5 家族
「最近あまり逃げなくなったな。」
剣術のお稽古中、お兄様が言った。
「ええ。少しだけ余裕が出てきましたので、攻撃に転じられるようになりました。」
「そうか。」
自分から話しかけておいて、そうか。だけですか。
もっと褒めてくれてもいいのに。
あれから身体強化のコソ練の甲斐あって、お兄様との鍛錬で如実に成果が表れている。
以前は逃げ回るだけだったのが、上手くいなして反撃までできるようになってきた。
もちろん手加減はされているだろうが、お兄様相手にこれなら、ウィンチェスター侯爵家の名に恥じぬ力を付けつつあると言えるだろう。
しかし、お兄様は相変わらず妹のことなどさして興味が無さそうな様子で、いつも素っ気ない。
わたしは、強く美しく優秀なお兄様が大好きだし、とても尊敬しているので、どうにかしてもう少し可愛がってはもらえないだろうかと日々苦心している。
だが、お兄様の対応は以前と変わらず冷たいままだ。
剣の実力が認められれば、仲の良い兄妹になれるものとばかり思っていたわたしは期待が外れてがっかりした。
お母様は以前と変わらずいつも微笑んでいる。
母が教育には厳しいということはわかっているが、いつもその笑顔の裏で何を考えているのか、わたしにはいまだによく分からない。
お父様との関係は良好なようだが、一体どのような手段であの父との距離を縮めたのか、ぜひ教えてほしいものだ。
ある時、お父様の自室に呼び出された。
普段、お父様との会話なんて食事の時に僅かに言葉を交わす程度だ。
そもそも父は、王立騎士団長として頻繁に遠征しているので、王都の屋敷にはいないことの方が多い。
私室に呼び出されるなど初めてのことだった。
何を言われるのだろうか。
お父様の冷たく整った顔を見て一層緊張する。
「鍛錬は順調か。」
わたしが部屋に入るとすぐ、お父様は書類から顔を上げないまま素っ気無く尋ねた。
お兄様からある程度話は聞いているのではないのだろうか。
「最近になってやっとですが、ウィンチェスター家の者として騎士を目指しても恥ずかしくない程度には成長したと自負しております。」
剣術も体術もなんとか形になってきたし、これで少しはお父様に認めてもらえるだろうか。
お父様は出来の悪い娘をいつも睨んでいた。
魔力があろうと関係ない。
精霊王の加護を持ち、能力に恵まれているウィンチェスター家の子は、例外なく騎士となり、この国を守る義務を果たしてきた。
この家に生まれながら、身体能力は人並みより少し上といった程度で、いまひとつ将来の活躍が見込めないメアは、父にとって恥ずべき存在であった。
「そうか。なら良い。」
お父様は表情を変えずにそう言ったが、ほんの少しこちらに視線を向けた。
「アカデミアでも精進しなさい。」
そう言うとお父様は、すぐにまた手元の書類に視線を戻した。
はっ…!
まさかお父様の口から激励の言葉が聞けるとは…。
わたしは感動に打ち震えた。
わたしはもうすぐ、貴族子女が通う王立アカデミアに入学する。
アカデミアの在学期間は初等部6年間、中等部3年間、高等部3年間で、剣術や馬術、兵法などを学ぶ騎士科と、魔法や魔道具などについて学ぶ魔法科と、あらゆる学問を修め、将来国政を担う人材を養成する普通科の3つの科に分かれている。
ウィンチェスターの子はみんな騎士科に入るので、わたしももちろん騎士科だ。
ただでさえ女の身で騎士科に入るのに、もし以前のように弱いままだったら確実にばかにされていただろう。
騎士を舐めてるのかと非難されてもおかしくない。
身体強化が上手くいって本当によかった。
仲の良いお友達はできるだろうか。
たしか従兄弟のゼノビア・ウィンチェスターもわたしと同時期に入学するはず。
ゼノビアはウィンチェスター侯爵家の分家の子だが、なんとも暑苦しい男の子だ。
開口一番に勝負を挑んでくるに違いない。
いずれは授業で試合する羽目になるだろうが、できるだけ近付かないようにしたい。
ゼノビアも精霊王さまの御加護を受けているし、性差もあるから、まともに対戦すれば、わたしなどゼノビアに簡単に負けてしまうだろう。
魔力で身体強化して戦わなければ。
だが、あのゼノビアのことだ。
わたしが勝ったらその後何度も何度も勝負を挑んで来るだろうし面倒だ。
だからといって適当に手を抜いて負けてしまうと他の子に舐められそうだし、お父様やお兄様にもまた失望されてしまうかもしれない。
いい感じに競り合って負ける必要がある。
まあ、わたしはそこまで負けず嫌いというわけでもないし、うまくやれるだろう。
世渡り上手というやつなのである。