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中編

 説明だけで終わった初日の翌日となる二日目、ノエルは昨日訪れたそれぞれのサンタクロースに与えられたらしい部屋のど真ん中に佇んでいた。

 昨日、何か床に描かれていると思っていたのだが、部屋の中央に描かれていたのは大きな地図であり、よくよく見てみるとそれが王都全体を描いたものであることに気づく。しかも無駄に細かいところまで描かれていて、騎士という職業柄、王都を守る仕事をしているわけで、王都の地図は何度も目にしたことはあったものの、ここまで詳細が鮮明になっているものなど見たことがなかった。

 足元を凝視しているノエルに気づいたサンタクロースが、そんなノエルの心境をよみとったのだろう。

「それは儂が魔法で描いた地図じゃ」

「なんと……っ!!」

「《透視》魔法により王都の隅から隅までを確認し、それをこうして描いておるのじゃ。漏れがあってはならぬ。それはプレゼントを貰えない子どもが現れてしまうということじゃからの」

「何という徹底さ…!! しかし、そんな魔法は聞いたことがないのですが……」

「そうじゃろう。王都には元々、敵からの侵入や攻撃を防ぐ為に防御魔法がかけられておる。よって、それを無効にするような強力な《透視》魔法を使う必要がある。この魔法はサンタクロースだけの極秘魔法の一つじゃ」

「極秘……!」

 ただそれだけの言葉に酷く感銘を受けて、ノエルは心を震わせる。

 こうして国の子ども達全てに素敵なプレゼントが与えられるのかと思うと、サンタクロースへの偉大さがさらにノエルの中で強まり、ますます尊敬を抱かずにはいられなくなる。

 心を熱くして目頭を押さえ始めたノエルを、サンタクロースが呆れたように見ていたのだが、ノエルは残念ながら――寧ろ、幸運にもと言うべきかもしれないが――気づかない。

「さて、ノエル君。君は少し、この地図ではない場所に立っていてもらえるかの?」

「はっ。わかりました」

 ここは別に騎士の訓練場でもないのだが、つい敬礼をしてしまい、速やかに場所を移動する。そしてサンタクロースの仕事を一つたりとも逃してはなるものかという意気込みから、瞳を爛々に輝かせて見詰め始める。

「や、やりづらい………」

「何か仰いましたか?」

「い、いや、気のせいじゃ」

 ぼそっと呟いたサンタクロースの声は、少し離れてしまった為にノエルの耳に届くことはなく、ノエルに少しだけ背を向けたサンタクロースが己の胸元を抑えてほっと息を零したことには、やはり気づかなかった。

 ごほん、と咳払いを一つしてからサンタクロースが腕を前へと掲げる。

 その手元が魔力により僅かに輝いている事にノエルが気づくとともに、ふわり、と視界の中で何かが動いた事がわかった。

 動いたのは―――大量の、紙。

 地図の周りに所狭しと置かれていた、やや小さめの紙が緩やかに空中へと浮かびだしたかと思えば、それら全てがサンタクロースを包むように地図の上で旋回し始める。

 サンタクロースがおそらく何かの魔法なのだろう呪文を紡ぎだすとともに、足元の地図のあちこちが眩い小さな光を放ち始めて、その光はやがてたくさんとなって地図上のあらゆる箇所に現れる。数が多すぎて地図全体が発光しているように見えるものの、よくよく目を凝らしてみれば本当に小さな光が多く集まっているのだとわかり、その光は固まっている場所もあればそれ程光を放っていない場所も地図上ではあり、均一に光っているのではないという事が見てとれた。

 そしてサンタクロースが手で地図をなぞるようにして何かの動きを見せた後に、凄まじい程の光が部屋を包み込み、ノエルはあまりの眩しさに堪えきれずにその瞳を閉ざした。

「くっ……」

 ノエルの耳に、バサバサと勢いよく紙が風に煽られている音が届く。大量のその音はまるで何かの楽器のようにも聴こえなくもなく、やがて瞼の向こうに眩い光を感じなくなったことでゆっくりと瞳を開いたノエルは、先程まであった光が全く消えてなくなっている事に気が付いた。その代わりに、先程まで空中に浮かんでいたはずの大量の紙が、床の地図上に所狭しと重なり乱雑に散らばり落ちている。ちょうどサンタクロースが立っている位置を避けて散らばって山になっている為、ノエルの位置からはサンタクロースの足元は全く見ることが適わなかった。

