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第六話 被害者の手紙


 ここまで窓崎さんから『被害者』について説明を受けたけれども、聞けば聞くほど状況は絶望的だった。何しろ『被害者』は何をされてもその事件が明るみに出ないばかりか、『被害者』を積極的にその手にかけようとする、『犯人』の存在まで聞かされてしまったのだ。絶望するなと言う方が無理がある。

 だけど説明をした本人は、頬を赤らめて喜悦の表情を浮かべていた。


「ああ、私も早く『犯人』の手にかかりたいものです。私の悲鳴も、感情も、そしてその命も、全て搾取してもらいたい……」


 やっぱりその顔が気に入らない。その感情の理由は未だにわからないけど、とにかく気に入らない。なんなんだろう、この気持ちは。


「……とにかく、あなたは『犯人』については何も知らないってことね?」

「はい。それで、白影さんはこれからどうなさるおつもりですか? 私としては、身の安全を考えるならば、『被害者』の情報を知っている『被害者の会』と行動を共にするのが無難だと考えますが」

「うーん……」


 確かに窓崎さんの言う通り、例えその活動内容が私の意に反していようと、『被害者』や『犯人』について知っている人たちと行動を共にする方が安全かもしれない。

 だけど私は迷っていた。話を聞く限り、『被害者』というのは私が理想とする生き方とは正反対のものだ。他人から搾取されることを望み、自分はどうせ助からないのだと無抵抗のままでいる。言ってしまえば、徹底的に『受け身』の生き方をしている。そんな生き方を、『他人を頼らない』ことを望んできた私が受け入れられるわけがないし、そんな人たちを頼るなんてことも、もってのほかだった。

 しかしそんなことを言ってられる場合でもないのも現実だ。学校内に『犯人』がいて、『被害者』を殺すことを望んでいるのであれば、私が殺される可能性は決して低くはない。警察や先生に助けを求められない以上、頼りになるのはこの『被害者の会』だけなのだ。

 ……迷っていても仕方がない。それに、まだ気になることがあった。


「……とりあえずさ、あの日、窓崎さんを呼び出したっていう手紙はまだあるの?」


 そう、『犯人』が窓崎さんを呼び出したという手紙。おそらくはそれが唯一の手がかりだ。


「手紙ですか? それなら、この部屋にありますよ。少々お待ちください……」


 窓崎さんは本棚から一冊の本を取りだし、その中に挟んであった一枚の紙を広げた。


「こちらです」


 窓崎さんが取り出した紙は、どこにでもありそうな手帳の一ページを破ったものだった。そこにはこう書かれていた。


『とても大切なお話があります。授業が終わったら、外階段の5階踊り場に来てください』


 差出人の名前はなく、パソコンではなくボールペンによる手書きで書かれたものだった。……いやいや、ちょっと待って。


「あのさ、窓崎さん。あなたこんな怪しいとしか言えない手紙に応じて、あの時、外階段に行ったの?」

「ええ、その通りです。もちろん、単なるイタズラの可能性も考えましたが、もし本当に『犯人』が私の命を狙ってこの手紙を出したとしたら、これ以上ないチャンスはありませんので」


 ……そうだった。彼女にとっては、『自分の身に危険が及ぶ』のは、むしろ目的なのだ。全く呆れるしかない。

 大げさにため息をついて、もう一度手紙を見てみる。それにしても……


「この手紙……おかしくない?」

「なにがでしょうか?」

「だって、実際に窓崎さんは命を狙われたわけなんだから、この手紙は『犯人』が出したものなのは間違いない。だけどこれから人を殺そうっていうのに、手書きの手紙で相手を呼び出すって、証拠を残すようなものじゃない」


 警察に筆跡鑑定の技術があるのは、高校生である私ですら知っていることだ。もし窓崎さんが本当に殺されて、警察にこの手紙が渡ったとしたら、すぐに筆跡鑑定が行われて誰が手紙を出したのかバレてしまう。


