表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

注意:サンタクロースに夢を見ている方は読まないで下さい。

 青天となったクリスマスの朝、一人の少年は期待に胸を高鳴らせ、ぷくぷくの頬を真っ赤に可愛らしく染めながら、ベッドから飛び起きると着替えもせずに一目散に屋敷の大広間のクリスマスツリー目指して家の中を駆け抜ける。

 本来なら寝間着姿でそのような事をしてはお咎めを受けるものだが、この日ばかりは特別で、すれ違う屋敷に仕える者達は微笑ましいとばかりに顔を緩ませて、少年を見守っている。

 息を切らせながら目的の大広間へと辿り着いた少年は、その扉に手を掛けるところで一旦、その足を止める。

「すー、はー、すー、はー」

 興奮を落ち着かせる為か数回の深呼吸を繰り返したその後で、少年はそっと大広間へと繋がる扉へと手をかけて、ゆっくりとその扉を開き―――

「わぁぁぁぁぁ!!」

 真ん丸の目をこれでもかというくらいに大きく見開きながら、歓喜の声を上げた。

 クリスマスパーティの為にいつもよりも綺麗に彩られた大広間に飾られている、少年の何倍も大きなクリスマスツリー。

 その木の麓に置かれているのは、プレゼントの箱。

 少年はパタパタとそのプレゼントの前へと駆け寄ると、にっこり笑顔でその箱を両手で掴み上げた。

「今年もサンタさんが来てくれたんだ!!」

 ―――そう。

 少年は一年の中で一番、クリスマスという行事を楽しみにしていた。

 そして、クリスマスイブの夜に訪れ、サンタがいい子にプレゼントを届けてくれる事をとても楽しみにしていた。

 毎年毎年、こうして少年を幸せにしてくれるサンタを心から尊敬し、少年は願う。

(僕も、大きくなったらサンタさんになって、たくさんの人を幸せにしてあげるんだ…!)

 と。

 ――――これは、そんな夢見る少年がサンタになる為に頑張る物語である。…多分。





 少年というには難しく、青年といってよい年齢となった元少年の名前を、ノエル・カーターという。

 歳は今年で二十二となり、現在、王宮勤めとなる騎士の一人であり、十八の頃より勤め続けている今は、騎士の中では中堅所となっている人物である。

 ノエルの家は公爵家という身分の高い家ではあるが、嫡男ではなく家を継がなくてもよい次男ということもあり、それならば騎士になろうと思い立ち、元々の才能もあって留年することなく騎士の試験に合格し、将来に隊長クラスにもつけるだろうと噂されるくらいには腕が立つ。得意は魔法と剣とを複合した魔法剣であり、トップクラスの魔力を持っている為に、魔法関係の王宮の課より勧誘を受けた経歴がある。ただし、本人は細かい調整が苦手な為、お断り一色だった。

 そんなノエルには、大きくなった今でこそ声高々に宣言する事はできないが、幼少の砌より胸に抱き続けた大きな夢がある。

 その夢の切欠を手に入れたのは、寒くなってきた十二月に入って間もなくの事だった。

 届いたのは、差出人不明の一通の手紙。

 生活を送っている騎士の為の宿舎の自室の机の上に、それはひっそりと置かれていた。

 部屋の鍵はノエルが持っている以外には、宿舎に予備があるくらいでしかなく、勝手に入室することはできない。それなのに置かれているその手紙に最初、ノエルは不信感を抱いたとしても仕方のないことだろう。

 おそるおそる、何かの魔法が掛けられていないかを確認すると、悪意のあるものではないが、何やら魔法が掛けられたものであることに気づくことができる。

 開けるべきか、開けないべきか。

 迷ったのは一瞬のことで、ノエルは手に取って数秒後にはその封を開けていた。

 その理由は一つしかない。

 なぜならば――その手紙の裏柄に、サンタクロースの顔を模したと思われる絵が描かれていたからだった。

 そう――ノエルが抱き続けている夢。

 それは、サンタクロースになるという事。

 よって、サンタクロースの絵が描いてある封筒ならば開けねばなるまい。開ける以外の選択肢はあり得ない。という、ノエルの頭の中で展開された謎時論により、開封に至ったのである。

