第八話 被害者の恋人
「え……?」
「あれ、聞こえなかった? 俺は窓崎深窓については詳しいって言ってるんだけど」
北里くんが、窓崎さんについて詳しい?
でも、どこで知り合ったというのだろうか。正直、北里くんと窓崎さんはかなりタイプが違うように見える。接点があるようには見えない。
でも、本人がそう言うのだから、おそらく知り合う機会があったのだろう。そういえば私は窓崎さんのことをあまり知らない。ここで彼女についても聞いておくのもいいかもしれない。
「じゃあ、聞かせてくれる? 窓崎さんとはどういう関係なの?」
「ああ、一言で言えば、元カノだな」
「え!?」
北里くんが窓崎さんと付き合っていた? この不良モドキと奥ゆかしい窓崎さんが?
……いやいや、いくらなんでもそれはないだろう。どう考えたって相性が悪すぎる。
「おいおい、信じてないのかよ? 言っておくがこれはマジだぜ? まあ、付き合ったって言っても、一ヶ月程度の話だけどな」
「一ヶ月でフられたってこと?」
「はあ? 俺がフられるわけねえだろ。つまんねえからこっちからフってやったんだよ」
随分と自分の容姿に自信がおありのようだ。
「いやな、あの女結構見た目はいいから、俺からちょっとアプローチかけてみたんだよ。そしたら目を輝かせて『よろしくお願いします』とか言うからさ、笑っちまったよ。チョロすぎんだろってさ」
「……」
なんか聞いてるだけでムカムカしてきた。私が聞きたいのは窓崎さんについてであって、お前の主観じゃない。
「でもよぉ、いざ付き合ってみたら、ホテルに行くどころか体に触ることすら怖がりやがったんだよ。そのくせ俺のために毎日弁当とか作ってきやがるんだよな。そういう重い女はごめんなんだよね」
「……それで?」
「ああ、だから一ヶ月でフってやったんだよ。『お前重いからパス』って言ってな」
「……」
自然と顔がこわばって、右手を握りしめてしまう。この男は恋人をなんだと思っているのだろう。自分を飾るアクセサリーとでも思っているのだろうか。
「さっきから聞いてると、窓崎さん自身のことについてはあまりわからないんだけど?」
だけどここで怒りをぶちまけても話は進まない。今は我慢の時だ。おとなしく情報を聞き出そう。
「ん、窓崎自身のことか。そうだな……確か一回、あいつの家を見たことがあったけど、すごいデカい家だったな。きっとあいつ、金持ちだぜ」
「……それだけ?」
「ああ、それと一回、加藤に窓崎のことを話したことがあったな。彼女だって」
「……!!」
どうしてそういう重要なことをさっさと言わないんだ。ここで二人の関係がわかるかもしれない。
「そんでよ、加藤も窓崎がちょっと気になってるみたいなこと言ってたから、アンタにチャンスはないんじゃない?」
「は? チャンス?」
「加藤ってどっちかと言えば大人しい女が好きっぽいからな。まあアンタは少なくともタイプじゃねえだろ」
「……」
ケラケラと笑う北里くんを見て、とある可能性を考える。
あれ? もしかしてコイツ、私が加藤くんを好きだと誤解してないか?
ここで冷静になって自分の発言を思い返してみる。加藤くんの友達である北里くんに、加藤くんと窓崎さんの関係について聞いて……二人がどういう関係なのかを聞いて……
あ、これ知らない人から見たら、完全に加藤くんに恋人がいるかどうか探っている人の行動だ。
それを自覚したら、途端に顔が赤くなってきた。何を聞いているんだろう私は、こんなの勘違いされるに決まってるじゃないか。
そんな私を見て、北里くんは勝ち誇ったようにニヤニヤしている。彼からしたら、普段から口うるさい私の想いを踏みにじっていい気分なのだろう。なんというか、すごい恥ずかしい。
だけどそんな場合じゃない。頭を振って考えを戻す。加藤くんは窓崎さんのことを北里くんから聞いていた。そして窓崎さんも加藤くんのことは知っていたかもしれない。そうなれば加藤くんが窓崎さんに手紙を出した可能性はますます高まる。
本当に、本当に加藤くんが……?
