最終章 Part 2 黒きモノ
【500.7】
ギーーーン……!!
クレイモアが抜刀し、黒い剣を止めている。
「やはり液体の状態だけではない……硬質化している……。
それに、さっきの太刀筋……。アーヴィンのものか!」
クレイモアが押されている。剣の圧力に負け、一歩後ずさった。
横からクランが突っ込む。
右の二の腕の辺りにナイフを一度食い込ませ、すぐに飛びのいた。
次の瞬間、巨人の右腕が爆ぜて落ちた。
腕の断面からはクランが強制的に生成したであろう人骨が内部から何本も飛び出ている。
「すまん、エルビス。
それにしても、相変わらずえげつない技を使う。
人骨のトラップとはな」
何をしたのか、ようやく理解した。
幾本もの骨を外側に開くように歪めた状態で敵の体内に組み立てて生成し、出現と同時に骨が肉体を破壊しながら外へ飛び出す仕組み。
クレイモアが「えげつない」と評するのもうなずける。
だがこれは、彼が苦心の末に編み出した、特殊魔法を使った戦闘方法の1つなのだろう。
今回の敵や魔物相手ならまだいいが、対人戦は想像したくない……。
右腕を破壊され、獣のような咆哮を上げた巨人だったが、すぐに切断面から黒い液体を滴らせ、腕を修復してしまった。
弱ったような様子はない。
しかも、今度の右腕はさっきよりも太く、野性的な形状をしている。
「ガァアア!!」
巨人は右腕を高く振り上げ、クランに向けて振り下ろした。
ズンッ……!!
クランは飛び退き難を逃れたが、地面はクレーターのようにへこんでしまった。
「あれは、イエティの腕……?」
アーサーの言葉に、雪山の洞窟で遭遇した時のことを思い出す。
確かに似ている。
「ということは、奴はガージュか、同じ能力を持った仲間で確定ね。
ガージュと同じ吸収対象の外見や能力を再現する力、それ以外の何物でもないわ」
アーサー、メリールル、ジャックの3人は、クレイモアたちを助太刀しに巨人の間合いに入っていった。
私は……どうする?
ここまで人数が多い混戦状態だと、ボイドを撃つのは仲間を巻き込む危険がある。
「加わりたい気持ちは分かるが、落ち着くんじゃドロシー。
『観ること』も大切じゃよ」
バルチェが私の気持ちを読み取って声をかけてくれた。
「そうですね。
今回は負傷者の回復に徹します。
それにしても、バルチェさん。
この敵、どう思います?」
「そうじゃのう……。
ガージュ本人ではないと思うぞ。
奴ならイエティなんぞに化けなくとも、物理攻撃手として突出したレピアを持っとる。
こんな手際の悪いことはせんじゃろ」
「私もそう感じています。
そうすると、何者なんでしょう?
ガージュと同じような者が、何人もいるんでしょうか」
「かも知れん。
現段階では何とも言えんな。
……見ろ、また形が変わるぞ」
5人の手数に押され、巨人は遂に膝をついた。
そして、今度は背中から一対の翼を出現させた。
恐らくワイバーンのものだ。
バサバサと羽ばたき、巨体のまま宙へと浮いていく。
口元からは黒い液体を垂れ流し、地面を池のように変え始めた。
「これ、固まって動けなくするトラップじゃねえか?
どうするよ?」
「アタシが一回全部凍らしてみる」
「そういえばフォートレスさんは?
あの人なら固定できるんじゃないですか?」
アーサーが周囲を見回す。
「フォートレスには壁の守りを固めてもらっている。
彼自身の戦闘能力を考えると、この場に近づけるのは得策じゃないからね」
メリールルが冷気を発生させ、足元の液体の凍結を試みるが、どうやら無駄なようだ。
いくら冷気を当てても固まらない。
「ダメだったわ!」
「諦めんの早えな、おい!
