46 ルイとの出会い
ある日の朝、教室に入ってすぐに、何かが飛んできたので咄嗟に手で掴んだ。
「なんてことをするのです、ルイ。メア様に向かって紙くずを投げるなんて…。」
「わざとじゃねんだよ、姉さん。そこのくずかごに入れるつもりだったんだけどよ。」
紙くずに何か書いてある。
放課後、第二音楽室に来い。
―ルイ・ハートフォード
わたしにゴミを投げ付けてきたこの男の名前だ。
隣にいるのはオリヴィエ・ハートフォード嬢で、ルイ様は彼女の義弟である。
元々は平民だが、拾ったヴァイオリンで日銭を稼いでいたところをオリヴィエ嬢に拾われたらしい。
ヴァイオリンの才能は相当なものだ聞いたが、それだけで平民を養子に迎えてしまうとは、さすがはハートフォード侯爵家だ。
芸術と娯楽の都として名高いハートフォード領でなければ、絶対に起こり得ないことだろう。
わたしに何の用だろう。
そして何故音楽室なのか。
見なかったことにして、わたしはそれをくずかごに捨てた。
「ごめんなさい、メア様。ルイが大変失礼を…。」
緩やかに波打つピンクブロンドの髪に、金色の瞳をした美少女がわたしに謝る。
「お気になさらず。」
オリヴィエ嬢に軽く微笑み、横のルイ様に目を向ける。
ルイ様は、癖のない濃紺の髪に、オリヴィエ嬢とお揃いの金色の瞳を持ち、非常に整った容姿をしている。
元から侯爵令息だと言われても分からないほどだ。
「ほら、コイツが気にしなくていいって言ってやがんだからもう行こうぜ。」
口さえ開かなければ。
「ルイ、その言葉遣いを改めなさいといつも言っているでしょう。…申し訳ありません、メア様。これ以上無礼を重ねないうちに失礼いたしますわ。」
その日の放課後は、もちろん音楽室など寄らずにすぐに帰った。
面倒なのと、ノエル様のお側を離れるわけにはいかないからだ。
誰に呼び出されたって行くわけがない。
「おい、てめぇ。なんで昨日来なかった。」
翌朝、今度はルイ様が一人で直接話しかけてきた。
「いったい何のことをおっしゃっているのか分かりません。」
「とぼけんな。昨日の紙に、放課後音楽室に来いって書いてあったの見ただろうがよ。」
「投げられた紙くずが、もしかしたら自分宛ての手紙かもしれないと思う人間がこの世にどれほどいるのでしょう。」
「ぐだぐだうるせぇんだよ。…ああもういい。ならここで言うけどよ、てめぇ、なんで男のフリなんてしてやがる。」
へえ、気付いてくれるなんて珍しい。
「別に男のフリをしているわけではありません。わたしは騎士なので、いつもこのような格好をしているのです。」
「よく言うぜ。いっつもノエル王子にべったり張り付きやがって。男のフリして王子の気を引こうって魂胆だろ?だがそうはいかねぇ。ノエル王子は姉さんのもんだ。てめぇが気安く近付いていい相手じゃねぇんだよ。」
…。
オリヴィエ嬢はノエル王子のことがお好きなのか。
そしてルイ様はシスコン、と。
「わたしは陛下からノエル様の専属護衛騎士の任を拝命しておりますので、べったり張り付くのが仕事なのです。」
「はあ?ただの仕事だって言うのかよ。だけどノエル王子のあんたを見る目は、どう見たって完全に恋する乙女の目だ。適当なこと言うんじゃねえ。これ以上、姉さんの王子に色目遣おうってんなら承知しねぇぞ。」
いや、知らないし。
そういうことはそっちで勝手にやってくれよ。
わたしが呆れて何も言わないのを了承と取ったのか、ルイ様はふんと鼻を鳴らして立ち去って行った。
そして、入れ替わるようにノエル王子がこちらに近付いて来る。
「メアは、お仕事だから僕のそばにいてくれているのですよね…。僕のせいで、騎士団の活動にも参加できなくなってしまったし、本当は面倒に思っていますか…?」
ところどころ聞かれていたようだ。
ノエル王子は不安そうにこちらを見つめている。
最初は転科が嫌で、護衛の話を受けたのも渋々だった。
でも王城での生活もそれなりに楽しいし、ノエル王子が努力しているのを間近で見ていると、自分も力を貰えている気がする。
「確かに初めは少し思うところもありましたが、何事も経験ですし、今はノエル様にお仕えすることができてとても楽しいですよ。」
安心させるように微笑むと、ノエル王子の表情はすぐに明るくなる。
「いつかきっと、メアを守れるような男になりますからそのときは、僕だけのお姫様になってくださいね。」
ノエル王子が何か囁いたようだか、ほとんど聞き取れなかった。
「…申し訳ありません。よく聞こえなかったので、もう一度お願いいたします。」
「これからも僕の護衛をよろしくお願いしますね、と言ったのですよ。」
「そうでしたか。もちろん今後も精一杯務めさせていただきます。」
とびきり愛らしい笑顔を受けて、わたしは力強く頷いた。
この頃から、ノエル王子もレナード王子のように陛下の政務の一部を手伝うようになった。
ノエル王子の急激な追い上げにより、レナード王子に決まりかけていた王太子の座は、まだまだ行方が分からなくなったのだった。