 開封と共に、室内に広がる白煙。

 思った以上にその量が多く、一瞬にして視界が白く染められてしまう。

 しかし不思議なことに、何かを燃やした時に発生する煙と違って全く煙たくもなければ、喉や目が痛くなることはない。

 それを不思議に思った時には室内中が白煙で包まれていて、己の部屋であるはずなのに、ノエルは何処か別の空間に連れて来られたかのような錯覚に陥っていた。

 続いて、聞こえてきたのは聞き覚えのない年配の男性の声。

「ほっほっほっ。ノエル君、まだ少し早いがメリークリスマスじゃな」

 陽気なその声に、ノエルの瞳が大きく見開かれる。

 一瞬にしてときめきが広がった己の胸を片手で抑えながら、ノエルは信じられないといった様子で、しかしどこか期待した眼差しを浮かべながら、おそるおそるその口を開いた。

「もしや、サンタクロース殿、か……?」

「いかにも! 儂はサンタクロースじゃ」

「――――ッ!!」

 バックンバックンと大きな音を立ててノエルの心臓が震える。

 まさかの憧れの相手からのラブレターに――実際はラブレターではないのだが、憧れが大きすぎて妄想が広がり、ノエルの中ではラブレターという位置づけがされていた――、ノエルは歓喜に身を包まれた。

 貴族でいくとちょうど成人とみなされる十八の誕生日を最後に、ノエルにはサンタクロースからのプレゼントは届かなくなった。よって、それまでも一方的にプレゼントを渡し、受け取るという関係でしかないものの関わり合いがあったものがそこから消えてしまい、ノエルはクリスマスが訪れる度に消沈し続けていた。

 それなのに、まさかのサンタクロースからの手紙である。

 向こうから自身に接触してくれるとは思ってもいなくて、何とかしてサンタクロースと繋がりをもち、弟子入りをしたいと考えていたノエルにとっては喉から手が出るほどに欲しかった繋がりである。喜ぶなという方が無理というものだろう。

「お…会いしたかったです……っ」

「ほっほっほっ。まだ会ってはおらんけどのぅ」

「はっ! た、確かに……っ」

 魔法による通信手段によりこうやって言葉のやりとりをしているものの、未だノエルの視界は白煙で真っ白の空間が広がるだけでしかなく、サンタの姿が見えているわけでもない為、顔を合わせているとは言い難い。

 その事を残念に思いつつも、しかしこうやって憧れの存在と話をするだけでも夢のような話であり、ノエルは胸の高鳴りを抑えることができなかった。

「ど、どうして俺に手紙を……?」

 子どもの頃、プレゼントが届く度に共に届いていたサンタクロースからの手紙は、手紙というには短くて小さく、ただ「メリークリスマス」と書かれただけのメッセージカードでしかなかった。……とはいえ、それさえノエルは大切に今までの分を保管していたりするのだが。

 こうして手紙を貰えるということは、こうして話ができるという事は、他でもないサンタクロースがノエルに用事があるという事になる。

(ああ……。今の俺なら、たとえどんな願いでもサンタクロース殿の言葉をきいてしまうに違いない……)

 たとえ無理難題を出されようともそれを叶える為に奮闘してしまうだろう自身の姿が容易に想像できて、ノエルは内心で微笑んだ。

「それは、のぅ……」

「それ、は……?」

 ごくり、と。

 やけに大きな音を立てて唾を飲みこむ。

 そして、サンタクロースが続けた言葉は―――


「ノエル君。君もサンタクロースになってみたいとは思わないかね?」


 という、まさに夢のような勧誘の言葉であった。





 あの後、一も二もなく間髪入れずに「なってみたいです!」と即答したノエルに、愉快そうにサンタクロースは笑い声を上げた。

 その後に何らかの魔法がしこまれていたのか、白煙が消えた時には、不思議なことにノエルの手の上には小さな古ぼけた金色の鍵がのせられていた。見覚えのないそれを不思議に思うノエルに対して、サンタクロースの最後の言葉が届く。

