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第九話 被害者の矜恃


 北里くんが発した意外な言葉に、私も、そして窓崎さんも見事に動揺してしまった。どうして、どうして彼が……


「なぜあなたが『被害者』のことを知っているのですか!?」


 しかし私より早く、窓崎さんが北里くんに言葉をぶつけていた。そういえば、彼女がここまで大きな声を出すのは初めて見る。それほどまでに彼女も驚いているのだろう。

 だけど窓崎さんは、その直後に我に返ったかのように萎縮してしまい、再び私の後ろに隠れる。


「……相変わらずビクビクしているよな、お前は」

「……!!」


 北里くんは少し顔を俯けながら、窓崎さんに近づいていく。この二人が付き合っていた時に何があったのかは知らない。だけど今の様子を見る限り、現在の関係はあまり良好ではないようだ。

 だから私は北里くんの前に立ちふさがり、窓崎さんを守った。


「質問に答えてくれる? なぜあなたが『被害者』のことを知っているの?」


 そう、重要なのはそこだ。『被害者』の事件は部外者には認知できない。なのに何故、この男がそのワードを知っているのか。

 考えられるのは、彼も『被害者』である可能性、誰かから聞いた可能性、そして……


 北里功海が、『犯人』である可能性だ。


「ああ、そりゃ確かに気になるよな。『被害者』のことは、俺の友達から聞いたんだよ」

「友達? その人も『被害者』なの?」

「いや、そうじゃねえ。だけど白影サン、あんたもよく知ってる人間だぜ」

「え?」


大月おおつき 颯太そうたってヤツなんだけど、覚えてないか?」


「なっ……!?」


 大月颯太。その名前を忘れているはずがない。

 私が他人を頼るのをやめたきっかけを作った男……小学校時代に、私のお守りを隠した張本人だ。

 そして大月は、あの事件の後に私を……!


「その反応、どうやらアンタと大月くんは本当に知り合いみたいだな」


 北里くんが確信するが、私はそれには答えたくなかった。私が黙っていると、今度は窓崎さんが気まずそうに喋り出す。


「功海さん、私は守られることは望んでいません。それに、あなたは私を恨んでいるのではないですか?」

「え?」


 北里くんが、窓崎さんを恨んでいる?


「あなたとしては、私がこのまま殺された方がいいはずです。ですから私のことは……」

「窓崎!!」


 北里くんはいつものヘラヘラしたような顔からは打って変わって、怒りの表情を見せた。彼の叫びに対し、窓崎さんも再び怯え出す。


「……お前のそういうところが、気に入らねえんだよ。俺がお前らを守ってやるって言ってるんだ。素直に受け入れたらどうなんだ?」

「わ、私は……」

「まあいいさ、とにかく俺は大月くんから『被害者』のことを聞いた。そしてアンタらが『被害者』である可能性に辿り着いたんだ」

「……どうやってその可能性に辿り着いたの?」

「白影サンが『被害者』であることは、大月くんも気づいていた。アンタと大月くんの間に何があったかは知らないが、気づくような出来事があったんだろ?」

「……」

「そして窓崎、お前が『被害者』である可能性に気づいたのは、この前の転落があったからだ」

「で、ですが、あれは警察も『事故』だと結論づけていますが?」

「そう、警察も教師も、そして俺たちも、お前の転落を『事件』だと少しも疑わなかった。だからこそ、気づいたんだよ。お前が『被害者』だということにな」

「あ……!」


 そうか。『被害者』でない人間はその『事件』を認識できない。そして『事件』だということを信用しない。それこそ、不自然なほどに。

 しかし例え部外者だとしても、『被害者の特性』が存在することを知ってさえいれば、『事件』を認識できないという感覚そのものを感じ取れさえすれば、『被害者』の存在に辿り着けるんだ。


「わかったか? 俺はアンタらを『被害者』だと知っている。そしてこのままでは、特に窓崎は危険だ。だから守りに来た。話はわかるだろ?」

「いや、わからない。あなたが窓崎さんを守るのは元恋人だからだとしても、私を守る理由はない。そうじゃない?」

「白影サンについては、大月くんの指示だよ。窓崎と一緒に連れてこいってさ」

「え?」

「俺が窓崎のことを話したら、大月くんは『被害者』のことを教えてくれた。そして白影サンと窓崎さんを守るためには人手が必要だ。だから今回の件は大月くんも協力してくれている」

「なっ……!?」


 大月が、私を守る? そんなわけない!


