第8章 Part 3 アルマートの部屋
【XXX.X】
そのまま拠点へテレポートし、すぐに鍵を使用する。
最後の鍵だ。
右から2番目の扉に〈ユノ・アルマート〉の文字が浮かんだ。
部屋の中は本棚が3つ、扉がある以外の四方の壁に取り付けられていた。
びっしりと書物が中を埋めている。
なるほど。
いかにも歴史学者の部屋らしい。
多くは歴史資料で、ネットワーク計画に関する水晶回路の設計書等もまとめられている。
その中に、彼女が記したと思われるノートを発見した。
どうやら魔導師会に参加して以降の記録のようだ。
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493年1月18日
研究拠点をディエバに移した。
驚いたことに、バルチェが私についてきた。
かつて「神」との対話を目的として神域へのダイブを果たし、肉体を失い精神体となったバルチェだが、私が彼女に興味を持つように、唯一彼女を視認できる私に対し、バルチェは興味を持ったようだ。
魔導師会の他のメンバーも、ストレイですら、バルチェを認識することが出来ない。
魂がそこにあることは分かっても、彼女の声や姿を認識出来はしなかった。
彼女が物質世界に影響を与える手段はない。
だからこそ、彼女を人間として知覚できる私は、彼女にとって貴重な存在なのだろう。
493年6月7日
ストレイとシーナの意見が対立している。
シーナはシステムの機能拡張を主張し、ストレイは反対している。
シーナはどうやら独自の考えを持っているようだ。
自身のプランを実行するために観測システムを利用しようとしている。
シーナに協力する方が、彼女の目的を探る上では有効か。
493年9月22日
シーナはなかなか尻尾を出さない。
随分と慎重だ。
バルチェに協力を頼み、シーナの目的を確認してもらうことにした。
バルチェは神とのコンタクトによって人間の定義から外れた存在だ。
神域にある世界の記録「クロニクル」にアクセスすれば、シーナがあの日以降の人生をどのように生き、現在何をしているかが全て分かる。
493年9月29日
シーナは何も変わっていなかった。
ただマリアを救いたいだけだとは。
だが、あの日の誓いも、純粋だった想いも、10年近く心に溜め込み続ければそれは淀み、狂気へと変わる。
しかし、彼女が行っているソフィア回収。
これは大いに利用できるだろう。
494年6月14日
シーナが創り上げたソフィア結晶を利用すれば、私の目標も達成することが出来る。
しかし、シーナに隙がない。
彼女がネットワークの一部として犠牲になることが決まったが、代わりに先日起動したヴェーナがアークとソフィア結晶を守ることとなった。
494年8月17日
ネットワークシステムが完成した。
それと同時に私も決心がついた。
やはり、私がやらなければならない。
人間を闘争の呪縛から解放し、真の自由を手にする。
そのためには、ワールドダイブを起こす大量のソフィアが必要だ。
だからといってサイファーには頼りたくない。
シーナのソフィア結晶を手に入れるのが、唯一の現実的な方法だ。
だが、それには女神ヴェーナが邪魔になる。
何とかしてヴェーナを殺すか、最低限ソフィア結晶を奪う間だけでも無力化する方法を考えなければ。
495年4月10日
あれから何度もバルチェと話し合いをしている。
彼女は私の計画に反対なのだ。
行動を起こすべきではない、現状のまま人は歩みを続けるべきだと。
私はそうは思わない。
バルチェとの決別も、やむを得ないか。
495年6月1日
バルチェがどこかへ消えた。
私を止めるつもりのようだが、彼女には無理な話だ。
バルチェは物質世界に干渉できないのだから。
出来ることはたかが知れている。
私は、私の望みを実現する。
この名に誓って。
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記述はこれで終わりだ。
ソフィア結晶……。
そう言えば、アルマートは私を助けた後何をしてた?
アークを破壊して、それから。
私は、ソフィア結晶が大気中に還ったと勝手に思ってたけど、この目では見ていない。
私が3人を蘇生している間に、ソフィア結晶を奪っていたのか。
それがアルマートの狙い……!
「分かったかい?
