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第五話 被害者の説明


 放課後。

 私は窓崎さんの教室に着くなり、彼女の前に立った。


「話があるの。付き合ってくれる?」


 窓崎さんは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「喜んでお付き合いしましょう」


 その微笑みは相変わらず私を苛立たせたが、ここで怒りを露わにしては聞き出せるものも聞き出せない。余計なことは言わないでおこう。


「そうですね……私に着いてきてくださいますか?」




「ねえ、こっちって部室棟じゃないの?」


 窓崎さんは教室を出るなり、部活動の部室が集まっている建物、『部室棟』に向かっていった。どうしてこんなところに連れてこられたのか疑問だったけど、彼女はそれには答えなかった。


「さて、着きましたよ」


 そして部室棟の一階にある一つの部屋に着き、彼女は鞄からカギを取り出して扉を開ける。


「あなた、部活動に入ってたの?」


 どちらかというと窓崎さんはインドアな印象を受ける人だ。少なくとも運動部に入っている印象はない。そうなるとこの部室は文化部の部室なのだろうか。


「ええ、私が会長を務める、『被害者の会』です」


 ……は?


「表向きは『歴史研究会』となっておりますが、そちらの活動は行っておりませんのでご了承ください」


 色々ともの申したいことがあるが、窓崎さんはさっさと部屋の中に入ってしまったので私も仕方なく入る。

 六畳ほどの部屋の中にはカーペットが敷かれていて、本棚とテーブル、パソコンなどが置いてあった。


「……少し散らかっておりますが、とりあえずお座りください」


 窓崎さんは椅子を持ってきて、座るように促す。……とりあえずは向こうのペースに合わせよう。


「さて、白影さん。ここに来てくださったということは、あなたも『被害者の会』に入ってくださるということでよろしいですか?」

「……どこでそう解釈したのか、説明してもらいたいんだけど」


 向こうのペースに合わせようと思った直後だったけど、これ以上合わせていたら心が保たない。そう思った私は、少し声を荒げてしまった。


「も、申し訳ありません。新しい会員が出来ると思って、うかれてしまいました……」


 窓崎さんはオロオロしながら目を泳がせる。まずは一つ一つ聞いておこう。


「とりあえず、その『被害者の会』というのはなんなの?」

「は、はい、そうですね……まずはこちらをご覧ください」


 そう言うと、窓崎さんはテーブルに置いてあったパソコンを操作し、画面を見せる。そこには黒い背景に『被害者の会』とゴシック文体で書かれたホームページが表示されていた。


「……なにこれ?」

「私が管理しているホームページです。それで、こちらに……」


 窓崎さんは「掲示板」と書かれたボタンをクリックし、新たな画面を表示させる。


「こちらの掲示板には、『被害者』である皆さんの体験談が載っております」

「え?」

「全国にいる『被害者』の皆さんが情報を出し合い、やがて理想的な『犯人』に出会うべく、日々情報共有を……」

「ちょ、ちょっと待って!?」


 自分の世界に浸りだした窓崎さんを、あわてて制止する。


「えーと、まずさ、『被害者』というのはあなた以外にもいるの?」

「はい。人数は多くはありませんが、この掲示板には少なくとも20人ほどの『被害者』が集まっております」

「いや……でも、なんでその人たちが『被害者』だという確信が持てるの?」

「『被害者』の事件は『被害者』とその『犯人』にしか認識できません。今の時代であれば、大きな事件が起これば必ずネットにニュースが載ります。ですので、ある程度大きな事件に巻き込まれていながら、その事件が報道されていないとすれば、その人物は『被害者』となるのです」

「で、でも、その人がウソをついている可能性だってあるじゃない?」

「……確かにその可能性はありますが、こちらから確かめる方法もあります」

「え?」

「『被害者』である私が巻き込まれた事件……例えば、先日の転落事件の顛末をネットにアップしたとしましょう。『被害者』でなければその事件を認識できませんから、当然、それを信じようとはしません。ですが『被害者』であれば事件を認識できますので、私の言うことを信じるのです」

「あ……!」


 そうか、『被害者』でない人間は、どうあっても『被害者』が巻き込まれた事件を事件だと認識できない。だからそれが事件だという可能性すら考えないんだ。


「つまり窓崎さんの転落を事件だと信用する人こそが……」

「『被害者』ということです」


 しかしまだ疑問もある。


「でも、こんなことをネットに書き込んでも大丈夫なの? 犯罪の温床になるとかで警察に目をつけられるんじゃ……」

「先ほども申し上げましたが、『被害者』以外の人間は事件を認識できません。仮に私たちが実際に巻き込まれた事件のことを書き込んでも、警察は架空の出来事だと判断するのです」

「な、なるほど……」


 つまり『被害者』同士のネットワークは完全に閉鎖的になっているということか。


「だけど……何の目的でこんなことを?」

「それは、私たちを殺す『犯人』を見つけだすためです」

「は?」


 『犯人』を……見つけだす?


