後編
十二月二十四日。
クリスマスイブの夜、ノエルは目の前の敵と対峙していた。
「…………」
「…………」
互いに無言で睨み合う。
先に動いたのはノエルで、そっとゆっくりと手を前に伸ばそうとした。
それだけだったのに、相手はそれを見た瞬間にギラリとその瞳を怪しく光らせ、ノエルが手を伸ばし切るよりも先に、その頑丈で立派な足を使ってノエル目掛けて蹴り飛ばしてきた。
ビュンッ、と空を切る脚。
騎士として鍛え上げた反射神経をもってして、間一髪でそれを避けたノエルは、伸ばしかけた手を引っ込めて、ふぅっと小さく息を吐き出した。
「…………」
「…………」
再び始まった膠着状態の沈黙。
それを崩したのは、準備をしていてこの場に来るのが遅れたサンタクロースによる声だった。
「………おぬしら、馬鹿なことやってないでほれ、ソリにその袋を乗せんか」
たった今までのノエルに向けていた殺気はどこへ消えたのかというくらいの早変わりで、ノエルと対峙していた相手はサンタクロースに向かって愛嬌をふりまき始める。
その赤い鼻をサンタクロースへと押し付けるようにしてくっつき始めると、サンタクロースはその頭をよしよしと優しく撫でつけるとともに、ノエルとその相手を見比べて大きな溜息を零した。
「………まさかこんなに相性が悪いとはのぅ…」
「俺もショックなんですが……」
「ううむ…。確かにこやつらは皆、雄だからのぅ…。新しい同性には厳しいことには厳しいのじゃが…」
ノエルが対峙していた相手。
それは―――トナカイ達である。
全部で四頭もいるトナカイ達は、何故かノエルをこれでもかというくらいに敵視してきた。
別にノエルが彼らに何かをしたわけではない。
サンタクロースに今日の相棒達だと紹介され、サンタクロースが少しこの場を離れた途端に急に殺気立った目を向けてきたかと思えば、敵対してきたのである。
別にノエルが生き物に対して天敵となる物を持っているわけでもなければ、そういう性質でもない。どちらかといえばノエルは生き物に好かれる方であり、これほどまでに敵対されたのは生まれてこの方、二度目だった。
「………こんなに嫌われたのは、彼女が飼っている使い魔以来ですよ…」
「そ、そうか……」
落ち込んでいるノエルを見かねたのか、それとも他の理由があるのかはわからないが、サンタクロースが一瞬、おどおどと戸惑いをみせたようだったが、すぐにごほんと咳き込んで気を取り直すと、トナカイ達へと声を掛け直した。
「すまんが今日はこの彼がヘルパーなんじゃ。気はのらぬかもしれんが、共に乗せておくれ」
すると、ふんっ、ふんっ、と鼻息荒く何度も音を立てたものの、最終的にもう一度ノエルを一瞥して睨みつけた後で、若干、その敵意を消したようだった。……ただ、完全には消し去ることはできなかったようで、ノエルがトナカイ達に触れることは許されなかった。ただ、トナカイ達がひくソリに同乗することを許されただけである。
サンタクロースと二人、ソリに乗り込む。
ソリの上には、他には例のプレゼントが大量に詰め込まれたマジックバックならぬ白い袋があり、本日叶えるべき願い事が順にリストアップされた紙が乗せられている。紙は飛んでいってしまう為に、ノエルが服の胸元へとしまいこんだ。
「さあ、出発じゃ!」
サンタクロースがトナカイへと繋がっている紐を掴み、その手を通して魔力の輝きがソリ全体へと伝っていく。おそらく呪文だろう何かの言葉を唱え始めたと同時に、トナカイが地面を蹴って走り出す。ゆっくりと、しかし力強い足取りで地面を蹴るその脚が、ふわりと途中から宙を蹴り始める。
「うわぁ……」
子どもみたいな声を上げてしまったノエルだったが、それ程までに今、自分が体験している状況が夢のような出来事であり、感動してしまう状況だったといえよう。
何しろ、夢にまで見続けていたサンタクロースのメインイベント――というと仕事でないように聞こえるが、ノエルにとってはメインイベントと思っている――に参加しているのである。童心に戻るなという方が無理だった。
キラキラ輝く多数の小さな金の光の粒子が、トナカイやソリを包んでいる。
