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第二十二話 被害者の自虐


「皆さんに悲しいお知らせがあります。先日、当校の英語教諭である、灰岡純麗先生が亡くなられました……」


 灰岡先生の死の翌日、連絡網で緊急に休校になることが伝えられ、私たち生徒は二日間、自宅待機するように言われていた。そして休み明けの今日、あの日から三日後の朝に緊急の全校集会が行われ、校長先生から灰岡先生の死が伝えられた。

 事情を知らない大多数の生徒からは驚きの声や、悲鳴が上がったが、現場に居合わせていた私は先生の死そのものへの驚きは当然無かった。

 しかし、先生が亡くなった原因が『事故』として扱われたことは、多少なりとも私を動揺させた。灰岡先生が『被害者』であり、その死が『事件』として扱われないであろうことは理屈としては知っていたが、あそこまであからさまに『他殺』としか思えない状況で亡くなったというのに、ここまで早く『事故』として処理されるとは思っていなかったからだ。

 だけど私は知っている。灰岡純麗は鈴木みどりによって殺害されたということを。そしてその死の原因は、他ならぬ私――窓崎深窓にあることを。

 鈴木先生の言う通り、やはり私は生きててはいけない存在だった。誰にも必要とされないばかりか、生きているだけで他人に害を及ぼす人間だった。なんて醜悪で、なんて最低なんだろう。今すぐ死んでしまえばいいと、今になっては思う。

 だけど自殺はダメだ。私はもう、自分自身も殺したくはなかった。死ぬなら他殺によって死ななければならない。この私の全てを、完膚なきまでに『搾取』してくれる人に出会わなければならない。おそらくそれが、灰岡先生が言っていた『犯人』という存在なのだろう。


 鈴木先生からの興味も失った私に、もう学校での居場所はなかった。どちらにしろ、この学校に私が求める『犯人』はいないのだろう。鈴木先生は灰岡先生を殺したけれども、彼は『犯人』ではなく、もっと別の存在だ。どちらにしろ、先生は私を殺してはくれない。

 だから私は一刻も早く、この中学校から離れたかった。ちょうどあと一年で高校に進学するのだから、遠いところに行きたかった。しかし殺されるために生きている私に、行きたい学校などなく、結局思いついた志望校はかつて行くのを拒否した法条大学の付属高校だった。

 私が法条大学付属高校を志望すると伝えても、お母様は私に見向きもしなかった。もしかしたら私はまだ、少しの希望に縋っていたのかもしれない。お母様が最後の最後で、私に手を差し伸べると思っていたのかもしれない。だけどそんな希望は結局幻に過ぎなかった。


 そして私は『犯人に殺される』という目的を抱えたまま、高校に進学した。


 高校に進学した私は、中学よりは浮いた存在にはならなかった。この高校は私立であるためか、いわゆる富裕層の子供が多かったのだ。 だけど私は既に、クラスメイトと仲良くする気になんてなれなかった。私に誰かと仲良くなる資格なんてない。私は早く殺されてしまえば良い。それが私の幸せなんだ。



 そう思っていた私だったけど、二年生に上がってすぐに、予想外の出会いがあった。


「窓崎先輩……ですよね? 俺、一年の北里功海っていうんですけど……」


 北里と名乗った新入生は、長く伸ばした茶髪や着崩した制服姿という見た目に反して、初々しい印象を受けた。私の前で顔を赤くして、視線をあちこちに泳がせながらも、最終的に私の目を見てはっきり言った。


「俺、窓崎先輩のことが好きです! 一目惚れしました!」


 衝撃だった。

 この私を、私のことを『好き』だと言ってくれる人間がいたという驚きと、その告白を受けた私の中に、それを喜ぶ気持ちがまだ残っていたという驚きが同時に襲ってきた。

 そうだ、私は嬉しかった。北里くん――功海さんが、私に告白してくれたことが。私を必要としてくれていることが。


 だけどその関係は、一ヶ月もしないうちに終わってしまった。


 結論から言うと、私はやはり最低の人間だった。自惚れではなく、功海さんは私のことを本当に好きでいてくれたのだと今では思っている。

 だけど私は、その好意に応えることができなかった。心の中で、自分が功海さんと釣り合わない、ゴミのような人間だという思いが消えなかったのだ。功海さんが私のために送り迎えをしてくださったり、時にはお弁当を交換したりしてくれたりといった行動が、逆に私の心を責め立てていた。


『お前なんかが、こんな幸せを噛みしめていいわけがない』


 だから私は、功海さんに別れを切り出した。


 決して功海さんが悪いわけではないことを伝えたが、私と別れた後、功海さんは失恋のショックからか、素行が悪くなっていった。私の知らないところで、悪い人との付き合いも増えていったと聞いている。

 だから私は、功海さんを恐れた。彼は私を恨んでいるだろうと。だけどこうするしか、私には思いつかなかった。私みたいな最低の人間と付き合っていたら、功海さんまでボロボロになってしまいそうで怖かった。これで、これでよかったのだ。


 どうあがいても、私は誰かを不幸にしてしまう、クズで最低の人間なんだ。だから……


「おーう、窓崎。久しぶりだなあー。先生は嬉しいぞー?」

「鈴木……先生」


 久しぶりに私の前に現れた、この人のことを……


「それでなあ、窓崎。先生ちょっと面白いこと考えたんだけどなー、付き合ってくれるよなー?」


 鈴木先生の申し出を、断ることが出来なかった。

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