幕あい Part L-3 俺はノット
【西暦2126年11月10日】
尋問? なぜ俺が?
「あー、無駄な会話はしたくない。
まず聞きたまえ」
俺が疑問を口にする前に、パルスマンが遮った。
姿はなくなり、声だけが聞こえてくる。
「君はこの前の最終テストでスコア99.8を叩き出したね。
通常の育成・教育プログラムで出せるスコアではないよ、これは。
そこで、君には何らかの違反行為をした疑いがかけられている訳だ。
ここまでは理解したかね?」
「はい、でも……」
「でももヘチマもないんだよ! この腐れマカロニグラタン野郎が!!
今の質問には『はい』か『いいえ』の2択……いや『はい』の1択しか存在しない訳なんだよ!!
いいかいッ!?」
「はい……」
「そうだ! それでいいんだよ!
……コホン。では続けよう。
そこで、君の生身の状態での再テストと、事実関係の確認をすることになった訳だ」
……だから今までずっと揺り籠に入れず生身のままで行動させていたのか。
ホログラムの壁も、俺が信用されていなかったことが理由だな。
「まずは簡単な再テストをしよう。
私の出す問題に全て答えたまえ。
第1問!
21世紀に成し遂げられた、現在でも史上最大の革命的発見と言われている偉業とは何かね?」
「それは……公表されているもの限定のはなしですか?
それとも非公表の事実を含みますか?」
「私は史上最大と言ったのだよ。
史上最大とは1つしか存在しない訳だよ」
非公表を含む、ということか。
「それなら、2030年のケビン・クラーノらによるソフィア感応水晶及びソフィア感応金属の発見でしょう」
「なぜそう思う?」
「精神が物質に影響を及ぼす。
今までの科学で解明できなかった領域を切り拓くカギとなる発見であり、これにより精神世界、つまり魂の存在が科学的に計測可能となったからです」
「ふむ……。
では第2問!
精神世界の存在は我々に何をもたらしたかね?」
「人間の脳や遺伝子だけでなく魂の解析が進み、その結果AI開発を飛躍的に前進させました。
高性能なAIと関連するテクノロジーは、人類を労働と戦争から解放しました」
「それで?」
「人間が感知する世界のあらゆる構成要素がバーチャル世界に置き換えられ、人々は自由という名の惰眠を貪るようになりました」
「ほう……『揺り籠』での行き届いた生活を惰眠と表現するか。
現代文明への挑戦という訳だ」
「そこまでは……。
ただ、俺は」
「黙れ豚! 自分語りなど今は聞いていない訳だよ!!」
豚って……。
高級食材に例えられてもな。
「第3問!
選別式労働制度について説明したまえ!」
「選別式労働制度とは、15歳を迎える時点で人類をパイオニアとノーマルに振り分け、パイオニアにはラボでの研究活動を課し、ノーマルにはバーチャルに浸り遊んで暮らす自由と自殺の権利を与える制度です。
2089年に全世界で施行され、今でも継続しています」
「なぜそんな制度が導入されたのかね?」
「労働の必要がなくなったのち、犯罪を抑制し、人を管理するには生命維持装置と通信インフラを完備した超コンパクトハウス『揺り籠』に押し込めてバーチャル世界を与えておくのが最も効率的でしたし、人々もそれを望みました。
しかし、現在のAIの限界点であるイノベーションをもたらすにはどうしても人間の存在が不可欠です。
そこで、イノベーションを創出する研究者であるパイオニアと、その他大勢のノーマルを早期に選別し、少数のパイオニアに投資することが必要だとの結論に至りました」
「ふむ……。
では最終問題!
君は何者かね?」
……え?
「俺は……俺はノット・クローバーです」
「…………」
「…………」
「…………ま、いいだろう。
馬鹿じゃなさそうだしね。
ところで、君はなぜ急に賢くなったのかな?」
「はい……。
自分でも不思議なんですが、ある日突然物事の理解が速くなって……」
「それはいつの話だね?」
「確か、最終テストの数日前だったと思います」
「何か原因に心当たりはあるかね?」
「いえ……。
ありません」
再び沈黙。
「……よし。
これにて再テストを終了とする。
正式に君を本部対策局に迎えよう」
「あ、ありがとうございます!」
ホログラムの壁が全て消え、大きな空間が現れた。
ただ、そこには特に何かあるわけでもなく、ホログラムのパルスマンが回転椅子に座っているだけだった。
「この奥のエレベーターがラボ専用の揺り籠に通じている訳だよ。
まずはバーチャルの身体に乗り換えてきたまえ。
生身は不便だからね」
新しい自分の揺り籠に入り、バーチャル空間内の対策局エリアでパルスマンと再会した。
「それで、対策局って何をする部署なんですか?」
「君の尋問だよ」
「はぁ? それだけ?」
「冗談だよ馬鹿だね。
ラボの各研究部門では、未来志向の研究開発を行っている。
だが、その過程で問題ごとが発生したり、突発的なトラブルが起きたりする訳だよ。
対策局は、各部門が研究開発を憂いなく継続できるようにするため、そのような問題を解決する部署だ」
何それ……。
メチャクチャ地味じゃん。
「パルスマンさんは局長ですよね?
他に局員はいないんですか?」
「いるに決まっているだろう?
君が来るまで局員私1人で私が局長だ、などと威張っていたと思うのかね?
君はやっぱり馬鹿だね!」
「はあ、すみません。
でも他に誰もいないので……」
「対策局は様々な部門やノーマルのコミュニティに首を突っ込み、時にはその手を汚す。
だから情報管理とトラブル防止のため、対策局員同士のコンタクトは規則で禁じられているのだよ。
全ての局員は局長である私のみとコンタクトすることができるのだ。
そのように権限が制限されている訳だよ」
この人も大変そうだな。
「さて、ノット君。
君にも今日から働いてもらうよ。
君に与える案件は、世界同時進行中のノーマル失踪について。その原因解明と解決だ」