵が開いていたので入ったと。



「――そこに、レンが来たデス」


ポツポツと話す彼女の話を聞く。

待てよ、これってもしかして最後のトリガー引いたのって…


「それデ、レンに家族の話をされたときに、改めてキット誰も助けてくれナイと思って」


僕だったー!!



「ご、ごめん!僕こそ何の事情知らなかったのに勝手なことを言って」


引き止めるつもりが全力で押し出してたんかい!



「ンーン。大丈夫デス。助けてクレてアリガト」


嬉しそうに彼女は笑う。


「それに決めましタカラ」


「何を決めたの?」


ニコリとこちらを見て、僕の左手を包み込みながら、自分の手を彼女の胸に当てる。


いや、僕の手もまとめて明確に当てないで!

どうにかなりそう!!


「ワタシは、レンのプロポーズに応えマス」



……………………?



「ワタシ、ソフィア=フィロストーンは」

彼女は祈る。



「健やかなるときモ、病めるトキも」

彼女の髪が夕陽に当たって輝いている。



「富めるときも、マズしきときも」

そう、それはまるで。



「愛し、敬い、慈しむことを誓います」

黄金を散りばめたような光景だった。





「ち、ちょっと!ちょっとまってね!!」

その光景に見惚れて二秒、待ったをかける。


「どしマシタか?」

キョトン、とソフィアと名乗る少女は首を傾げる。「間違えてマシタ?」と。

まずなにが合ってるかどうかすら分からない。


「ごめんね!僕、いつごろ君にプロポーズしたっけ!?」


彼女に掛けた言葉なんて、しょーもない英単語を並べたくらいなものだったはず。どの言葉がプロポーズに?



デンジャー?スペシャルペイン?いやあり得ない。

まさかカムバック?

というか相手フランス人じゃん。英語の意味ないような。



「落ちたトキに言ってくれマシタ」

ソフィアはもじもじとする。


というかそろそろ手を離して欲しい。


僕の手は彼女の服の下の、

何処が下着で何処が肌なのか分かるくらいの密着になっている。


これが助けたことの代償として得た報酬と思えるレベルになってきた。



「ボクのタメに黙って生きてロって。あんなに激しく胸を掴んで」



……。



………。




あー言った!言ったわ確かに僕!!

そして多分胸も触ったとは思う!!

でも胸じゃなくて掴んだの胸倉じゃないかな!?


え、あれプロポーズにカウントされちゃうの!?



「命を助けて貰っテ、あんな激しい告白サレちゃったラ、ワタシもドキドキです」

上目遣いながらでこちらを見てくる。


思わず目を逸らす。恥ずかしすぎる!


「一度は無くなるハズのイノチでした。それを掴んでくれたのはレンでス」


「だかラ、レンのために生きてイキタイと思ってマス」


目を逸らしていても分かる、輝かんばかりの笑顔で僕を見ている。



この状況で、「いや、あのとき僕は君に文句を言っただけです」なんて言えるわけもなく。



「ダメですか…?」

おずおずと、僕の顔を覗き込む。

…そんな顔でこちらを伺うのはズルいと思う。




「話は聞かせてもらったわ!!」



刹那、パァン!!と扉が開く。

母さんだ。


「母さん!?いつからいたのそこに!」


「プロポーズしたっけ?ぐらいから見てた!!」

「入ってきてよ!!」

「嫌よ!!!」

意味不明な強い意志で否定された。



「お母サン」

ソフィアが僕の母さんに声を掛ける。

ちょっとばかし君がお母さんと呼ぶのは早いんじゃないかなぁ!?