「白影さんのおっしゃる通り、警察にとってはこれは決定的な証拠となるでしょう」

「そうでしょ? なのに……」

「ですがそれは、『この手紙が警察に渡った』場合に限ります」

「え?」

「もし『犯人』が私を『被害者』だと知った上で犯行に及んだとすれば、そもそも私の死が『事件』として扱われる可能性を考える必要はないのですよ」

「あ……!」


 そうか。『犯人』からすれば、相手が『被害者』でありさえすれば、どんな方法で呼び出して、どんな方法で殺したとしても関係ない。自分が警察に追われるという可能性そのものを考えなくていい。だから、ただ『被害者』が呼び出しに応じさえすればよかったんだ。


「じゃ、じゃあこの事件の『犯人』は窓崎さんを『被害者』だと知っていた。つまり……」

「ええ、『犯人の特性』……それを持っている可能性が高いですね」


 ……なんてことだ。ここに来て、学校に『犯人』が潜んでいることが確定してしまった。どうする? どうすればいい? このままじゃ、本当に……


「……ん?」

「どうしました?」

「あ、いや……」


 ……なんだろう。この手紙、他にも何か違和感があるような……

 ダメだ、考えてもわからない。


「窓崎さん、とりあえず、この手紙は借りてもいい?」

「ええ、どうぞ」


 窓崎さんの了承を得て、手紙を鞄にしまう。家に帰ってもう一度考えてみよう。


「……今日のところは、これで失礼するわ。『被害者の会』に入るかどうかは考えさせてくれる?」

「はい。突然のことでしょうから、ゆっくり考えてください。まあ、あなたのお返事を聞くまでに、私が生きていたらの話ですが」

「……!!」


 そうだ。そもそも今回の『犯人』は窓崎さんを狙っているんだ。命が危ないのは私より窓崎さんの方なんだ。

 なのに彼女は笑っている。自分が死ぬかもしれないのに、笑っている。


 どうして笑っているの? 『犯人』に狙われているから? じゃあ『犯人』に狙われていない私は……


 あなたより魅力がないってこと?


「どうしました? 白影さん?」

「……なんでもない。それじゃ」


 内心の苛立ちを悟られたくなかった私は、急いで部室から出た。



 廊下を歩きながら、さっきの考えを振り切ろうとする。だけど私の頭から、その考えは離れなかった。

 『犯人』はどうして窓崎さんを狙っているのだろう。『被害者』だから? だったら同じ『被害者』であるはずの私は、どうしてまだ狙われてないの?

 『犯人』が『被害者』であるというだけで、他人を殺そうとするのであれば、殺すのは窓崎さんでも私でも構わないはずだ。それなのに私はまだ『犯人』に指一本触れられていない。そのことがなぜか私の心をざわめかせた。

 窓崎さんは私に『自分の欲望に正直になれ』と言った。『他人に頼らない』というのは、確かに私の理想であって、欲望じゃない。じゃあ、私の欲望は?


 ――本当は、とっくにわかっているんじゃない?


 ……違う。


 ――あなたは『犯人』に狙われていないことを不服に思っている。それどころか、窓崎深窓に嫉妬している。


 違う、違う。


 ――あなたは自分のことが許せない。自分のことが嫌い。だから誰かに叩きのめされたい。全てを奪われたい。


 違う、違う、違う!