「………ふうっ、やれやれ」

 サンタクロースが額の汗を拭うように手を動かす。

 大量の魔力を消費したのか、その表情からは疲労感が滲み出ていた。

「一体何が起こって………」

「ノエル君。散らばっているこれを全て、まとめておいてもらってもいいかのぅ? 儂は魔力を回復する為に、少しこの部屋を離れたいからのぅ」

「は、はい……っ」

 言われて、手始めに近くの紙に手をかけたノエルは気が付く。

 先程までは何も書かれていなかった真っ白だったはずのその紙に、何かの文字が書かれているという事に。

「…………ルチア・リース……? 真っ白な大きな…テディベア……?」

 人の名前に物の名前。他には年齢と、おそらく住んでいる場所だろう地区等についての情報が一枚にしっかりと書かれている。

 ノエルははっとして他の紙も手にとって見てみれば、やはり同じように一人分の同じ情報が書かれているようで、説明を求めるようにサンタクロースへと視線を向けた。

「これもサンタクロースに伝わる極秘魔法じゃ」

「何と……っ!」

 もう何度目かわからなくなった驚きの声をあげるノエルに、サンタクロースは深々と頷いて言葉を続ける。

「子ども達の思考を読み取り、用意すべきプレゼントの情報を得る魔法じゃ」

「そんな事が……」

「無論、勝手に人の頭の中を覗き見る等してはならぬ。極秘中の極秘魔法であり、他の意図で使おうとすれば、即座に犯罪者の仲間入りとなるので、重々に気を付けるように」

「わかりました……」

 精神系の魔法でそういった魔法があることは聞いたことがあるものの、実際に使用するところを見たことなど当然ない。サンタクロースの言うとおり、それは犯罪として取り締まられている魔法でもあり、もし外でそういった魔法に関わることがあるとすれば相手は犯罪者でしかない。

 ノエルは散らばって山になっている大量の紙へと視線を向ける。

 これだけの数を一気に行うというのは、一体どれ程強力な魔法であり、どれ程の魔力を強いるというのか。想像するだけで恐ろしい。

 ごくり、と思わず緊張から唾を飲みこむノエルに、サンタクロースは少しだけ口元を緩めるようにして微笑んだ。

「この魔法の怖さを理解できる君なら、悪用はしないと信じておるよ」

 そう言って、ゆっくりとした足取りで部屋を後にしたサンタクロースの後ろ姿が、見えなくなってもなおそちらの方を見つめるようにして暫く固まっていたノエルだったが、はっと我に返って手を動かし始める。

 膨大な量の紙である。いつサンタクロースが戻ってくるかわからない以上、時間を少しでも無駄にすることはできない。

 せっせと紙集めに奮闘すること一時間と少し。

 サンタクロースが再び部屋に戻って来て、他の仕事を始めるかと思いきや、「少し他のサンタクロースとの会議をすることになったから、今日はもう帰ってもよいぞ」という予想外の言葉により、ノエルは思っていたよりも早くに帰宅することとなった。





 三日目、十二月十六日。

 ノエルは再び同じ部屋の中央に佇んでいた。

 ただし、足元に描かれているものが昨日とは異なる。昨日は魔法で描かれた王都の地図が広がっていたのだが、今日はチョークか何かで適度な大きさの魔法陣が直接床に描かれているようだった。あまり魔法に詳しくないノエルには、この魔法陣が何をする為のものなのか、さっぱりわからない。ついでに周囲を見回してみれば、昨日ノエルがまとめた大量の紙が部屋の一角を占めており、それとは別に何かごちゃごちゃとした物体が積まれた一角が存在していた。室内がそれ程明るくない為、ノエルのいる場所からはよくわからないが、何かの石っぽい物から棒っぽい物等、本当に多種多様な物が置かれているということだけは見てとれた。