「もし君が本当にサンタクロースになりたいと思ってくれているのであれば、十四日の午後の六時にその鍵を何処かの扉に差し込みなさい」

 その言葉を最後に、サンタクロースの声は一切聞こえなくなった事を残念に思いつつも、ノエルは約束のその日まで、金色のその鍵にチェーンをつけて首からかけて大切に毎日持ち歩き続けた。

 そして―――約束の日。

 約束の、時間。

 執念により定時で仕事を終えきったノエルは自室にて、ゆっくりとその鍵を自室の扉へと差し込もうとしていた。

「…………き、緊張する……っ」

 何度も深呼吸を繰り返しながら、震える手を叱咤し、何とか鍵穴に鍵を差し込むと、酷くゆっくりとした動作で鍵をもつ手を捻る。

 ガチャリ、と。

 聞こえたその音は、やけに響き渡る音のように思えた。

 緊張しながら、どこかに繋がっただろうその扉を勢いに任せるようにして開き―――


「ほっほっほーっ。ノエル君、歓迎するよ!!」


 と。

 やけに陽気な、一週間以上前に聞いたサンタクロースの声が耳に届くとともに、目の前にサンタクロースと思わしき白髭、赤い服の老人の姿があり、ノエルは心臓が一瞬にしてとまるかと思った。

 カッ、と目を大きく見開いてその姿を焼き付ける。

 体は勝手に繋がった何処かの部屋へと足を踏み入れていて、吃驚して固まるノエルの後ろで、静かにその扉は閉ざされていた。

「サ、サンタクロース殿……! お会いしたいと思っておりました……っ!」

「ほっほっほっ。そうかね、そうかね」

「…………し、しかしながら一つ、お話を聞いても…?」

「何かな?」

「ど……、どうして体が透けていらっしゃるので……?」

 憧れのサンタクロースの姿に、ノエルは興奮しすぎて只ならぬことになっていた。

 だがそれでも頭の冷静な部分が、しっかりとそれを認識していた。

 ―――そう。

 何故か、古ぼけた大きなデスクの向こうに座っていると思われるサンタクロースの身体は、透き通っており、その向こう側が見えていたのである。

 ノエルは目を擦る。

 しかしやはり、サンタクロースの身体は透けている。

 今度は何度か目を瞬かせてみる。

 しかしやはり、サンタクロースの身体は透けている。

 一体どういうことかと、若干心配気味に尋ねたノエルに対して、サンタクロースは陽気な表情を崩すことなく、始終にこにことし続けている。

「それはのぅ……」

「それは……?」

「後のお楽しみじゃの」

「…………そ、そうですか……」

 深い理由があるのかを勘ぐるものの、それにしてはサンタクロースに陰った雰囲気は一切見られない。あまり深く考えるべきではないのかもしれないと思うことにしたところで、サンタクロースが座っている前にある大きな机に、一枚の紙が何処からともなく現れた。

「……………誓約書……?」

 紙の一番上に、他の文字よりも大きな文字で書かれている言葉が真っ先に目に入り、ノエルはそれを口にする。

 すると、いかにも、といった様子でサンタクロースが頷いていた。

「サンタクロースに関する事については、国家レベルとして厳重な管理のもとで守秘義務をとることになっておる。よって、それが守れなければ関わることはできぬ」

「……え? 国家……?」

 突然出てきた予想外の言葉に戸惑うノエルを余所に、サンタクロースの説明は続けられる。

「これは守秘義務の魔法がかけられた誓約書じゃ。これに名前を書けば、サンタクロースの業務に関わることができるようになるが、代わりにもし、万が一それを破るようなことがあれば、強制的に記憶から消されることとなる。また、もし今、この誓約書に名前を書かぬのであれば、勿論こちらも記憶が消されることとなる」

「………え? 業務…? いや、あの……?」

 陽気な声のはずなのに、サンタクロースが口にしている言葉はまるで一会社か何かの説明か何かのようにしか聞こえず、そのアンバランスさにノエルの思考は一瞬置いてきぼりをくらっていた。