最終的な未来の分かれ道が」
カイの声で我に返る。
いつの間にかハブ空間に戻っていた。
「ユノ・アルマートがヴェーナを殺したのは、ソフィア結晶を手に入れるため。
アルマートがソフィア結晶を手に入れるかどうか、それが未来の分かれ道なのね」
「そのとおり。
すべきことは分かったね?
過去を覗くのはこれで終わり。
そろそろキミ達には実時間に戻ってもらうよ」
「おいちょっと待て。
ワールドダイブってのは結局何なんだ?
アルマートはそれを起こそうとしてるんだろ?」
「僕もそれが知りたいな。
彼女の目的が分からない」
「それはいずれ分かるよ。
この空間を維持する時間は最低限に留めたい。
だから早く先に進みたいんだけど」
「何だよ。
俺達は納得しなくて良いってのか?
大体よ。カイとか言ったっけ?
お前さんは一体何者なんだよ?
変な思惑に振り回されんのは、もうゴメンだぜ!?」
「よく分かんないけどさ~、アタシも1つだけ言えるよ。
このガキは、何かムカつく。
シバきたい」
やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめるカイ。
「まあ、キミ達からしたらそうだよね。
ボクは本来こんな風に表に出てきていい存在じゃない。
あくまで歴史の外側の存在であるべきなんだ。
だから全ては説明できないし、キミ達の疑念を晴らすこともできないだろう。
そもそも今やってる事象の改変は、ハッキリ言って僕にも禁止されている行為だしね。
でも、1つだけ言えるとしたら、キミ達が地上で続けている命の営みは、色々なトコロに繋がっている。
キミ達の社会が潰れてしまったら、その影響はキミ達だけじゃなく、もっと色々な場所へ『ひずみ』として現れるんだ。
その色々な場所の1つにいるのが、ボクってこと」
要するに、一蓮托生だと。
共生関係にあると言いたいわけね。
「いいわ。
信じるかどうかは置いといて、今は協力しましょう」
「ちぇ~。
ドロシーがそう言うんなら、アタシは良いけどさ……」
「アルマートが何をしようとしているのか、ワールドダイブとは何なのか。
それはいずれ必ず突き詰める」
「ドロシー。
ボクはキミのソフィア・キャパシティを、裏技によって一時的に拡張してる。
そのお陰でこの空間を生成できているし、今までの過去の挟み込みだってできた。
そして、いかにキミのMPを拡張したところで、できることはそれほど多くない。
あまり好き勝手に振る舞いすぎると、それもある種の『ひずみ』になるから」
最初にもそんなこと言ってたな……。
「そしてこれから、ワールドダイブが発動してしまったことを帳消しにするために、世界全体の時の流れを少し巻き戻した時点から再開する。
でも、そんなに昔へ戻れるわけじゃないから、気を付けてね」
「気を付けてって……何を?」
「失敗できないってこと。
そして……」
空間に光が満ちた。
カイの姿がかすれて遠くなる。
「……ここから先は地獄だってこと。
覚悟してね、ドロシー」
この光が収束したら、現実の時間が始まる。
カイは少しって言ったけど、一体どのくらい巻き戻すんだろう?
彼の時間感覚は普通の人と違いそうだからなぁ……。
「ぐえっ……!?」
突然激痛が走る。
何だ!?
胸が痛い………!
それに、首を絞められてる……!?
そして、光が収まった。
「マリアの身体に、お前は要らない」
レオンヒルだ!
右手を広げ、私の視界を塞ぐように、掌で私の顔を覆った。
ここからか……!
「ライン鉱脈戦争でアークが発動した、あなたの魂が消えたあの日。
16年の時を遡る。
この時を、ずっと待ってた」
キィィィイイイン……。
「もうすぐだよ、マリア。
やっとあんたに、あの日のお礼を言えるね……」
くっ……何をどうすればいい?
落ち着け。ここでは死なない。
落ち着け……!!
ブシュッ……。
「待っていたのは、私も同じ」
レオンヒルの背後から声がした。
ユノ・アルマートだ。
ここから……。
ここからが勝負……!