67 誘拐
イルミ様は前回からそれほど間を置かずにレナード王子の元を訪れた。
わたしとレナード王子が上手くやっているかどうか気になって見に来たらしい。
わたし達が事情を説明すると、渋々ながら指輪の色を元に戻してくれた。
「もー!そういうことは先に言ってほしかったのー!」
「私はお引き留めしましたよ。」
レナード王子は、やれやれというように膨れっ面のイルミ様を宥めていた。
要件も済んだので、そそくさと王城を出ようとすると、突然、背後から大きな袋を被せられて閉じ込められた。
そのままわたしは袋ごと抱き上げられ、どこかの部屋に連れ込まれたようだった。
「何をしているのですか、ノエル様。」
袋の中から誘拐犯に声をかける。
「やっぱり気付かれていましたか。」
そっと袋を外されると、いたずらっぽい笑みを浮かべたノエル王子が見えた。
連れ込まれた部屋は、王城内にたくさんある客室のうちの一つのようだ。
「メアが全然僕に会いに来てくれないから、ちょっと驚かせようと思って。」
そういえば、ノエル王子にお会いするのはかなり久しぶりだ。
「ご無沙汰しておりました。…ノエル様は以前と少し雰囲気が変わられましたか?」
しばらくお会いしていない間に、随分と男性的になられた気がする。
柔和な美しさはそのままだが、お姫様のような可憐な愛らしさは薄まっていた。
「背も伸びましたし、毎日たくさん食べてたくさん訓練していますから当然です。」
ノエル王子は得意げに微笑む。
「本当に素敵な男性にご成長なされて、見違えてしまいました。」
わたしが微笑み返すと、不意にノエル王子がわたしを抱き竦めた。
「ふふ、捕まえた。もう逃しませんよ。」
にこにことご機嫌なノエル王子の腕の中に閉じ込められる。
「離してください。わたしには婚約者が…。」
「メアが勝手にそう主張しているだけでしょう?そんな偽婚約者なんか関係ありません。」
偽って…。
やはり陛下のご許可をいただけないうちは、いまいち抑止力に欠けるな。
「ですが、ずっとこのままというわけにはいきませんよね?」
ノエル王子は、にこっと微笑むとわたしの耳元に顔を寄せた。
「ずっと離さないよ、僕の大事なお姫様。」
耳元で囁かれて、わたしは途方に暮れる。
どうすればいいんだこの状況。
「ふふ、本当に嫌なら自分で僕の腕を振り払ってください。メアならそのくらい簡単でしょう。」
そう言われてもまだ動けずにいるわたしを、ノエル王子は更に抱き寄せた。
「メアはたとえ男性相手でも絶対に本気で抵抗しませんよね。さっきだって、本当は簡単に逃げられたのにわざと僕に捕まったのでしょう?いくらメアが強くても、それでは無防備と変わらないのではありませんか?」
熱っぽく濡れたような菫色の瞳が至近距離でわたしを見つめる。
確かにわたしは、黒銀騎士団の仲間以外に対しては力の加減が分からず、怖くて手を出せない。
相手が敵なら話は違うが、万が一にも王子に怪我をさせるわけにはいかないので、結局こうしてされるがままになっているのである。
「わかりました。では、ノエル様の気の済むまでこうしていてください。」
わたしはノエル様の腕から脱出することを諦めた。
今日はイルミ様のために予定を空けたから時間はあるし、ノエル王子が飽きてわたしを解放するまで気長に待とう。
「良いのですか!好きなだけメアと二人きりで過ごせるなんて夢みたいです!」
ノエル王子は嬉しそうにわたしに頬擦りしている。
顔付きや体付きが変わっても、こうやってすぐに甘えてくるところは以前から変わっていないな。
「ええ。ですが、今日だけですからね。」
ノエル王子は、仕方なく了承したわたしをソファに座らせると、自身もその隣にぴったりとくっついて座った。
「どうですか、メア。美味しいですか?」
いつの間に準備したのか、ノエル王子が自作の焼き菓子を取り出してわたしの口に運ぶ。
「とても美味しいです。相変わらずお上手ですね。」
この際どうせだから楽しもうと開き直って、次から次へと差し出されるお菓子をもぐもぐと美味しくいただく。
「これも飲んでみてください!メアが好みそうな銘柄を僕が選んでおいたのです。」
わたしがもぐもぐしている隙に、ノエル王子が紅茶まで淹れてくださった。
上品な香りとすっきりとした味わいのあるこの紅茶を飲みながらだと、ついついお菓子も食べ過ぎてしまいそうだ。
そこに突然、ノックの音が響いた。