「帰りましょう、窓崎さん。こんなのウソに決まってる」

「え?」

「大月が誰かを守るために動くはずがない。きっと何か裏があるはず。こんな話に乗る理由なんてない」


 窓崎さんの手を引いて、この場を離れようとする。


「待てよ白影サン。アンタらは相当危険な状態だって、まだわからねえのか?」

「そんなのわかってる。だけどあなたの話に乗るよりはマシなはずよ」

「いや、俺の話に乗った方がマシだな。『犯人』とやらはアンタらをいつでもどこでも、それこそ今この場でも殺せるんだぜ? そんな状況であるアンタたちが、どうやって自分たちだけで身を守るんだ?」

「それは……」


 思わず言葉に詰まってしまう。その点については、確かに彼の言う通りだ。『犯人』の正体がわからない上に、相手にはいつでも私たちを襲えるというアドバンテージがある。それは北里くんもわかっているのだろう。


「なあ、話だけでも聞いてくれねえか? 俺だって、アンタたちがこのまま殺されることは望んじゃいねえ。そっちにとっても悪い話ではないはずだ」


 打って変わって、真剣な表情で頼み込んでくる北里くんを見て、こちらも心を許しそうになってしまう。どうするべきだろうか。


「白影さん、この場は功海さんの話を聞いてくれませんか?」

「え? でもあなたは……」

「いいのです。おそらくは深い事情があるのでしょう。私もそれを無下にはしたくありません」

「……わかった」


 窓崎さんが辛い過去を飲み込んでまで私に頼んでくるのであれば、断るわけにもいかなかった。


「決まりだな。じゃあ、俺に着いてきてくれ。大月くんは近くのホテルにいる」


 こうして私たちは北里くんに連れられて、大月に会いに行くことになった。



「着いたぜ、この部屋だ」


 北里くんに連れられてやってきたのは、全国展開しているビジネスホテルの一室だった。出張中のサラリーマンや、一人旅をしている旅行者などがよく利用している。ホテル特有の嗅ぎ慣れない臭いに包まれながら、私たちは部屋の中に入った。


「よう北里、白影は連れてきたか?」

「ああ、予定通りだ」


 部屋は一人用のものらしく、狭い空間の大半がベッドで占められていた。それでもやはりホテルらしく掃除は行き届いている。


 そしてそのベッドの上に、かつての面影を残した大柄な男と、見たことのない小柄な少女が座っていた。


「大月……!」

「『様』をつけろよ、『大月様』。久しぶりだな、白影」


 大月颯太。私の小学校時代の同級生だった男。そしてこの男こそが、私のお守りを隠した『犯人』なのだ。


「それにしてもお前、変わってねえな。北里から聞いたぜ、高校でも偉そうな態度取ってるって」

「アンタも相変わらず陰湿な性格してそうね」

「おいおい、俺にもそんな態度取るのか? 小学校の時は、俺に絶対服従だったのによ」

「……!!」


 そう、私はこの男に逆らえなかった時期があった。あのお守りの『事件』の後、大月は私に何をしても怒られないことに気づき、私を奴隷のように扱っていたのだ。

 ある時は掃除当番を押しつけられたり、ある時はバケツの水をかけられたりした。机に腐った給食を詰め込まれたこともあったし、後ろから殴られたこともあった。

 もちろん私は周りの先生にこのことを相談したが、誰も大月の悪事を信用しなかった。今ならわかるが、それも私が『被害者』だったからだろう。さすがに殴られることは怖かった私は、この男の言うことを聞くしかなかったのだ。

 しかし大月は何かの事情で突然転校することになり、私の苦痛の日々は突然終わりを告げた。その時の私は心から安堵したのを覚えている。


 そう、この男に虐げられるのは、本当に苦痛だった。それは間違いない。


「アンタ、引っ越したんじゃなかったの?」

「高校からこっちに戻ってきたんだよ。おかげでお前にまた会えて嬉しいぜ」


 心底楽しそうにゲラゲラと笑う大月を見て、機嫌が悪くなってくる。その横で肩をすくめて座っている少女は、三つ編みにメガネをかけた大人しそうな見た目で、とても大月と関わりそうなタイプには見えなかった。


「あの、そちらの方……もしかして桁枝けたえださんですか……?」


 窓崎さんが三つ編みの少女に向かって問いかける。少女の方も反応し、窓崎さんを見て驚いていた。


「窓崎さん、この人のこと知ってるの?」

「ええ、桁枝けたえだ 湖乃絵このえさんという方で、『被害者の会』の一員です」

「じゃあ、この人が……」

「ええ、大月さんに『被害者』のことを教えたのでしょう」


 確かに大月が私に何をしても周りにバレないということを知っていたとしても、『被害者の特性』のことにまでは辿り着かない。それを知るには、『被害者』本人からの説明が必要になってくる。


「桁枝さん、『被害者』のことを無関係の人に話してしまったのですか?」

「……すみません」


 桁枝さんは小さい体をさらに縮こませながら謝罪する。こうして見ると、窓崎さんに近いタイプなのかもしれない。あるいはこういう人が、『被害者』となってしまうのだろうか。