「今日は何をするのでしょうか?」

「うむ。今日から五日かけて、プレゼントの錬成を行う」

「錬成……」

「子どもの数は多い。さすがに王都の店に降りて、全てのプレゼントを買うことはできぬ。よって、魔法により錬成するのじゃ」

 錬金術を用いてプレゼントを用意するという話を聞いて、ノエルは床に描かれた魔法陣が錬成陣であるのだと納得すると共に、周囲に置かれた様々な物は等価交換として使用する物なのだと理解する。

 その後で、再び欲しい物が書かれた大量の紙へと視線を向けた。

 山。

 山。

 山。

 子どもの数だけ紙があるわけで、只ならぬ量のプレゼントを用意する必要がある事は容易に想像がつく。

「ノエル君。君は錬金術に覚えはあるかね?」

「す、すみません…。学園に在学時に少しかじっただけで、しっかりと錬成する事は難しいかと……」

 錬金術には繊細な想像力とセンスが必要になってくる。

 魔力はあるものの、大雑把な攻撃魔法ばかり得意とするノエルからしてみれば、全くのお門違いもいいところで、いきなりやれといわれてできるものではなかった。

「そうか…。ゆっくりとできるようになればいいから、そんなに気にしなくてもいいからの。……そうじゃのう。簡単そうな物から少し、練習してみようかね」

 言いながら、サンタクロースが大量の紙に向かって指をくいっくいっと動かしてみせれば、紙の山の中から数枚、ひょこんっと飛び出したかと思えば、飛び出した紙が勢いよくサンタクロースの手元へと集まる。その数枚の紙に書かれている内容を確認して頷くと、サンタクロースはそれをノエルに向かって投げた。魔法を掛けられていた為に、紙は綺麗にノエルの手元へと届けられて、ノエルは受け取ったその紙へと視線を向ける。

「…………積み木……?」

 小さな子どもが欲しがっているらしい木の積み木が、全ての紙にプレゼントとして書かれている。

「木から錬成すればいいからの。多分、その辺りが簡単じゃろ。どれ、ノエル君用に錬成陣を描こうかの」

 室内の空いている場所へと移動して、サンタクロースがスラスラと素早く錬成陣を床に描き始める。その手付きは慣れたもので、全く手本となる教本を見ることもなく、鮮やかに次から次へと陣の中に文字や記号を描き入れていた。

(………ん…?)

 若干、描かれている文字が少しだけ見慣れた癖があるような気がして引っ掛かりを覚えたものの、その引っ掛かりについて考え込むよりも先に、サンタクロースが元々描いていた錬成陣よりも小さな錬成陣が完成してしまった為に、深く考えることはできなかった。

「これでいいじゃろ。その辺りに錬金術についてまとめられた初歩的な本があるはずじゃから、そこの木を使ってちょっと作っておくれ」

「え……」

 レクチャーしてもらえるとばかり思っていたノエルは、予想外のサンタクロースの言葉に若干顔を引きつらせる。

 本を見て上手にできるのであれば、学生時代にもっと良い成績が残せたはずである。それくらいにはノエルは不器用であり、錬金術を不得意としている。

 ひとまず言われた辺りを探してみれば確かに錬金術についての教本が置かれており、初歩的な物については学園にいた頃に見たことがあるような物も置いてあったものの、やはりそれだけでうまくいくとはとても思えない。助けを求めるようにサンタクロースへと視線を向け―――

 カッ! バシュッ! カッ! バシュッ!

 素晴らしい速度で錬金術を駆使してプレゼントを錬成し続けているサンタクロースの姿を見て、そっと、その視線を教本へと戻した。

 紙を魔法で引寄せる。同時に等価交換に必要となる物体も引寄せる。床に両手をついて魔力をこめれば錬成陣がカッと輝き、白煙と共に錬成したプレゼントが陣の上へと現れる。その現れたプレゼントを、白い大きな袋へと放り込む。次から次へと放り込まれても袋が破ける気配なない為、その袋はマジックバックの一種なのだろう。

 完全なる流れ作業として、素晴らしい速度で錬金術を駆使し続けるその姿を見てしまったら、たかだか数個のプレゼントを錬成しろと指示されたノエルに口を挟めるはずがない。ノエルはこんなに高速な錬金術を見た事などなかった。普通に考えるとありえない高度な技術と速度である。

(果たして俺は、どれだけ鍛錬を積めばあの域に達することができるのだろう……?)

