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第四話 被害者の悪夢


 私は学校にいた。だけどそこに至るまでの記憶がはっきりしない。本当にいつの間にか学校の外階段の踊り場に立っていた。

 どうしてこんなところにいるのか考えてみたけど、そもそも目の前にある外階段も、はっきりとした輪郭を保っていなくて、どこか曖昧な物だった。

 何が起こっているのか何もわからないから、とりあえず階段を下りようとした。だけど事態は急展開を迎える。


 目の前で、窓崎さんが何者かに突き落とされそうになっているのだ。


 彼女を突き落とそうとしている『犯人』の姿はぼやけていて、誰なのかはわからなかった。だけどとにかく、誰かが窓崎さんを突き落とそうとしている。窓崎さんは突き落とされないように『犯人』に抵抗しているが、その力は弱々しく、とても対抗できるようなものではなかった。


 このままではだめだ、助けないと。そう思った私は『犯人』に掴みかかろうとするけど、その手はすり抜けてしまった。

 そうこうしているうちに、窓崎さんは本当に突き落とされてしまい、下の地面に激突する。


「……!」


 窓崎さんの名前を叫ぼうとしたが、声が出ない。本当に全く、声が出ない。仕方なく私は助けを呼ぶために階段を下りる。

 下にたどり着いた私が見たのは、窓崎さんの見るも無惨な姿だった。手足があり得ない方向に曲がっているし、口からは血が出ている。

 だけどまだ意識はあった。痛みのためか苦しそうに呻いている声が聞こえるし、その両目は私のことをしっかりと見ている。

 『まだ助かる』、そう思った私は周りの生徒たちに助けを求めるが、やはり声は出ない。仕方なく生徒の肩を掴んで現場を見せようとしたけど、やはり手はすり抜けてしまった。

 そんな。このままじゃ、窓崎さんが死んでしまう。

 だけど気づいたときには、さっきの『犯人』が窓崎さんに馬乗りになっていた。その手には大きなナイフが握られている。

 窓崎さんは血にまみれた顔を嬉しそうにほころばせ、『犯人』を受け入れるかのように折れた両腕を広げる。

 どうして誰も助けない。どうして誰も気づかない。目の前で人が死にそうになっているのに。

 だけど私だけは窓崎さんを助けようと、『犯人』に再び掴みかかろうとするが、やはりすり抜けてしまった。


 そしてとうとう、『犯人』の凶刃が窓崎さんの身体を貫いた。そしてそれが抜かれると、冗談のように派手に血が噴き出していく。


 『犯人』はそれでは満足せず、窓崎さんの身体を何度も刺していく。胸も、腹も、手も、足も、肩も。その全てを、窓崎さんは微笑んで受け入れる。


 やめて、やめてよ。こんな光景見たくない。こんなのひどすぎる。


 ――ひどい? なにが『ひどい』のだろう。


 決まってる。こんな悲惨な光景、見たくない。


 ――本当に、それが理由? あなたが求めているのは、どういう光景?


 私は、私が見たいのは、私がいるべき場所はここじゃなくて……


 思わず出てきてしまった思考に、とっさに蓋をする。違う。私が求めているのは、そんなことじゃない。


 頭を振って否定している間に、凶行は終わったようだ。『犯人』が立ち上がり、その場から立ち去る。


 そしてその場に残っていたのは……


「ああ……!」


 見るも無惨に滅多刺しにされた、私の死体だった。



「ううっ……!」


 気づけば私は、自分の部屋のベッドから身体を起こしていた。なぜか微かに頭痛がするし、すごく気分が悪い。

 どうも悪い夢を見たようだったけど、その内容は全く思い出せなかった。確かなのは、今の私はものすごく機嫌が悪いということだ。寝汗で服が肌に張り付いているのが、さらに気持ち悪い。

 家を出るまでにはまだ時間があったので、シャワーを浴びて汗を流すことにした。少しぬるめのお湯でリフレッシュしようとするが、いまいち効果はない。

 結局、機嫌は直らないまま、家を出る時間になってしまった。喉の奥で何かが引っかかるような感覚に苛まれながら、学校へと向かった。


 私が教室に入るなり、クラスメイトたちがいつも以上に緊張するのがわかった。鏡を見なくても、今の私がものすごく不機嫌な顔をしているのはわかっている。私が周りに作っている壁が、いつもよく厚く、強固になっているのは言うまでもなかった。

 まあ、それでも構わない。どちらにしろ私は、他人に頼る必要がないのだから、こんな状況は障害でもなんでもない。そう思って、授業の準備を始めていた。


「白影さん、ちょっといいかな?」


 だけど、そんな私に声をかけてくるクラスメイトがいた。私より10cmほど背が高く、短髪で優しそうな印象を受ける男子、加藤かとう 岳人がくとだった。


「……なに?」

「あ、いや、ちょっと元気なさそうだったというか、気分悪そうだったからさ、大丈夫かなって思って……」


 加藤くんは照れくさそうに目を逸らしながらも、すぐに私を心配するような視線を向けた。彼はこのクラスの中でも、自分の意見ははっきり言う方だし、提出物や勉強もきっちりやっている。時にはクラス委員の仕事を手伝う申し出をしてくれたりする優しさも持っていたから、私も彼のことはある程度認めていた。

