57 安寧
「今日は暖かいですね!もしかしてメア様がいらっしゃるのですか?」
「ああ。今回は長かったからかなり辛かったな。」
「ほんと、死ぬかと思いましたよ!…はあ。メア様が毎日レナード様に会いに来てくださったらいいのになあ。メア様が王城で暮らしていた頃が恋しいです。」
「…それは全員が思っていることだ。」
文官達がわたしの来訪を切望していたとは露知らず、わたしはお願いがあってレナード王子の執務室を訪れていた。
「ただでさえお忙しいのに、こんなお願いまでしてしまって申し訳ありません、レナード様。」
「構わない。騎士と魔導師の間に協力関係を構築することは、軍事力強化のために最優先で取り組むべき課題であると私も考えている。」
今日は、わたしが発案した魔導騎士の養成所、黒銀魔導騎士学校の設立にあたり、レナード王子に共同で理事を務めていただくことを打診しに来た。
出資は黒銀騎士団と国庫とで半分ずつということで合意している。
「それよりメアの方こそ良いのか?学校運営に関して王家に口出しされるのを許すことになるのだぞ。騎士団の運営にまで直接関与できるわけではないが、卒業者は黒銀騎士団に入団することになるのだろう?」
「わたしは、経営や管理よりも任務や育成を優先したいのです。ですから、レナード様にお任せできるなら非常に助かります。それに、そう簡単には卒業できませんから。」
黒銀魔導騎士学校の入学基準はそこまで厳しくしないので、魔力が全くない場合を除いて、少し腕に覚えのある者はすぐに入学できる。
年齢制限なし、入学試験は随時、在学期間に定めはなく、退学もいつでも自由だ。
何年いても良いし、少し力を付けてすぐに辞めても良い。
魔力による身体強化および自然の魔力を借りての魔法発動のノウハウの伝授と、騎士と魔導士の間の軋轢解消が設立の主な目的である。
今後は、この学校の卒業者のみ黒銀騎士団への入団を認めることにした。
これまでは総務局に入団者の選抜を一任していたが、かなり人材を厳選していたようで、今いる団員達は身体能力も魔力操作も優れているし、何より根性がある。
そもそも身体強化も魔力の借り受けも、誰でも簡単に強くなれる方法というわけではなく、本来なら絶対に埋まることのない才能の差を、努力で無理矢理埋める手段に過ぎないのだ。
そのため、覚悟の足りない入学者はそれらを習得することなく自主退学してしまうことになるだろう。
そして、卒業基準は団員との試合で勝つかまたは善戦すること。
善戦とは、具体的には3分間以上試合を続けることだが、黒銀騎士団の団員相手には1分でもかなり難しい。
今後しばらく新規入団者は見込めないかもしれない。
「もし私がその卒業試験に合格したら、私との婚姻を考えてくれるか?」
「いえ。」
「…即答か。だが、私には無理だとは言わないのだな。」
レナード王子の武術の腕前は相当なもので、感情に左右されて魔力が外に漏れ出してしまうほど魔力量も多い。
幼い頃から運動神経も抜群に良かったらしいし、才能があっても努力を怠るような方ではないから、もしかすると本当に合格してしまうかもしれない。
「レナード様の実力なら十分可能性はあると思います。」
わたしがそう言うと、レナード王子は嬉しそうに少しだけ口角を上げた。
「メアといると、すぐにでも王位継承権を棄ててしまいたくなるから困る。」
「もうその脅迫は効きませんよ。」
「そうか、それは残念だ。」
それまで向かい側に座っていたレナード王子が、不意に立ち上がってわたしの隣に座る。
「自分には王妃は務まらないとメアは言うが、国を救った英雄にさえ務まらないならば、いったい誰になら任せられるというのか。そうは思わないか、メア。」
そう言ってレナード王子は優しくわたしの頬に触れた。
如何にわたしを必要としているのかということを、またいつものように懇々と説かれそうな気配を感じて、わたしは早々に撤退を決めた。
「お待ちください、メア様!ただいま、お茶のお代わりのご用意ができましたので、もうしばらくご歓談なさっては?」
これまで空気のように気配を消していた文官が慌てて声をかけてくる。
「メア様、恐れながら進言いたします。この執務室の、この王城の、曳いてはこのシュヴァリツィア王国の平和と安寧は、全てメア様にかかっていると言っても過言ではないのですよ。」
「その通りです、メア様。ですから、今後はもう少し頻繁に登城なさってはいかがでしょうか。いずれ王太子妃となられる際にも、その方が何かと都合が良いでしょうし。」
「ええ。これからもこの国の平和は、黒銀騎士団団長であるこのメア・ウィンチェスターが守ってみせます。では、この後も仕事がありますので、わたしはこれで失礼いたします。」
文官達もあの手この手で外堀を埋めようとしてくるので相手にしてはいけない。
「そんな…、メア様…!」
「メア様が暫くいらっしゃらない時期なんて、寒くて寒くて、城の者が全員凍死してしまいそうなんですよ…!」
悲壮な表情を浮かべて追い縋る文官達をさっと躱しながらレナード王子の執務室を出る。
あの文官達は、わたしの同情を引いてレナード王子とくっつけるために、いつも大袈裟に言うのだ。




