幕あい Part L-1 絶対楽勝だよ
【西暦2126年10月23日】
その日、銀色の小型ポッドに包まれたいくつかの物体が、地球の静止軌道上に存在する施設より地表に向けて放出された。
ポッドの1つが落下した場所は、北アメリカ大陸。
かつてアメリカ合衆国カリフォルニア州と定義されていた西海岸の一地域だった。
「あれが流れ星ってやつか……!
それも、こんな近くに!
スゲー!!」
赤く尾を引いて地上に落下するポッドを見た少年は、生まれて初めて見た「流れ星」に感激し、1人興奮していた。
何とかなる気がするんだ。
明日の最終テスト。
確かに今までの能力テストの結果は散々だった。
俺の能力査定スコアは、最高で52.6。
パイオニアとしてラボ勤めが出来るのはスコア80以上だから、正直言って絶望的だったんだけど、今度の最終テストは楽勝でボーダーラインを超えられる。
そんな確信がある。
この最終テストでスゲー良い点取りゃ、今までのスコアなんか無視して採用して貰えるんじゃないか。
メッセージが来てる。ヘレナからだ。
「ノット、明日の最終テスト頑張ろうね!」
ヘレナからメッセージを貰うのは久しぶりだ。
何か気まずくなって、最近話してないし。
でも、明日のテストで全て変わるんだ。
「おう!
最近絶好調だから、やれそうな気がしてる。見てろよ!」
ヘレナに返信する。
「おいノット!
お前まだパイオニアになるとか言ってんの?
無理無理! お前のスコアじゃ!
俺らと一緒にノーマルとして死ぬまで楽勝しよーぜ」
誰だこのメッセージ。
ああ、ジョンか。一緒にされてたまるかよ。
誰がノーマルになんか。
俺の年齢は今、14歳と11ヶ月。
来月15歳の誕生日。
その日に俺の人生が決まるんだ。
パイオニアになるか、ノーマルになるか。
つまり働くか、働かないか。
スクールのヤツらはほとんどがノーマル志望。
働かないでずっと一生遊んでばっかりなんて、何が楽しいんだろ。
確かに働かなくても生活に困りゃしないけど、俺は一度で良いから本物のビーフステーキを食ってみたい。
合成食料だけで一生終わるなんてご免だ。
それにはパイオニアになって、働いて、特権にありつかなきゃ。
うちのスクールでパイオニアになれそうなのはヘレナだけって言われてる。
あいつは平均スコア83.7点。あいつも将来研究がしたいって、小さい頃からずっと俺と話してた。
俺を置いていくなよ。
必ず追いつくんだ。
今度の最終テスト、何とかなるって思ってるのは強がりじゃない。本当だ。
だって、あの日から考えるスピードがウソみたいに早くなったんだから。
そう、流れ星の落下跡を見に行った、あの日――。
あの夜、勉強が煮詰まって、かといって眠くもなくて。俺は外に出た。
時刻は深夜を回って2時頃だったかな。
外なんて出るの何年ぶりだろう。
ずっと「揺り籠」の中から出てなかったからな。
灯りのない夜空には、星が瞬いている。
やっぱり生で見る景色は、画面を通してバーチャルで見るのと全然違う。
空気はザラザラしてちょっと臭くって、肺に刺さるような感じがするけど、それが逆に気持ちよかったりする。
何で外に出たんだろ?
そんな必要ないのに。
人間って、たまに意味のないことをするんだよな。
……戻るか。
伸びをして、揺り籠へ帰ろうとしたその時だった。
遙か上空、東の空に赤い線が光っているのを見つけた。
光は瞬きながら、一直線に夜空を切り裂いていく。
何だあれ。
流れ星? 高度を下げてるな。
「……こっちに落ちてくるじゃんか!」
光の主は、次第にその輪郭をはっきりさせながら、高度を落とし近付いてくる。
そして……。
ガガーーン……!
パラパラパラ……。
流れ星はラボの向こう側に落下した。
「おっとと……」
そんなに大きくなさそうだったのに、凄い音と衝撃。
地面に手をついてバランスを取る。
揺れはすぐに収まった。
「あれが流れ星ってやつか……!
