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49 奇跡

会計部門の作業の進捗が悪いせいで、気温が下がりっぱなしとのことで、この日もわたしはレナード王子の執務室に連れて来られていた。


「レナード様、それはなんですか。」

レナード王子の頭に羽のある小さな生き物が付いている。


「ん?何のことだ?」

「レナード様の頭の上に、小人のような何かが乗っています。妖精さんでしょうか。」


「そのとおりー!あたいは妖精さんなのー!おうぞくじゃないのに、あたいが見えるなんて小娘のくせに大したもんなのー!」

緑色の髪に緑色の目をした可愛らしい生き物が、わたしとレナード王子の間に降りて来た。


「イルミ様、いらしていたのですか。」

「だってもうすぐお祭りなのー!」


イルミ様は、シュヴァリツィア王国に恩恵を与えてくれる妖精の中でもかなり高位のお方らしい。

王家が司る春の祭事のために来てくださったそうなのだが。


「今は秋ですから祭事は半年後ですよ、イルミ様。」

「えー!半年も一年も短くてよく分からないのー!」

「ちゃんと覚えてください。」


「むー!…あれー?よく見たら、小娘はあたいの魔力を持ってるのー!あたいがこの前取り換えようとして失敗した赤ん坊なのー!」


え。

まさか、わたしの魔力が全属性で魔力量が異常なのってそのせいなのか。


「メアを取り換え子にしようとしたのですか。」

レナード王子が困ったように尋ねた。


取り換え子は、生まれるときに人間そっくりの妖精の子と入れ換えられてしまった子のことだそうだ。


「そうなのー!たまたま目に付いて、綺麗だったから持って帰ろうと思ったのー!もう一人、黒髪の赤ん坊も取り換えようとしたのに、精霊王にじゃまされたのー!」

「それって、もしかしてヨハン…?」


ヨハンは夏生まれで、わたしは冬生まれだから時期が合わないが、妖精も精霊もわたし達とは時間の感覚が違うようだし、ヨハンの取り換えもわたしの巻き添えで阻止されたようだ。


「知り合いなのー?ならそのガキもあたいのこと見えるかもしれないし、会ってみたいのー!」

「…申し訳ありません。ヨハンはずっと、眠ったまま起きないのです。魔力神経を損傷してしまったらしく…。」


「そんなのあたいが治してあげるのー!」

「…!本当ですか!?」


ああ、やっとヨハンを。


「その綺麗な金色をくれるなら治してあげるのー!」

イルミ様はレナード王子の髪を指差した。


「あ、あの、銀色で妥協してはいただけないでしょうか。」

「だめなのー!銀色も綺麗だけど、いまは金色がいいのー!」

「そんな…。」


せっかくヨハンを助けていただけると思ったのに。

だが、さすがにレナード王子の御髪を渡すわけにはいかない。


「そんな顔をするな、メア。髪の一房くらいどうということはない。それに、協力すると約束しただろう。」

普段より少し優しい声色でそう言うと、レナード王子はナイフを取り出しその場で自分の髪を少し切った。


「ありがとなのー!すぐにそのガキのところに行くのー!」

「ヨハンはデイカー男爵領にいるのですが、イルミ様は転移できますでしょうか。」

「当たり前なのー!レナードと小娘もまとめて飛ばすのー!」


デイカー男爵邸に着くと、いつものように男爵と夫人が飛び出して来た。

「ようこそおいでくださいました、メア様!…と、そちらの方はまさか、レナード王子、でいらっしゃいますか…?これはこれは、殿下におかれましては…。」

わたしが急に来るのは慣れてきていたデイカー夫妻も、レナード王子の突然の訪問に泡を吹きそうな勢いで慌てていた。


「礼は良い。それより早くメアをヨハンのところに案内してやれ。」

「は、か、かしこまりました!」


わたし達はすぐさまヨハンの部屋に通された。

部屋は変わらず手入れが行き届いている。

少し痩せてはいるが、不思議なことにヨハンの外見は半年以上前からほとんど変わっていない。


「たしかにこのガキは魔力の流れが止まっているのー!さっそく治すのー!」

イルミ様は、ヨハンの周りをくるくる回り、手首やこめかみなどに、ちょんちょんと触れていった。


「治った、のですか…?」

「大丈夫なのー!すぐに目を覚ますのー!」

イルミ様が言った直後、ヨハンの瞼がぴくりと動いた。


「ヨハン!」

「…ん、メア?どうしたんだ、そんな、泣いてるのか?」

ヨハンは、なんでもないように起き上がってわたしの目から溢れた涙を指で掬った。

縋り付くわたしの頭を宥めるように撫でる。


「起きても大丈夫なの?肩はまだ痛む?」

「もう痛くねえよ。でも腹減ったな。…なんだよ、ちょっと長く寝てたくらいでそんなに泣くなよ。」

「ちょっとじゃない。もう秋だよ。」

「…は?」


それからわたしは、ヨハンが毒矢を受けてから今までのことを時間をかけて説明した。


「それで王子がこんなとこまで…。レナード王子、イルミ様、ありがとうございました。」

「大したことはしていない。」

「金色もらったからいいのー!」


「んじゃ俺、なんか食ってから騎士団に顔出すわ。ウィルフリード様にもお礼言わねえとな。…てか、メアはノエル王子の護衛になったって言ってなかったか?そばにいなくていいのか?」


「あ、良くない!もう少しヨハンと一緒にいたかったけど、また今度ね…。」

離れ難くて、わたしはヨハンにぎゅうっと抱き着いた。


「…あんまくっつくなよ、メア。そんな無防備だと、食っちまうぞ。」

ヨハンはわたしの額辺りに軽く口付けた。


「ふふ、半年以上何も食べてないんだからお腹ペコペコだよね。栄養あるものたくさん食べてね。」


悪戯っぽく笑ったメアを見て、ヨハンは一気に全身の力が抜けるように感じたのだった。


「メアとヨハンは、その、どういう関係なんだ?」

王城に戻ると、レナード王子が躊躇いがちに尋ねてきた。


「…?以前もお話したと思いますが、黒銀騎士団の仲間で、わたし唯一の友人です。あ、今は唯一ではないかもしれませんね。」

「そうか、やはり友人なのか。まあ、たしかにあの様子では…。」


「レナード様、今日は本当にありがとうございました。わたしはノエル様の元に戻りますので、これで失礼いたします。」

レナード王子は何やらぶつぶつ呟きながら考え事を始めてしまったようなので、わたしは急いでノエル王子のところに戻って行った。

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