 だけど今の私にとっては、その気遣いが逆にうっとうしかった。だから私は言ってしまう。


「そうだったとして、加藤くんに関係ある? 私の心配するより、次の授業の準備、早くした方がいいんじゃない? もしかしたら先生に質問されるかもしれないでしょ?」


 自分の失言に気づいた時には、もう遅かった。加藤くんは目を丸くして私を見るが、すぐに表情を戻す。


「そうだね、ごめん。俺なんかが白影さんの心配してもしょうがないよな。気を悪くさせて悪かったよ」

「あ……」


 申し訳なさそうに背を向ける加藤くんに謝罪をしようとしたけれど、今更何を言ったところで逆効果になりそうだから言えなかった。加藤くんは友人たちの輪に戻り、会話に混ざっていく。

 ……何をやってるんだろ、私。いくらなんでもこれは、『他人に頼らない』とかそういう以前の問題だ。いくら機嫌が悪かったからって、心配してくれた人を突っぱねるなんてどうかしている。

 だけどどちらにしろ、こんなことは誰にも相談できない。加藤くんだって窓崎さんの事件は単なる事故だと思っているだろうし、『被害者の特性』なんて話を信じてくれるわけがない。

 それなら話は変わらない。どちらにしろ私は、一人で生きていくしかないんだ。

 頭を切り替えているところに、担任の先生が入ってきてホームルームが始まった。



 数十分後。一時間目の授業を聞きながら、私は『被害者』のことについて考えていた。

 『被害者の特性』が実在するものだったとしても、私は窓崎さんとは違う。一方的に搾取されるだけの人生なんて、願い下げだ。

 だけど現実に、私が『被害者』である可能性は捨てきれない。そうなると、新たな問題が出てくる。


 もし私が、校内にいるであろう『犯人』に狙われたらどうなるのだろう。


 私が窓崎さんを突き落とした『犯人』を見たように、『犯人』の方も私を見た可能性がある。もし『犯人』が口封じに私を狙うようなことがあれば、向こうの正体がわからない私の方が圧倒的に不利だ。

 さらに私に『被害者の特性』があるとすれば、仮に『犯人』に襲われたとしても、誰にも助けを求めることはできない。先生に相談しても、警察に通報しても、お守りの一件のように誰にも認知されないのだろう。

 それに女子生徒一人を階段から突き落とせるくらいなのだから、『犯人』はおそらく男性だ。そうなると力では敵わない。つまり、私が一人で抵抗しても、全く勝ち目はないのだ。

 ……ここまで考えてみると、私の現状は非常に危ないものだと思えてきた。もしかしたら『犯人』はこのクラスにいて、今も私を狙っているような気もしてくる。

 周りを見る。クラスメイトたちは普通に授業を受けているけど、もしかしたらこの中の一人は私の命をこの瞬間も狙っているのかもしれない。さらに向こうが私が『被害者』だと知っているとしたら、授業中に襲われる可能性だってある。

 そうされたとしても、私は絶対に助からない。どんなに助けを求めても、どんなに抵抗しても、私は一方的に命を奪われるしかない。


 ……ここに来て、私は『他人に頼れない』ということがいかに絶望的かを理解した。


 今までの私はあえて他人に『頼らなかった』。だけど今は、何をしても『頼れない』。そのことが私の不安を煽っていく。

 私は一人で生きていけると思っていた。だけどこうして誰にも頼れない状況に立たされると、自分がすごく弱い存在に思えてきた。

 そう、『犯人』がその気になれば、私をいつでも殺すことができる。私がこの場で殴られても、刺されても、突き落とされても、誰も私を助けないし、私は決して助からない。

 普通に授業が行われているこの教室内で、『犯人』が私を蹂躙する光景を想像する。私は壁に押しつけられ、腹を殴られる。口から嘔吐しながら、誰かに助けを求めても、誰も気づかない。そのまま『犯人』に何度も殴られ、蹴られ、踏みつけられても、私はそれを受け入れるしかない。それでも授業は何事もないかのように続行される。まるで教室にいる全員が私を蹂躙しているかのように。


 そんな私は、この教室で最も弱い存在だ。クラス全員に蹂躙される私が弱い存在でなくて何なのだろう。


 だけど思う。その蹂躙される感覚が、私は……


「……!」


 無理矢理思考を停止させるために、机を思い切り叩いてしまった。驚いた教師が、私に問いかける。


「どうした白影?」

「あ、すみません。虫がいたので驚いてしまって……」

「なんだ。お前もそういうのが苦手なのか?」

「……すみません」


 上手く言い訳は出来たので、教師もそれ以上は追及してこなかった。


 頭を振って、私は考えを改める。私は弱くなんかない。私は強い。強くなくては、一人で生きていけない。

 だけど私が危ない状況なのは変わらない。どうにかして自分の身を守らないといけない。どんな手段を使っても。

 そうなると……『被害者』についてもっと知る必要がある。


 だから私は、気分が進まないままもう一度、窓崎深窓から話を聞く決心をした。

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