 極秘魔法ではない。一般的に出回っている魔法の一つである。

 が、今のノエルの速度では、五日かけても全てのプレゼントを錬成するなど無理難題でしかない。

 サンタクロースへの道の険しさに挫折感を味わいながらも、ノエルは必死に教本を読み込んでは、自分にできる速さで錬金術を使い始めた。しかし最初からうまくいくはずもなく、出来上がった積み木は三角や四角の形を成していなかったり、大きさがバラバラであったりと全くもって積めないような使い勝手が悪い物ばかりではなく、一つのプレゼントを作る為に何度も何度もやり直しを必要とした。

 こうして日は着々と過ぎていき、当初の予定だったプレゼント作り五日目までにノエルが作成できたプレゼントはたったの四個でしかなく、二十日の日には、あまりの自分の出来なさに落ち込んでしまい、サンタクロースに慰められることとなったのだった。

 余談だが、錬成の等価交換で使う沢山の素材がどこから集められたのかが疑問に思い、錬成三日目の日にサンタクロースに尋ねたところ、一年をかけて国が予算を出して集めてきた物だという返答をもらい、改めてサンタクロース業が国家的な物であるということを理解させられた。





 十二月二十一日。

 再び同じ部屋に佇んでいたノエルは、サンタクロース業初日よりも随分とやつれた表情となっていた。幸いなことに被り物をしている為に外にそれが伝わる事はなかった為、憧れのサンタクロースの為にという意気込みがノエルを支え続け、しっかりとそこに立つことができていた。普段の仕事もそのままにこちらの仕事もある為に、当然ながら睡眠時間は削られていく。魔力も削られていく。体力もだが、精神的にも削られていく。初日に大変な仕事であると聞いたことを今、凄く自身の身体をもって実感しているところだった。

 しかし、それで挫けるノエルではない。

「今日は何をするのでしょうか?」

 ノエルがたった数個のプレゼントを作成している間に、他の全てのプレゼントはサンタクロースが錬成し終えていた。

 終わったという話を聞いた瞬間、その神業に思わずサンタクロースを拝んでしまったノエルは、当然ながらサンタクロースに変な目で見られていた。

 周囲へとノエルは視線を巡らせる。

 一山分だけ残されたプレゼントについて描かれた紙。

 色取り取りの紙やリボンや箱の数々。

 そして手の平サイズのメッセージカードと思わしき紙の束。ただし、何も書かれていない。

 今日、室内に置かれているのは、上記に加えて昨日までポンポンとプレゼントを放りこんでいた白い大きな袋である。

「今日はプレゼントらしく包装を行うのじゃ」

「包装……ですか」

「これには魔法は使わぬ。プレゼントの確認もこめて、一つ一つ、手作業で行う」

「…………申し訳ないのですが、自分はそういった細かい作業は苦手なのですが……」

 ノエルは一度、婚約者に対して自身で包装をして贈り物をしようと思ったことがある。

 婚約者である彼女に似合うと思ってつい買ったはいいものの、店で包装を行っていなかった為、四苦八苦して自身で包装を行おうと思い―――あまりの惨状に、謝罪の言葉とともにむき出しのままプレゼントを渡すという結果に陥っていた。

 肩を落とすノエルを見て、サンタクロースが一度頷く。

「うむ。君が不器用であることは、この数日でよく理解しておる」

「ぐ……っ」

 自身のことを理解してもらえるのは嬉しいのだが、あまり嬉しくないことを理解されてしまい、ノエルは唇を噛んでしまう。

「よって、君にはメッセージカードの複製を行ってきておくれ」

「はっ! あのカードですね!!」

 ノエルにとっては覚えがありすぎる、サンタクロースからのメッセージカード。

 毎年毎年、プレゼントと共に届くそれは、十八の時までに貰った物全てを大事に保管し続けている。

 魔法が発達したこの世界において、プリンターという高度な機械は存在しない。しかしその代わりに、魔力によって《複製》を行う魔道具は開発されており、魔法を使えない人間にとっても魔法による《複製》と同じ事ができるという事で、大きな会社や王宮では重宝されている。