「ソフィアちゃん、見ててくれてありがとう。レン、良く生きてたわね。まずは何よりよ」


母さんは僕のベッドに近づくと、ギュッと僕の頭を抱きしめてくる。


この歳になって恥ずかしいけれど、今は受け入れることにした。


よく考えると、本当によく生きていたな僕…。


「ひとまず精密検査の結果は頭含めて問題無かったみたいだし、右肩の脱臼と全身打撲だって。大体数週間は入院だけど、4階から落ちてこの程度なら奇跡よ」


そりゃそうだ。実際カーテンをつかんで勢いを多少なりとも殺せたのが良かったみたいだ。



「さて、次はソフィアちゃんの願いを叶えることにするわよ」



ニヒヒ、と母さんが笑った。

これは悪いことを考えついた顔だ。


「どういうこと?」

僕は疑問を口にする。


「なんというか、運命ってやつよね。本来人生なんて等価交換みたいなものだけど」

母さんはいつもの持論を展開する。


「あんたが命を掛けて掴んだモノは、賢者の石だったってこと」


「…なおのことよく分からないんだけど」

賢者の石って、鉛を金に変えるとかそういう石だった気がする。

漫画とかだと、法則を無視して何かを生み出すとか。


「ソフィアちゃん。一応もう一回確認だけど、ソフィアちゃんのお父さんはニコラ=フィロストーンさんよね」

母さんは急にソフィアに話掛ける。


「ハイ」

ソフィアはこくりとうなづく。


「フィロソフィアストーン社の社長。ニコラ氏ね?」


「そうデス」


「フフフ…」

母さんが口元を抑えている。


何の企業か僕には分からないけど、おそらく父さんと母さんの仕事に関係がある、そんな予感がした。


「レン、ソフィアちゃんのことは大人に任せなさい。彼女が望むだけ日本に居られるようにするわ」

ポンと左肩を叩かれる。


「彼女のこと大事にしてあげてね。とりあえず私は父さんとちょっと打ち合わせするから」


「もう帰るの?」

相変わらず忙しい人だ。

これでよく家の家事なんかもやれているものだ。



「まぁね。流石にレンが学校から飛び降りたって連絡貰ったときは全力で来たけどね。流石に現場投げてきたから戻るわ」



そういえばそうだった。休みの日以外でこの時間に母さんに会うことなんて無いし。


そんな中でも来てくれたことに感謝をする。


「母さん、ありがとう」


「ん?いいのよ。じゃあ後は若いお二人で!」


「な、何言ってるのさ!」

僕の顔に血が昇るのを感じた。



「それじゃあねソフィアちゃん!また連絡するね!」

そう言って、母さんは帰っていった。




静かになった部屋で、ソフィアは僕を見ている。

時折り、左手だけでなく左腕をさすってくる。


「レン…」

外国の方は非常に情熱的です。

母さんが居なくなったらとろんとした目で僕を見てくる。


先ほどの件と併せてこの状況なら、流石にどんなに僕が鈍感でも彼女がどう思っているかは分かる。


「ソフィアさん、確かに僕は君のことを助けたかもしれないけど」

それでも、僕は聞きたかった。


「本当に僕でいいの?君くらいの美人とだと地味で自己中な僕とは釣り合わない気がするんだけど」


彼女はふるふると首を振る。


「ジミでジコチュー?という言葉は分かりまセン。ワタシのこと美人と言ってくれて嬉シです」

えへへ、と照れた顔をする。


「レン、倒れちゃう最後に言ってくれマシタ。無事で良かったト」


そういえば言った気がする。

あまり覚えてはいないけれど。



「自分だけあんなに痛そうナのに、私を一番に心配シテくれまシタ」


「そんなに思っテくれる人、もう現れナイと思いマス」


「だから、私はジミでジコチューなレンのコト好きですヨ」

これが文化の違いか。

にぱにぱと笑いながら、さらりと好きと言うソフィアの言葉に顔が赤くなるのを感じた。


後はもう僕が選ぶしかない。



「ぅ……ん。これからよろしくね、ソフィアさん」

何これ恥ずかしい。

返答するのにも緊張してしまって、僕が言えたのはこれぐらいの言葉だった。


でも、それぐらいの言葉でも充分だったみたいだ。


彼女の目に星が踊ったような錯覚をした。


「ハイ!よろしくお願イです、レン!」


「もがー!胸に当たってるっていうか埋まってるから!!」

「当ててんのヨ!でス!」



ベッドに乗りだしてきた彼女に頭を抱き抱えられながら、僕はいきなり現れた人生の荒波をどう越えていくか考えるのだった。





ここからは後日談。




振り返ってみたときに、僕が失ったもの。


まずは屋上へ行く権利。


今回の件は遊んだわけでも無ければ勝手に入ったわけでも無かったのでお咎めは無し。


飛び降りをしようとした、というのが表沙汰となるとソフィアとしても色々とややこしくなるので母さんがシナリオを決めていた。


たまたま開いていた屋上に行ってみたら鍵が開いていた。興味本位で入ってしまい、そこに清掃で居合わせた僕が落ちそうになった彼女を助けた、という流れだ。


なにをどうしたかは分からないけれど、そうするのが一番だということだ。


そんなわけでなにかペナルティがあったわけではないけれど、今後いかなる理由があろうとも生徒が屋上に行くことは禁じられてしまった。




それと失ったものは体力。


入院中は毎日放課後から面会時間終了まで、休みの日は朝からずっとソフィアが僕の個室に来ていた。


「ツマは旦那サマのお世話が務メです!」と、身の回りの全てを彼女がサポートしてくれた結果、全く動く必要が無かった。というか、先回りで甲斐甲斐しくやってくれるものだからできなかった。