それは魔法によるものであるとはわかっているのに、夜空に映える光景は神秘的でしかなく、ノエル自身がそこにいるのだという事実がまだ夢のように思えてしまう。
シャンシャンシャンッ、と聴こえ始めたのは、トナカイ達が首元につけている金色の鈴の音。それもまた、夢見心地にさせるのに一役買っていて。
今、まさに。
ノエルは星がいっぱい瞬く夜空を、トナカイのソリで光に包まれながら飛んでいる。
(子どもの頃の俺に伝えたい。きっと、夢は叶うのだ――と…っ)
絵本の中で幾度となく見てきた光景が、今、ここにあった。
じーん、と感動に浸り続けていたノエルだったが、同乗しているサンタクロースはにこやかに笑いながらも真ににこやかではない。
赤い服で隠れているものの、彼の腕には時を刻む腕時計がつけられていて、プレゼントを配るという業務にはタイムリミットがある。一秒たりとも無駄にするわけにはいかないのだから。
「さて、少し止めるかの」
サンタクロースがトナカイに繋がっている紐をくいっと引っ張れば、それに従うようにトナカイの脚が徐々に止まる。魔法がかかっているので下に落ちる心配はないのだが、夜空に浮かんで止まっているというのは、何とも不思議な光景でもあった。
これにより、夢現だったノエルの思考回路がはっと正常に戻される。
「王宮の真上……?」
下を見下ろせば、遙か下方に見慣れた美しき王宮が広がっている。
ただし、見慣れているといってもこうやって上方から見下ろすという状況は初めてだった。――それもそのはず。そんな事をしようものなら、敵襲とみなされてノエル達が所属する騎士団に捕獲されるどころの騒ぎではない。
「今宵は特別じゃからの。中々の光景じゃろう?」
「は、はい……」
外観も内観も美しい王宮であるが、真上から見て見るとその王宮や離宮の一つ一つの配置をとっても、よく考えられたバランスで建物が建てられており、その見事さが改めて知らされる。ノエルは、ほぅ、と思わず感嘆の息を吐き出した。
「さあ、袋の口を開けてしっかり持っていなさい」
「口を開けて?」
「そうじゃ。今からプレゼントを配るからの。……ここはちょうど王都の中心じゃから、一番都合が良い場所なんじゃ」
よくわからないながらも、サンタクロースに言われるままに白い袋を開けて、その口元を両手でしっかりと掴む。
「けして手を離すでないぞ」
その忠告の言葉とともに、サンタクロースが両手を大きく振りかざし、またも何かの呪文を唱えた―――瞬間、
ブワァァァァァァァァt…ッ!!
と。
凄まじい程の風が袋から発生し、その風圧によりノエルは手を離しそうになってしまう。
だがすぐに言われていたことを思い出し、必死に袋を手で掴み続けた。
風が強すぎて目を開けていることができない。
一体何が始まったのだと思い、何とか必死で瞳を細めるようにして開いてみると、ノエルの持っている袋の中から大量の光が溢れだし、王都中へと降っているのが視界へと映る。
そう――それは、まさに流れ星のように。
王都中に散りばめられるように、下界に向かって光は勢いよく降っていく。
「これ…は………っ」
「その光の正体は、プレゼントじゃよ」
「何と…っ!」
「さすがに一つ一つを渡しに行く時間はないからのぅ…。申し訳ないが、魔法で子ども達の元に届けておるのじゃ」
事前にサンタクロースから聞いている、プレゼントを配る業務時間は、クリスマスイブの午後十一時から、翌日の午前二時までの三時間のみ。
その間に、王都中にいる全ての子ども達にプレゼントを届けなければいけないとなると、確かに魔法を使って配るのが効率は良い。
ノエルは改めて、風圧に負けないように必死に目を開きながら、光があちこちに降って行く光景を己の目に焼き付けるように見つめる。
この光の一つ一つが、このサンタクロース業務が始まってから錬成し続けたプレゼントの数々だと思うと、それはそれで別の意味で感慨深くなった。
時間にしてみれば僅か十数分の間の出来事で。
風が緩やかになり、降っていく光の数も少なくなっていき、やがて袋の中から光は飛び出さなくなった。全てのプレゼントが配り終わったということなのだろう。
ノエルは念のために、自分が被っているトナカイの絵が描かれた紙袋を触ってみる。