「この部屋を出て、右の道を突き当りまで真っ直ぐに進み、そこを左に曲がるんじゃ。そのまま進んで三つ目の扉の部屋に、魔道具が色々と置かれておるから、そこから借りてきてくれんかのう?」

「わかりました。すぐに借りて参ります」

 敬礼を一度し、素早く室内を後にしたノエルは、迷うことなく見たことのある《複製》を行う為の魔道具を抱えて再び部屋へと戻り―――

「これ、は………っ」

 扉を開けたところで、思わずその目を大きく見開き、固まった。

 部屋にはサンタクロースがいる。

 ――が、その姿は一人分ではなく。

 部屋中を占めるように所狭しとサンタクロースが存在しており、その一人一人が鮮やかなプロの手つきでプレゼントの包装を行っているのである。まるでたくさんの人が働く何かの生産工場を見ているかのような光景に、ノエルは吃驚した。

「た、確かに包装を行うのに魔法は使っていないが、まさかの人海戦術とは……っ」

 大量のプレゼントを一人でどうやって包装するのかと疑問に思ったものの、まさか自身を何十人もに《分身》して作業を行うとは、予想もしていなかった。しかし、効率は素晴らしく良い。

 あるプレゼントは箱に入れて包装紙で包んでリボンで飾り、あるプレゼントは色違いの透明の紙を数枚重ねて包んでリボンで飾り、またあるプレゼントは……、と。プレゼントを見るなり瞬時に包装方法を判断して手元を休ませることなく包装をし続けている。

 既にかなりの包装済みのプレゼントの山が室内には出来上がっていて、その手腕に驚く以外のことができない。

「《複製》したメッセージカードをつけたら、また白い袋にプレゼントを入れておいておくれ」

「は、はい……っ」

 ノエルも急いで作業をしなければならない。

 慌てて室内の唯一開けられていたスペースを陣取ると、魔道具を使ってメッセージカードを《複製》してはプレゼントに挟んで白い袋に入れて、という作業をひたすら続けた。





 十二月二十二日。

 この日、ノエルは毎日のように作業を行っていたサンタクロース個別の部屋ではなく、初日に訪れた会議が行われた部屋で、初日と同じようにサンタクロースの少し後ろに控えるようにして椅子に座っていた。

 室内は静まり返っている。

 ノエルは失礼にならないように周囲を見回し、どのサンタクロースもやつれ気味である事に気が付いた。紙袋を被っていて顔が見えないはずのサンタズヘルパーも、疲労感を漂わせており、数人に至ってはノイローゼ気味に何かをぶつぶつと呟いている。

 ここ数日の業務を思い出せば、そうなってしまうのも仕方がないと納得できてしまい、その事を口に出すことはしなかった。多分、ノエルもまた疲労感を漂わせているのは同じだっただろうから。

 このサンタズヘルパーの仕事が忙しいだけではない。

 表向きの騎士の仕事もまた、多忙を極めていたのである。

 クリスマスが近くなったことで羽目を外して町で暴れる者も多く出たり、トラブルも多く発生している為に、とにかく休む暇もなくあちらこちらへと駆り出されているのである。正直なところ、今日に至っては出張で王都から離れた所で仕事をしていた為、危うく仕事を休むはめになるところだった程で、このサンタクロース課に繋がる魔法の鍵がなければ、とてもじゃないが今、この場所にいる事はできなかっただろう。そして、この仕事が終わって深夜帯からの騎士の業務がまだ残っている為に、本気で寝る暇もない。

(…………今日は忙しくないといいなぁ…)