結果、そんなVIP待遇の影響で体力が落ちてしまっていた。怪我が完治した今では毎日ちょっとは運動をしている。




そして僕の精神力。



ありがたいことに入院中にはお見舞いに何度かクラスの人が来てくれた。


そもそもそんなに仲の良い人は少なかったし、代表して何人か来てくれた感じだったんだけど、ソフィアの知り合いが混じっていたようで。


「ソフィアちゃん、鋼野くんと仲良しになったんだね」


「ハイ!レンは、モンシェリ(フランス語で愛しい人だそうだ)です!」


「え!?じゃあ付き合いはじめたの!!?」


「ウィ!スコヤカなるお付き合イをしてイマス!」


そこから始まる女子トーク。


そして生まれる怨嗟のトーク。


「おい…鋼野くんよぉ…随分と幸せそうじゃねぇかぁ…」

クラスメイトが、見えるほどのオーラを放っている。ヤバい殺られる…


「いやぁ…うん…あはは…」

僕は笑ってごまかすしかない。


「この右肩にモテない男の怒りをぶつけたくなるぜぇ…」

「やめろ!入院が延長すればするほどソフィアちゃんを独占されるぞ!」

「クソ…羨ましい…俺も清掃委員になっていれば…」


針の筵とはこのことだ。



「でもソフィアちゃんはフランスのカッコいい男の人とかと付き合うと思ってたー」

「でも分かるかも。凄いよねー。ソフィアちゃん助けるために鋼野くんが一緒に飛んで守ってくれたんでしょ?」

「だよねー。私も同じことされたら惚れそう」

「いつも教室で静かにしてたのにやるときはやるんだねー」

「レンは、素敵なオトコのコですヨ」

「いいなぁー」



「おいおいおい、モテモテですね先生ェ…」

「非モテ同盟の約定を破るとは、血で血を争う戦いは避けられなそうだなぁ…」

「怪我させられたらまたソフィアちゃんに介護されるんだろ!!いい加減にしろ!!」

「クソ…俺もあのおっぱいと生きていきたい…」



誰かたすけてください。







最後に僕が使うのは、対峙することへの意思。


着たことが無いスーツを来て、背筋を伸ばして座る。椅子のクッションフッカフカです。


ふと、上を見上げてみる。


「知らない天井だ…」

荘厳な景色の見えるレストラン。



その場所に僕と、両親。

そして隣にフォーマルなドレスに身を包んだソフィア。


遠くから、ソフィアと同じ、金色の髪をした妙齢の男性と、白髪が少し混じっている女性。

その二人が向かってきた。


僕らは立ち上がって挨拶をする。



ご両親と握手したときの目力が半端ない。

視線に質量があるのならば、圧縮されてペラペラになっている自信がある。怖いよぅ。


ふと、隣のソフィアを見る。

指先が震えているのが見えた。


そっと彼女の左手に触れる。

ハッとこちらを見てきた。


なんの根拠もないし、僕はフランス語が分からないし話せない。

だから両親に一切合切の話は任せてある。


だから僕に出来ることなんてものはほとんど無いけれど。


ソフィアに向かってこくりとうなづく。


大丈夫。頑張ろう。そんな想いを込めて。



「ーー」


ソフィアの今後についての話し合いが、始まった。





どうやら恙無く話し合いが終わりそうだ。


最初の圧力は両親の話合いの中で若干薄れている。


僕とソフィアは黙って事の終わりを待っていた。



「レン」


急にソフィアの母親から声をかけられる。

「は、はい!」声が裏返った。


「アナタ ソフィアと 寄り添ウ?」


「ソフィア フランス。日本大変ダカラ。一緒にヤレル?」


おそらくほぼ日本語が出来ないのであろう相手ということは聞いていた。


そしてどう考えているか分からない。感情が見えない顔だ。


ソフィアと一緒にやっていけるか、ということなら。


もう僕の答えはひとつだけ。



「はい」



その二文字に、ありったけを込めて。

相手の目を見て答える。


これは僕の意志の確認だ。