あれほど風が強かったというのに、全くとばされもしなければ、皺になっている形跡もない。本当に無駄に良い魔法がかけられていると改めて思いながら、空になった白い袋を丁寧に畳んだ。
「―――さて、これからが本番じゃ。物ではないプレゼントを願った者達の家に一件ずつ回らなければならぬ。順番に書き綴った紙は持っておるかね?」
「勿論です」
言いながら、ノエルは出発前に胸元にしまいこんだリストの紙を取り出すと、サンタクロースが頷いて応える。
「結構。それじゃあ、出発じゃ!!」
そして、再びトナカイ達が夜空を走り出す。
これより時間と戦いつつ、子ども達一人一人に対して魔法を使わなければならない。
先程以上の速さで走り出すトナカイ達がひくソリに乗り、ノエル達は順番に子ども達の家を回り始めたのだった。
時刻は二十五日の午前一時三十分。
残すところ三十分程となったところで、願い事を叶えていない子どもは最後の一人となっていた。
ある子どもは夢でもう現実では会うことができない想い人との再会をみせ、またある子どもは仲直りを望んだ友人との謝罪の手紙を渡し合い、またある子どもは……と、一人一人に合ったプレゼントを与え続けていたのだが、何件も魔法を駆使しているうちにノエルは少しだけ、思ってしまったことがある。
それはけして口に出すべき事ではないとは思ったものの、我慢ができずにサンタクロースにそれを尋ねていた。
「……………あの…」
「なんじゃ?」
「……………なんか、若干、泥棒みたいなんですが……」
子ども達に気づかれることなく、願い事を叶えなければならない。
その為に、まず子どのも家に着いたら起きている者がいないかの確認をし、起きている者が近くに居れば眠りの魔法で眠らせて、安全を確保した上で家の中へと侵入。それは普通に開いている場所から侵入する事もあれば、魔法を使って壁をすり抜けて中に入る時もあり、スリル満点な作業だった。息を潜めて寝ている子どもの傍へと近づき、魔法を施す。
この間、魔法以外で必要となるスキルはまさしく―――隠密。
隠密スキルなくして、子ども達の家に侵入することはできない。
特に、平民の家ならまだしも貴族や商家の家ともなると厳重な警戒態勢がとられている為に、侵入することは容易いものではない。侵入防止の結界魔法がはられている場合等、それに触れて築かれないように結界を潜り抜ける更なる上位魔法を駆使ししたりしており、今、サンタクロースに求められているのはまさに、泥棒のようなスキルでしかない。
気づかれてはいけない。
それは理解できる。
が、何とも現実的には絵的によろしくない行動をとりまくっている。
それは先程のプレゼント配布魔法の神秘さとは真逆をいく怪しさでしかない。
ノエルの言葉に、サンタクロースは静かに首を横に振る。
「…………それは言ってはならぬ。子どもの夢を壊してはならんのじゃ」
「……………すみませんでした…」
謝罪の言葉を口にするノエルに、サンタクロースは重々しく頷いて応えると、持っていたリストを一瞥した。
「―――さて。残すところプレゼントもあと一人となったの」
「そうですが………………もしかして、最後の一人は、皇子殿下なのですか?」
夜空を走るトナカイが向かっているのは、どう考えても王都の中心である。
中心には、王宮しか存在しない。
そしてその王宮に、今子どもとされる年齢の者は、王太子殿下の御子であらせられる御年三歳となる皇子殿下一人である。
「……………………うむ。ちと、厄介な願い事でのぅ…」
「厄介、ですか…」
サンタクロースから無言でリストの紙を差し出されて、ノエルはそれに視線を向けて――― 一瞬、硬直した。
「え゛………」
子どもらしい願い事だといえば子どもらしいもので。
けれど、願いを叶えるこちらからしてみると、厄介でしかない願いでしかない。
「……………これ、どうやって叶えるおつもりで……?」
「………………とりあえず、陛下には話を通してはあるんじゃが……」
「陛下に…。それじゃあ、陛下から王太子殿下に伝わっていますよね…?」
「じゃと思うが……」
再度、ノエルは紙へと視線を向ける。
そこに書かれている言葉は―――弟妹が欲しい、という願いで。