 何処か遠い世界を見つめながら、ノエルは心の中でそう呟いた。

 この日の会議は、プレゼント配布業務についての最終確認についてだった。

 それぞれの進捗状況の確認と、主に貴族のクリスマスの所在地の確認を行う。多くの貴族は王都でクリスマスを過ごすものだが、時折早々と領地に戻ってしまい、そちらでクリスマスを過ごす者も現れる。そうなると、サンタクロースの管轄が違ってくる為に、業務の振り分けを改めてする必要がでてくるのである。現に、何人かの貴族は領地に戻っている、もしくは明日、明後日には戻るという情報が入ってきており――何処からそんな情報を仕入れているのかと思ったが、他でもない国王からの情報であり、余程緊急なことがない限りは間違いない情報であった――、互いの用意した情報の紙やプレゼントを他のサンタクロースへと受け渡すという姿が見られた。

 そしてこの時、ノエルは初めて気が付いた事があった。

(………何だか、俺がついているサンタクロースは優秀っぽいんだが……)

 報告内容によれば、ノエルがヘルパーしているサンタクロースは当日にしか用意できないプレゼントを除いて全てのプレゼントを用意しきっていたのに対して、他の四人のサンタクロース達はまだプレゼントの用意が終わっていないというのである。

 そしてその事に対して、他の一人のサンタクロースに至っては、ノエルの傍に座っているサンタクロースを目の敵にするように、ギラギラといった表現が相応しい眼差しを向けてきていて、ノエル自身が向けられているわけではないものの、背筋が寒くなってきていた。

 他にクリスマスイブ当日の仕事についての確認を行った後に解散し、終わった会議だったが、皆がぞろぞろと部屋を出て自身らに与えられた部屋へと戻ろうとしたところで、先程ギラギラした眼差しを向けてきたサンタクロースが声を掛けてきた。

「ふんっ。いい気になっていられるのも今のうちだからな」

 見た目はサンタクロース姿のはずなのに、その口調は刺々しくて若々しい。

 全くもってサンタクロースっぽく話す気ゼロのそのサンタクロースは、こちらのサンタクロースが口を開くよりも先に言葉を続ける。

「来年こそは、この私が王都担当のサンタクロースになりかわってやるのだからな!! はっはっはっは―――っ!!」

 高笑い。

 全くもってサンタクロースの姿に相応しくないその笑い方に、ノエルは唖然としてその様子を見つめ続ける。

(夢も希望もないサンタクロースの有様だな………。しかし、この話し方、何処かでやはり聞いたことがあるような……?)

 高圧的な話し方をする人間を、ノエルはここではないどこかで見かけたことがあるような気がして、軽く首を傾げる。

「ほっほっほっ。頑張りなされ」

 全くもって高圧すぎるサンタクロースのそれをスルーするように、朗らかに言葉を返すノエル側のサンタクロースにより、そのサンタクロースは更に目を釣りあげたかと思えば、被っていた赤帽子を床に勢いよく叩き付けて、鼻息荒く部屋から出て行った。

 残されたサンタクロースとノエルと、そしてたった今出て行ったサンタクロースについているサンタズヘルパーの視線が、叩き付けられた赤帽子へと集まる。

「………」

「………」

「………」

 沈黙が流れた後で、そのヘルパーが肩を落としたようにして、赤帽子をゆっくりと拾い上げて、ノエル側のサンタクロースに向かって頭を下げた。

「いや、もう、本当に、毎年毎年、すみません……」

 へこへこと頭を下げ続けるその姿は、しがない中間管理職のように見えて切ない。

「ほっほっほっ。気にしておらんから、そう謝らなくても大丈夫じゃよ」

 そのヘルパーの肩をぽんぽんっ、と叩いて。

 サンタクロースはノエルの方を向いたかと思えば、予想外の言葉を口にした。

「今日の仕事はもうないからの。今日はゆっくり休みなさい」

「え……っ」

「それじゃあ、また明日の」

 朗らかに笑って、サンタクロースが部屋から出て行く。

 残されたのはノエルと、もう一人のサンタズヘルパーのみである。

 互いに変な格好をしているのだが、当然それが気になるレベルは既に通り越している為、それについて口にすることはない。代わりに、もう一人のヘルパーが羨ましそうな口調でノエルに話しかけてきた。

