50 レベルアップするというゲーム
50
かもちゃんが戻ってきたのはそれから数分後だった。
そわそわと手を動かしてなにかを求めているような様子の男・・。
心理的洞察力、熱心に眼鏡の角度を調整するみたいに―――。
しかし、そんな二人に対してかもちゃんはとりたてて気にしていないよ
うだった。食事が咽喉をとおらなくなるような気まずさ、すなわち恋人と
して貴重な一歩を進めた瞬間のあとの照れや気恥ずかしさだったが、それ
も、かもちゃんの辻馬車の片隅に身を潜めながら事態をさぐるシリアスな
表情で、てんでばらばらの方角にすっ飛んでいった。
ガリガリ物を噛むみたいに・・。
窓から入ってきたかもちゃんは俺と深尾さんの向かい側に腰を下ろし、
おもむろにハンバーガーを口に運んだ。栄養補給らしい・・。
しかし、俺は、そういうかもちゃんを奇異に思った。
戻ればすぐのところにあったのに、いまでは何故か、その距離がひどく
遠いものに感じられる。 逃げたい、立ち去りたいと何故か思う。
主要判例。
ボールを正確に捕り、ほぼおなじ瞬間、ふりむきざまそのボールを投げる
みたいに個人的自己としての作用的存在を動かす直観・・。
(電車の路面が、木琴のように見えてくる・・)
虫の知らせ―――。
「どうだった?」
「宇宙人たちが一枚のゲームソフトを、くれたダロ。」
「何じゃそりゃ。」と俺が言う。
かもちゃんは説明を始める。俺や深尾さんは、そうか、とか、なるほど、
とか口を挟んだ。もちろん、できるなら手っ取り早く要点だけを言って欲
しい、と思っている。海の波のような衣装のあいだから・・。
>>>宇宙人たちが言うには、戦争を止める方法はその方がいい。
【論理を固守する】というわけではなく、
【正当なシミュレーションの結果】ということ・・。
そこには言葉にならない種類のかなり長い説明を聞き取るように感じら
れた。死ぬという身体や心の直接な説明解決など期待すべくもないが。
幾つもの現実が思い浮かんでは泡沫のように消える・・。
「でも、戦争を止める方法、また、まゆまゆの彼氏たんを救うバッチコ
イな方法が一つだけあるらしいのダロ。」
「つまり?」と深尾さんがかもちゃんに詰め寄って聞く。
「つまり、ゲームをすればいいダロ。」
これはただひとつの単純な事実に違いないのだろう。
事情や経路といったものは廻り灯籠の影のように―――。
古い澱が水面へ浮かんできたように、はた、縮んだ服のように・・。
だが、それは俺を深い瞑想にフッと誘いこんだ。
生きるって、どういうことなんだろう、と・・・。
「それ―――答えになっていないけど、そのゲーム何なの?」
「いま、流行りの異世界転生ゲームダロ。」
「え~と、つまり死ぬってこと?」
というか、そういう風にしか聞こえない。
ややもすると、現実逃避調に聞こえなくもない。新聞を一字残らず読み
終え、余白に心覚えを書きとめるみたいに。
どうどうと、音を立てて拡がってゆく・・。
この世界が駄目だったから次の世界がありますみたいな考え方は、人間
の屑のすることだ、と心得ていた。無意識であれ意識的であれ、巻き込ま
れたのであれ、あるいはそう望んだのであれ、気弱すぎる、と思う。
冒険というマップ、あるいはそのフィールドワークがどんなに夢にあふ
れたものでも、ロボットメールに等しい、と思う。
慢性疲労症候群の漫画家が、真夜中に書き殴った夢見がちな言葉ぐらい
いらいらする。ふつふつと湯がたぎるように昂ぶってくる。
大型赤外線望遠鏡・・。
一層迫害の度を増さしめたのみで実際野獣のように到る処で逐われている
のは過去のツケである。ロー・ビジョンの煮え切られない態度の果てに人生
を切り開こうという気構えになって進んでいく世界は、あんまりにも単純な
ドラマツルギーで、正直いらいらする。葛藤まで虐待防止プログラムみたい
に思えてくる。気道の閉塞をした自分のためのアクセルペダルを第三者が用
意してくれるという甘ったれたカルシウムや鉄分の吸収を促進するディスプ
レイ装置も気に入らない。本当は数秒で死ぬレベル。そんなフォロースルー
あるものか。パルス符号変調・・。
機関室が無人化されている船ぐらいの抽象的なデータ構造だ。
隠蔽陣地から地上または水上の目標に対し発車するミサイルみたいに底が
浅い人生ドラマの展開は、さらに情け容赦なく気持ち悪い。死亡時の蘇生ア
イテムって何だよ、という気持ちさえする。
光化学ホールバーニング材料・・。
生まれ変わった人間はもっと爆撃戦闘機なんだよ、と思う。
救命救急室にかかるべきなのはお前のような人間じゃねえよ、と思う。
恋、友情、お涙頂戴という車を牽引する運命とやらに操られながら、強く
なる、単細胞になる、そして頭の中に蛆を飼う。不快指数はぐっと高くなる。
一般に百を理解している人が百を説明しきれる場合は稀有に属する。
腸内細菌の一種が食中毒菌に変化するようなもの・・。
