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60 合宿

魔導騎士学校の生徒は、もうすぐタウンゼット侯爵領へ合宿に行くことになっている。

目的はもちろん、遠泳実習である。


ほとんどわたしのための実習だが、いざというときのために泳ぎに慣れておくことは重要だし、単に体力作りとしても効果的だ。


「なんでメアが臨海合宿の担当なんだよ。泳げないのに。」

「全然泳げないわけじゃないんだよ。それに、苦手だからこそわたしが行かないと。」

今回の合宿で必ず苦手を克服してみせる。

ゼノビアに助けられてばかりではいられない。


「だけど、監督するやつが苦手じゃだめだろ。心配で気が気じゃないし、やっぱ俺も行く。」

「ヨハンには大事な任務があるでしょう。生徒はみんな普通に泳げるみたいだから何とかなるよ。」

「じゃあメアが俺の代わりに任務に行って…。」

「やだ。」


「…けど、ウィルフリード様も任務でいねえし、なんかあったらどうすんだよ。この前だって死にかけたんだろ。」

駄々を捏ねるわたしに言い聞かせるように、ヨハンがわたしの頭を撫でる。


「アルフレッドは泳ぎが得意だっていうし大丈夫だよ、ね?」

「…ん?ああ、団長のことは俺が必ず無事に連れて帰る。」

ちょうど近くを通ったアルフレッドに同意を求めて味方に付けた。


「いや、コイツが一番危ないだろ…。てか、いつの間にそんな仲良くなってんだよ。」

ヨハンは胡乱げにアルフレッドを睨み付ける。


別に仲良くなったわけではない。

臨海合宿に行くことができるのなら他のことはどうでも良いのだ。


そしてついに合宿当日。

わたしはヨハンとウィル様の反対を押し切って、タウンゼット侯爵領を訪れていた。


「なあなあ、遠泳実習って団長も泳ぐんだよな?水着とか着るのかな…。」

「え、あ、言われてみれば…。団長の水着姿かあ、綺麗なんだろうなあ。」

「いやでも団長、胸ねぇじゃん。あんま期待しない方がいんじゃね?」

「ばか、そういうとこも可愛いんだろうが。分かってねえなあ。」


生徒達が何やらがやがやと騒いでいる。

遊びに来たわけではないので、だらだらしている暇はない。


「では、早速準備運動を始めます。ここに整列してください。」

「…あの、団長。服装はいつ着替えるのでしょうか?準備運動の後ですか?」


…?