「ふーん、桁枝と北里の元カノは知り合いなのか。なら話は早いな」

「アンタ、何が目的なの?」

「目的? そんなの北里が話しただろ? お前らを守ってやるんだよ」

「……アンタが何の見返りもなしに、そんなことをするとは思えない」

「わかってるじゃねえか」


 大月は下卑た笑いを隠そうともせずに言う。


「話はこうだ。俺たちがお前らを『犯人』から守ってやる。だから俺たちの『頼み』は何でも聞けよ」


 そんなことだろうと思っていた。この男が他人を守りたいなんて殊勝なことを考えるはずがない。ただ私たちをいいようにしたい口実が欲しいだけだったのだ。

 だけどそんな大月に対し、意外な人物が抗議した。


「待ってくれ大月くん。話が違うだろ!」

「ああ?」


 その人物は、北里功海は本当に動揺しながら、大月に向かって抗議していた。


「大月くんがこの件に乗ってくれる代わりに、俺の二ヶ月分のバイト代を前金で渡しただろ!? ちゃんとこの件が片づいたら、それとは別に金も払う! そういう約束だっだろう!?」

「おいおい北里。お前がちょっと働いただけの金で俺を動かせるなんて本当に思ってたのか? 新しい女が二人手に入るのと、お前からのはした金のどちらを取るかなんて、考えるまでもねえだろ?」

「だったらこの件は終わりだ! 帰るぞ窓崎!」

「うるせえなボケが!」


 そして大月は北里くんを殴り、彼は壁に叩きつけられた。


「ぐっ!」

「お前はこいつら連れてきたら用済みだよ。そこで寝てろ」

「ぐ、うう……」


 大月は今度は桁枝さんに向き直り、乱暴に命令を出す。


「おい桁枝、そいつら逃がさないように入り口塞いでろ」

「で、でも……」

「早くしろ! 俺がお前を守ってるんだろうが!」

「ひっ!!」


 桁枝さんは怯えながら部屋の入り口の前に立った。これでは彼女をどかそうとしているうちに大月に捕まってしまう。


「さてと白影、小学校の続きをしようか。お前は俺に絶対服従だ」

「……本当にアンタ、最低の人間ね」

「言うじゃねえか、でもお前は俺に……」


「本当に、最低の人ですね」


 その一言が、その場の空気を凍り付かせた。それほどまでに、少なくとも私にとっては意外だったのだ。


 だけどその発言をした張本人は、窓崎深窓は、かつてないほど厳しい表情で大月颯太に対峙していた。


「なんだ、北里の元カノか。そんなに北里を殴ったことが気に入らないのか?」

「それもあります。ですが、あなたのやり方は実にくだらない。桁枝さん、あなたはこんな人の言いなりになっているのですか?」


 どういうことだろう。考えてみれば、大月は窓崎さんにとっては理想の人間のはずだ。大月は私が今まで見た人間の中で、最も他人から『搾取』することを喜んでいた。それなのに『搾取』されることを喜ぶ窓崎さんは、大月を『最低の人間』と呼ぶ。これはおかしなことではないだろうか。


「何がくだらないって? 俺はお前らを守るために動くから見返りをよこせって言ってるんだぜ? ギブアンドテイクってやつだよ」

「それがくだらないのですよ。他人から『搾取』するためにわざわざ大義名分を欲しがる。自分の欲望に理由を付けたがる人。そんな人では、私としても『搾取』されがいがないのです」

「ああ?」


「なぜ『俺のためにお前の全てを差し出せ』と素直に言えないのですか?」


 その言葉に、思わず納得しそうになってしまう。

 そうだ、私も大月に虐げられるのは、苦痛でしかなかった。それはこいつが何をするにも、なにかしらの理由をつけたがるからだ。ある時は『手が滑った』だったり、『ゴミ箱と間違えた』だったりと、自分はわざとやったわけではないと言い訳をしていた。

その時私はこう思ったのだ。


 どうして私を虐げることそのものに、集中してくれないのだろう。


「私は思うのですよ。『犯人』とは、欲望のままに私から『搾取』する人であってほしい。私の命をその欲望に従って、奪って欲しい。おそらくあなたでは、適当に理由を付けないと私を殺せないのでしょう」

「何を言ってんのお前?」

「帰りましょう皆さん。どちらにしろ私は、あなたに守ってもらう必要などないのです。私の目的は『犯人』に全てを奪い取られることなのですから」

「待てよ、俺から逃げられるとでも思ってんのかよ!」


 しかし大月が窓崎さんに掴みかかろうとした瞬間。


「ぐっ!?」


 彼女の平手が、大月の頬に叩きつけられていた。

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