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第十五話 被害者の好意


 大月の頭めがけて振り抜いた木刀は私の両手にビリビリとした衝撃を伝える。その衝撃で思わず木刀を放してしまうが、その痛みは確かに標的を捉えたことを示していた。


「ぐ、がああああっ!?」


 大月は聞くに堪えない悲鳴を上げてうずくまるが、その手が押さえているのは、自身の頭ではなく右腕だった。私が近づいてくるのに寸前で気づいた大月は、咄嗟に頭を右腕でかばい、その右腕に木刀が当たったのだ。しかしこの様子だと、右腕の骨にヒビでも入ったのだろう。大月はうめき声をあげながら苦しみ、まともに動けない状況だった。


「し、白影、てめえ……なんのつもりだ……!」


 涙目になって私を睨み付けるが、今の私には微塵の恐怖も感じなかった。それどころか、かつてはこんな男のいいなりになっていたのかと思うと、少し腹が立ってきていた。

 まあ、そんなことはどうでもいい。私は木刀を拾って大月にそれを向けた状態で、加藤くんに目を向ける。


「白影さん……一体何をしているんだ!?」


 加藤くんは私の行動を見て、目を丸くして驚いていた。他の二人も同様に驚いている。


「白影さん、どういうつもりなのですか? 『被害者』がそういうことをなさるのは、あまり感心出来ませんね」


 窓崎さんは不服そうな顔をしていた。『被害者』として生きてきた彼女には、それなりの矜持があるのだろうが、そんなことは私には関係ない。今は加藤くんの行動を止めるのが先決だ。


「加藤くん」

「な、なに?」


「もしあなたが自殺したら、私は大月を殺す」


「なっ……!?」

「本気よ」


 私の行動の意図が理解できないのか、北里くんが叫び出す。


「おい白影サン! 一体何を言ってるんだよ! アンタ、頭おかしいんじゃねえのか!?」

「いいえ、私は正気よ。加藤くんが私を殺してしまわないように自殺するのであれば、自殺出来ないようなことをすればいい。ただそれだけのこと」

「……なるほど、そういうことですか」


 窓崎さんは私の意図が理解できたのか、小さくうなずく。


「ねえ加藤くん。あなたは私を殺す欲望を抑えられないから自殺しようとしている。自分を殺人を犯さないように自殺しようとしている。私を死なせないように自殺しようとしている。そんなあなたが……」


 私は加藤くんの目をまっすぐに見て、微笑みながら言う。


「私を殺人犯にして、いいの?」


 それは間違いなく、加藤くんに対する脅しの言葉だった。


「ま、待って! 待ってくれ白影さん! 冗談だろ!? 俺を死なせたくないからってそんな……」

「冗談で人の腕を木刀こんなもので殴ると思う? 私はあなたを死なせるわけにはいかない。今こそ言うわ、私はね……」


 おそらくは、今の私は……


「あなたに全てを捧げたい」


 大嫌いだった窓崎さんと同じ表情をしているのだろう。


「そんな……どうしてだ! 俺は、俺は白影さんが好きだった! どんな時でも強く、自分を持った白影さんが! それなのにどうして!」

「違うよ加藤くん。私は弱い人間だったの。ずっと誰かに叩きのめされたいと思ってて、ずっと誰かに頼りたかった。そんな自分が大嫌いだった。でもね、もう決めたの。私は自分の欲望にウソをつかない。私は加藤くんに蹂躙されて、その命を終えるって」

「やめてくれよ……そんなことを言われたら、俺は……」


 加藤くんは悲愴な顔をして、手をブルブルと振るわせる。だけど私にはわかる。彼の顔から徐々に感情が消えていくのが。彼の欲望が私に向かってくれているのが。おそらくは窓崎さんもそれを察しているのだろう。彼女は加藤くんをうっとりと見つめている。


「ああ、これぞまさしく、私たちが求めた『犯人』の姿です……そして白影さん、やっとあなたもご自分の欲望を認めたのですね?」

「ええ。窓崎さんの言うとおり、私は『被害者』だった。だけど私はあくまで、大月の『被害者』じゃなくて、加藤くんの『被害者』になりたい。だから窓崎さん、あなたに加藤くんは渡さない」

「それを決めるのは私ではございませんよ。『犯人』がお決めになることです。私たちはただ蹂躙されるのみ……」

「ええ、そうね。私たちが『犯人』にとって魅力的な『被害者』かどうか。それだけ」


 『被害者』である私たちは、やはり『搾取』されることを望んでいた。そして全てを『搾取』してくれる『犯人』を探し求めていた。そしてその『犯人』が今、目の前にいる。


 これが嬉しくなくて、なんだというのか。


「白影……てめえ、調子に乗るなよ……」


 だけど喜びに浸っている時に、まだ邪魔者が呻いていることに不快感を覚えた。大月は右手を庇いながらも、まだ私の邪魔をしたいようだ。


「アンタはそこで寝ててよ。私にいなくなって欲しいんでしょ? ま、アンタに私が彼に選ばれる決定的な瞬間は見れないんだろうけどね」

「お前なんかが俺に逆らって許されるわけがねえだろう……俺は、お前の思い通りになるのが気に入らねえ……」

「だから何? アンタはどうせ私を殺せないんでしょ? アンタは何か理由をつけないと、他人を傷つけられない。だからアンタは『犯人』になれない」


 そんな『犯人』未満のクズの右足を、木刀で叩いてやる。


「あがっ!!」

「だからアンタには、殺されたくない。そこで転がってなよ」


 今度こそ黙った大月には目もくれず、私は加藤くんに近づいていく。ああ、そうだ。この前見た夢は、確かこの場所で加藤くんに殺されたんだっけ。今になって、突然思い出した。