なぜそんな当たり前のことを聞くのか。


「もちろん制服のままで実習を行います。有事の際には、水泳着を着ているわけではありませんから当然です。」

「え…。」


生徒達は皆、何故か愕然とした表情で固まっている。

水着に着替えて楽しく遊べるとでも思っていたのか。


「着衣水泳…。まあ、そうか、そうだよな。」

「ああ、遊びじゃないもんな。訓練だもんな…。」


「お前たち、何をぼさっとしてるんだ。早く並べ。団長の指示に従えないっていうなら俺が…。」

なかなか準備運動を始めようとしない生徒達を、アルフレッドが注意した。


「あー、はいはい。ちゃんとやるって。」

「お前ほんと団長のこと大好きだよなあ。」

生徒達はアルフレッドに言われて漸く動き始めた。


「べ、別に俺は、好きとか、そういうつもりでは…。団長のことは、ただ尊敬してるだけで…。」

「はは、動揺しまくってるし。」

「あー、全然説得力ないなー。」


みんな念入りに準備運動をしてから、海に入り泳ぎ始めていく。

わたしも試しに泳いでみたが、やはり自分のタイミングで水に入る時は問題なく泳げた。


「団長、泳ぐの苦手だって言ってたのに普通に泳いでるな。」

「てか、むしろめちゃくちゃ早えじゃん…。」


やっぱり突然落ちたりしないと練習にならないな。

「あ、アルフレッド。ちょっと来て。頼みがあるんだ。」


近くにいたアルフレッドに声をかける。

アルフレッドはいつもわたしの周りをうろうろしているから、ちょうど通りかかることがよくある。


「わたしをここから突き落としてほしい。」

「え、団長を突き落とすなんて、そんなこと俺にはできな…。」

「お願いだよ。これも訓練なんだ。」

「いや、でも、危ないから…。」


誰に頼んだとしても尻込みされるだろうとは思っていたが、わたしも簡単に諦めるわけにはいかない。


「アルフレッド。これもわたしのためだと思って、ね、頼むよ。」

アルフレッドの手をそっと握り、灰紫色の瞳を見つめて懇願する。


「う、…わ、わかった。」

アルフレッドはやっと了承してくれたが、羞恥に顔を染めて、わたしから目を逸らした。

少し近付き過ぎてしまったようだ。


「事前に声をかけたりはしなくていいから、できるだけ突然、力一杯押してね。中途半端な力だと踏み止まってしまうかもしれない。」

「あ、ああ。」


落とされる準備をしては意味がないので、わたしはぼんやりと海を眺めて気を逸らした。


タウンゼットの海はいつ見ても美しい。

ちょっと懐かしいな。

ゼノビアは今頃、王立騎士団でお兄様に扱かれていたりするのだろうか。


そんなことを考えていると、急に足が宙に浮いた。

完全に脱力していたので、そのまま海に身体が投げ出される。


どぽんっ。


わたしは少し焦って、捥がこうとして気が付いた。

…全然深くない。


水深が変わったわけではないが、あの時とは身長がかなり違うのだから、深さの体感も変わって当然だ。


そっか。

わたし、大きくなったんだなあ。


過去の恐ろしかった記憶がすっと薄れていく気がした。

今まで無意識にかなり気を張っていたようで、ほっとしたら一気に力が抜ける。

体を丸めて水面にぷかぷかと浮かび、ぶくぶくと息を吐いてひと息ついた。


「団長!大丈夫か!?」

アルフレッドが慌てた様子でばしゃばしゃと駆け寄ってくる。


「ん?大丈夫だよ。水の中にもだいぶ慣れたみたい。練習に付き合ってくれてありがとう。おかげで苦手を克服できそうだ。」

「そうか、良かった…。団長が落ちた後、ぶくぶくしたまま動かないから焦った。」


まだ少し心配そうなアルフレッドと一緒に岸に上がった。

他の生徒達がかなりバテてきているようだったので、今日の実習はもう終わりにするように呼び掛ける。


「やっぱり、びしょびしょの制服は気持ち悪いね。」

「ああ、そうだな。…って、団長!ここで脱がないでくれ!」


「はあ、アルフレッドまでそんなこと言って。いちいち気にしてたら騎士団の仕事は務まらないでしょう。それに面倒だし。」

普段ならばヨハンとウィル様に無理やり止められるが、ここに二人はいない。

わたしは構わずそのまま脱ぎ始めた。


「わかった、わかったから!すぐにタオルと羽織るものを持ってくるから少しだけ待ってくれ!」

アルフレッドはものすごい勢いで走って行った。


これから自分で取り行くから別にいいのに。

というか、先に海水と砂を魔法で洗い流すのでタオルは後でいい。

まあ、歩きながら洗えばいいか。


わたしは結っていた髪を解いて、ぐっしょり濡れた上着を脱ぎ、シャツのボタンを外しながら荷物のあるところに向かって歩いた。

魔法で作り出した大きな水の塊に包まれて全身を洗う。


できることならば、乾かすのも魔法で行いたいところだが、そこまで繊細な魔力操作はわたしにはできない。

ウィル様はわたしやヨハンと違い、微量な魔力の操作がとても上手で、わたしはウィル様に髪を乾かしてもらうのが好きだ。


ウィル様の優しい手付きを思い出して、でれでれしていたら、アルフレッドが戻って来た。


「なっ…!団長、待ってくれって言っただろう!そんな格好でうろうろするな!」

「下は脱いでないし、シャツも羽織ったままだから平気だよ。それに、わたしは全裸でも綺麗だってお母様が言っていたし。」


「そういう問題ではなくて…。と、とにかく、とりあえずこれでも被っていてくれ。」

頭から大きなタオルを被せられる。


「ありがとう。このまま着替えて来るよ。」

「絶対にそこら辺で着替えたりしないで、ちゃんと見えないところでやってくれよ…。」

どっと疲れたようにアルフレッドが溜め息を吐いた。

ちょっと走ったくらいでそんなに疲れるなんて情けない。


その後の日程では何事もなく生徒達を鍛え抜いて、初の臨海合宿は無事に終了した。

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