結婚…となると、ソフィアが僕に幻滅しないとは言い切れないけれど。


でも付き合っていくというのなら。

意志なんてものは一つだ。


だから、この一言で良い。




じっと目を見られて10秒。

部屋の沈黙も、同じだけ。



ふぅー、と息を吐くのが聞こえる。



そして。ソフィアの方を向き、声を掛ける。


どんなやりとりをしているかは分からないけど、ソフィアが嬉しそうにうなづいているのを見ると悪い話じゃなかったのだろう。



ふと、もふりと僕に抱きついてくる。


「Merci mille fois!!」

彼女が、自分の両親に向かって伝える。

その顔は笑顔と、一粒の涙が通り抜けた。







「結局どうなったの?」

帰り道。


MPがこの世にあり、数値化するのであればマイナス4ぐらいの僕は両親に聞く。

全く言ってることが分からなかった。完全に蚊帳の外でした。



ちなみにソフィアは話し合いが行われたホテルに残った。両親とまだまだ話すようだ。


別れる前には、三人並んで談笑する仲睦まじい家族となっていた。



「そうねぇ…概ね予想通りかな」

母さんが答える。


「そもそも前もって電話である程度コンセンサスは取ってあったけどね。ソフィアちゃんは留学残留、というか延長。とりあえず卒業まではこっちにいるそうよ」


「学校含めてオッケー出るのそれ?」


「そうね。出るわよ」


「私立だし、制度なんてどうにでもなるわ。本来の事の発端の話をチラつかせれば、余裕でこっちの言い分なんて通るわよ。そもそもなんで生徒が仕事という名目でフェンスのない屋上に行かせてるのか、とかね」


「…サラッと凄い事言ったよね。何かしたの?」


「大人は皆未来について一生懸命考えているの。例えば、皆が幸せになるにはどうするかとかね」


母さんは、幸せになるには多少の道理を曲げる事もあるものよ、と付け加えた。


…この件はこれ以上追求してはいけない気がする。


「卒業してからはフランスに帰るか、こちらに残るかはソフィアちゃんが決めて良いそうよ」


「それは何より。選択肢があるのはいいよね」


「ほぼ選択肢無いんだけどね。アンタには」

ニヤリと悪い顔で笑う。


「え、なんで?」


「あんた、ソフィアちゃんのお母さんに声かけられたじゃない」

「うん。付き合うのかって言われたね」


「そう、それ。でも言っていたのは寄り添う、ね。その前後の話だけど」

「あんたとソフィアちゃん。結婚した後に日本に住むかフランスに住むかだけど、着いてこれるかって話だったのよ」


「…え!?はぁ!?」

もし僕がフラれたとしても、ソフィアが帰れる選択肢があるとかじゃなくて!?

結婚はもう確定しているのが前提なの!?


母さんはイタズラが成功したようにゲラゲラ笑う。いや笑い事じゃないよ!!


「で、あんたはお母さんの質問にはいって一言だけ答えたじゃない。まぁそれも良かったんだろうけどさ」

笑いながら母さんは答える。


『彼がパパの仕事を継ぐのもいいかもね。ジョシュアが良かったけど、アナタにフラれることが分かってから彼は本性を現したわ』

多分、ジョシュアというのは前言っていた婚約予定の人だったのだろう。



『本当にごめんなさい。あなたの幸せの考え方を間違えていたわ』


『彼と一緒に日本で過ごすなら私達は反対しない。ちょっと頼りないと思ったけど、あれだけの目をするなら大丈夫。自分を捨ててまで助けてくれたのは、きっと彼の気まぐれなんかじゃないわ』



『結婚して彼を連れてフランスに住んでも、日本に住んでも、アナタは私達の大切な娘よ』



『それと、私達にとっても素晴らしいビジネスのパートナーとも巡り会えたしね。彼がミスターコウノの後を継いでも嬉しいわよ』




「…ということで、おめでとうレン。就職先と結婚相手が決まって良かったわね」


「いやいやいや!!いくらなんでも早すぎない!?」

齢17にして、将来が全部決まっちゃったなんて信じられないんだけど!


