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君のヒーロー

作者: mugen

初めての投稿となります。

所々至らない点があると思いますので何か気が付いたら感想を書いて頂けるととても嬉しいです。

「俺はさ、この不安とか憂鬱を全部吹き飛ばしてくれるようなヒロイックな何かを待ってるんだよ」


 朝、挨拶代わりにあいつはそんなことを言い出した。夏の暑い陽射しの中、夏休みに胸躍らせたいがその前にはテストという関門があり、それを乗り切らなければならない。

 そのためどう楽をして乗り切るか、そんなことにみんな夢中になり、そんなみんなのギラギラとした熱気のようなものが更に大気の温度を上げている気がした。

「つまりさ、今の自分はどうしようもなく陰鬱で陰険で、それを何か他の絶対的な力によって払拭したいと考えているんだ」

「他力本願?」

「ちょっと違う。ただリセットして欲しいんだ。今のこの状態を吹き飛ばして欲しい。出来ることなら時間すら巻き戻して欲しい」

 そいつの親は離婚で揉めていた、ということをよく知っていた。

「大変だな、色々と」

「大変さ、両親がな。これは自分の、そっちはお前のだと忙しくやってるよ。あいつらは割り切れないものは無いと信じているらしいからな」

「軽蔑してる?親をさ」

「してない、とは言えないかな。けど、ここまで育ててくれたのは確かだし一緒に暮らしてて楽しいと思ってた時期もあったから。そこまで好きと嫌いだけで割り切れないもんだ」

「難しいね」と僕が言うとそいつも「難しいさ」と答えた。


 結局離婚は成立してそいつは母親に育てられることになった。

「ヒーローは今、どこの誰を助けてるんだろうな」

「もっと辛い人だよ。それこそ今すぐに助けがいるような」

「例えば?」

「そうだね、例えば財布を忘れたのにレジの前で気づいたりとか」

「ヒーローは金貸しもやるのか?」

「いや、きっと家に取りに戻ってあげるんだよ、その人の順番になる前に」

「なるほど、それならしょうがない」

 名前は変わらなかったものの、それ以来、そいつは名前で呼ばれることを嫌がるようになった。

「しょうがないね」と僕が言うとそいつも「しょうがないさ」と答えた。


 夏休みが何事も無く終わり、暑さが残る中同じような日々が始まり、それから一ヶ月経ったくらいだった。

 体育祭が押し迫ってきていて連日、朝と放課後に体育祭の名物になっている応援合戦の練習があり僕はそれにうんざりしていた。

「全員で同じ時間を過ごすほど連帯感が生まれる!!」がクラスのスローガンらしく、とにかく暇があれば練習をした。今流行の曲に誰かが振り付けを考え、それを代表の十人前後で踊る。残りは後ろで手だけの振り付けで手を上げたり下げたりウェーブを作ったり。

 あいつは学校に来て授業は受けるものの放課後になるといつの間にか居なくなっていた。最初は参加させようとしていた先生を初めとしたクラスの中心的な奴らも既に諦めていた。

 僕も何度か来るように説得させられたことがある。

「クラスの奴が言ってただろ、『輪を乱すな』って。俺は元々みんなの隣には居ないから。俺が入ると歪むんだよ、輪ってのがさ」

 どういうことかはわからなかったが、あいつが言いたいことはなんとなく理解出来た。あいつは団体行動ってのが死ぬほど嫌いだった。だからさして理由も無かった。ただ「嫌」だったんだろう。

 そのくせに運動神経は良いあいつは体育祭当日、ひょこっとやって来て徒競争に参加。ぶっちぎりで一位を取り僕の昼ご飯を半分だけ奪い帰っていった。

「ずるいね」と僕が言うとそいつも「ずるいさ」と答えた。


 それから更に二ヶ月余りが経つと、年が終わりを迎えた。

 初詣なんてくだらないと言うかと思ったが、あいつは嬉々として行列に並んでいた。

「ヒーローは役目を終えた後神様になるんだ。善行ってやつを沢山積んでヒーローは最後、老いる前に神になるんだ。子供が見る番組で地球を守ってるヒーローはいつも一人か一つの組織だろ。そういうことなんだ」