「失礼いたします!」
入って来たのは、なんとゼノビアだった。
「そろそろ訓練に参加するお時間なので、お呼びするようにと指示を受けて参りました!」
訓練しているとはおっしゃっていたけれど、まさか王立騎士団の訓練に参加していたなんて。
それは逞しくなられるはずである。
「…なんでここが分かったのですか。」
ノエル王子が不満気に尋ねる。
「勘です!」
…。
無数にある部屋の中から勘で王子のいる場所を当てるなんて、頭がおかしいのではないか。
まあ、ゼノビアならば全ての部屋をしらみ潰しに探すことだって、そこまで時間をかけずにやってのけそうだが。
「貴方の勘の良さを恨みますよ。」
「…?」
何も分かっていない様子のゼノビアを見て、大きく溜め息を吐くと、ノエル王子は渋々訓練に向かった。
ゼノビアが呼びに来たおかげで、思っていたよりも早めに解放されたな。
などと考えていたら、ゼノビアが近づいて来てわたしの顔をぺたぺた触り始めた。
「大丈夫だったか?メアが連れ去られるところを見たという報告があったのだ!お前がそう簡単に敵に遅れを取るとは考えにくいから、何かの間違いだろうと思ってはいたが…。」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ああ、それなら平気だったよ。敵じゃなかったし。それより、ゼノビアは訓練に戻らないの?」
「む、ちゃんと戻るぞ!せっかくお前の顔が見られたから、少し離れがたかっただけだ!こんなところでメアに会えるなんて今日は運が良いな!」
上機嫌のゼノビアを見て、また勝負しろとか言い出すのではないかと少し身構えた。
今やゼノビアの武術はお兄様と並ぶほどの実力だとまで言われているので、わたしが身体強化を使ったとしても魔法なしでは敵わない気がする。
決して、断じて、自分が負けそうだから戦いたくないと言うわけではない。
そう、これは、ただ単に面倒だからというだけだ。
「わたしはもう帰るよ。戻って鍛錬しないと。王立騎士団で活躍しているゼノビアに負けていられないしね。」
「そうか!だが、あまり無理はするな!お前は一人で突っ走って無茶をすることがあるから心配だ!」
引き留められなかったことに少し驚いた。
ゼノビアも大人になったということだろうか。
「それはゼノビアだって同じでしょう。」
わたしだけが無鉄砲みたいな言い方はやめてほしい。
「俺はいいのだ!でもメアはだめだ!頼むから、俺のいないところで無茶なことはするなよ!」
「はいはい、分かったよ。」
無茶苦茶な論理に言い返すのも面倒になって適当に返事をする。
「じゃあ、わたしはこれで。」
「ああ。…む、待てよ?そういえば、暫くメアと勝負をしていなかったな。よし、メア!これから俺と…。」
ゼノビアの言葉は最後まで聞かずに、わたしは黒銀騎士団本部に魔法で転移した。
ふう。
なんだか半日がものすごく長く感じた。
最初から転移で帰ればこんなことにはならなかっただろうが、自分の足で歩かないと足腰が鈍るので、急ぎでない時は極力転移しないようにしているのだ。
「あ、メア!おかえり!帰っていたんだね。」
「ウィル様、とっても疲れました。なでなでしてください。」
ちょうどそこにいたウィル様に擦り寄る。
「メア、そうやってすぐウィルフリード様にくっつくのやめろよ。…一応、俺の婚約者なんだから。」
近くに来ていたヨハンが不服そうに言った。
「俺はメアの兄みたいなものだから良いんだよ。」
「それいつも言ってるけど、全然理由になってねえからな。」
にっこり微笑むウィル様にヨハンが更に苛立つ。
「やれやれ。メア、俺にばかり構っているとヨハン君が妬いちゃうから、ヨハン君にも甘えてあげて。」
「…その言い方すげえむかつくんだけど。」
「ヨハン、ごめんね。できるだけ気を付けるから許して。」
これは、ウィル様を見るとついつい甘えてしまうわたしが悪い。
「ほら見て。指輪はちゃんとイルミ様に戻してもらったよ。」
ヨハンの手をそっと握ってヨハンの顔を見上げる。
まだ怒っているだろうか。
「…なら良いけど。」
ヨハンは、少し顔を赤くしながらわたしの頭を撫でてくれた。
「機嫌直ったみたいだね。」
「…メアは絶対渡さねえからな。」
「まあ、先のことは分からないよね。」
その後の訓練では、ゼノビアに負けたくない一心で、わたしはいつも以上に力が入るのだった。




