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62 ウィルフリード目線

「ウィル様、わざわざ手を繋いで歩く必要はあるのでしょうか?」

「あるよ。こうしていれば、とても騎士団の調査には見えないだろう?」

わたしの隣でウィル様が嬉しそうに微笑む。


今は、先日の剣術大会でウィル様と一緒に行くことが決まった、調査任務の最中である。

モンテニーロ連邦とその隣国であるオルティマ帝国との国境付近で、両国の動きを密かに探るのが今回の仕事だ。


服装は、もちろん騎士団の制服などではなく、少し身綺麗な町人風の格好にした。

女の子の服装も久しぶりだ。


「あ、メアが好きそうなスイーツのお店があるよ。ちょっと寄って行こうか。」

「いえ、それよりも早く仕事を…。」

「いいから、いいから。こういう所で聞く何気ない会話とかも大事な情報源だよ。」

少し強引なウィル様に促されて、おずおずとお店に入っていく。


お洒落な内装で整えられた店内は、男女のカップルでいっぱいだった。

有力な情報を得るなら、こういうお店よりも男臭い酒場なんかの方が向いているだろう。


「ウィル様、わたしはやっぱりここで情報を得られるとは思えません。」

もう席に着いてしまっているので今更なのだが、一応反論する。


「んー、でも今の俺たち二人が小汚い酒場なんか行ったらすごく目立つと思うよ。まずは自然に見えるように振る舞うことが最優先じゃないかな。」


なるほど。

確かに、どこでどんな情報を得られるかは、その時になってみないと分からないから、まずは怪しまれないことの方が重要だ。


そう考え直したわたしは、目の前のシフォンケーキを頬張り始めた。

ふわふわの生地にたっぷりとクリームを付けて口に運んで行く。


周囲の会話に耳を欹てながら、不自然にならないように時々他愛もない話をした。

食べ終えて一息吐いてから席を立つと、ウィル様に体を引き寄せられた。


「メア、ここにクリームが付いているよ。」

くすっと笑ったウィル様は、わたしの口の端にそっと唇を寄せて口付けた。


「言ってくだされば自分で取れます。」

「ごめん。可愛くて、つい。」


わたしが軽く抗議してもウィル様は嬉しそうに微笑んでいる。

今日のウィル様はいつになくご機嫌だ。


その後は、市場や雑貨屋など、ひと通り街の様子を見て回ってから宿に入った。

関係を勘繰られないよう、ひとつの部屋に一緒に泊まる。


「俺はこっちのソファで寝るから、メアはベッドを使って。」

「え、そんな。ウィル様もこちらで一緒に寝ましょう。」


わたしとウィル様の仲で、今更気兼ねすることもないだろう。

そう思っていたのだが、ウィル様は何やら考え込んでしまった。


「…メア。俺はもう、メアとは兄妹のような関係ではいられないかもしれない。」

真剣な表情で絞り出すようにそう言うウィル様を見て、胸がぎゅっと締め付けられるような心地がした。


そうだ。

ウィル様はわたしのことを本当の妹のように大切にしてくれているけれど、実際には赤の他人なのだ。

これから恋人や婚約者ができたりした時に、関係のないわたしがウィル様にべたべたしていてはまずいだろう。


「そうです、よね…。いつまでも昔みたいに甘えていられるわけ、ない、のに、わたし…。」

無意識に、涙が一筋溢れていた。


「ちがっ!メア、泣かないで。ごめん、違うんだ。」

ウィル様はこれ以上ないくらい切なげな表情で、勢い良くわたしを抱き締めた。


「ああ、どうして、俺は…、いつも上手く言えないんだろう…。」

わたしを抱き締めたまま、耳元で苦しそうに呟く。


「…メアのことが大切なんだ。何よりも。メアが望むなら、ずっと今のままでいい。欲張ってごめん。メアのそばに居られるなら、ずっとこのままでいいから。だから、もう泣かないで、メア。お願いだから。」


必死に言い募るウィル様に、わたしはぎゅっと抱き着いた。

「…わたしは、ウィル様にずっとそばにいてほしいです。我儘言ってすみません。」

せめてウィル様に、心に決めた人ができるまでは…。


「うん。ずっとメアのそばにいるよ。約束する。」

ウィル様はわたしの頭を優しく撫でてくれた。


寂しい気持ちになってしまっていたわたしは、ウィル様に一緒に寝てほしいと改めてお願いした。

二人でベッドに入り、ウィル様にぴったりくっついていたら、わたしは安心してすぐに寝入ってしまった。



ウィルフリード目線


「メア?もう寝たの?」

「…。」


少し冷静になってみると、メアと同じベッドでこんなに密着している状況は、やはりまずい気がしてくる。

先程は、どうしても一緒に寝たいというメアを相手に断り切れなかったが、メアの体温と柔らかさで、もうすでに頭がおかしくなりそうだった。


やっぱりソファで寝よう。

そう思って、体に巻き付いているメアの腕から抜け出そうとする。


「ん…。」

「ごめん、メア。やっぱり俺、向こうで寝るよ。」

「んや。」


起きてはいないようだが、動こうとすればするほど、メアがぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。

メアから何か甘い香りもするように感じられて、さらにくらくらしてきた。


はあ。

もうこのまま朝まで耐えるしかないか。


メアは、悲しそうに涙を流していたのが嘘のように、気持ちよさそうに眠っている。

寝顔も本当に可愛い。


俺のくだらない感情のせいでメアを泣かせてしまった。

一緒に居られるだけで幸せなのに、自分と同じ気持ちをメアも返してくれたら、なんて欲張ったりするから。


「ごめんね。大好きだよ、メア。」

俺にしがみつきながら眠るメアの額にそっと口付けた。


朝、長い睫毛に縁取られた瞼が、目の前でゆるりと開かれる。

少し眩しそうに細められるペリドットの瞳が愛おしい。


「おはよう、メア。」

「ん、はよございましゅ。」

一睡も出来なかったが、寝惚け眼でふにゃふにゃと挨拶をするメアの可愛さのおかげで、気分はすこぶる良かった。


「ウィル様、なんかいつもより近い気が…。」

「俺たちは兄妹みたいなものなんだから、これくらい平気だよ。ほら、これも美味しいよ。口開けて、メア。」


朝食の席で、シチューやらパンやら果物やらを、次から次へとメアの口に運ぶ。

不思議そうな顔をしながらも、素直に口を開けるメアが可愛くて仕方がない。


「確かにお兄様も最近は似たような感じだし、まあいいのかな。いやでも、わたしももう18だし…。」

もぐもぐしながら、メアが何か呟いていたが、よく聞き取れなかった。


「なあ。ウィルフリード様、最近メアにべたべたし過ぎじゃね。」

任務から戻ってしばらく経ったとき、ついにヨハン君が苦言を呈してきた。


「俺はメアの兄みたいなものだから良いんだよ。」

にっこり微笑んで受け流す。


「は?前は兄妹みたいに思われてんのやだって言ってただろ!」

「そうだっけ?もう記憶にないなあ。」


「開き直りやがって、くそ。ああもう、俺が優勝してれば…。」

ものすごく悔しそうなヨハン君に優越感を感じて、もっと揶揄いたくなってしまった。


「メアの寝顔、可愛かったなあ。それにすごく柔らかくて、いい匂いがして。」

「え、まさか一緒に寝たのか?」

「…。」

「手出したりしてないだろうな?」

「…。」

「おい、ちょっと待て!ちゃんと答えろ!」

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