さすがにこればかりは魔法でどうこうできるものではない。
人の命を左右するような魔法は存在していないのだから。
「とりあえず、現実的な事は王太子夫婦にお任せするとして、じゃ。弟妹と遊ぶ夢をみせることくらいはできるじゃろうて」
「……そうですね」
それくらいしかしてあげることはできない。
結果は、王太子夫婦の頑張り次第でもあり、神のみぞ知るといったところである。
シャンシャンシャンッ、という鈴の音がやけに響き渡って耳に残るのは、若干、現実逃避をしかけてしまったからだろう。
ふ、と。
ノエルは子どもという話題に、己の願望が頭を過る。
「…………子ども、か…。俺も彼女と結婚して、可愛い子どもを授かりたいな…」
それ、は。
何気に呟いた言葉だった。
まだ婚約という段階ではあるが、婚約をしてから数年経つので、そろそろ結婚に踏み切ってもよい頃合いでもある。中々そこに踏み入れていないのは、互いの仕事の忙しさが理由となっているのだが、それを理由にし続けているとその先には永遠に進めない。
つい、そんな事を考えて。
つい、そんな事を呟いた―――だけだったのに。
「ごほ……っ」
と、咳き込んだのはサンタクロースで。
何故かトナカイ達が急に暴れ出してしまい。
「うわ……っ!?」
急にバランスが悪くなったソリの揺れに、他ごとを考えてしまっていたノエルの身体が大きく揺らぎ―――落ちる。
「しま………ッ」
ノエル自身には、宙に浮く魔法はかけられていない。
かけられているのは、トナカイとソリであり、そこから離れてしまえば当然の結果として―――落ちる。
慌てて手を伸ばすものの、かなりのスピードでトナカイ達が走っていたこともあり、その勢いも加わって振り落されるようにして落下するノエルの手は、ソリを掴むことができない。
(やばい………ッ!!?)
勢いよく落下していく己の身体をどうすることもできず、振り落された時に感覚が魔法で若干やらててしまっていたのか、徐々に意識が薄くなっていく中、ノエルの耳に届いたのは、けして今、聞こえるはずのない相手の声だった。
「ノエル様………ッ!!!」
聞こえたのは、己の婚約者の声。
切羽つまったような口調で名を呼ばれたのを最後に、ノエルの意識は暗転した。
「サンタクロースに憧れているだって? お前、いつまで子どもでいる気だよ」
夢を話した時、ノエルの周りにいた友人達は皆、馬鹿にするように大声で嗤いだした。
どちらかといえば堅物で、人付き合いが上手とはいえないノエルにとって、学園に入って間もない頃のその嘲笑をどうすることもできず、皆に合わせて笑いを取るように誤魔化すことしかできず、やがてはその夢を口にすることはなくなっていた。
胸に潜めていたその夢を、再び口に出したのは、一人の同学年の少女相手のことである。
「サンタクロースに憧れているって聞いたんだけど、本当なのですか?」
少女からしてみれば、ちょっとした会話の話題の一つとして振っただけだったのだろう。
けれどノエルはまた、過去のように馬鹿にされるのではと思わず身構えて体が強張り―――
「素敵な夢ですね。きっと、サンタクロースはいらっしゃると私も思いますよ」
続けられた少女のその言葉に、ノエルの目が大きく見開かれた。
―――惚れたのは、きっとその一瞬の出来事で。
気が付けば、少女はノエルにとって一番大事な女の子になっていた。
二人きりの時にサンタクロースについて話をすれば、けして馬鹿にすることなく真剣にノエルに向き合い、話を聞き、時に言葉さえ普通に返してくれる。時に、応援さえしてくれるその姿に、惚れるなという方が無理だった。
科が違うことで中々会う機会がない為、ノエルなりに必死になって少女と会えるように四苦八苦して過ごした学園生活。
告白をして少女と正式に婚約を結びたい。
そんな願いは、少女と出会って一年も経つ頃には胸に抱いており、周囲の友人達にもノエルの気持ちはバレバレだった。
けれど、中々告白ができなかったのは、少女の身分故に。
――ナタリー・エバンス。
ノエルと同じ、公爵家の一つである、エバンス公爵家の長女である彼女には兄弟は一人もおらず、ナタリーが跡取りになるのだという噂はノエルも何度も耳にしていた。