「さあ、君がとる選択肢は二択じゃ。どうするかね?」

「え……?」

 完全にサンタクロースの説明についていくことができていないノエルだったが、次の言葉によって反射的にその手を動かしていた。


「サンタクロースになりたいかね?」


 と。

 憧れの存在であるサンタクロースから、夢でしかなかった誘いの言葉を言われたのである。

 ここで受けねば男が廃る。――ではなく、ここで受けねばノエルはノエルではない。

 これまた何処からか現れたペンで、サラサラとノエルはサインをしていた。

 そして書き終えた途端、誓約書は光りだし、その眩しさにノエルは一瞬瞳を閉じてしまい―――再びその瞳を開いた時には、先程まであったはずの誓約書はそこになく、楽しそうに微笑むサンタクロースが座っているだけでしかなかった。

 ただ、それでも一つだけわかった事があった。

 それは、その誓約書が、本当に魔法が掛けられたものだったのだという事である。

 瞳を開けた後、ノエルは自身の胸元にチリッとした小さな痛みを感じ取っていた。その痛みは、魔法により自身に何か刻まれた証だということは、すぐにわかった。

 パンパンッ、とサンタクロースが視線を集めるようにして軽く手を叩く。

 それによりサンタクロースへと視線を向けたノエルは、何となくサンタクロースの表情が先程以上に喜びに溢れているように見えていた。いや、会った時からずっとにこやかな笑顔を向けられているのだが、どこか満足そうな、そんな雰囲気が加わったように思えたのである。

「さあさあ、会議はもうすぐ始まる。ノエル君、早速だが、これを被ってあちらの部屋に入るといい。……ああ、そうじゃの。その上着は君が騎士という事が分かってしまうから、脱いでおくことをお勧めしよう」

「は、はあ………」

 あちらの部屋と言われてそちらへと視線を向ければ、先程までなかった扉がそこに現れている事に気が付いた。

 会議とは一体何の事なのか。

 騎士だとわかってしまったらどうしてよくないのか。

 色々と疑問は尽きなかったが、それよりも何よりも、ノエルは手渡されたソレこそが一番気になって仕方がない。

「これを被るんですか……?」

「そうじゃ」

「………え? これを被るんですか……?」

「うむ。そうじゃ」

 確認の為に二回も問いかけてしまったが、返されるのは肯定の言葉のみ。

 ノエルは手渡されたソレを凝視する。

 そして勇気を振り絞るようにしてぐっと唇を噛み締めると、ソレを勢いよく頭から被った。ソレ―――トナカイの絵が描かれた紙袋を。

 どう見てもそれは、紙袋にしか見えなかった。

 両面に、トナカイの顔と後ろの頭の部分が描かれているだけの大きめの紙袋。

 それを被れとは、何かの罰ゲームか何かだろうかと勘繰ってしまったとしても仕方のないことだろう。

 しかしその勘ぐりに反して、紙袋を被った瞬間にノエルは大きく目を見開いて吃驚する。

 穴等どこにも開いていなかったはずなのに、視界は良好。

 どこも遮られることもなく、顔をぐるりと回せば三百六十度しっかりと何の不自由もなく見渡すことができる。

 しかもそれだけではなく、顔を動かしているのにフィット感が半端なかった。というよりも、紙袋を被っているという感覚が全くないのである。

 肌に触れているはずの紙の触感が全く感じ取ることができない。顔を左右に動かしてもずれることもなければ、外れることもない。試に屈伸運動をしてみたが、紙袋が脱げるようなことは一切なかった。

「魔法が……」

「そうじゃ。それには秘密の魔法がかかっておっての、被っている本人の顔を完全に隠してくれる。ついでにいうと、被った本人、被せた本人でなければそれを脱がせることはできぬ」

「何と優秀な……」

 たかが紙袋。

 されど紙袋。

 こんなペラペラにしか見えない紙一枚に、一体どれ程の魔法が掛けられて魔道具のようになっているのか。その技術にも吃驚だが、何よりもこのデザインにしたこれを考えたことに吃驚でしかない。

