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55 卒業

戦後の後片付けや復興支援のため、ノエル王子の専属護衛は中断となり、今は黒銀騎士団で仕事をしている。


「は?卒業舞踏会に出る?なんでだよ!」

卒業生のために行われるアカデミアの舞踏会は自由参加で、卒業生だからといって必ずしも出席しなければいけないというわけではない。


「なんでって、そろそろ婚約者を探そうかと思って。」

あまりのんびりしていると、本当にレナード王子の妃にされてしまいそうで、わたしは焦っていた。

今まで全く社交の場に顔を出さなかったわたしにとって、卒業舞踏会は手始めに参加するのにちょうど良いのだ。


「…。なら、当日は俺にエスコートさせてくれ。」

「それはずるいよ、ヨハン君。だったら俺が!」

「ウィルフリード様はとっくに卒業してるから出席できねえだろ!」


二人で揉め始めてしまった。

「だめだよ、ヨハン。一人で行かないと声をかけてもらえないじゃない。」

「いや、俺はそれでいいんだけど。」


「メア。」

ふいに、ウィルフリード様がわたしの手を引いて、そちらを向かせた。

いつになく真剣な表情だ。


「俺は、君が好きだよ、メア。これからもずっと、君のそばにいさせて欲しい。」

熱を滲ませるアメジストの瞳がじっとわたしを見つめた。


「ふふ、ありがとうございます。わたしもウィル様のことが大好きですよ。これからも一緒にお仕事頑張りましょう。」

応えるようににっこりと微笑むと、ウィル様は何故か固まって動かなくなってしまった。


「ふはっ。ウィルフリード様も懲りねえなあ。こうなることは言う前からわかってんだろ。」

ヨハンはなんだか嬉しそうに笑っている。


そして、卒業舞踏会の当日。

やっとお嬢様のお支度をお手伝いできるとやたら張り切っていた侍女達の努力と工夫の結晶として、赤色のドレスに身を包んだわたしは会場に入っていった。


「もう少し離れてよ、ヨハン。一緒に来ていると思われるじゃない。」

「わかったって。…ったく、なんでそんな派手な格好してくんだよ。ホールにいる男ども全員メアのことしか見てねえし。」

「だって目立つ方がいいでしょう?今までずっと男だと思われていたのだから、ここで巻き返さないと。」

「…別に、知ってるのは俺だけで良かったのに。」


曲が流れ出すのと同時に、メアをダンスに誘おうと令息達が動き出したのを見て、ヨハンがメアの手を引いた。


「一曲くらいは、俺でもいいだろ。」

「え、ヨハン、ダンスは苦手って言っていたよね?」

「いつの話だよ。ほら、手出して。」


ヨハンに促されてゆっくりと踊り始める。

「…メア、綺麗だ。」

「ふふ、ありがとう。ヨハンもかっこいいよ。」


しかし曲が終わっても、ヨハンは手を離さずわたしを見つめていた。


「なあメア、そんなに婚約者が欲しいっていうなら、俺と…。」

「おいあんた、次は俺と踊れ。」

いつの間にかそこにいたルイ様がヨハンの言葉を遮った。


「…誰?」

「ハートフォード侯爵家のルイ様だよ。」

「なんか、態度でかい奴だな。」

「あ?てめぇこそ、たかが男爵の子のくせに生意気なんだよ。こいつにベタベタくっつきやがって。」


「あの、ルイ様!わたしと踊ってくださるのですよね?さあ、行きましょう。」

こんなところで喧嘩されては困るので、わたしはルイ様をヨハンから強引に引き離す。


「あ!僕もメアと踊りたかったのに!ルイはずるいです!」

「まあまあ、ノエル様。あちらで私と甘いお菓子でもいただきながらお話しましょう。」

向こうでは、オリヴィエがノエルをメアから引き離していた。


「今日は男のフリしねえんだな。」

「普段も別に男のフリをしているわけではありません。」

「あーはいはい。…なあ、後であの楽隊に二人で混じってみねえか?」

ルイ様が悪戯を思い付いたような顔で提案してきた。


「ふふ。それは楽しそうですね。」

絶対に目立つだろうし、そういうのも良いかもしれない。

いや、あまり突飛なことをするのはマイナス評価かな。


「あと、それ、結構似合ってんぜ。」

ルイ様はそう言って、わたしの唇に口付けた。


「ルイ様?」

「あ?なんだよ、ただの挨拶だろ?」

「そうですか。」

「おい、ちょっとは照れたりしろよ。」


「ルイ、先程のはなんだ。」

ルイ様とのダンスを終えて端に寄ると、レナード王子が足早にこちらにやって来た。

すごく寒い。


「なんだよ、王子。俺がこいつにキスしたから怒ってんのか?」

「その通りだ。」

「挨拶だそうですよ。」

「…下心からに決まっているだろう。」

レナード王子はルイ様を憎々しげに睨んでいる。


「はっ、俺は王子達と違って育ちが悪いんでね。紳士ぶって指一本触れられねぇなんざ御免なんだよ。」

ルイ様はにやりと笑ってどこかへ行ってしまった。


「ルイ、貴様…。」

レナード王子は怒りに震えている。

このままではホール全体が氷漬けになりそうだ。


「レナード様、どうか落ち着いてください。その、少し寒いです。」

