48 肝試し
「暑いです…。」
「ええ、暑いですね。」
今ノエル様は勉強の真最中だが、暑さでいつもの集中力が発揮できていないようだ。
「ノエル様は勉強も剣術も本当によく頑張っておられますし、今夜は気分転換に城内で肝試しなどいかがですか。」
わたしが護衛をしながら魔法で演出も担当すれば安全だし、少しは涼しくなるかもしれないと思って提案してみたが。
「き、肝試し、ですか…。僕、暗い場所やおばけとかは苦手…、いや、こんなことくらいで怯んでいてはメアに認められるような男にはなれませんよね。やりましょう、肝試し!」
「苦手だとは知らずに申し訳ありませんでした。無理なさらないでください。」
「いえ、やります!この機会に克服して見せます!」
もはや撤回できそうになかったので、ロイド様にお伺いを立てて、結局今夜、肝試しを行うことに決まった。
勉強の後、自室でフルートのお稽古をするノエル王子を眺めていると、レナード王子付きの文官が焦った様子で駆け込んで来た。
「メア様、お願いでございます!どうか、レナード様を今夜の肝試しにお誘いいただけませんでしょうか!」
非常に切迫した表情で頼み込んでくる。
「あの、もちろんお誘いするのは構いませんが、どうしてそこまで必死でいらっしゃるのでしょうか。」
「メア様とノエル様がお二人で肝試しをなさると聞いてから、レナード様はいつにも増しておそろ、いえ、その、鬼気迫るご様子で政務に取り組まれていて、同じ執務室にいるだけで、我々は今にも凍て付きそうなのでございます。」
「レナード様がそんなに肝試しがお好きだったとは存じ上げませんでした。ふふ。こんな暑い日に凍て付きそうなほど空気が痛いだなんて、よほど肝試しをなさりたかったのですね。」
「いえ、そうではないのですが、もはや一刻の猶予もありません。メア様には今すぐにレナード様の元に来ていただきます。」
どういうことだろう。
レナード様のご機嫌が良くないことがそんなに切実な問題なのか。
疑問に思いながらも、促されるままにレナードの執務室に向かった。
文官がノックも無しにドアを開けたので焦ったが、すぐにそれどころではなくなった。
「さっ…、むぃ。」
ドアの向こうには極寒の世界が広がっていた。
そこには、ガタガタと震え、真っ白な息を吐きながら、懸命に仕事を続ける文官達と、文字通り背筋の凍る目付きで仕事の遅れた者を睨み付けるレナード王子がいた。
「おい、ソールズベリー領の報告書はまだか。いつまで私を待たせるつもりだ。」
「…も、申し訳ありません!」
「死にたくなければさっさと手を動かせ。」
これは確かに一刻を争うな。
「レナード様、突然の訪問をどうかお許しください。このメア・ウィンチェスター、レナード様にお願いがあって参りました。」
意を決してレナード王子に声をかけると、鋭く細められたサファイアの目がこちらに向けられる。
レナード王子はわたしに気付くとほんの少しだけ表情を緩めた。
「メアか。別に約束など無くとも、好きな時に来て構わない。で、願いとはなんだ。」
室温がみるみる正常に戻っていく。
だんだん暑くなってきた。
まだ肝試しの話はしていないのだけれど。
すでに用件を察しているということだろうか。
極寒地獄から解放された文官達は、九死に一生を得たような様子で、先ほどから尊敬の眼差しでわたしを見つめている。
元凶もわたしにあるのだが、幸いそれは忘れてくれているようだ。
「すでにお聞きかと思いますが、今夜ノエル様と共に肝試しを行う予定なのです。よろしければ、レナード様にもぜひご参加いただきたいのですが、いかがでし」
「参加する。」
返事が早い。
やはり相当な肝試し好きなのだろう。
これは演出もかなり拘らなくては。
レナード様のご期待に添えるように頑張ろう。
…はっ、専属護衛なのにノエル様のお側を離れてしまった。
急いで戻らないと。
「お待ちください!もう少し、もう少しだけゆっくりされていってはいかがでしょう?」
「そうですよ、メア様!そんなに慌てて戻らずとも、ノエル様のお側にはメア様以外の騎士もおりますし!」
「すぐにお茶をお持ちいたしますから、こちらにお座りになって少々お待ちくださいませ!」
「せっかくですから、レナード様とお話などされてはいかがですか?美味しいお菓子もご用意して参りますので!」
退出の挨拶をしようとしたら、文官達が必死に引き留めてきた。
肝試しは参加できることになったのだから、わたしが帰った途端にさっきの状況に逆戻りってことはさすがにないと思うが、まあ、心配になるのは分かる。
「ですが、皆さまのお仕事の妨げになるのでは…。レナード様はよろしいのですか?」
「構わない。少し休憩にしようと思っていたところだ。」
…とても休憩しそうな雰囲気には見えなかったけど。
まあ、文官さん達も気の毒だし、レナード様が良いっておっしゃるならいいか。
レナード様とのお話では、黒銀騎士団の活動、特にガイラシア、ミラジオとの交戦時のことについて詳しく聞かれた。
「…それで、その時わたしのせいで、大切な友人を傷付けてしまったのです。あまり楽しいお話でなくて申し訳ありません。」
「いや、こちらこそ、辛い経験を話させてしまってすまない。毒を受けて意識が戻らないというその友人の件、何か手がないか私の方でも調べてみよう。」
「あ、ありがとうございます!レナード様にご協力いただけるなんて、なんとお礼を言ったら良いか…。」
「別に大したことではない。今後も何か困ることがあれば私に言うと良い。」
途端に破顔して感謝するメアを見て、レナード王子は満足そうに頷いた。
いよいよ肝試しを開始しようという時、外では急に大雨が降り出し、雷が鳴り始めた。
「うう…、ぎゃ!メア、またピカって、あ、う。うわぁん、怖いです助けてください、メアぁ。」
ノエル王子は雷も苦手なようで、肝試しの前なのに先ほどからずっとわたしにしがみ付いている。
「兄上、苦手なものを克服して強い男になるのではなかったのですか。」
「怖いものは怖いのです…。メア、ぎゅって、僕をぎゅってしてください。」
「どさくさに紛れて何を言っているのですか。早くメアから離れてください。」
肝試しにはぴったりの天候だったが、ノエル王子が怖がりすぎて全く進められなかったため、結局肝試しは中止になってしまった。
大の肝試し好きであるレナード王子がまた怒りで部屋を冬に変えないか心配したが、中止になったことは何故か気にしていない様子だ。
しかし、その日以来わたしは、レナード王子の機嫌が悪くなる度にお茶に呼ばれて文官に連行されることになったのだった。