それも、こんな近くに!
スゲー!!」
みんな寝ていて、この振動にすら気付いてないだろうな。
たまたま揺り籠から外に出てたお陰だ。
明るくなったら落下地点を見に行ってみよう。
日が昇ってから、俺は落下地点へと向かった。
またバーチャルではなくリアルの世界で。
リアルの世界は、岩肌の地面が剥き出しになっていて殺風景だ。
バーチャルの世界は光と音で満ちているのに。
最終テストが3日後に迫ってるこの時期、一体何してんだろ、俺?
でも、何故か居ても立ってもいられなかった。
ラボの建物の外壁に沿って歩く。
久しぶりにこんなに歩くよな。肺と足がつらい。
普段寝てる間に運動プログラムを実行してるはずなんだけど……。
揺り籠の中でたまに寝ながら運動するのと、実際に地面を歩くのはやっぱり違うんだな。
汗かくし。
空気悪いし。
流れ星の落下地点が見えてきた。
小さなクレーターが出来てるみたいだ。
すっげぇ……。
立入禁止の看板がある。
ラボの人が立てたんだろう。
ラボの人間は……。
いないか。
ならもっと近付いちゃおう。
周囲に張られたロープをくぐって中心付近へ歩いて行く。
この時代にロープって……。
まあ、わざわざ外に出て見に来る物好きな人間なんていないか。
あの時間に外にいた俺くらいだ。
こんなことに興味を持つのは。
クレーターの中心には、既に何もなかった。
ただ大きくえぐれた地面と、岩肌に付着した微量の金属の跡。
金属ってことは、これ……隕石じゃないのでは?
壊れた人工衛星か?
だったら、ラボが持ち帰って解析とかしてるのかも。
振り返ってラボの方を見ると、その一画から黒い煙が上がっている。
何だろ?
火事?
その直後、背後に何者かの気配を感じた。
振り返ろうとした時には、後頭部に衝撃が走っていた。
意識が黒く塗りつぶされる。
「おい……! おい、君!?」
誰かの声がする。
「君! 大丈夫か?
しっかりしなさい!!」
「ん……? あれ?」
寝ていたのか?
何してたんだっけ……。
「良かった……。
君はまだ子供かな?
一体こんな所で何をしているんだい?」
「あ……すみません。
隕石の跡を見に来たら、いつの間にか……」
男は手を差し出し、俺を立たせてくれた。
同時に不思議な感覚に襲われる。
男の手の質感が、妙にリアルに感じるのだ。
現実世界なのにリアルってのもおかしな表現だけど、何というかそうなのだ。
上手く言い表せない。
それだけじゃない。
立ち上がる自分の身体も、隅々まで感覚が行き届いているような、そんな奇妙な感じ。
「有り難うございます。
あの……ラボの研究員の方ですか?」
「ああ。
私はラボで精神世界の研究をしているドナテロだ。君は?」
「ノット・クローバーといいます。
パイオニアになってラボで働くのが夢なんです」
「そうか!
頼もしいな。是非頑張ってくれ。
……それだったら、早く帰った方が良いんじゃないか?
確か能力テストはもうすぐだろう?」
ドナテロと別れて帰路につく。
その間もずっと奇妙な感覚が続いている。
地面を踏みしめる足の裏の感覚、空気を吸い込む気道の感覚、網膜に映り込む景色。
どうってことない筈のそれらの信号が、鮮やかに脳に送り込まれる。
そして、頭がずっと冴えている。
久しぶりに日中外に出たからって訳じゃないぞ。
明らかに何かが変わった。
揺り籠に帰ってから勉強の続きを再開した。
すると、理解のスピードが全然違う。
手強かった数学のテキストデータが、一瞬のうちに理解できてしまった。
次は物理。これも一瞬。
面白くなって、ネット上に落ちてる難しそうな文献や論文を片っ端から読んでみる。
スラスラ理解できる。
頭がブラックホールのように知識を吸い上げる。
そんな感じ。
そして、あれから2日後。今に至る。
俺は別人のように賢くなっていた。
絶対楽勝だよ、明日の最終テスト。