 確かにこの紙袋を被り、騎士服となる上着を脱いでしまえばノエルはワイシャツ姿になる為、余程のことがなければ正体がばれることはなさそうだった。ノエルの身長は高めだが、とても高すぎるという程ではなく、騎士の中には似たような身長の者等幾らでもいる。余程親しくない限りは、体格だけで判断するのは難しいといえるだろう。

 傍から見るとトナカイの絵が描かれた紙袋を被っているので間抜けな格好でしかないのだが、被ってしまうとその感覚が一切ない為に自身ではよくわからなくなる。その為に紙袋を被っているという事が一切気にならなくなってしまったノエルは、色々と疑問は残っていたものの、サンタに促されて他の部屋へと繋がっているだろうその扉を開き、再び足を踏み入れたのだった。

 そして――――再び目の前の光景に、息をのみこむ。

 しん、と静まり返った部屋は、それ程広くはない。灯りも最低限しかつけられていなくて仄暗くなっている。

 しかし、問題はそこではない。

 室内に――――サンタクロースが、いた。

 しかも、人数は―――五人。

 その内、四人のサンタクロースの傍にはトナカイの紙袋を被った人物が付き添っている。

(あれ…? 俺は今、サンタクロースと一緒にいて、一人で部屋に入ってきた……はずなんだが……)

 どうして新しく足を踏み入れた部屋に、またサンタクロースがいるというのか、

 そもそも数からいっておかしい。

 ノエルは目を凝らすようにしてサンタクロース達を凝視するものの、姿形に違いが全く見られない。白い髭、赤い服というだけではない。髪や髭の長さや体格等、見たところ全く同じにしか見えないのである。

(先程のサンタクロースと合わせると、もしやサンタクロースというのは六つ子……!?)

 はっとしてそんな事を思いついてしまうあたり、ノエルは完全に混乱していた。

 そんな彼にとって、サンタクロースと共にトナカイの絵が描かれた紙袋を被った人間が四人もいて、皆が皆、不審人物でしかない事など全く気にならず、さらにいえば自分自身もその仲間だという事も全く気にしてもいなかった。

 混乱により足を止めてしまったノエルに、一人のサンタクロースが声を掛ける。

「君、早く座りたまえ」

 声色は先程のサンタクロースと全く同じである。

 しかし、その口調は全く異なる。

 何処か偉そうな、お貴族様的な口調のその言葉がサンタクロースの口から発せられているという事に違和感を覚えつつも、ノエルはきょろきょろと室内を改めて見渡す。

 付き人のようになっている紙袋を被っている人物がいないサンタクロースが一人いて、その傍の椅子だけが誰も座っていなくて空いている。

(……多分、ここに座れという事だろうが…)

 戸惑いがちにその椅子に座れば、間違っているという指摘の声は上がらなかった為にノエルは内心で安堵の息を吐き出した。しかし、その内心の内心ではまだ混乱真っ最中である。

(…………一体これから何が始まるのだろう…?)

 とても声を発してよい雰囲気ではない為、ノエルは心の中でそう呟く。

 会議と言っていた言葉を思い出し、何かの話し合いをするのだという事は予想できたものの、サンタクロース達が気になってそれ以上、深く考えることがとてもできそうにない。

 混乱して体を強張らせたノエルに、近くに座っていたサンタクロースがこっそりと声を掛けてきた。

「…………多分、よくわからない状況だと思うけれど、とりあえず座っていればいいからのぅ」

 優しいその口調、その言葉に。

(サンタクロース殿が俺の心配を……っ!!)