ノエルは公爵家の嫡男ではない為、婿にいくことは可能である。
しかし、公爵家の跡取りであるナタリーに相応しいかと言われれば、顔を顰めざるを得なかったのである。それ故に、告白ができない。
そんなノエルであったが、学園の卒業を目前にしてこのまま少女と別れてしまうのは耐え難かった。
だから、無理を承知でクリスマスに願ったのだ。
勇気のない自分のこの想いを、どうか彼女に伝えてほしい――と。
そして願いは無事に叶い、色々とあってナタリーと婚約を結ぶこととなる。
それは、ノエルにとって今までで一番のクリスマスプレゼントとなった。
「……! ………! …………様!」
声が、ノエルの耳に届く。
その声はノエルの名を必死に呼び続けており、ノエルがその声の主を間違えるはずがない。
ゆっくりと覚醒していく意識とともに、ノエルはその瞳をゆっくりと開いていき―――己の視界にいたその相手の姿を見て、すとんっ、と胸におちた出来事があった。
「……………君は、サンタクロース、……だったのか…」
ノエルの目の前にあるのは、一人のサンタクロースの姿。
けれど、その声は違う。
ここ数日聞き続けていたサンタクロースのものではなく、それとは全く異なる女性のものであり、それはノエルが良く知った相手の声だった。
「ナタリー……」
名を呼び、ノエルの手を両手で掴んでいた相手の手を、逆にぎゅっと力を入れて握りしめる。
サンタクロースの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
悲痛な表情を浮かべているその様子に、ノエルは己の不甲斐なさを申し訳なく思いつつも、もう一度その名を口にした。
「ナタリー…。君は、サンタクロースだったのか…」
「……っ。はい……っ、ノエル様……」
そうサンタクロースが答えると、その姿が光に包まれたかと思えば、一瞬にしてその姿が見知った女性――ナタリー・エバンスのものへと変化する。いや、変化という表現はおかしい。魔法が解かれた為に、元の姿に戻ったというべきなのだろう。
「意識が戻ってよかったです……っ。空を飛んでいる時に手を離すなど…っ、もうけしてしないで下さい……っ。後少し、私の魔法が遅かったらどうなっていたことか……っ」
「すまなかった……」
「無事だったのでいいいんです……っ」
ノエルはゆっくりと己の身体を起こして、状況を確認する。
周囲に他に人の姿はない。
ノエルは座り込んだナタリーに膝枕をされるようにして寝ていたようで、離れたところにソリとトナカイ達の姿も見られた。
「ここは…?」
「王宮の屋根の上です。……魔法をかけてありますので、誰かに気づかれる心配はありません」
「そうか…」
普段、王宮の警備も担当する騎士としては複雑なその返答に、今日はクリスマスだから無礼講だと思うことにして、この件について深く追求することはしない。
「俺はどのくらい意識を失っていた?」
「三十分くらいです」
「は…っ!? それじゃあ、殿下のプレゼントは……っ」
「大丈夫です。既に魔法で願い事の夢をみせておりますので」
「そうか……。よかった……」
自分の失態のせいで危うく子どもの夢を叶え損ねるところだったと思うと、ノエルはほっとして胸を撫で下ろした。
ほっとすれば、先程自身で言った言葉の続きが気になって仕方がなくなってくる。
そんなノエルに気づいたのだろう。ノエルが問うよりも先に、ナタリーは自身についての説明をし始めた。
「我が家は……、代々サンタクロースを輩出している家系でして……、あの初代サンタクロースは御先祖様なんです……」
そう言って話し始めたその内容は、ノエルにとって驚きの連続だった。
エバンス家は四大公爵家の一つである。
そのエバンス家が、初代サンタクロースを先祖にもつ家系だということは、王しか知り得ぬ事実である。表向きはエバンス家、その裏としてクロース家として代々、魔力が多い子どもが多かったこともあり、歴代の公爵家の跡継ぎ達は皆、サンタクロース業を務めており、現在の公爵、つまりはナタリーの父親もまた、サンタクロース業を務めていたという経歴がある。