 だからみんなに助けてくれるように祈るんだ、助けてくれるのはいつもヒーローだから。そう言ってあいつはヒーローは金のために戦ってるんじゃないとお賽銭も入れずブツブツと何か言っていた。

 受験生だった僕は合格祈願のお守りを買った。そいつは「安全やら成功が買えるもんならいくらでも出してやるさ」と笑いながら交通安全のお守りを5つ買っていた。数で効果が変わるかどうかなんてわかるはずもなかったが気分的には変わりそうかな、と思った。

「変わるかな」と僕が言うとそいつも「変わるさ」と答えた。


 僕が大学への進学を決めた頃、学校も受験が大事だと言って来るも来ないも自由となっていた。来たところで自習かプリントが数枚配られるだけ。形だけの授業だったので進路が決まった連中はその開放感から来ないし、決まってない連中はもちろん来ていない。そんな中あいつは毎日きちんと来ていた。

 ただ、来ても教室に居ることは少なく色んな場所を歩き回って本を読みふけっていた。教室を出て廊下、階段、校庭、食堂、体育館、柔道場、図書館、そして屋上へ続くドアの前。毎日違う部屋へ行き違う場所で本を読む。何の本か何度か聞いたが教えてはくれなかった。

 他人が来る時は休み、他人が来ない時に好んで来る。見事な天邪鬼に感心しながらも、結局僕も来ていたので同じようなものか、と思った。

「面白い?」と僕が言うとそいつも「面白い、かな」と答えた。


 卒業式の日、どうするのかと聞いた。進路が決まったという話は聞いていなかったしそもそもどこかに試験を受けに行った様子も無かった。

「アメリカに行く」

 何の事かと思った。

「ヒーローの本場はやっぱりアメリカだよな。もう待つのに飽きたんだ。探して連れてくるよ」

 そいつが母親と上手く行ってないの知っていた。でもそれから逃げるわけじゃないんだと思った。そいつの目は希望に満ち溢れているように見えて、どうもそれは俺への期待のようだった。

 一度大きく息を吐く。

「待ってるよ。三人で」

僕の声を聞いて、溢れんばかりの笑顔を作った。

「ヒーローを探してくるまで待ってる」

「でも」僕は続ける。

「どうしても見つからなかったら帰っておいで」

「……うん」

 もう一度大きく笑ったそいつはその後、声をあげて泣いた。僕はあまり感情的にならず、僕の感情的な部分は全部そいつが持っていったんだと、小さい頃よく言われたのを思い出した。

「大丈夫さ」と僕が言うとそいつも「大丈夫かな」と答えた。


 昔の話をしよう。

 僕たちは同じ日、同じ時間に生まれた。実際には僕の方が数分早かったが。

 小さい頃から何をするにも一緒で気が付いたら自分を呼ぶ名称まで同じになっていた。なので僕は自分を僕と呼ぶようになった。女の子が自分を俺と言うのはおかしいと思ったからだ。結局は治らなかったので徒労だったけど。