行動の変革を通じてでなければ組織の問題解決能力を高めることは出来ない。
だが、どうなることかと不安ながら付いてゆくと、大路小路を幾たびか折れ
曲がって、堂々たる大邸宅の門内へ連れ込まれる―――。
「死にませんダロ。あくまでも、そういう風に考えた方が、
分かり易いと言っただけダロ。
簡単に言えば、人生というのは修行でありますダロ。
人生の経験値が上がれば、それに作用されるということはなくなります。」
長い休日をまえにしたホームルームのように、急速に真剣さと明るさを増し
ていく。それがさまざまの奇妙独善的な人権蹂躙的な誓いのようだとも気付か
ずに・・そうだ、俺は異世界転生という構造の甘えを否定しているようで、疑似
的にそうなりつつある自分を否定している―――。
―――国民総不幸量を引き換えにできる器。
・・・二酸化炭素を吐き出すのをやめるような無茶や不可能を通す。
>>>それは高速道路のインターチェンジとは違う。
―――こわれたガラス瓶のような無駄口はやめろ。
「パラレルワールドにおいて、
その戦争の張本人であるもう一人のまゆまゆの彼氏たんと直結しているのは、
まゆまゆの彼氏たんなのダロ。
だから、強くなるダロ。修行して、経験値稼いで、
その影響を受けなくすればいいダロ。唯一の救いは、まゆまゆの彼氏たんは、
戦争を起こすもう一人のまゆまゆの彼氏たん並みの、
白い蜜蜂の群れのような潜在能力を秘めていること。」
知識を土台としたリアルな想像力を働かせることができる―――。
経験値は基本的にスキルや能力値に振り分ける事で使用する、とか。
経験値が一定量に達するとレベルが上がり、能力が向上する、とか。
どういう世界、どういう戦い方、と連想する。
アストリンゼント・ローションみたいに・・。
信じてはいなかったけど、かもちゃんすごいな、と思う。
そういう風に、提案、調整、促進されて、いつのまにかお誂え向きの棺桶が
出来上がっているとも知らずに・・魂をのぞかせる窓――。
読み取り装置があれば非接触でも通信が可能になる。
未来って一体どういうものだったんだろう・・・?
無限に動きゆく世界を一つの現在として把握する思惟の立場・・。
「ゴールクリアまで行けば、宇宙人が言うには、
もう一人のまゆまゆの彼氏たんは更生するレベルになるらしいダロ。
戦争がすぐさま終わって、平和活動に尽力する人物になるらしいダロ。
歴史を変えるには、人物の努力ということダロ。」
「何だよ、それめっちゃいいじゃん。」と俺が言う。
「それに、三枝さん強いし。
しかも、ゲームだから死なないし。」と、深尾さん。
ゲームソフトのパッケージをパカッと開く。
えたいのしれない駱駝の背中、大きな発条がはじけたように。
幾重にも細かい柔軟の波線、蛇の口の連想・・。
すると、ぎゅうおおおおんと掃除機のように右腕をいきなり吸い込まれた。
何がゲームソフトだ、CDだ、ブラックホールじゃねえか、と思う。
U字型旋廻ー二等辺三角形しながら、特定目的旅行へガバリとダイヴする・・。
都会的害毒に侵されざるかぎり、習慣や、掟はいつまでも嘘をつくだろう。
リスクや必要リソースの観点はくつろいだ、気楽なものじゃない。
誤った選択肢を選ぶと全滅してしまう場合がある、というような・・。
シチュエーションは総合知的通信網、どこでもドア状態―――。
それは愛撫のように、深い溝の中で咽喉を鳴らす大きなレコードだ。
ARあるいは、VRということは間違いないが、装置が一つも了解できない。
イメージとしては、巨大なクジラの中に呑みこまれそうな気分だった。
生命維持の呼吸用酸素・温度調節用水循環装置―――。
とうめいな色がもは似合わない、鈍いろにひかる青銅の鏡に凝視されるような。
水槽の中の水が溢れそうになっていく光景を想像する・・。
テレビ画面が異次元的動きで見える特殊効果さながら―――。
人殺しでもするような気負いでずたずたに切り裂く。
執著と絶望ならそうだった・・・。
そうだったと思う―――。
いやいや、違いますダロ、とかもちゃんが言った。
「命の保証は出来ませんダロ。
あくまでも、ゲームと言っただけですダロ。
そこで死んだら、もうそこでおしまいですダロ。ご愁傷様ですダロ。
人生そんなに甘くありません。
そんな甘い考え持って、世の中生きていくなんて、
馬鹿ですダロ。戦争を止めるほどのエネルギーを獲得するって、
そんな人間ちょっとやそっとのことじゃないですダロ。
かもちゃん、宇宙人に聞きましたダロ。
生存確率はどれくらいですか、と。
一パーセントにも満たない、と聞きましたダロ。
でも、一パーセントにも満たないけれど、戦って、這い上がって、
二週間以内にゴールクリアしてくださいダロ。
ゴールの目安は、標準一時間プレイで二年と聞きましたが、
人間やれば出来ますダロ。やれないなら、かもちゃんに頼むなですダロ。
なめるのもいい加減にしてくださいダロ。」
*