「いいですね、今日は上がりなんて。僕なんて、まだ大量のプレゼントの錬成が残ってて……。今日もいつ帰れることやら……」

 トホホホホ、と肩を落とす相手に、ノエルは苦笑いを零す。

 実際のところ、プレゼントの錬成は勿論のこと、初年ということもあってノエルはほぼ、メインの仕事をしていない。サンタクロースの仕事を見て学んでいるか、補助的業務しか行っていない為、ノエルとは違ってしっかりと業務に携わっている相手に対して、何と返答してよいのかわからなかった。

「うちのサンタさん。プライドだけは無駄に高いんで、毎年こうやって、おたくのサンタさんに絡みまくってんですよ…。僕は絶対に無理だと思うんですけどねー…。そもそも、うちのサンタさんに王都担当が務まるとは思えないし……」

「ええと………、王都担当がいいのですか?」

「あ、そっか。おたく、今年からだっけ」

「はい。今年からヘルパーの仕事をしていますので、その辺りの事情はさっぱりで……」

 てっきり実力的に妬んでいて絡んできているのかと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。ノエルはその辺りの事情を教えてほしいと頼めば、「いいよー」という軽い返事と共に、担当地区についての話を聞く事ができた。

「それぞれのサンタクロースに与えられた五つの地区なんだけどさ、広さ的には東西南北の領地の方が広いんだけど、そこにいる人の多さは王都がピカイチなわけ。しかも、何と言っても王族の子ども達も対象になる。うちのサンタさん曰く、王都は花形が担当する地区なんだって」

「花形……」

「まあつまりは、一番の実力者に与えられるってわけ」

 言われて、ノエルは今までのサンタクロースの業務中の姿を思い返す。

 様々な魔法を駆使する姿は目に焼き付いて離れないでいる。余程の魔法の実力者でなければできない事ばかり行っていた為、てっきりサンタクロース達は皆、同じような実力をもって仕事に取り組んでいるのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。あの《力》は――五人いるサンタクロースの中で一番の《力》になるのだとか。

「かれこれ僕は今年で五年目になるけど、もう僕がヘルパーになった最初の年にはもう、うちのサンタさんはおたくのサンタさんに絡みまくってたよー」

「そうなんですか……」

「まあ、多分これからも迷惑をかけると思うけど、うちのサンタさんも悪気があるわけじゃないから気にしないであげてねー」

「はあ…」

 それじゃあ、と手を振って去って行ったそのヘルパーだったが、歩きながら残っている業務について思い出して気が重くなったのか、その足取りが徐々に重くなっていっているように、後ろから見ていて思ったのは気のせいだ……と思うことにした。

 一人、その場に残されたノエルは少しだけ考え込んでから、ポケットから魔法の鍵を取り出して、騎士の勤務で寝泊まりしている場所へと戻ることに決めた。

 仕事がない以上、ここにいても意味がない。

(………でも、まだ叶えていない願い事は残っていたのだが…。サンタクロース殿は帰らないようだし、もしや俺の表の仕事が忙しいことを知っていて帰してくれた…とか……?)

 一瞬、そんな事を思いつくものの、ノエルが騎士をしているという事は、初代のサンタクロースしか知り得ぬことであり、ノエルが師事しているサンタクロースが知っているはずがない。

(まさかな……)

 自分のいいように思い込みすぎたと思うことにして、ノエルは鍵を扉の鍵穴へと差したのだった。





 十二月二十三日。

 いよいよクリスマスイブの前日となったその日、サンタクロース毎に与えられた部屋に、ノエルは佇んでいた。

 ノエルの目の前では、机に向かって椅子に座っているサンタクロースの後ろ姿があり、机の上にはまだプレゼントの錬成をしていない願い事が書かれた紙が一束分、残されている。

