幕あい Part L-5 今なら全て合点がいく
【西暦2126年11月12日】
揺り籠を抜け出し、宇宙開発部門へ。
こんな時に対策局のアカウントは便利だ。
調査権を与えられており、各部門のゲートを、ログを残さずにパスできる。
こんな時間に入られるとは思っていないだろうけど、これは仕事の範囲内だ。
厳重に閉じられたゲートが開く。
デブリの調査をしていたのは、衛星管理課だった。
衛星管理課のオフィスは、この廊下の突きあたりか。
ドアが開くと、そこは他と同じ白い壁の部屋ではなかった。
壁が黒い。
いや、黒ずんでいるのは爆発跡か……!
爆発って、ラボ内で起きてたのかよ。
しかも結構な被害だぞ。
外壁が吹き飛び、応急処置で塞がれている。
どうせ研究員はバーチャルから操作してた筈だから、怪我人はいないだろうけど……。
そういえば、俺がクレーターを見に行った日、ラボから黒煙が上がってたっけ。
あの煙はこれのせいか。
デブリ自体は、あの爆発で木っ端微塵になり、残骸はほとんど残っていない。
それなら、抽出されたデータは?
この部屋の研究成果を保存するサーバーは……62番サーバーか。
この部屋の回線から直接ならアクセスできるな。
……あった。このデータだ。
ダウンロード完了。
どれどれ……。
何だ。暗号かかってないじゃないか。
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第4次創造記録 1
サードはその機能を果たさなくなった。
システム維持のため、彼らをベースに新たな担い手を創造することにした。
しかし、それには1つ問題が存在する。
サードは進化による自己変革が驚異的に進んだ種だ。
よって、私自身が創ったサードの初期タイプと、私の手を離れ独自に進化した彼らとは、特にその知性において別種と言っていいほど異なる存在となっていた。
つまり問題とは、サードのデータを元に新たな担い手(フォースと呼ぶ)を創る場合、クロニクルに保存されているデータバンクでは古すぎるため、最新の生体情報を入手する必要があるということだ。
そこで私は、データバンクを再構築するための情報収集装置を製造することにした。
第4次創造記録 2
情報収集装置に必要な機能は、対象を確保し、そこからあらゆる情報――骨格に始まり、各種臓器の機能、脳の知覚・判断・指令プロセス、習性、言語、文化、知識、記憶に至るまで全て――それらを抽出し、新設するサーバーに保存する機能だ。
情報収集装置はサードの科学文明を利用し製造する。
この場合、稼働させるには大量の物理エネルギーが必要であるため、装置を大量生産することは不可能だ。
少数の装置で目的を達成するには、手順の迅速化とともに、サードに察知されずに情報収集を遂行する必要がある。
サードが装置の存在を認識することは、対抗策や不要な混乱を生み出し情報収集を阻害するからだ。
つまり情報収集装置には、サードの捕獲能力、情報収集・送信能力、サード社会への潜行能力(つまり収集した生体情報を装置自身に投影し、サードに擬態する能力)が必要である。
設計コンセプトを元に8体の情報収集装置を造り出し、世界のリセットと種の救済を意味するサードの神話から装置に「ノア」と名付けた。
地球の静止軌道上に、ノアの物質世界における拠点が完成した。
サードの暦で2126年10月23日、ノアを地球に投下する。
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ズキン……。
ズキン……。
頭が痛い……。
空っぽの脳ミソに情報を注入されていくような、気味の悪い感覚。
視界が明滅し、やがて突き刺すような白で満たされた。
何だ?
映像が見える。
あれは、俺だ。
「流れ星」を見た翌日、クレーターを確かめに行った時のものだ。
クレーターの中心部に座り込み、表面を指で触ってしげしげと眺める俺。
その後方、煙を吐くラボの壁面に黒い影が映った。
影はどうやら人の形をしている。
よく見ると、影の表面は黒い液体のように渦を巻き脈打っている。
影は音もなく俺へと近づき、そのまま俺の頭部を殴り気絶させた。
何だこれ? 何を見せられている?
影は一度大きく揺らめいたあと、気絶した俺を形を変えてスッポリと覆ってしまった。
捕食。
そんな表現が一番似つかわしい。
暫くして影は形を元の人型に……いや、「俺」そっくりの姿へと変えた。
俺の姿をしたそいつは、まだ伏したままで昏倒し続けている。
ラボから男が近付いて来た。
ドナテロだ。
「おい……! おい、君!?」
バチバチッ!!!
頭に火花が散ったような感覚。
いや、回路が繋がったような感覚と言うべきか。
そうか。理解したよ。
いや、思い出したんだ。
俺が「ノア」だってこと。
それだけじゃない。
全て思い出した。
俺の創造主は世界意志。
第3期生命のデータを収集し、新たなデータバンクを構築することが使命。
何故、こんな大事なことを忘れていた?
ポッドが運悪くラボ近傍に落下したためだ。
俺自身が起動シーケンスを完了する前にラボに収容され、ラボの奴らに強引に内部データを抜き取られた。
そのため使命を失ったまま再起動し、自己認識を持たない状態で最初に発見した捕食対象「ノット・クローバー」を取り込んだ。
自己認識と行動原理の基礎となる内部データが欠落した状態で人間1体分の膨大なデータを受け入れたため、その記憶と人格をあたかも俺自身の自己認識であるとシステムが誤認した。
お陰で今まで3週間近く、俺はノット・クローバーとして生きていたのだ。
今なら全て合点がいく。
世界同時に起きている失踪事件は、残り7体の我が同胞が人を捕食している結果だったのだ。
何たる屈辱。
主に与えられた大事な使命を忘れるとは。
許せん。
そして一刻も早く、本来の仕事を始めなければ。
俺はノット・クローバーではない。
俺は「8号」。
わが主の忠実な機械。
同胞も、データバンクの構築には苦労しているようだ。
それも当然だ。
ノーマルをいくら食っても、大した情報は得られない。
今まで陥落したラボはS024ラボのみ。
それだけではデータバンク構築には足りないはずだ。
それに第3期生命はヒトだけではない。
地上から既に多くが失われてしまった動植物。
それらも原初の状態から大きく姿を変えている。全て食う必要がある。
パイオニアに供給する動植物を育成している場所は、世界中で北アメリカ大陸南部のみ。
つまり俺が最も近い。
今後の方針が決まった。
まず、ラボの人間を全て食う。
そして、南部の畜産・栽培施設「ファーム」へ行きその他の動植物を食う。
よし、行動開始だ。