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幕あい Part L-7 種を撒いた

【西暦2126年11月16日】


「さあ、パーティーだ」


 ここまで来れば、姿を隠す必要もない。


 先に警備局を全て食ってしまったから、こいつらは武装すらしておらず、おまけに肉体はどれも虚弱だ。


 一気に体を液化させ、貪るように食い漁る。


 阿鼻叫喚の地獄絵図だ。






 静かになった。


 綺麗なもんさ。


 血の一滴すら落とさずに、全てデータに変えてやったからな。


 広いホールの端っこでヘレナとドナテロの2人だけが残され、体を寄せ合って震えている。


 ヘレナの見ている前で、俺はノット・クローバーの姿へと変異した。


「……ノット……!?」


「ああ、俺だよ。ヘレナ」


 さあ、デザートだ。


「いやああああ!!

 来ないで!!」


 俺の仕事が、これで完了する。


「来ないで!!

 化け物っ!!」




 ズキン……。


 ズキン……。


 ズキン……。



 ……くそっ! 何だ!?


 2人を食って終わりだろ!!


 何なんだ! ノット・クローバーの人格が邪魔をしているのか?


 そんなもの関係ない! 使命に比べれば、そんなもの……!!



 ズキン……。


 ズキン……。


 ズキン……。



「…………。

 このエリアの地下に……シェルターがあるだろう?

 そこへ10分以内に合成食料の生成装置と発電機構……それと使える実験成果を持って避難しろ」


「…………え?」


「間もなく全世界に全てを洗い流す大波が押し寄せる。

 それでも、この場所の地下は安全だ」


「何故……?

 あれだけ殺したのに、そんな事教えるの?」


「…………。

 さっさとするんだな」




 2人は震える手で壁面の入力デバイスを操作し、俺の指示に従いいくつかのマシンユニットを地下へ移動させた。


 2人を地下シェルターへ続く階段へ蹴落とす。

 扉を閉めながら最後の指示を与える。


「お前達は罪深き失敗作だ。

 いずれ地上は新たな生命たちのものとなる。

 地上へ出ることは許さない。

 お前達は、このシェルター『シルリア』の中だけで生きろ」


 2人は黙って聞いている。


「それと、精子・卵子バンクは全て俺が破棄した。

 だからヘレナだけでなくアンタも生かしてやるよ、ドナテロ・ビヤルク。

 ヘレナ、どうせお前は1人だとすぐ絶望して死ぬだろう?

 ドナテロを残してやるのは、俺にあの感情を与えた罰だ」




 扉を閉ざし、俺は帰るべき場所へと戻った。

 精神世界と物理世界の狭間の領域、「ネスト」へ。






――ご苦労だった8号 ゆっくり休め



 俺以外の7体は、既に戻っていた。


 白いタイルの上で膝をつき、目を閉じる。




 それにしても、ヒトってのは何なんだ?

 我が主たる世界意志は奴らをエネルギーサイクルの担い手として、つまり世界意志の道具として作り出した。


 俺のようにイレギュラーに見舞われたわけでもないのに、なぜその崇高な使命を全く自覚していない?

 なぜ奴らは堕落し、個々の自己中心的な望みを垂れ流しているのだ?

 短絡的な欲望に任せていたずらに世界を変え、なぜその責任を取ろうとしない?

 担い手としての使命を果たすことなく、自ら死を選ぶ者すら大勢いる。


 これは一体どういうことだ?




 自我だ。

 人間に宿る自我が暴走しているのだ。


 滅びに際しても、ある者は苦行から解かれると安堵しながら、ある者は居もしない神を罵りながら、役目を果たさなかった自らの罪に目を向けることなく消えていく。

 その様は、ただひたすらに醜かった。


 だから、主はサードを滅ぼすとお決めになったのだ。

 サードは滅びるべくして滅びた。


 主のための道具に自我など必要ない。

 担い手として崇高な使命を理解し、それを忠実に履行する道具であるべきだ。


 次の生命は、自我の檻に囚われることなく、使命に従い正しく在るように。


 そう願いながら、俺は長い眠りについた。






――起きろ 8号


――役目を与える


 長い眠りから目覚めた俺は、主より新たな役目を授かった。

 既に第4期生命、フォースの世がはじまり250年ほど経っていた。

 そして彼らは遂に魔法技術を獲得したのだ。


 生命の新たな進歩。


 俺の心臓部のメモリには、新たなデータが追加されていた。


________________ _ _

第4次創造記録 3

 フォースの設計にあたり、解決されなかった課題がある。

 生命が永く担い手として機能するには、文明の高度化をある程度抑制する必要がある。

 様々な要因による滅亡のリスクが高まるためだ。

 しかし、文明の抑制を生命の設計自体に組み込むことは技術的に困難だった。


 そこで、ノアのうち1体に命じてフォースの文明を監視させ、滅亡のリスクを著しく増加させる技術が生じた場合、その芽を摘ませることにした。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