 ――本当は、あなたが『犯人』に……


「黙れ!!」


 思わず声に出して怒鳴ってしまい、周りを見渡す。気が付くと、私の教室の前に着いていた。


「ど、どうしたの? 白影さん?」


 教室の中から私を心配する声が聞こえた。そこにいたのは、鞄に荷物をつめている加藤くんだった。


「か、加藤くん? まだ残ってたの?」

「委員会が長引いてね……そっちこそ、何かあったの?」

「い、いや、別に……ちょっとイライラしてただけ」


 苛立っているのは事実だからウソはついていない。


「あのさ……俺も今から帰るんだけど、一緒に駅まで帰らない?」

「え?」

「あ、いや、ダメかな?」


 加藤くんは気まずそうに目を逸らす。どうしよう、いつもなら誰かと一緒に帰るなんて考えもしなかったけど、今日はなんだか心細い。


「……いいよ」

「え?」

「一緒に帰るんでしょ? ちょっと待ってて。帰る支度するから」

「あ、ありがとう!」


 朗らかに顔をほころばせる彼を見て、少し暖かい気持ちになった。



 駅までの道のりを、私たちは一言も交わさずに歩いていた。

 考えてみれば、誰かと一緒に帰るなんて小学校以来だ。だからこういう時、どういうことを言えばいいのかわからなかった。


「あのさ、白影さん。何かあったの?」

「え?」

「いや、実は俺、心配だったんだ。白影さんが最近ちょっとおかしかったから……」

「そ、そうかな?」


 私は心配されるほどに、動揺していたということなんだろうか。


「えーと……一週間くらい前にさ、二年生の人が階段から落ちて大騒ぎになったよね?」

「え!? あ、うん……」


 いきなり窓崎さんのことを話題に出されて、あからさまに驚いてしまった。だけどどうして、加藤くんが窓崎さんのことを……?


「それからさ、白影さんがその……転落した人……窓崎さんだっけ? その人に突っかかってるって二年生の間でウワサになってるって……」

「……そう」


 確かに私が窓崎さんに突っかかっているのは事実だ。私は二年生の教室で窓崎さんに詰め寄ったし、無理もないだろう。


「でもさ、俺は白影さんは理由もなく、そういうことをする人じゃないって、信じてるから」

「え?」

「あ、いや、確かに言うことがキツいなあって思うときはあるけど、言ってること自体は理に適ってるし、理由もなく他人にキツいこと言ったりしないって、そう思ってたんだ」

「……誉めてるの? それ」

「ご、ごめん……」


 ……まあ、そういう評価をされるのは否定できないけど。


「だから、心配だったんだ。もしかしたらその窓崎さんって人に何かされたんじゃないかって。今日だって機嫌悪そうだったから、何か力になれないかなって思ったんだ」

「……」


 なんだか不思議な気分だ。他人に頼りたくなかったから他人を遠ざけていた私を心配してくれている人がいるなんて。でも、悪い気はしない。


「ありがとう、加藤くん」

「え?」

「どうしたの?」

「い、いや、白影さんが笑う顔、初めて見たなあ、って」

「ええ?」


 私が、笑ってる? 気が付かなかったけど、確かにそういう顔をしているみたいだ。

 ……なんだろう。自然に笑うのは久し振りな気がする。

 

「でもね、何でもないんだ。本当に。気にしてくれてありがとう」


 しかしどちらにしろ、加藤くんに頼ることは出来ない。『被害者』のことを話したところで信じてくれるはずがないし、これは私一人で立ち向かわないとならない問題だ。


「……わかったよ。でも、何かあったらいつでも相談に乗るよ。あ、そうだ」


 加藤くんはポケットから手帳とペンを取り出して、何かを書き始める。そしてそのページを破って私に差し出してきた。


「これさ、俺の連絡先。何かあったらいつでも電話して」

「あ、ありがとう」

「それじゃ、俺はこっちのホームだから。また明日ね」


 知らず知らずのうちに、駅に到着していたらしい。加藤くんは私に手を振りながら、駅のホームへと走っていった。


 ……他人に頼らない。そう思って生きてきた私だったけど、他人に頼れない問題にぶつかった今、加藤くんの申し出を暖かく感じたのは事実だ。

 頼るつもりはないけど、連絡先くらい登録しておいてもいいかもしれない。そう思って彼が渡してきたメモを見る。



 そして、衝撃を受けた。



 彼のメモを右手に持ちながら、急いで鞄からある物を取り出す。

 そんな、そんなはずはない。そう思いながら、取り出した物とメモを見比べる。

 だけど、どう見ても……


「そんな……」


 加藤くんが書いた文字は、どう見ても窓崎さんを呼び出した手紙と同じ筆跡だった。

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