プロローグ
「ねえ! わたしのお守りがないんだけど!」
あれは大切なお守りなのに。おばあちゃんの形見なのに。どこにいっちゃったの?
「ねえ、わたしのお守り知らない? ランドセルに入れてたのに、なくなっちゃったの!」
わたしはいつもランドセルにお守りを入れている。もちろん無くさないように、ヒモできっちり留めておいた。だから落としたなんてあり得ない。
そうだ。誰かがわたしのお守りを盗んだに決まっているんだ。
そう思ったわたしは、教室の窓側にいた、クラスの男子たちに詰め寄った。
「ねえ! あんたたちでしょ! わたしのお守りとったの!」
「ああ? 知らねえよ! おまえが勝手に無くしたんだろ!」
「そうだ! おまえのお守りなんか誰も欲しくねえよ!」
男子たちは口を揃えて、シラを切っている。
だけどこいつらに違いないんだ。こいつらは普段からわたしのことを嫌っていた。でも口では勝てないから、こうやってひきょうなことをして、わたしに嫌がらせをしているんだ。そうに決まっているんだ。
「返せ! わたしのお守り返せ!」
怒ったわたしはリーダー格である大月という男子の机に手を突っ込んだ。
「やめろよ! オレの机に勝手にさわるんじゃねえよ!」
大月が抵抗したことで、やっぱりこいつらがお守りを隠したんだと思った。許せない。あれはわたしの大切なものなんだ。
「ちょっと、みんなどうしたの!?」
騒ぎを聞きつけたらしい先生が、教室に入ってきた。わたしはすぐに先生に男子たちのやったことを言いつけることにした。
「先生! あいつらがわたしのお守りを隠したんです!」
しかし、わたしが先生に告げ口した直後に、大月は先生に訴えた。
「ちげえよ! こいつが勝手に無くしたんです!」
よくもそんなウソをつけるなと思ったけど、先生はわたしの味方をしてくれるはずだ。この先生はわたしのお母さんより年上のおばさんだから、ちゃんと正しい人の味方をしてくれるはずなんだ。
そう、思っていた。
「白影さん。あの子たちを疑う前に、どこかで落としちゃったって考えなかったの?」
「え……?」
「もしかしてあなたが家に忘れてきちゃったとか、そういうことじゃないの? そうやってすぐに人を疑うのはよくないわよ?」
「そ、そんな! わたし、ちゃんとランドセルに結びつけてました!」
しかし先生という味方をつけた男子たちは、ここぞとばかりにわたしに反撃を始めた。
「そうだ! おまえが家に置いてきたんだろ! オレたちは知らねえよ!」
「白影! オレたちにあやまれよ!」
「そうだそうだ! あやまれ!」
先生を味方につけられなかったわたしに対して、教室のみんなの目は冷たかった。みんながわたしを信じない。みんながわたしが間違っていると思っている。
……でも、負けてたまるか。
わたしは思い切って、さっき手を入れた大月の机をひっくり返した。
「あ! なにすんだよ!」
机をひっくり返された大月は当然怒ってきたけど、構うもんか。床に散らばった机の中身をよく調べてみる。すると……
「あ! あった! わたしのお守り!」
やった。やっぱり男子たちがわたしのお守りを隠していたんだ。これでみんな、わたしの言うことが正しかったと認めてくれる。私の味方をしてくれる。
だけど……
「……あれ? 私たち、何の話をしてたのかしら?」
「……え?」
先生も、教室のみんなも、不思議そうな目でわたしを見ている。その目はさっきまでのわたしを疑う冷たい目より、気持ち悪いと感じた。
「白影さん、机を倒しちゃったのね。先生も片づけるの手伝うわ」
先生はわたしに優しく話しかけてくれるけど、わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃない。
「先生! やっぱりこの人たちが、わたしのお守りを隠したんです! 先生から注意してください!」
「……? 白影さん、何を言っているの? お守りってなんのこと?」
「な、なに言ってるんですか!? だからこの人たちがわたしのお守りを……!」
「わけのわからないことを言ってないで、あなたも片づけなさい! あなたが机を倒しちゃったんでしょ!」
先生に注意されたわたしは、わけのわからないまま、床に散らばった机の中身を片づけるしかなかった。
だけど、ふと顔を上げたときに見てしまったのだ。
「…………!」
勝ち誇った顔でわたしを見下す男子たちの顔を。
そしてこの時から……わたし、白影 貴理緒は、他人を頼ることをやめた。