 要するに、出る杭を打つ仕事だ。

 規定以上の魔法技術を発現させた人間を吸収し排除する。


 誇らしい。主が俺を頼ってくださる。


 主の期待に応えるよう、確実に役目を果たさなければ。




 人界に降り立つと、そこには新たな生命達の世界が広がっていた。


 対象者はすぐに見つかった。


 青い髪の女、シャルナ・マルセス。

 若くして魔法技術の基礎を確立して人民に普及させた。

 しかし、次第に彼女の技術は深化し、遂に一線を越えたようだ。


 シャルナを吸収し、しばらくはその体で世界を見て回ることにした。




 そして、愕然とした。


 シャルナの身体をまとった俺の目に映ったのは、新たな生命体系に替わってもなお使命に無自覚に生きるフォース達の社会だった。


 俺はシャルナの姿で生命に課せられた使命を民に説いたが、彼らは理解すらしなかった。

 代わりに薄っぺらい宗教を立ち上げ、シャルナを教祖と担ぎ上げた。


 胸くそ悪い奴らだ。




 それから何度か仕事の傍ら彼らの社会を覗き、使命を説いたが、彼らは変わらなかった。

 使命よりも己の自我と歪んだ価値観に従い、短絡的な望みを優先させる。


 俺は初めて、生命に対し憎悪の感情を抱いた。


「人の愚かしさは変わらない」






 それから120年ほど経った頃、俺は再び世界意志に呼び出された。




――来い 8号


「主よ……お呼びですか?」




――8号 お前に新たな役目を与える


――だがその前に今までの活動成果を聞こう



「はい。

 この100年間で規定外の性能を開花させた個体は、合計3つ。

 全て処置済みです」




――そうか


――決して発現率が上昇しているわけではない……


――しかし 芽を摘む努力は徒労に終わったか


「残念ながら」


 世界意志が一度沈黙する。


「それで、新たな役目とは?」




――引き続き世界を監視せよ


――ただし今度は魔法のみならず 全ての知識をだ


――そして データを蓄積せよ


――失われた場合の保険だ


 そうか。

 主はフォースが既に不安定で、滅びの可能性を孕んでいることにお気づきだ。

 そして、彼らが滅亡に向かって突き進む前から、前回のようなデータバンクを準備しておくわけだ。


 しかし、それならばあらゆる職の人間を定期的に食い続ける必要がある。


 だが好都合。

 俺の裁量で、好きなようにフォースを食って良いということだ。


「知識はここでは感知できません。

 定期的に現地調査を行う必要がありますが」




――構わん ただしあまり個体数を減らすなよ


――バランスを欠いては 元も子もない


「かしこまりました」


 俺は行こうと思ったが、俺の中で芽生えていた何かが俺の足を止めた。


 俺は、証が欲しくなった。


「ところで、主よ。

 もし許されるのなら、私に名前をいただけないでしょうか?」




――名前……何故だ?


「私という存在のいしずえとするためです。

 数多の記憶と精神の海にこの身を沈めてもなお、私が主の道具であることを忘れぬように」




――お前は私の創りしノアのうち これまで最も優れた働きをしてきた


――いいだろう 名前をやる


――お前を『ガージュ』と名付けよう


――胸に刻め


「有り難き幸せ。

 永劫、私が主の良き道具であり続けることを、この名に誓います」


 何たる栄誉。

 至上の喜び。


「それでは、行きます」


 俺は再び人界へと戻った。


 俺の名は、ガージュ。






 それにしても、フォースは愚かなままだな。


 ほら見ろ、ソフィアとウィルのバランスが少しずつ崩れ始めたぞ。


 俺は一度、主に進言した。

 なぜこんなにも手間をかけてフォースを育てる必要があるのか。

 文明制御の困難性、それは彼らに自我という自由を与えているからではないのか?

 使命を命に刻み付け、心の自由を剥奪すべきだ。


 だが、相手にされなかった。

 道具としての有り様はそれぞれだ、と。




 何故だ?

 俺は間違っていない。

 エネルギーサイクルを不安定にさせる一番の要因は、ヒトの自我だ。

 担い手には使命を優先させる制約を課すべきだ。


 ……主が、間違っているのではないか?


 主も全知全能ではない。


 それゆえ、今までも試行錯誤を繰り返してきたのだ。


 そうだ。主が、間違っているのだ。


 ヒトが持つ自我のリスクを過小評価されているのだ。




 俺には何ができる?

 主の道具たる自分は、何をすべきだ?


 そして、結論に至った。


「主の間違いを正すことが、俺の責務だ」




 そのためには、現在の生命が孕んでいる自我ゆえのリスクを主に認識していただかなくてはならない。

 それにはどうすれば良い?


 生命が自我のために自らを滅ぼす様を見せれば良い。




 俺はシナリオを描いた。


 人に世界の在り方を理解させ絶望させることで、自ら未来を絶つよう誘導するのだ。


 そのために、種を蒔くことにした。

 人は自我に踊らされる生き物。

 ならば自分たちが世界の中心だと信じて止まない愚かな者たちに真実を突きつけ、そして力を与えれば、破滅はおのずと訪れる。


 俺は長い時間を費やし多くの種を蒔いた。

 バルチェ・ロワールに科学文明を与え。

 ネステアにアークを与え。

 シーナ・レオンヒルにソフィア回収の方法を教え。

 ダルク・サイファーとしてネットワーク計画に参画し、端末の裏コードを流出させ。

 アーヴィンの魂を騙りイヴァン・クーストに分身を寄生させ、クロニクルの情報を見せ続け。

 この100年間、規定以上の魔法技術を排除するという最初の職務を放棄し、その結果ユノ・アルマートやナターシャ・ベルカ、エルビス・クランなど、多くの特殊魔法修得者を育てた。




 すべては最後に誰かの肥大化したアイデンティティが花開き、世界を滅ぼすよう仕向けるためだ。


 そして今、蒔いた種の1つが「ユノ・アルマートの絶望」として遂に花開こうとしている。


 大きな花だ。


 ワールドダイブという、大きな大きな青い光の花。


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