6 喫茶店
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白いコーヒーカップ、白いソーサー、白い砂糖壜に、白い花瓶に・・。
喫茶店。サンドウィッチと、ケーキ。
木材が基調、三十二席、新聞紙や雑誌を入れるマガジンラック。シックな印象。
読書したりするのによさそうな雰囲気。BGMはボサノヴァ。
―――(この後に時間ありますか?)
―――(あるけど・・)
―――(カラオケ行きませんか?)
遊園地の脇を抜け、駅の近くまで来て、線路のむこう側に小高い丘があるみ
たいに、いつもより速いぜんまいじかけの歩き方をした挙げ句、俺と深尾さん
は一度家で服を着替えて喫茶店へ来ている。印象としては正しい、でも、説明
としては商店街の方にあるカラオケボックスの前の、入ったこともない喫茶店
に来ているだけだ。待ち合わせも、正確に言えば、した。美術部に入部した熱
が乖離して、改めて深尾さんと付き合っていることに気付いている次第である。
喫茶店の前にくると、立ち止まって、覗き込むを繰り返して、意を決して、入
った。先に来て待つパターン。メールで、待つ、とだけ書きながら未送信。
美術部のこともあって、今日ぐらいは、大目に見ようか、と思ったのだ。そ
れまでに生きてきた中でもっとも至福の時を過ごした、名残・・。
話は具体的で時間的な矛盾点もなかったけど、騙されてるんじゃないか、
本当に、アイツ来るのかなあ、と思った。
表の道は、のんびりとした通行人がそぞろ歩きをしている。
彼女への興味というか、執著も、すっかりなくなっていた俺――。
短期的には調子よくみえることもあるかもしれないが、しかし、いずれは
自壊し、淘汰される。馬鹿なことを言ったなあ、と今になって思う。不釣り合
いだし、柄でもないのに・・。
ソウゾウリョクノケツジョ、トシカ、オモワレナイミジメサ・・。
もうこの時には、彼女がストーカー対策で、仮に付き合ってるんだろう、正
直に言えばいいのに、みたいなことを思っていた。あのエロ本だって、場合に
よったら、俺に注目を集めるためだったのかも・・。
犬小屋のそばの、鎖につながれ、退屈している犬の心理――。
ストーリーは沢山あって、そのどれもが嘘っぽくて、そのくせ本物らしく見
える。でも本当は、ありきたりで、つまらないものが、真実・・。
マフィアみたいなサングラスをつけると、ヤクザにしか見えない俺・・。
(おう、言っとくが、ワシやぁ、広島の鉄砲隊ジャケンノオ)みたいな・・。
頭空っぽになってる顔をした店員。大好きだ、とりあえずコーヒー。世の中
がロボットみたいに見える、大好きだ、世界は、もう、コンピューターだ・・。
プログラムされた通りに動け、そう思う・・。
エンジンをかけるとアクセルを踏み込むような、性急さ――。
申し合わせたように低い声で囁き合っている、恋人たちは、遠い波打ち際だ。
なんか、あいつ好きかもしれない、とか思うのは、馬鹿だ・・。
眼をつむって背後の位置をキープする観葉植物のフサフサ感にゆられながら椅
子に凭れ込んでいるうちに、少し眠ったようだったけど、数分程度か、テーブル
の間を抜けて行く時のシルエットがいいな、と思った。
>>>この露出度、この布の薄さ、このスカートの短さ。
>>>スクリプトの試行に関する基本情報やタイミング平均。
絵を描くので、自分の服装は地味にまとめて目立たたないのを基本方針とし
ているのであれだけど、結構女性に対するファッションを厳しく見ていたりす
る。気になると調べたりするので、結構マニアックかな、とも思う。美少女だ
から何でもありという理屈はわかる、ファッション雑誌なんかで、外国人が変
な服を着ていると良く見える論理。爬虫類を思わせる顔だちで、蛇のような笑
いを作っている妄想。悪意は、誰にでも適応される一般という言葉の中にある。
足元はレースアップシューズ/安物の白の靴下/
パンツなのにスカート見えする白いスカーチョ/
ベビーピンクニット/NIKEの白い帽子
▽ポイントはベビーピンクニットを引き立てる白
***総合評価***
『ひどい霧の中を通って誰も口をきかない朝の信号前』
『有効なプラットフォーム』
・・・それっていいってこと?
―――(わりと三枝さんって、ジロジロ見るよね?)
―――(観察は絵の基本・・)
死者の顔写真にする喫茶店のまずいコーヒーを想像していたけど、意外とよ
く出来たものを出していて、文句はなかった。サンドウィッチも、ボリューム
満点とはいかないけど、こんな感じだろうと思った。俺は正直言うと、屈託な
く飲んだり食べたりする人は羨ましくて仕方がない。苦手だ。でも、頑張って
自己演出する。
「グッ。」と俺は、唐突に親指を立てて言った。
(一瞬ものすごい眼を見開いて、俺の顔を見つめる、深尾さん・・。)
(あんまり見つめるな、お前が本当に可愛いんだって、わかる――。)
「――美味しいってことですか。」
「・・・それは――言えない。」
(いや、言えよ・・。)
でも、どうしてカラオケなのだろうか、と思った。
友達も来る、と言っていた。
1、コミュニケーション不足の解消。ストレスの発散。
2、友達への紹介。顔合わせ。通過儀礼。
3、ストーカー犯が友達である場合の、一種の印象付け。威圧。
4、実はカラオケは口実で、ストーカーをおびきよせるゴキブリホイホイ。
―――みたいなことを、考えていたけど・・。
・・・・・・個人的には“3”かな。
だから、俺は勝手に、仏頂面をしていればいいのだと思っていたのだけど、
深尾さんは、どうもそういうのを望んでいないようで、「怒りましたか?」
とか「これ駄目でしたか?」と聞いてくる。一応事情を説明して、これこれ
こうなんだ、なるほど、かくしかじかという漫画手法的なことをやった後、
「私は別に、ストーカーを捕まえようとか、友達が犯人だとか思っていま
せんよ。」と、逆に、にっこりと窘められた。
おっと、と俺は、また別の考えを浮かべた。
5、彼氏の気を惹くためのストーカー狂言説。スパイス。
地雷のあとのオアシスとしてのカラオケ。
6、三枝学という人間を騙すための作り話。
―――みたいな・・ことを考える。人間不信すぎるか?
・・・・・・でもないな、やっぱり、“2”かな、と思った。