最終章 Part 1 それから
【500.7】
結晶島での決着から一夜明けた、今日は7月29日。
あれからのことを、少し話そう。
決着の後、世界意志と言葉を交わし、長年の目標を否定されたユノ・アルマートは、一言でいうと落ち込んでいた。
それはもう、バルチェも声をかけられないほどに。
やがて彼女は、結晶島を海底へと沈め、どこかへと旅立った。
世界と自分を、もう一度見つめ直す。
そう言い残して。
2つのソフィア結晶はいずれも大気中へと還った。
ソフィアとウィルの流れの中で、やがて世界中のソフィア濃度も均一化されるだろう。
まだ少し時間はかかるだろうが、ウィルの結晶体である魔物もいずれ消えるはずだ。
アルマートと別れた私たちは、ひとまず拠点へと戻った。
その翌日。
「なあ、俺たちの目的は達成したよな。
どうすんだ? ドロシー。
解散か?」
ジャックが問いかけた。
そういえば、今後のことを全く考えていなかったな。
「父上にまず報告したいんだ。
きっと喜んでくださる。皆も一緒に来てくれると嬉しいんだけど」
「マジ? ご馳走食える!?
ドロシー! 行こう! すぐ行こう!」
「ちょっと端末を見て。
クランさんから連絡が来てるわ」
〈件 名:お願い 〉
〈送信者:エルビス・クラン 〉
〈おはようございます。 〉
〈本日は依頼をさせて頂きたくご連絡しま〉
〈した。 〉
〈依頼というのは、テレポートによる私の〉
〈ハンターギルド本部への輸送です。 〉
〈近々皆様も王都を訪れると聞きましたの〉
〈で、そのついでに私も連れて行ってはい〉
〈ただけないでしょうか。 〉
〈よろしくお願いいたします。 〉
〈ハンターギルド南レーリア支部長 〉
〈 エルビス・クラン 〉
テレポートで一度ブルータウンの南レーリア支部へ。
クラン支部長が私達を迎えた。
「すぐ来ていただけるとは。感謝します」
「いえ。どちらにせよ、今から向かう予定でしたから。
……でも、私たちが本部へ行くって何故分かったんですか?」
「ああ、本部から聞いたのです。
何でも知っているような発言をする人物が本部にいるんですよ。
これから本部へ行けば会えるでしょう」
というわけで、今は王都ラスミシアに来ている。
到着後、一度エルビスと別れ、まずは国王陛下の元へ。
「……よくぞ目的を達成してくれた。
満足なもてなしはできんが、旅の疲れを癒してくれ」
国王陛下は、以前よりも弱々しく見えた。
国王陛下への謁見を終えたのち、私たちはハンターギルド本部へと向かった。
「やあ君たち。その後どうかな?」
「クレイモアさん。お久しぶりです。
いくつか報告したいことがあって来ました……」
驚きの光景に、思わず言葉が止まる。
椅子に座るクレイモアとその向かいに座るクラン支部長。
そして中央に座っているのは……。
「実際に会話をするのは初めてだね。
僕はギルドマスターのイヴァン・クーストだよ。
よろしくね」
かつて正気を失い暴れていたギルドマスターが穏やかな顔をして座っている。
イヴァン・クーストは言葉を続けた。
「報告っていうのは、ソフィア結晶の大気還元による、魔物の消滅のことかな?」
「どうしてそれを……?
まだ魔物自体は消えていないのに」
「物知り。それが僕の取柄だからね」
今度はクレイモアが口を開いた。
「……魔物が消滅するのは本当だったようだが、だからと言ってハンターギルドを解散する判断は時期尚早だ。
別のことに役立つ道だってある筈……」
「別の道、か。
戦うだけしか能のないこの組織に何があると思う?
軍に吸収合併され、今度は人を殺すことになるのが関の山さ。
それでもいいと?