……奴が降りてくる!」
巨人が急降下し、再び右腕で地面を穿った。
だが、直撃した者はいない。
すぐさまそれぞれが反撃を再開する。
「クレイ、案の定足元の液体の粘度が増してきたぞ。
どうする?」
「さっきもアーサー君の剣で切断できた。
拘束されたら、斬って抜け出せばいい」
「なるほど……お前らしいな」
アーサーの剣とジャックの水刃が同時に斬りかかり、イエティの右腕を斬り落とした。
その直後にメリールルが右足を、クレイモアが左足を、それぞれ無力化してゆく。
巨人は完全に地面へと突っ伏した。
イヴァンを救出する為だろう。
胴体への攻撃は避け、手足にダメージを与えて様子を見ている。
これだけの人数の手練れがいれば、遅れをとることはない。
そう思えるほど5人は強く、余裕を持って戦っていた。
倒れていた巨人は、液体を再集結させ、再び黒い塊に戻った。
足元に溜まっていた液体も全て無くなっている。
そして、新たな形状に変わろうと脈打ちはじめた。
「イヴァンさんはアーヴィンさんの魂を取り込んでから、どんな魔物と戦いましたか?」
アーサーがクレイモアに問いかける。
「そうだな。
イエティやワイバーンなどは確かに何度も狩っていたよ。
それ以外、ユニークターゲットで討伐に参加したものと言ったら、森の大蜘蛛、地下道の毒サソリ、そして……」
黒い塊の形状が、みるみる変わっていく。
さっきの巨人よりも一回り大きな人型だ。
「……そして、旧王都のコロシアムで討伐した、闘士の魔物達の親玉『赤熊』」
その姿は、先程とは比べ物にならないくらい筋肉質の巨漢だった。
両腕はイエティ以上に太く、禍々しいオーラを放っている。
手には一本の黒い短剣が握られている。
鎧を付けず、短剣一本を持った佇まい、それは正しく闘士のそれだった。
これが、闘士の親玉……。
「明らかに本物よりデカいだろ!
反則だぜ!!」
「形状を自在に変えられる敵だ。
そのうち得物の長さまで変えてくるかもしれん。
間合いを測り間違うなよ……」
クレイモアが言い終わらないうちに、赤熊は素早く一歩踏み込み、渾身の力を込めて短剣を振り下ろした。
標的はクレイモアだ。剣を構えてガードする。
……しかし、赤熊の短剣はクレイモアの分厚い大剣を易々と両断してしまった。
咄嗟に後方に回避したものの、わずかに掠った左肩の鎧が削げ落とされている。
「うっそ……。
コイツの攻撃力、さっきと桁違いじゃん!」
「よそ見しないで、メリールル!
また来るよ!!」
クレイモアの大剣をイニシャライズで修復する。彼はすぐに敵の間合いの中へと戻っていった。
5人は一撃でも当たれば致命傷となる赤熊の攻撃を何とかかわしながら戦闘を続けている。
だが、こちらの攻撃は何度か当たっているものの、黒い液体が噴き出すだけで、ダメージを与えられているのか定かでない。
一度噴き出した液体も、すぐに本体へと戻ってゆく。
「もう躊躇ってはいられん!
クレイ、討伐を優先するぞ!!」
「待て! エルビス!」
赤熊の隙を突き、背後からクランのナイフが奴の首に突き刺さる。
バシュゥッ……!
骨のトラップにより赤熊の首が弾け、切り離された頭部がドッと地面に落ちた。
やった……?
「エルビス後ろだ!」
クレイモアの一声により、赤熊の一閃をギリギリで避け、再び間合いを保つクラン。
首のない赤熊は未だ動いている。
頭部が弱点ではないということか。
切り離された頭部は形をなくし黒い液体へと変わり、やがて赤熊の体内へと戻ってしまった。
「どうすれば無力化できるでしょうか」
敵の間合いの外から5人の体力をイニシャライズで順に回復させながら、バルチェに問いかける。
「やはりあの巨体の上半身かのう……。
恐らくそこにイヴァンが埋まっておる。
わしなら奴の全身を粉微塵に切り刻むところじゃが……彼らの立場を考えるとそれも難しかろう」
「イヴァンさんごと殺す以外に方法はないと?」
「どうじゃろう……。
一度奴を取り巻く黒い液体を、全て本体と分離できれば解決方法が探れるかも知れんが」
「あの液体をですか……。
液体……? そういえば液体だったら……!」
何で今まで思いつかなかったんだろう。
「ジャック!
あなたのフローコントロールで、液化した部分を分離できるかしら!?」
「この黒いネバネバをか?
分離したあと、どうすんだよ?
勝手に固体化しない保証はねえだろ!」
「それは……そうかも」
「そうかもって……いや、方法が無くはねえ!」
ジャックは突然腰にいつも付けている水筒を外し、中にまだ入っていた水を全て捨ててしまった。
無限の水筒。ジャックは以前そう言っていた。
「コイツの中の構造はよく知らねえが、作ったのは空間干渉魔法の使い手らしい。
多分何百リットルも水を溜め込めんのは、水筒の中が亜空間にでも繋がってるからだろ。
そして一度入ったものは、使用者がフタを開け、操作魔法で引き出さねえ限り外に出てこれねえ」
「その中に封印するってこと?」
「そういうことだ。試してみる価値はあるだろ?」