「…そうか。すまなかった。」

レナード王子は自身の着ていた上着をわたしに貸してくれた。

わざわざ上着を貸していただかなくとも、レナード王子が怒りを収めてくださればそれで十分なのだけれど。


「だが君も悪いのだ、メア。エスコートの待ち合わせ場所に来ない上に、今日のために私が贈ったドレスも着ていない。私の機嫌が悪くなるのも仕方がないというものだ。」

「申し訳ありません。任務でここしばらく邸に帰っておりませんでしたので、そんなお約束があったなんて全く存じ上げませんでした。」

もちろん嘘である。


「…メアは、私が嫌いか?」

先程とは打って変わり、どこかしょんぼりと悲しそうにわたしを見つめるサファイアの瞳に、なんだか居た堪れなくなる。


「そんなことはありません。レナード様のことは心から敬愛しております。…あ、マリア嬢、レナード様がマリア嬢にお話があるそうですよ。では、わたしはこれで失礼いたします。」

わたしは、近くにいたマリア・ソールズベリー嬢にレナード王子を押し付けて逃げた。


マリア嬢は聡明で美しく、とても努力家で気配りのできるご令嬢なので、個人的に王太子妃に相応しいと思って、事あるごとにレナード王子を嗾けている。


「あら、レナード王子。またメア様に逃げられてしまわれたのですか。」

「…ああ。嫌われているわけではないようだが、どうしても王妃にはなりたくないらしい。」


こうしてメアが度々レナードをマリアに押し付けて逃げ出すので、いつしかマリアはレナードの恋愛相談役のようになっていた。


「王妃になっても騎士を続けられるようにする計画はどうなりましたの?」

「それも進めてはいるのだが、もう少し時間がかかりそうでな…。このままでは、そうこうしているうちに、他の男にメアを取られてしまう。」


「そうですわね…。今日、メア様と一曲踊るくらいなら、わたくしがなんとかして差し上げられるかもしれませんわ。」

「本当か!ぜひ頼む。」


次々に声をかけて来る令息達と歓談に興じていたわたしのところに、レナード王子とマリア嬢がやって来た。


「メア様、さすがに先程の態度はレナード王子に対して不敬が過ぎるのではありませんか。いくらレナード王子が寛大な方だからといって、それに甘えて礼儀を欠いていては騎士の名折れでございましょう?」


「は、はい、その通りです…。」

いきなりマリア嬢にすごい剣幕で正論をぶちかまされて、わたしはたじたじになった。


「マリア嬢、そんなにメアを責めないでくれ。私は…。」

「もう一押しなのですから、邪魔しないでくださいませ、レナード王子。」

「…すまない。」


「そして、メア様。貴方はご自身の大切なご友人をレナード王子に救っていただいたのではないのですか?その恩人に対して、なんのお礼も差し上げないままご卒業されようとなさるなんて、なんて中途半端な人生でしょうか。」


う。

確かにご厚意に甘えてしまって、まだそれらしいお礼などしていなかった。


「全てマリア嬢のおっしゃる通りで、返す言葉もございません。…レナード様、大変申し訳ありませんでした。」


頭を下げて落ち込んでいるメアを可哀想に思ってしまったレナードは、気にしなくて良いと言いそうになって、すかさずマリアに止められた。


「ほら、レナード王子。今ですよ。」

「あ、ああ。…メア。その、もしイルミ様の件の礼をくれるというなら、どうか私と一曲踊ってもらえないだろうか。」

レナード王子がわたしに向かって恭しく手を差し出す。


「はい、喜んで。」

断れるはずがない。


「…本当は私が贈ったものを着て欲しかったが、そのドレスも良く似合っている。とても綺麗だ。」

「ありがとうございます。レナード様もとても素敵です。」

わたしがそう返すと、レナード王子はほんの少しだけ微笑んだ。


「…やはり王妃にはなりたくないか?」

「正直に申し上げますと、わたしには荷が重いです。レナード様のことは好きですし、もしもレナード様のお立場が子爵令息辺りでしたら、結婚を申し込んでいただいた時点で即決していたと思います。」

「…臣籍降下でもするか。」

「え!そんな、おやめください!」

「ふ、冗談だ。…この脅しは最終手段だな。」

「…。」

全く笑えない。


それにしても一曲がやたらと長い。

さっきから曲の同じ部分を何度か繰り返しては、また初めに戻るなどしていて、故意に引き延ばされているのは明らかだ。

これが忖度というやつか。


会場の男女がさすがに踊り疲れてきた頃、ようやく曲が終わった。


「楽しい時間だった。余裕ができたらまた王城に足を運んでほしい。」

そう言って、レナード王子はわたしの指先に軽く口付けた。


結局、婚約者候補を選ぶことができないまま卒業舞踏会は終わってしまった。

レナード王子が早くどなたかと婚約してくれさえすれば、わたしが慌てて婚約者を探す必要はなくなるのだが。

わたしにはまだやりたいことが残っているのだから、王太子妃になんてなるわけにはいかないのだ。

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