君が王国軍を抜けたのはあの日々に嫌気がさしたからだろ?」
「それは、そうだが……」
「クレイ、丁度今が潮時なんだよ。
過去に縛られるのは終わりだ。
僕も、エルビスも、君も」
そう。
これも分かっていたこと。
私のしたことによって、職を失う人も出てくる。
ハンターギルドだけではない。ネットワークの物流機能が失われたことで、それを管理していた人や利用していた人たちだって。
私の表情の変化に気付いたのか、クラン支部長が静かに言った。
「あなたは何も負い目を感じる必要はありませんよ。
時代は変わっていくものです。
人々はそれに適応できるはずです」
「ありがとうございます。
覚悟はしていたことでした。
……ところで、何故クラン支部長は本部へいらしたんですか?」
「立ち会う為ですよ。
過去との決別にね」
「過去との……決別?」
代わりにイヴァンが答えた。
「やっと決心がついたんだよ。
今日、アーヴィンの魂を解放する。
ハンターギルド解散の前に、どうしてもこれだけはやらなければならないからね。
これも、きっかけを与えてくれた君たちのお陰かな」
その日の夕方。
夕食の支度が整うまで客間でくつろいでいると、耳をつんざくような咆哮が静寂を破った。
「何だ?
魔物の襲撃か?」
「いえ……恐らくこれは、ギルドマスター!」
「ドロシー! 何か嫌な感じがする。
警戒するんじゃぞ!」
急いで本部へ。
すると、窓ガラスにヒビが入っている。
やはり何かあったんだ。
中へ入ると、床が黒く染まっている。
それはドス黒い液体だった。
見覚えがある。
ガージュ。
そう言えば、以前イヴァンが暴走した時も、黒い涙を流していた。
まさか、ここでもガージュが関係している?
黒い液体はギルドマスターの執務室、そのドアの下の隙間から流れ出ているようだ。
執務室のドアを開ける。
部屋の中は、前回入った時とまるで違う状況になっていた。
床だけではない。
周囲の壁や天井に至るまで全て黒い液体で覆われ、更に床や壁から部屋の中心に向かって、蜘蛛の巣のように黒く太い触手のようなものが張り巡らされている。
ドクン、ドクンと脈打ちながら。
その光景に、しばし立ち尽くす。
中心には、苦しそうにうめき声をあげるイヴァンと、それを必死に取り押さえるクレイモア、クラン支部長、フォートレスの3人の姿があった。
「クレイモアさん!
これは一体……?」
「ドロシー君か!
頼みがある。この黒い物体ごと全部、部屋の内部を地上の壁外に転移してくれ!」
「わ、分かりました!」
すぐにエクスチェンジで地上へ。
空は夕暮れ時でオレンジに染まり、黒い液体は夕日を反射しながらおぞましく脈打っている。
アーサーが双剣で触手を断ち切り、3人を救出した。
しかし、イヴァン本人は更に黒い塊の奥へと隠れてしまった。
クレイモアたちはそれほどダメージを受けているわけではないようだ。
すぐに立ち上がった。
「一体何が……!?」
「我々にも分からない。
イヴァンがアーヴィンの魂を体の外に出そうとしたら、急に苦しみだしてこの有様だ」
「1ついいですか?
私たちが何度か見た『写し身の悪魔』と、あの黒い液体は特徴が一致しています!
やはりギルドマスターも取り込まれているのでは?」
「確かにこいつ、ガージュと同じ感覚がするぞ。空虚な憎悪を感じるんじゃ。
そして、明らかに1人の人間の魂が出せるエネルギーを超えておる」
隣でバルチェも同意する。彼女の言葉はクレイモアには伝わらないが。
「くそっ!
だが、そうだとしても納得のいかないこともある」
「クレイ! まずはイヴァンを止めるのが先だ!」
「分かっている。
……ドロシー君、巻き込んで済まない。君たちも力を貸してくれ」
これが一体何なのか。それは後でいい。
アーヴィン・クーストの魂にせよ、ガージュにせよ、これを排除しイヴァンを救出することに変わりはないのだから。
「もちろんです。
どうしますか?」
話しているうちにも、黒い液はとめどなく流れ続け、遂にはイヴァンを取り込んだ黒い塊を中心に渦を巻き始めた。
そして、やがて1つの形に収束していった。
3メートル近い大きさの人型に。
漆黒の巨人は、右手に黒く輝くサーベルを握っている。
瞳を赤く燃え上がらせ、私達をゆっくりと眺めまわした。
「来るぞ!」
クレイモアが叫ぶ。
巨人は素早い動きで剣を振りかぶり、体を回転させながら周囲を薙ぎ払うように強烈な一太刀を放った。