「いや、ちょうどいい機会だったな」

運転していた父さんが声を掛けてくる。


「いずれお前には俺たちと同じ仕事を継いで欲しかった。だが強制するつもりはない」



「お前が本当にやりたいことがあるのなら、それをすることを止めることはしない。ただ…」


「ソフィアちゃんがせっかく紡ぎ直した家族を引き裂く。その覚悟があればな。まぁこれはただのアドバイスだ。お前が選べばいい」


そう言っている父親は、ハンドルを握っているからこちらを振り向くことはない。 

ただし、明らかに声色は遊んでいる声色だ。


悪魔だ…悪魔がいる…、



「ぬおおおおお…」

呻くことしか出来ない。



「まぁデカい取引先掴めたし、大学までの費用とフランスの渡航費用ぐらいは面倒見てやるよ」


「ちなみに、何処の大学でもよろしくて?」

僕はスポンサー様に縋ってみる。


「おう、いいぞ。私立でも国公立でも」


「英語とフランス語と中国語で取引交渉が出来て、契約書を書けるようになれるなら、ね」


「ぐああああー!!割に合わないいいい!!」



帰りの車の中で、今後の地獄を想像してしまった僕の叫びが響きわたった。




世の中は等価交換だ。


何かを得ようとすれば、何かを失う必要がある。

何かのエネルギーを得るには、何かのエネルギーを消費する必要がある。



ここ最近で僕の人生は大きく波風が立ち、自分自身を消費した。


等価交換というのなら、何かを得ていなければならない。


じゃあ、自分を掛けた見返りはなんだったのか?




「見てくださいレン!綺麗ですネ!百万石の夜景デス!」


「それを言うなら百万ドルじゃないかな。でも本当に綺麗だね」

石て。それより一献くれまいか。


僕らは夜景の見える展望台に来ている。

超王道のデートスポットではあるけど、自分がここに来る想像は出来なかった。



「はい!宝石みたいデスよ!キラキラでス!」

ぴょこぴょこと手を繋ぎながら跳ねているソフィアと一緒に展望デッキに出る。


涼しい夜風が僕らを包む。


柵まで近づくと、光で覆われた街並みが見える。


一通り写真を撮ったりした後、ぼんやりと並んで綺麗な景色を眺めていた。


「レン」

「なに?」

「ほんとに、ほんとにメルシーです」

ソフィアがさらに身体を寄せて僕を見つめてくる。


「レンとお母サマのおかげでこうして日本で暮らせるコトになりマシタ。感謝してもシキレないデス」


「いや、母さんは色々したんだろうけど僕は何も出来てないよ」

事実、諸々の手続き含めて僕は完全にノータッチだ。


「ノン。レンがあのとき助けてくれたかラ、今があるんデス」


「ワタシ、レンと一緒にいてとても楽しいデス」


夜景に負けないような笑顔で僕に語りかけてくれる。



「大好きですヨ、レン。これからもよろしくデス」



嗚呼、そういえば僕はこの気持ちに返事を上手く出来そうにない。



だから、僕は呪文を唱えることにする。


「Pour toi, je sacrifierais tout, même ma vie.」

「これからも、よろしくね」


言葉の意味は、"あなたの為なら命まで犠牲にしても良いです"。



ありきたりに「好きです」とか「ジュテーム」とか、そういうのは恥ずかしくて言えそうにない。


だから、捻くれた僕の、

必死で覚えた精一杯の告白。




色々調べてみたけれど、フランスの文化としては愛が無くなるとあっさりと離婚するらしい。


僕には結婚だとかはまだ現実感がなさすぎるし、

結婚とか言っていてもいつ僕が捨てられるかはわからない。


でもせめて、付き合ってくれている間は頑張って僕の気持ちを伝えていければと思う。



というか、発音は大丈夫だったのかな。

本当の意味でただの呪文になっている可能性もー



刹那、ソフィアが身体を正面に向けてガッチリと抱きしめられる。

いまだかつてないほどの力だ。おそらく全力なのかもしれない。息が詰まる…



たっぷり30秒、甘い香りと彼女の柔らかさと息苦しさを感じて彼女が少しだけ離れて僕の目をみる。



僕は彼女の目を正面から見た。

…アカン、目の奥にハートが見える。


直感的にそれが"マジなヤツ"ということを感じた。



「Je te veux」

彼女がはっきりとネイティブにフランス語で僕に話すのは初めてかもしれない。



そのため、呪文以外はほぼ分からない僕はどんな意味かは分からなかった。



だけど言葉の意味は分からなくても、正解は一つしか無いだろう。それはきっとお互いが分かっていると思う。




彼女越しに見る景色は黄金色。





背伸びする彼女の顎を持ち上げ、そっと唇を重ねた。





僕が自分を使って手に入れたものは、

"philosophersstone"の真ん中。



賢者の石で、僕は黄金を見る。


嗚呼、それは本当に。





割に合わない、最高の報酬だ。






最後のソフィアのフランス語の意味は、「あなたが欲しい」です。


お読みいただきましてありがとうございます。

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[良い点] (≧∇≦)b マジで良き
[一言] 吊橋効果かぁ… 仕方ないよね、4階から一緒に落ちるなんて普通経験できないしw レンが覚悟決めてるから今後も大丈夫かな?w 二人の未来にさち多からんことを祈ります(笑)
[一言] 短編集作って欲しい
感想一覧
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