「北里、ここにいたのか」
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえてきて私の体が跳ねる。北里くんの後ろを見ると、そこにはやはり、加藤くんがいた。
「あれ、白影さん?」
加藤くんは私の顔を見て、なぜか目を丸くする。なんだろう、私の方もなぜか彼を少し意識してしまい、目を逸らしてしまう。
「おう加藤、白影サンがお前のこと気になってるってよ」
「は?」
「……そんなことは言ってないでしょ!」
「おいおい、俺はありのままを伝えただけだぜ? まあ、アンタがどうするかは勝手だけど」
面白そうに笑う北里くんにますます腹が立ってくる。この男に相談したのがそもそも間違いだったかもしれない。
「……なんだかよくわからないけど、北里さ、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「じゃあ、私はもう教室に戻るから」
どちらにしろ、ここで加藤くんと接触するのはまずい。大人しく教室に戻っておこう。
だけどその時に一瞬見えた加藤くんの横顔は、なぜか寂しそうな表情をしていたように思えた。
放課後。私は『被害者の会』の部室を訪れ、窓崎さんに加藤くんについて聞いた。
「加藤岳人さん、ですか?」
「そう。私のクラスメイトなんだけど、彼があなたに手紙を出したのかもしれない」
「そうですか……」
窓崎さんは視線を下に向け、考え込むように喉を鳴らす。どうも名前を聞いてもピンときていないようだ。
「確かにお顔は存じております。しかしお話をしたことはありませんね」
「そう……」
「ですがその方が『犯人』なのであれば、私はいよいよ『被害者』として選ばれた可能性が高いということになりますね。喜ばしいことです」
「……あなたねえ」
せっかく私が忠告しているのに、本人にまるで危機を回避する気がないのは腹が立つ。だけど彼女がそういう人間なのは初めからわかっていたことなのだから仕方がない。
「私はその方にどのように蹂躙されるのでしょうか……白影さん、あなたも『被害者』であれば、その加藤さんが気になっているのではないですか?」
「い、いや、私は……」
否定しようとしたけれども、加藤くんが気になっているのは事実だ。彼がどのようにして私を踏みつけ、殺すのか……
いやいや、何を考えているんだ私は。これじゃ窓崎さんと同じだ。私は違う。
「それで、白影さんはその加藤さんを紹介してくださるのですか?」
「そうじゃなくて! 加藤くんがもし『犯人』だとしたら危険だから近づくなって言いに来たの!」
どちらにしろ狙われているのは窓崎さんの方だ。彼女が一番危険なのは変わりがない。
「……まあ、いいでしょう。私がどんなに逃げたとしても、『犯人』はいずれ私の命を奪います。それは避けられないのです」
「あなたはそれでいいかもしれないけど、私は殺されるなんてまっぴらごめんだわ。自分の身は徹底的に守る」
「……それは残念です」
そうだ、窓崎さんと北里くんの関係についても聞いておこうか。
「窓崎さん」
「はい?」
「私のクラスにもう一人、北里って男子がいるんだけど、彼については……」
その時だった。
「……!!」
窓崎さんが、これまでにないほどに怯えた表情を浮かべ、歯をガチガチと鳴らし始めたのは。
「ま、窓崎さん?」
「申し訳ありません!」
「え?」
「あの、その、その方については私からは何も言えないのです……申し訳ありません……」
大げさなくらいに深々と頭を下げる彼女を見て、私は自分の失言に気づいた。
そうだ。よく考えたら窓崎さんは彼に手ひどくフられたのだ。そんな辛い記憶を思い出したくはないはず。
……私はバカだ。そんなことにも気づかないなんて。
「あの、ごめんなさい。このことについてはもう聞かないから」
「申し訳ありません……」
「いや、謝るのは私の方。本当にごめんなさい」
お互いに謝り続けて気まずい時間が数十分続いた……
「あ、あのさ、もう遅いし、帰らない?」
「そうですね……」
気が付けば日が傾き、西日が窓から差し込んでいた。この分だと今日は話にならないし、さっさと帰ろう。
部室棟を出て、二人で校門へと向かう。しかしそんな私たちの前に……
「よお、白影サン。それに窓崎も。二人で恋の相談かい?」
今、最も会いたくない男が現れた。
「……何の用?」
敵意を向ける私の後ろで、窓崎さんが怯えているのがわかる。本当にコイツは、どういう神経しているんだ。
「そんなに怖い顔すんなよ。アンタらにちょっと用事があって来たんだからよ」
「用事?」
こっちはアンタに何も用事はないと言おうとしたけれども、次の瞬間、その言葉を飲み込まざるを得なかった。
「アンタら『被害者』を守りに来た……そう言ってもまだ、怖い顔するか?」