#1 僕が異世界転生しても何もできないっ!?
きっと僕は無力だ。
そういえば少しは聞こえがいいかもしれないと、そんな物思いに耽りながら歩き慣れた道を歩く。
この道を歩くときはいつも憂鬱な気持ちにさせられるのは思い当たる節がある。
手の汗が滲み、歪んでいる封筒を見つめながら今日言われたことを思い出す。
「ん〜……君あんまり向いてないと思うな、純文学。
それよりさ!あれ書いてよ!最近流行りの異世界ファンタジー!
せっかく若いんだから読み手の心情をぐっと引き寄せるような……」
そこから先の思い出は降り出した雨と共にシャットアウトされた。
何が異世界ファンタジーだ。
僕は純文学、それも吐く白い息にすらドキドキするような恋愛小説が書きたいのに……
異世界……?
魔法……?
主人公補正……?
そんな作家の妄想を具現化させてるだけの小説を書くため学校を辞めて小説家を目指してるわけじゃ……
そこで僕の文句たらたらな思考は途切らされた。
ここはいつもの道路ではない……。
下ばかり見ていたせいか道に迷ったのかと思った。
しかしすぐそうではないと気づく。
目の前に森が広がっていたからだ。
確かに多少都心から外れたところに住んでいるとはいえ少し迷った程度で森を歩いていたなんてことは考えられない。
全く思考が追いつかない中、頭の上をなにかが横切った。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
え……………………………………?
僕が学校をやめると言い出した時の父親の罵声が赤子の泣き声に聞こえてしまうほどの騒音が耳を通過していく。
知っている。知識は有している。あれは正真正銘の"ドラゴン"だ。
自分の目で見たものしか信じるなとはよく言ったものだ。
人が信じられない事実に直面した時、自分の目を一番信用したくない。
だから叫んだ。
とりあえずこうなった時のお作法だ。
「なんじゃこりゃああああああああああああああーーー!?!?」
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はぁ……やはりお味噌汁は美味しい……。
なんだかよくわからない草、よくわからない肉、それからもう何かすらわからないもの。
それらからふんだんに出汁をとったお味噌汁をすすりながら……ん?味噌を使ってないからお味噌汁ではないか……。
「お、お口に合います……ですか……?」
たどたどしく喋るそのダークエルフの娘は、ふるふると震えながら涙目で訴えかけてきている。
少し状況を整理しようと思う……。
ドラゴンのブレスに負けず劣らずの悲鳴をあげた僕はその場で腰を抜かし、あわあわ言うだけの間抜けにもほどがある状態に陥っていた。
そして旋回するドラゴンの大きな瞳とちっぽけな僕の瞳が重なる------刹那。
大きな羽ばたきと共に自分の体に向け、突撃してくる羽の生えたトカゲに向かい、
こんなことなら遺言ぐらい考えておくべきだったと日頃の怠惰を嘆きながら再度叫ぶ。
「こ”っ”ち”に”く”る”な”ああああああああああああああああああ!!!」
みっともない。実にみっともない。
これが遺言だなんて初恋のあの子が知ったらどう思うか……いやまぁ覚えられてないだろうけど……。
しかし、突如。
ドラゴンは逆旋回し、帰途に戻っていった。
忘れ物をしたのか、部屋の冷房を消し忘れたのか。
挙動不審な動きにもう何が何だかわからないでいる僕の後ろで物音がした。
「だれ…………でひゅか…………。」
い、いや…しょうがないじゃん…。
もう混乱してるわ、散々叫んで酸欠気味だわで舌も回らないんだもん…。
そして木陰から褐色の肌が艶やかな、まだ年端もいかない少女が現れたのであった。
少女はまるで何かに怯えているような様子でこちらを見ている。
きっとドラゴンを初めて見たのであろう、正直僕もガクブルで今にも霊圧が消えかかっている。
「ど、ドラゴンに…………勝った…………?」
え……………………………………?
いやそっち……?
それならきっと家の鍵をかけ忘れたとか…8時だから集合しに行ったとかそんなところだと思うのだけれど…。
「ま……魔王……様……?」
「いやいやいやいや。」
色々言いたいことはあるが僕ぐらい人畜無害な人はこの世のどこを探してもいないだろう。
いやまぁ……この世がどこなのかよくわかってないのだけれど……。
「ぼ、僕は魔王では……ないです。あの……ここはどこですか……ね……?」
なんとも言えない顔で怯えているか弱い少女ににじり寄り、問い詰める。
親には見せたくない……否、見せられない状況である。
「お、おもてなしいたします!うちにあるもの全て持って行ってもらって構いません!なので……なので……!!」
あー……。きっとこの子がこのあと言う言葉を用意に予想できた。
僕もうっかりコンビニ帰りに魔王と肩がぶつかったら同じことを言うのだろう。
「「「「「命だけはっ!!!!」」」」」
それからなんとか説明し、1割5分ほどの理解が得られた今……。
「ま、魔王様のお口に合います……でしょうか……?
わ、私……魔界の料理には疎くて……も、申し訳ないです……。」
前言撤回。
果てしない誤解の1割5分なんてこんなものだ。
「何回も言ってるけど……僕は魔王とかじゃなくて、ただの人間だって……。
だから怖がらずにそこから出てきてもらってもいいかな……?」
「…………………。」
恐る恐る、という言葉を全身で表したような彼女が、部屋の隅から少しずつ近づいてくる。
「ま、魔王様じゃないなら、どなた様なのでしょうか……?」
どなた様ど言われると……困ってしまう……。
例えば会社帰り、学校帰りに『自称異世界人』がひょっこり現れて世界を救ってみせると言われてもきっとその場で百十番されるに決まっている。
ってか自分だったら絶対する。
そこまでわかっていて勇者を名乗る馬鹿はいないだろう。
いるならきっと今頃アニメになって『テンプレ乙wwww』と叩かれているだろう。
いや叩かれてしまえ。
だからあえて僕はこう名乗る。
「ただの……勇者ですけど……。」
いや……テンプレ乙。
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のんびり更新していこうかと思います。
ツイッター(@ike_music_)ここに文句を言うと更新ペースが上がるシステムです。
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