 だけどまだ邪魔者はいる。加藤くんはまだ動けない状態なのだ。


「北里くん、加藤くんを放して」

「……白影サン、この状況で俺が放すと思うのか?」

「だったら、アンタも排除するまでよ」


 北里くんに木刀を向けるが、彼は動じなかった。


「白影さん、やめてくれ。俺は、俺は本当に君を殺してしまう……」

「そうしたいんでしょ? 私もそれを望んでいるの。遠慮することはないよ」

「俺は君を殺したくない! 君を殺してしまったら、俺は本物のバケモノになってしまう! 俺はそうなりたくないんだよ!」

「あなたは自分を嫌っているかもしれないけど、私はそんな加藤くんが好きなの。私を刺し殺そうとした、あのときの無表情が好き。だからね、加藤くん。私はあなたを受け入れたいの」

「やめてくれ……俺は、そんな言葉が聞きたかったんじゃないんだ……俺は、俺が好きなのは……!」


 加藤くんは尚も何かに耐えるように体を震わせているが、もう時間の問題だろう。


「北里くん、もう一度言うよ。加藤くんを放して」

「白影サン、もう一度言う。この状況で俺が放すと思うのか?」

「君が放しても、窓崎さんが死ぬとは限らない。加藤くんは私だけ殺すかもしれない」

「そういう問題じゃねえだろう! 白影貴理緒! 俺にウザったく注意していたアンタはどこに行ったんだよ!? 今のアンタは窓崎と同じじゃねえか! 窓崎のダメな点と同じじゃねえか! だったらその言葉は聞けねえなあ!」


 北里くんは加藤くんの腕をより強く掴んでその動きを封じる。そうなるとやはり、彼にも退場してもらう必要がありそうだ。


「残念だよ北里くん。私、君のことをちょっとは見直してたんだけどね」

「そりゃ光栄だね。俺はアンタのことを見損なったけどな」

「……その状態で、私の攻撃を避けられると思ってるの?」

「思わねえよ。でもな……」


 北里くんはいつか見た、ヘラヘラとした笑いを見せる。


「友達が殺人犯になって、元カノの友達が殺されるのを黙ってみていられるほど、俺は不良じゃねえってことだ」


 その笑いが、いつも通り許せなくて、そしていつも通り私は怒った。


「そう、じゃあ寝ててよ!」


 だから私は、北里くんの足を狙って木刀を振り抜いた。そう、振り抜いたのだ。


「ぐうっ!!」


「……え?」


 思っていた声と違う悲鳴が響き、私は戸惑う。そして驚く。

 振りぬいたその木刀は、北里くんを庇って差し出された加藤くんの足にまともに当たっていた。


「……っ!?」


 驚いて思わず木刀を放してしまう。なんで? どうして? なんでそんなことをするの?


「白影さん……俺が動けなくなれば……俺は君を殺さなくて済む……」


 そう言って私を見る彼の顔は、穏やかに微笑む顔だった。

 違う。私が見たいのは、そういう顔じゃない。


「加藤くん! もう素直になってよ! 君は私を殺したいんでしょ!? 私はそれを望んでいるの! 大丈夫! 誰も君を責めたりなんかしない!」

「だとしても、そうしてしまったら今度こそ俺は自分を許せない……目を覚ましてくれ白影さん……俺が好きなのは、自分を律している白影さんなんだ……」

「これが私の本性なの! 君に『搾取』されることを浅ましく望んでいる『被害者』が私! 君が好きなのは本当の私じゃないの!」

「違う! 俺は信じているんだ! 白影さんには誰かに頼らないことを望んでいる強い側面がある! それを含めて白影貴理緒なんだ! 俺はそうだって信じているんだ!」

「黙ってよ! 私は君からそんな言葉を聞きたいんじゃない! 私は君に……!」

「俺の中には薄汚い欲望がある……だけど俺は君からそれを抑えるヒントを知りたかったんだ! 君を殺したい俺と、君を殺したくない俺がいるように、白影さんの中にも弱い君と強い君がいるはずなんだ! 俺は、どちらかが偽者だなんて思いたくない!」


 そして加藤くんは、再び微笑む。


「白影さん、自分を、好きになってくれ……」


 いつだったか窓崎さんから聞いた、『被害者』の特徴。『被害者』は、自分を嫌っていることが多いという。

 私もそうだった。私も本当は自分が嫌いだった。だけど、だからこそ私は『被害者』になれた。だからこそ加藤くんとここまで近づけた。

 私は『被害者』。加藤くんは『犯人』。この『事件』は、この二人がいて成立する。


「もう、私は……君に殺されるって決めたの!」


 そう言って、私は再び木刀を振り上げる。


「白影さん!」


 彼が涙を浮かべて私の名前を叫ぶけど、もう遅い。この一撃で北里くんを排除し、私は加藤くんに殺される。


 だけど……


「え……?」


 その時、私の胸の内ポケットから、何かが飛び出してきた。激しい動きをしたから、飛び出してきたのかもしれない。だけど問題はそこじゃない。

 

 私の目に飛び込んできたのは、いつか血眼になって探した、お守りだった。そういえば、制服の胸ポケットに入れっぱなしで忘れていたような気がする。


 そしてそのお守りを見た瞬間……


『貴理緒ちゃん……』


 私はようやく、あの時のことを思い出した。

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