4 稽古
メア・ウィンチェスター5歳。美少女。
伸ばした銀髪を邪魔にならないようにいつも後ろで一つに結った姿は美少年にも見える。
今日もお兄様と一緒に剣術のお稽古だ。
とても気が重い。
わたしは同じ年頃の女の子に比べれば背も高いし、手足も長いと思う。
だがお兄様の比ではない。
お兄様はお父様そっくりの美形、まるで作り物みたいな美しさだ。
その透き通った空色の瞳で睨まれると背筋が凍る。
今日もお兄様はいつものように全力でわたしを叩き潰しに来る。
わたしはそれを必死に回避し逃げ回る。
体力も俊敏性も腕力もお兄様の方が数段上なのだ。
これはもはや剣術の訓練ではない。
最小限の動きで、最小限の体力で、お兄様の猛攻を受け流し避ける訓練である。
わたしが武術のお稽古を始めて以来、お兄様は女だからとか幼いからといって容赦などせず、本気で攻撃してくる。
さすがに大怪我するほどではないが、細かい傷や痣は日常茶飯事だ。
死にそうなくらい怖いし痛いし、毎回涙目である。
そんな危険なお稽古をしていても両親も使用人も何も言わない。
ウィンチェスター家ではこれが当たり前の風景なのだ。
ヴィクトルお兄様はわたしより6歳上だが、今のわたしくらいの歳頃にはすでに大人と手合わせしていたそうだ。
わたしにもお父様やお兄様のように、精霊王さまの御加護がちゃんとあればこんな辛い思いをしなくて済んだだろうか。
「メア、逃げてばかりではないか。そんなことでウィンチェスター侯爵家の者として恥ずかしくないのか。」
泣きそうな顔で這い蹲っているわたしをお兄様が侮蔑の表情で見下ろす。
「わたしもこのままではいけないと、もっと強くなりたいと思っております、お兄様。ただ、もう少しその、手加減をお願いしたく…。」
「甘えたことを言うな。情けない。」
「うわっ、危ないです、お兄様!そんなのが当たったら骨が折れてしまいます!」
はあ。やっと今日のお稽古が終わった。
このままでは剣術が上達する前に死んでしまう。
早く手を打たなければ。
だが、わたしが使えそうなものなんて魔力くらいしか思い付かない。
うーん、魔力で身体能力を強化とか、できるだろうか?
どんな本にもそんな方法は書いてなかったけど…。
だがこちらは後がないのだ。
死にたくなければやってみるしかない。
早速その日の夜、自室で試してみた。
「今までは外に向けてた魔力を体の中に満たすイメージかな?なかなか上手くいかないな…。おっ?さっきより速く動けた?かな?実戦で使うにはもっと練習が必要だな。」
魔力の扱いはだいぶ慣れてきていたので、練習を重ねれば、戦闘中でも魔力で身体強化できるようになりそうだ。
「これで練習すれば、お兄様にいじめられずに済むかもしれない。強くなったらお父様もきっと見直してくださるはず。」
それからわたしは夜のコソ練では主に身体強化の練習をするようになった。
もっと速く、もっと強く、もっと。
お兄様に認められたい。
お父様に認められたい。
ダメな子だって思われたくない。
わたしだってウィンチェスター侯爵家の子だ。
はやく強くならないと。