1 誕生
ちらちらと雪が舞い、朝から一段と冷え込んだ冬の日、ウィンチェスター侯爵家に、世にも美しい女児が誕生した。
「旦那様!ヴィクトル様!大変でございます!」
別室で待機していた父ラインハルトと兄ヴィクトルのところに、大慌てで侍女がやってきた。
「生まれたか。」
「それが…。」
「なんだ。欠陥でもあったか?」
「いえ!とても美しく健康な姫でございます!」
「ではなんだ。」
「それがその…。」
「もういい。直接見た方が早い。行くぞ、ヴィクトル。」
メアと名付けられたその赤子は、ペリドットのような緑色の瞳に、父や兄と同じ銀色の髪をしていた。
「緑の瞳か。あり得んな。」
「ラインハルト様。私は不貞など犯してはおりませんよ。」
「…そんなことは疑っていない。」
にっこり微笑む母ユーリアナの静かな主張に対して、父は無表情で応えた。
緑色の瞳は膨大な魔力を持つ証である。
しかし、ウィンチェスター侯爵家で生まれる子どもだけは絶対に魔力を持たないと決まっている。
魔力は全くないが、精霊王の加護により強靭な体と人間離れした身体能力を持つ、それがウィンチェスター侯爵家の者の特徴である。
領地が北の国境沿いに位置するウィンチェスター侯爵家は、その化け物じみた能力を遺憾無く発揮する騎士の一族として、古くからシュヴァリツィア王国の国防の要であった。
「例外か。もし加護を持たぬとしたら使い物にならんな。」
「あら。メアは私たちの娘ですから、将来きっと誰よりも美しい子になりますわ。女の子なのですし、特別強くなくても良いではありませんか。立派な淑女になれるよう、私がきっちり教育いたします。」
「男であろうと女であろうと関係ない。ウィンチェスターに生まれたからには、他家に遅れを取るような恥は晒せぬ。これの出生はしばらく内密にしておけ。」
「ふふ。またそんなこと言って。私はラインハルト様が一番メアを甘やかす気がいたしますわ。それに存在を隠したりなんかして、この子の大事な婚約者選びはどうするのですか。」
「いいか、ユーリアナ、そんなものはメアに必要ない。」
生まれたばかりの赤ん坊は、真ん丸の目を大きく見開いて父親を眺めている。
「母様、私にもメアを抱かせてください!」
「ええ。そーっと優しくよ、ヴィクトル。」
秋に6歳になった兄ヴィクトルは、恐る恐るといった様子で、大事そうにメアを抱えた。
「見てください!メアが私の顔を見て笑っています!なんて可愛いのでしょう…。」
「あら。メアはお兄様が好きなのね。」
「…ヴィクトル、私にも寄越しなさい。」
「ふふ、そんな怖い顔ではメアが泣いてしまいますよ、ラインハルト様。」
こうして、ウィンチェスター侯爵家始まって以来の落ちこぼれであるメア・ウィンチェスターは誕生した。