27 侵犯
「おかしいですね。今日はわたし達の他には森に入る予定の者はいなかったはずですが…。」
王立騎士団支部の拠点でもそんな話は聞かなかった。
近付きすぎないよう注意しながら、できるだけ気配を殺して様子を窺ってみることにした。
「…、こんなことして、ほんとに意味あんのかね。地道すぎんだろ。」
「多少はあるんだろうよ。実際少しは広がってきてるしな。ただ、向こうに気付かれねぇように少しずつやらねぇといけねぇのが面倒なところだよな。」
何人か男がいるのが見える。
しばらく見ていると、男達は、斧で木を切り倒し、その後切り株を取り除いて綺麗に整地をしているようだった。
わたしはその光景を見て驚愕していた。
「国境が、こんなに近くに…?」
この森は、それ自体が隣国ガイラシア公国との国境になっており、森の始まりからがウィンチェスター領、つまりシュヴァリツィア王国の領土である。
この部分の国境は、外壁や関所などを備えていないが、もしもここから攻め込まれたとしても、お父様率いる王立騎士団が負けることは万に一つもない。
シュヴァリツィア王国内外で最強の名を欲しいままにするウィンチェスターの領地を、わざわざ選んで攻め入る馬鹿はいないのだ。
「まともに戦っても勝てないからって、森を減らして領地を拡げようとするなんて…。」
わたしはガイラシアの荒唐無稽な策に呆れつつ呟いた。
「だけど、もし気付くのが遅れていたら、知らぬ間にかなり侵略されることになっていたんじゃないか?」
ウィル様の言う通りだ。
今回、実行の現場を目撃できていなければ、後で森が減っていると気付いてガイラシアを詰問しても、知らぬ存ぜぬで押し通されていただろう。
「ここってメアの家の領地だったよな?待ってろ。あんな奴ら、俺がすぐに捕まえて来てやるよ!」
そう言うなりヨハンが飛び出して行ってしまった。
「え!?ヨハン、ちょっと待って…!」
そう言ったわたしの声はヨハンに届かなかった。
ああもう、仕方ない。
うまく誤魔化せるといいんだけど。
「待ってよ!ヨハン!」
わたしはヨハンを追いかけ、あの男達にも聞こえるようにヨハンを呼んだ。
「見つかっちまったか…?」
「いや、まだわからん…。」
男達がこちらを警戒して、慌てて道具を片付け、身を潜めたのがわかった。
わたしは、速度を緩めたヨハンに追い付いて、その手を取り両手で包み込むと、できる限り熱っぽい目でヨハンを見つめながら言った。
「もう。置いていくなんてひどいじゃないか。わたしを独りにしないでくれよ。ヨハンがいなくなってしまったら、わたしは…。」
さらにヨハンに顔を寄せて深緑の瞳を覗き込む。
二人だけの甘い雰囲気を演出して、他のことなんて何も目に入ってませんという感じで、全てを有耶無耶にする作戦だ。
男達が相当な野暮でなければ声を掛けてきたりはしないだろうと見積もった。
「なんだあれは…。」
「男同士なのに、両方やたら男前だから画になるな。」
「ああ。こんなとこまで来てこっそり逢い引きしてる若い兄ちゃん達を俺は邪魔したくねぇよ…。」
「どっちにしろ今日の作業はもうすぐ終わりだったしな。ちょっとくらい早めに切り上げてもいいだろ。」
どうやらわたしの作戦は成功したようで、男達はそそくさと立ち去っていった。
「なんとかなったみたいでよかった。…ヨハン?どうしたの?」
ほっと一安心して、ヨハンの方を見ると、ヨハンは耳まで真っ赤にして固まっていた。
目を見開いて口をぱくぱくさせているが、声が出ないようだった。
「今日はこのまま帰ってお父様に報告する。不用意に他国の者と戦闘するわけにはいかなかったんだ。それに、国土を侵されていると証言するのがわたし達だけではきっと不十分だ。ガイラシアが言い逃れできないよう、慎重に情報を集める必要があるんだよ。」
聞いていなさそうだが、わたしは一応ヨハンに説明をした。
「ウィル様。ヨハンが動かなくなってしまいました。どうすれば良いでしょうか。」
近付いてきたウィル様に聞いてみた。
「メア、君は…、もしも飛び出して行ったのが俺でも、同じ様にしてくれたのかな…。」
ウィル様はわたしの問いには答えず、神妙な顔でよく分からないことを言った。
「ウィル様はヨハンと違って勝手に飛び出したりしないでしょう?」
「…まあ、それはそうかもしれないけどね。」
わたしが首をかしげながら聞くと、ウィル様は苦笑いしていた。
その後わたし達は、王立騎士団支部にもこの件を伝えて王都に戻り、ベラドナの実を納品した後、そのまま王立騎士団本部に向かった。
今日はお父様もお兄様も本部にいるはずだ。
すぐに報告に行こう。
対応は、国王陛下やお父様達に任せた方がいいだろう。
王立騎士団本部の訓練場に入ると、ちょうど休憩時間だったのか、座って休息を取っている騎士達が一斉にこちらを見た。
騎士達はわたし達をじろじろ見ながら、何やらこそこそと話していた。
「…だれだ?」
「わからん。学生っぽいけどな…。」
「三人ともやたら見目がいいな。」
「こんなところにガキが何しに来たんだか。…っておいあれ!」
「何の用だ、メア。」
気が付くとお兄様が近くに来ていた。
それを見ていた騎士達が、ざわざわと騒ぎ始める。
「え、ヴィクトル殿…!?」
「もしかして、あれが例の弟か?」
「言われてみれば、確かに似てるかもな。」
「あんなにひょろくても、やっぱ団長やヴィクトルさんみたいに出鱈目に強いんだろうな…。」
「お兄様、お疲れ様です。急ぎ、ご報告したいことがあって参りました。お父様はいらっしゃいますか?」
「ここでは父と呼ぶなと言われている。父様のことは団長と呼びなさい。」
「…承知しました。本当はわたしも団長なのですけれど、仕方ありませんね。」
「いちいちくだらないことを言うな。」
そこへひとりの美男が近づいて来た。
「おい、ヴィクトル!それがお前の弟かよ。顔は似てるけど、弟の方が性格良さそうだな!」
ガハハと笑いながら言う。
「俺はジルヴェスター・バース。ヴィクトルの親友だ。よろしくな。」
「親友になった覚えはない。」
「そんなつれないこと言うなよ。あ、俺こう見えても、ヴィクトルに剣で勝ったことがあるんだぜ。」
「お兄様に…!すごいです。ジルヴェスター様はとんでもなくお強いのですね!」
「…こいつが卑怯な手を使っただけだ。」
「ふふふ、…知りたいか?」
「メア、団長を呼んで来るから奥で待っていなさい。それとジルヴェスター、お前は一刻も早くメアの前から消えろ。」