その長女であるナタリーは、齢十歳にしてサンタクロース業界に足を踏み入れることとなり、三年のサンタクロースヘルパーを務めきった後で、父親の跡を継いでサンタクロースとなった。この時、十三歳であり、歴代でも最年少でのサンタクロースへの就任だった。それ程までにナタリーの魔力はずば抜けて大きく、魔法のセンスも素晴らしいものだったのである。
そしてサンタクロースとなってからはずっと、王都担当のサンタクロースとしてクリスマス近辺になると業務をし続けてきたのだという。
話を聞いて、確かにナタリーの魔力は素晴らしいことを知っているノエルとしては、彼女がサンタクロースであったとしても違和感はなく、寧ろサンタクロースであったからこそ、学園時代に馬鹿にせずに己に向き合ってくれていたのだと納得ができた。
「…………なるほど。王都担当のサンタクロースを…………………うん?」
そこでふと、一つのことがノエルの頭で引っかかった。
(王都担当……? 十三の時より………? それは、つまり……)
はっとして、ノエルはナタリーを見つめる。
その顔が、一瞬にして真っ赤に炎上した。
――勿論、羞恥心から。
「ま、さか………」
「…ご、ごめんなさい………」
見れば、ノエルに負けじとナタリーの顔も真っ赤に染まっている。
目を合わせないように視線を逸らしているナタリーを見ていると、顔だけでなく全身が熱を放ちだし、まるで全身発火しているような錯覚すら覚える。それほどまでの羞恥心にノエルは身を包まれていた。
サンタクロースが願い事を叶えるのは、十八歳までである。
当然、ノエルも十八歳まで願い事をサンタクロースに叶えてもらっている。
そして、ノエルは学園に通っていたこともあり、王都で過ごしていた。
つまり―――ノエルの願い事を叶えていたのは、途中からナタリーということであり、つまるところ、十八歳の時の告白という願い事は、まんまナタリーに突き抜けだったということになり………。
「○×△※☆□~~~~~~~~ッ!!!!!」
言葉にならない悲鳴をノエルは上げた。
それはもう叫ぶような大声で。
そうでもしないと、身を包む羞恥心からどうにかなってしまいそうだったからである。
………幸いなことに、ナタリーが魔法をかけていた為にその声は王宮に響き渡ることはなく、誰にも聞きとめられることはなかったものの、傍にいたトナカイ達には聞こえていたらしい。
叫んだその数秒後には、怒りの形相のトナカイ達によって蹴り飛ばされることとなる。
その蹴り飛ばされた痛みに、ノエルはまたしても一つのことを納得した。
(俺が、トナカイ達から嫌われる理由はそれか………!!)
ナタリーはその魔力の高さから、魔法生物に尽く好かれる体質である。
ノエルもまたその魔力の高さから魔法生物には好かれる体質ではあるのだが、ここで一つの問題が生じた。
―――魔法生物達が、ナタリーのことを溺愛しすぎているのである。
つまり、ナタリーと婚約したノエルは、ナタリーを溺愛する魔法生物達にとっては敵でしかなく、彼女の使い魔を筆頭にノエルはとんでもないくらいに嫌われるようになってしまったのである。
トナカイの蹴りでクリーンヒットを食らったノエルは再び撃沈。
意識を失う直前で聞こえたのは、またしてもナタリーが己の名を呼ぶ声だった。
翌年、ノエルはナタリーと結婚をする。
魔力の高いノエルはエバンス家にとっては大歓迎な存在だったようで、入り婿ではあるものの、気の良いエバンス家に馴染むのに日はかからなかった。
結婚を機にナタリーは王宮の仕事を退職をして公爵家の跡継ぎの女領主として正式に認められ、領主業等の業務をこなすこととなるが、ノエルはそのまま騎士の仕事を続け、時にナタリーのことを支える、誰もが認めるお似合いの夫婦として名を馳せることとなる。
そして、エバンス家者達と王しか知り得ぬことではあるが、クリスマスの時期になるとノエルはサンタクロースヘルパーとして、サンタクロースとなるナタリーの仕事を支え続けた。そういった意味でも、とても仲の良い夫婦であるといえただろう。
クリスマス過ぎてからの完結となりましたが、これにて終了。
お読み頂きありがとうございました。