 サンタクロースに気遣われたことに胸をときめかせたノエルは、まさに言われた通りにただの人形のようにそこに座り、会議に臨んだ。

 会議の内容は………―――青天霹靂といえるような内容であった。





 サンタクロースは、国家公認の極秘任務、極秘部署といわれる課に位置する国家仕事の一つであった。

 その存在を知る者は国王と、サンタクロース課に所属するメンバーだけでしかない。表向きの仕事は別に、特別に認められた物だけが兼務としてこの仕事に就くことができ、一年の内でたった十日のみ行われる特別任務である。ちなみに給料は破格のものだとか。

 国を大きく分けると、五つに分けることができる。

 王宮がある中央の王都。そしてそれを東西南北に囲むようにして四大公爵家の領地が存在する。細かくみると、それらの近隣に侯爵家や伯爵家等、他の家の領地も勿論あるのだが、公爵家に比べるとそれらの広さはない為に、うまい具合にそれぞれの公爵家に所属するようにして位置している為、そのように東西南北の四つに分けることができる。よって、王都と合わせると五つ。

 サンタクロースの数は五人。

 それぞれが担当地区をもち、責任をもって担当地区の全ての子ども達にプレゼントを贈る事が一大業務である。

 それこそ最初はそうではなかったらしい。国がそこまで広くはなかった頃、初代サンタクロース――ノエルが最初に会ったサンタクロースがこれに当たるらしい――は考えた。そうだ、国中の子ども達に愛のプレゼントを渡そう、と。有能な魔法使いであった為にその考えを実行することは容易く、それを毎年毎年続けていた。

 しかし、残念なことにサンタクロースは不老不死ではなかった。

 年老いた体では魔力も体力もどんどんと衰えていき、近い将来にプレゼントを贈るという事ができなくなる事は容易に想像できた。

 サンタクロースは必死で考えた。

 考えて、考えて―――国王を味方にすることにしたらしい。

 これにより、サンタクロース国家プロジェクトが完成。

 国を挙げて、しかし極秘任務として、貴族だろうが平民だろうが、貧民だろうが、身分の差に限らず全ての子ども達に愛のプレゼントを贈ることがサンタクロースと国王の元で契約が結ばれたのである。

 これにより自分以外のサンタクロースを育てることが可能になったサンタクロースは、無事に跡継ぎを用意することができ、最後の力を振り絞って自分の思念体を埋め込んだ水晶を一つ造り出して死亡。ノエルが出会ったサンタクロースは、まさにこの思念体によるものだった。

 サンタクロースの正体は秘密である。

 よって、選ばれた者達は全て同じサンタクロースの姿へと変身して業務をこなす。これは、万が一目撃情報が出てしまった時の差異が出ない為である。ノエルが部屋にいた五人のサンタクロースが皆、全く同じだと判断したのはこの為であった。また、サンタクロース達同士でも、お互いの正体を知ることはない。一部に限っては、振る舞いで何となく正体を察されてしまう者もいるのだが、基本的にそこにも守秘義務が敷かれている。例外として思念体の初代サンタクロースと国王のみ全てのサンタクロースの正体を把握している。

 そして、国の人数が増えれば増える程、サンタクロースの仕事は過酷になってきた為に、ある年よりサンタズヘルパーとして、サンタクロース一人につき一人、手伝いをつける事となった。これはサンタクロースの負担を減らす為でもあり、次代のサンタクロースを育てる為の研修でもあった。ノエルはこのサンタズヘルパーに当たるらしく、この奇怪な紙袋を被るという姿こそが、サンタズヘルパーの証らしい。全くもって、最初に考え付いた人に問い詰めたいものである。――どうしてこんな格好にしたのか、と。しかし後から聞いた話なのだが、これが紙袋を被った変な人に見えているのは大人だけらしく、子どもにとってはサンタを手伝う精霊に見えるらしい。既に大人になってしまったノエルは一生、子ども達にどう見えているのかを自身で見る事は敵わないが、こんな怪しい恰好の人間を真夜中に見かけてしまったら悪夢でしかない為、幻術が掛けられているという事実に胸を撫で下ろした。子ども達の夢を壊すわけにはいかないのである。