「それは錬成されないんですか?」

「これかね? ……錬成できる願い事だったら良かったんじゃがのぅ…。ほれ、見てみなされ」

「失礼します」

 目の前に差し出されたので、ノエルはその紙へと視線を向ける。

 そして、この時に初めて気が付いた。

「…………パパに会いたい…?」

 紙に書かれていた願い事が―――物ではない、という事に。

 はっとして、他の紙へと視線を向けてみれば、やはり他の紙にも似たり寄ったりの内容が書かれている。○○に会いたい、お母さんが元気になりますように、無事に赤ちゃんが生まれますように、等と内容は様々ではあるが、錬成してどうにかなるような内容ではない。

「クリスマスはのぅ、奇跡の日ともよばれておるからの。こうして物ではないプレゼントしか願わない子もいるのじゃよ。欲しい『物』があれば錬成してプレゼントとして渡すことはできるがの、こればっかりはそうはいかん。お主も身に覚えはないかね?」

「あ……」

 ノエルが思い浮かべたのは、自身が十八の時のクリスマスの事である。

 十八でサンタクロースからのプレゼントは最後になるということで、折角なので記念になるものを、自分にとって一番思い出に残るプレゼントを、と色々と考えに考えた結果、望んだものは、惚れた相手への告白だった。

 学園を春に卒業してしまうと、同じ学園に通っている彼女とは進路先が異なる為に中々会えなくなってしまう。しかし、告白を直接するだけの勇気がなかった。どう考えても彼女と自分が釣りあうとは思えなくて嫌な結果ばかりが頭を過ってしまい、告白できずに月日だけが過ぎてしまい、それならば、とサンタクロースに自身の想いを綴った手紙を彼女へと届けてもらうことにしたのである。これが友人達に知られたら、意気地なしとからかわれたことだろう。が、それが知られることもなく、クリスマスイブに無事にサンタクロースによって届けられた手紙により、翌日のクリスマスに彼女から返事がもらえて、無事に付き合うことができ、婚約へと繋がったのである。

 ノエルにとってサンタクロースは小さい頃からの憧れの存在でもあり、この時に自身の恋のキューピットにもなった。

 そんなこんなを思い出し、確かにこれは錬成できないプレゼントだったと納得する。

「一部、叶えられそうなものについては昨日、調整はしてみたが…」

「そ、そういえば昨日よりも残っている紙が少なくなってますね」

「うむ。昨日、少しのぅ。仕事が忙しい相手に対して帰宅を望む子どもの声とかもあったからのぅ。ちょっと魔法で家に帰れるように手配したりしておいたのじゃ。まあ、他にも色々との」

 ノエルが帰宅した後もサンタクロースは仕事をしていたのだという事実に、やはり自分だけ先に帰らせてもらっていたのだと知り、その気遣いを有り難く思うとともに、申し訳なさでいっぱいになる。

 昨日、早帰りさせてもらったおかげでぐっすりと眠ることができて、深夜帯の騎士業務にも支障なく仕事につくことができて、今日もわりと体調が良いのである。これは間違いなく、昨日のサンタクロースの気遣いによるものに他ならない。

 しかし、そんな眼差しのノエルに気づいているだろうに気づいていいない振りをして、サンタクロースは話を続けた。

「死んでしまった相手に会いたいという願いは叶えることはできぬ。……だが、その願いを撥ね退けるのは可哀想じゃ」

「じゃ……」

「……偽物にはなるがの。こういった場合は、夢で合わせることとなる」

 魔法には色々なものがある。

 相手の望む夢をみせてあげることができる魔法もある為、そういった魔法を使うのだろうということは、ノエルも理解できた。

「こういったものは当日しかできぬからのぅ…。今日は明日、行う魔法の段取りをするのが仕事じゃ。明日の活動時間は短い。その中で、全てを叶えなければならぬからの」

「はい…っ」

 こうしてこの日も大した仕事はせずに、ノエルは自分の部屋へと帰宅することとなる。

 帰り際、サンタクロースに

「明日は………大変じゃからの…。今日はしっかりと休みなさい」

 と言われたのだが、この大変さを実感するのは、本当にクリスマスイブになってからのこととなる。


メリークリスマス!

…でも終わりませんでした。年内には仕上げたいですが、現在目の病気にかかってしまって不自由なので、遅れるかもしれません…。

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