「えーと、自分たちの身を守るために、危険人物をあらかじめ見張っておこうってこと?」

「そうではありません。私たち『被害者』を『搾取』するにふさわしい、『犯人の特性』を持った人物を探すということです」

「ん、んん……?」


 いまいち話がわからない。


「あのさ、その『犯人の特性』というのは初めて聞いたんだけど」

「……ああ、そういえばまだご説明していませんでしたね。『犯人の特性』とは、いわば『被害者の特性』と対になる特性のことです。『犯人の特性』を持った『犯人』は、『被害者の特性』を持った人間を感じ取ることができます」

「感じ……取る?」

「簡単に言いますと、『犯人』は目の前にいる人物が『被害者』かそうでないか、感覚でわかるのです」

「え!?」


 ……それって、かなり『被害者』にとっては危ない状況なんじゃないだろうか。『犯人』がもし、私や窓崎さんが『被害者』だとわかっていたとしたら、誰にも助けを求められない人間だと知っていたら……


「あの、『被害者』の方は『犯人の特性』を持った人間を感じ取ることは出来るの?」

「いえ、出来ません。あくまで『被害者』は『被害者』。『搾取』されるための存在です」

「……」


 そんな台詞を微笑みながら言われると腹が立つ。つまり状況は絶望的じゃないか。


「さらに、『犯人の特性』を持つ人は基本的に『搾取』することに喜びを覚える存在です。ですが、そう都合よく『犯人』の前に『被害者』が現れるとは限りません。ですので、『犯人』を見つけだして『搾取』することに困らないように手助けすることが、この『被害者の会』の目的のひとつです」

「……」


 ……窓崎さんは、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。


「あのさ、今の説明の通りにいくと、『被害者』は『犯人』に『搾取』されるために『犯人』を見つけだそうとしているって聞こえるんだけど」

「ええ、その通りでございます」

「バカじゃないの!? 自分から『被害者』になろうとするなんてどうかしてる! 最悪の場合、殺されるかもしれないじゃない!」

「先日も申し上げましたが、『被害者』は『搾取』されることに喜びを覚える存在なのです。『犯人』に『搾取』されるということは、『被害者の会』にとっての目的でもあるのです」

「……どうかしてる。どうかしてるとしか言えない……」


 ここまで『被害者』について説明を受けたけれども、今のところ最悪の情報しか入ってこない。


「ですが、あなたもこの『被害者の会』の説明を受けに来たということは、少なからず興味があるのではないですか?」

「そうじゃない。私がここに来たのは、『被害者』でなくなる方法と、この学校にいる『犯人』のことを知るため。つまり自分の身を守るためよ」

「そうでしたか……」

「それで? 『被害者』や『犯人』についてここまで情報を集めている『被害者の会』の会長サマならそれを知っているんじゃないの?」

「申し訳ありませんが、それについては存じておりません。今までそれを望んだ方がおられませんでしたから」

「そんな……」


 なんてことだ。ここまで話を聞いてわかったのが、状況が絶望的だということだけだなんて。


「でも! あなたを突き落とした『犯人』についてはわかっているんでしょう!?」

「申し訳ありませんが……それについてもわからないのです」

「わからない?」

「あの日は、外階段の踊り場に来るように手紙で呼び出されたのですが……階段から外を見ていましたら、突然抱え上げられて、突き落とされたのです。ですので私は、『犯人』のお顔は見ておりません」


 ……このことを信じていいのだろうか。窓崎さんがウソをついている可能性だってある。いや、本当だとしても『犯人』の手がかりが少しでもないと、私の身が危ない。


「何かないの? 『犯人』の手がかりは……」

「白影さん。私としては、あなたもご自分の欲望に正直になって頂きたいのですが……」

「前も言ったけど、私に『搾取されたい』欲望なんてない!」

「……」


 少し考え込むように押し黙った窓崎さんは、やがて真剣な表情で口を開いた。


「『被害者』となる人間は、自分を嫌っていることが多いのです」

「……だからなに?」

「あなたも、そうではないのですか?」

「私は……!」


 否定しようとして、言葉に詰まる。

 私は人に頼らなかった。頼りたくなかった。だから他人に強い言葉を使って遠ざけた。他人に頼ってしまったら、見下された時に感じた気分の高揚を思い出しそうで怖かった。だから人の上に立ちたかった。

 だけど本当は、本当は……!!


「やはり白影さんも、そうなのですね」


 優しく微笑む窓崎さんに、私は返答しない。


「どちらにしろ、あなたがご自分の身を守るためには『被害者』の、そして『犯人』の情報が必要となるでしょう」

「それは、どうして?」

「この学校にいる『犯人』が、もし『犯人の特性』を持つ人間だとしたら、『被害者』である私やあなたが再び狙われることとなります」

「……どうして、『犯人』は『被害者』を狙うの?」

「先ほども申し上げましたが、『犯人』は『搾取』することを喜ぶ存在です。そんな存在の前に、殺しても罪にならない存在が現れたら、どうなると思います?」

「……」

「私たちは……『被害者』とは、そういう存在なのです」


 私はまるで死刑宣告を受けたかのように、押し黙るしかなかった。


 ……だけど同時に、この状況を喜ぶ私がいることを、今度こそ否定できなかった。

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