 サンタクロースの業務はたった十日間とはいえ、過酷そのものである。

 己の本来の仕事を休んで代わりにこちらの仕事のみ行えればいいのだが、それだと怪しまれて正体がばれてしまいかねない。その為に通常のそれぞれの仕事を終えた後にサンタクロースの業務があるというダブルワークの為に、体を壊しやすい。何人ものサンタズヘルパーが途中で挫折して関わった記憶をなくした一般人に逆戻りしてきているようで、ノエルがヘルパーに選ばれたのも、ちょうど前のヘルパーが一年で無理だと泣きついて契約を解約してしまった為だった。その話を聞いた時は、チャンスをくれてありがとうと見ず知らずの辞めてしまった前任に心の内でひたすら感謝の言葉を繰り返した。

 会議の後、ノエルがつく事になったサンタクロースに連れられて何処かの部屋に入ったノエルは、サンタクロースにおけるそんな諸事情についての説明を受け、思っていたのと違うサンタクロース事情に、口を閉ざさずにはいられなかった。

 ――が、そんな事くらいで夢でなくなるような甘い夢をサンタクロースに抱いていたわけではない。

 ノエルのサンタクロースへの愛は空よりも広く、夜の闇よりも深いものなのである。

「―――以上がサンタクロースについての一通りの説明になるのじゃが、契約書は破棄しなくても大丈夫かね?」

「勿論です! 俺のサンタクロースへの愛はこれくらいで壊れるものじゃありませんので!!」

「そ、そうか……」

 一応の確認をしてきたサンタクロースに、食いつき気味に返事をすれば、サンタクロースがノエルから離れるように若干仰け反りながら、首を頷かせる。サンタクロースがこっそりと、ふぅっ、と大きく息を吐き出したように見えたのは、ノエルは気づかなかった。

「ちなみに、どういった基準でサンタクロースへの道が開かれるのでしょうか?」

 ついでに気になったことを尋ねるノエルに対して、サンタクロースは「うむ」と深々と頷く。

 そして、人差し指だけを真っ直ぐ伸ばした状態で手を高々に掲げて、勢いよく言い切った。

「それはの、魔力じゃ!!」

「魔力……ですか………?」

「うむ。魔力なくしてこの仕事をこなすことはできぬ。このようにずっとサンタクロースの姿をとり続けることを基本として、全ての業務が魔力によってなりたっておる」

「な、なるほど……」

「一に魔力、二に魔力、三に魔力で、四に体力、五にコミュニケーション能力……かのぅ」

 素晴らしい程の表現に、ノエルは内心で自身に膨大な魔力があって良かったと喜ぶ。

 が、どうやら目の前のサンタクロースはノエルとは違ったらしい。

「ほっほっほっ。魔力が高ければ強制的にこの仕事に勧誘じゃ。この『サンタ苦労す』の仕事にの」

(………うん? 今、何だかサンタクロースのニュアンスが違ったような……?)

 なりたくてなったわけではないのか、それともそこに深い理由があるのか、サンタクロースはそれからいかにこの仕事が大変かをつらつらと語り始めた。それはもはや仕事の愚痴でしかなかったのだが、正体はどうであれ見た目は憧れのサンタクロースである。ノエルは大人しくそれを静かに聞き入った。

 そしてふと、一人の女性のことを思い浮かべる。

(………そういえば、魔力が高ければというならば、彼女も勧誘を受けたりするのだろうか?)

 その女性とは、ノエルが十八の時のクリスマスに晴れて結ばれて婚約を結び、現在婚約者となっている一人の女性だった。彼女もまた、ノエルと負けずと劣らずといった程の膨大な魔力の持ち主であり、ノエルとは違い運動神経が皆無だった為に騎士になる道は選ばずに、王宮の医療機関に務めている。

(……………………いや、彼女には体力はないし、な)

 小柄な体に見合うだけの体力しかなく、この仕事がきついのであればたとえ勧誘を受けたのだとしても、続けることはできないだろう。そう思い、ノエルはひとまず仕事に集中することにして、彼女の存在を頭から振り払った。

 短編の予定だったのですが、思ったよりも長くなってしまったので短期連載とします。後編で終わるはずですが、クリスマスまで私生活が忙しい為、クリスマスに続きが間に合うかは未定……です。頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