 それでも小学校の学年が上がってくると俺とそいつに違いが嫌でも出てきた。

 僕も幾分か動揺した、と記憶しているがそいつの比ではなかっただろう。

 その時の僕たちがどう事態を飲み込んだのかは余り記憶に残ってない。

 だがその後も一緒に遊んでいたので何か画期的な、それこそヒーローが来たのかもしれない。


 中学、高校と同じ学校に入りいつも一緒に居る僕たちを周りの人たちは中の良い兄妹と思っただろうか。

 僕たちは毎日一緒に帰り、寄り道をし一緒にご飯を作り食べた。

 両親は共働きの上に余り仲が良いとは言えず、二人で過ごすことが多かった。

「二人とも浮気相手が居るのにどっちも見て見ぬ振りをしてる」

 僕もそれは感じ取っていたが「どうして?」と聞いた。

「んーなんとなく。なんとなくそう思う」

「女の勘って奴?」

「それだとお兄ちゃんには無いことになるから駄目」

 二人は同じ。あいつは呪文のように言い続けていた。


 ある日、両親が急に離婚をすると言い出した。いや、気配はあったのだから急ではなかったか。

 その時だけはとても息があっていて、まるで段取りが決まっていたかのように離婚の話がまとまっていた。

 僕とあいつは父と母どちらかに一人ずつ付いて行くことになっていた。僕とあいつは反発した。何とか説得しようとしたが母親が「あなた達のせいなのよ!」と叫んだ。

 真意はわからなかったが僕には咄嗟に出た言葉で意味は無いように聞こえた。しかしあいつにはそうは聞こえなかったようで僕とあいつが一緒に居ることが原因なんじゃないかと考えたようで随分苦しんだようだった。


 僕たちはどうしようも出来ずにただ流されるように別れて暮らすようになった。

 けれど完全に離れることは出来ず、学校ではいつも一緒に居るようになった。

 僕は何もすることが出来ず、また何をすればいいかもわからなかった。

 何をするのが正しいのかわからなかったし、どうしていいかもわからない。

 あいつの求めるヒーローにはなれない。助けて貰う側なんだと考えていた。

 そう思いながらも僕はあいつから離れられず、あいつは体育祭の時期、僕から離れようとしていた。そうすることで何かが変わることを期待していたのかもしれない。

 ただ、年末からまた同じように一緒に過ごす時間が長くなりあいつの気持ちも固まりつつあったのかもしれない。交通安全のお守りを思い出す。あれはもう考えた後の行動だったのだろうか。それを考えると胸が痛んだ。

 何も出来ない。そう思い込んで何もしなかった自分に腹が立ち、そして結局はあいつの助けを借りてやっと行動を起こせる自分にも腹が立った。


 卒業してから一ヶ月弱の間、二人でずっと過ごしたのを覚えている。そして三月の終わりに、あいつは旅立って行った。僕との約束を残して。

 それからはあっという間だった。大学は大変だったがその合間を縫ってバイトをし、一ヶ月に一度は両親を会わせ、何とかまた暮らすように説得した。

 何度目かわからない、両親がやっとまた一緒に暮らすことを承諾してくれた。その時に僕は離婚の原因を聞いた。僕たちが原因となっていたのかどうか。そして僕の気持ちを伝えた。父親は驚いていたが母親は驚いた様子は無く、「あなたたちのせいじゃないわ。私たちに全て問題があったのよ」

そう言ってから僕の頭を撫で「いい男になったわね」と笑って言った。


 僕はあいつにメールを出した。本当に緊急のときにだけ使うようにと言っていたアドレスに三人で暮らし始めたことだけを書く。もう二年が経っていた。

 すぐにでも返事が来るかと思ったが。次の日も、その次の日もメールは来なかった。夜中までメールを待っていたお陰でその時のテストは散々だった。


 三人で暮らし始めてから半年。季節は夏になっていた。あいつからの連絡は未だに無く、だからと言ってt他の連絡先も知らなかったので僕は押し迫ったテストのために図書館に篭っていた。ちょうどその時、携帯が震えた。

 携帯禁止と書かれた張り紙の下、そっと携帯を開く。

 『新着メール 一件』

 開くとそこにはあいつの名前が。

 『本文 今から帰る』

 これだけ待たせたのにその一行。あいつらしいと思った。迎えに来て欲しく無い。特別に何かをして欲しくない。そんな気持ちがこもったメールだった。

 携帯を閉じてまたノートに向き直る。明日のテストは落とせなかった。


 七時まで図書館に居たがまだ少し明るかった。家に着いたときは流石に暗くなっていて家の明かりがどこもかしこも点いていた。

 家に入ると父の革靴があり自分が最後だと悟る。

 二階に上がって荷物を置く。机の上にはぼろぼろになった交通安全のお守りが置いてあった。それを持ってリビングに入ると既にみんな関に着いていた。

「遅い、食べないで待ってたんだから」

「ごめんごめん、ただいま」

 二年ぶりに見るそいつは何も変わってなく、僕もきっとそうなんだろう。

「おかえり」と彼女が言うと僕も「おかえり」と答えた。


読んでくださってありがとうございました!

どこか注意点や改善点がありましたらお願いします!

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