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白い壁  作者: カモラス
4/53

4 中庭


   4



 廊下に足音が聞こえる――。

 

 心臓が早鐘を打つ二階廊下。いくつかの脈絡のない色彩や線の寄せ集めの

陽射しが射し込んでいる。中間テストの日時が記された掲示板、クラブの勧

誘もしているようだ。優れた色彩の評価方式、白が一番えらく黒が一番あり

がたくない。廊下を歩いていると、後ろから呼ぶ者がいる。授業サボっちゃ

駄目よ。担任命令。遠ざかる列車を見送るような視界・・頭上の蛍光灯。二年

D組の教室から生徒が三人出てくるが、顔を知らない。挨拶もしない。一階

にはロッカー室があり、下足箱がある。建物の隅には非常出口の案内。「外

でご飯を食べなくてもよかったのに・・」と、深尾さん。男が眠っているのを

黙って見てるカノジョ的な注視のせいで、みんなの視線は一せいに彼に注が

れた。鬼愧ず、と言うほかない覚醒。フラストレーション的ハレーションと

でも訳すべきか。銅像をとりまいてそれを仰いでいるような恰好。そして、

外へ出よう、と。階段の傍の小扉をあけて、小さな階段をコトコトと下って

行く。二階から一階にかけての階段は、少し仕様が違う。「・・・じゃあ、何で、

お前、俺の黒歴史しゃべりやがった。」少年時代から絵を描くことやアート

そのものに大変興味があり、七歳の時分には自分の描いた小さなスケッチを

近所の人たちに配っていた話。三枝ママからの情報。挙げ句が、未来の画伯

先生と持ち上げられた。絵が巧いなんていうもんじゃない、ゴッホかと思っ

た。知ってる名前あげただけだろ。そうだけど。「でも絵は見せてない。」

「順番が違うだけだ。」方向転換するたびに眼の前に踊り場と、その前の切

り取られた風景が揺れる。暗い暗い寝室の前で盗人のように足音をひそめる。

空港の建物から機体にむけてのびてきている廊下みたいに一瞬意識が透明に

なる。遅くまで残っていて、この踊り場に来て、窓の形に月の光が射しこん

でいるロマンチックな場面を一度目撃した。それ以来ずっとこの場所が好き

だ。卒業するまでに一度その絵を描いてみたいと思う。夏の前、桜は散って

しまったけれど、精神のバランスの上になり立っている季節であることを痛

感するむずかしい五月。高校二年生、不登校になりそうなぐらい彼女という

生き物を知る。蝉の鳴き声は聞こえない。下り切ったところが狭い廊下にな

っていて、そこから下足箱になっていて外へ抜け出せる。だが、校門側へは

出ず、下足箱に下ばきをいれて、靴を持ったまま端の方の廊下まで歩いて、

玄関ホールをスルーして、出口、グラウンド側へ出る――。


 ちなみに校舎の見取り図では、玄関ホールは間取りの中央に位置している。

 

 学校の中庭で昼食を取る。弁当箱を取り出して「ピクニックみたいです

ね。」改まった様子で、深尾さんが言う。でも正直言うと、別に絵の趣味

のことを知られて気恥ずかしくなったというだけで、そうしたわけじゃない。

 昼に話すから、とだけ言った朝のことを聞くには、やはり人気の少ない

場所の方がいいだろうと思ったのだ。聞き耳を立てているのは小鳥ぐらいの

ものである。上のほうでがやがや叫びが聞こえたが、俺たちに向けてではな

い。まあ、昨日みたいに蠅みたいにぶんぶん喋ったりすることもなかった。


 クラスメートは、公然と、俺と彼女が付き合っているらしいことを知って

いて、でも、俺が怖いから、表だって誰も何も言わないけど、じっと見てく

る男子の眼が恨めしかったり、女子の眼が好奇心らんらんなので、まあ、言

わなくてもわかることはある。


 こんな状態でドリーマー画家志望三枝が誕生してしまうのは、狂気の沙汰

である。回収できない騒ぎになるのは目に見えていたし、もちろん、このよう

な二人だけの昼食なんていう餌はハイエナのために用意してるものだろうが。

 それでもおそらく探していたドアだと思われるドアを、開けてみようと決心

した。物音は自然に中央に向かって集まるように感ぜられる場所で・・。


 「それで、朝お願いしたいことがあるって言ってたことを言えよ。」


 すると、上げていた箸を落として、顔色が分かり易く変わった。

 あたかも書き終った日記がバッドエンドだと知りながら筆を置くみたいに。


 「・・・実は、あたし、ストーカーされてるんです。」


 「そうか。」


 もぐもぐ、と焼きそばパンを食っていると、普通に取り上げられた。いや、

話は聞いている。嘘つき、三枝さん、仕返ししてるくせに。

 子供が癇癪を起こしたような手つきだと、自分でもそう思った。

 さすがにちょっと、わざとらしかったか、という気もする。だが、声をひ

そめている自分に気付く。その時になって、誰かにじっと見詰めてられている

ような気がした。事によると、実際に、聞き耳を立てているかも知れない。

恐ろしい夢のなかで、さしせまった危険から逃れようとしてもできない時に

感じるような、腑ぬけた感情に圧しつぶされそうになる。

 カッターシャツのボタンを一つ外した・・。


 「・・・もしかして、エロ本を買ったのも、そのストーカー対策の一環な

 のか。だとしたら――本当、大変だったな・・」

 

 「いや、あれは・・本当に、根性試しに――。」


 まあいいけど、と俺は肯いた。

 ちょっと話すようになって、わかったことだが、深尾さんはあんまり正直に

話す方じゃない。まあ、話す内容によるのかも知れなかったけど。

 

 咄嗟に、こいつ犯人の目星がついてんじゃないのか、という気もした。たと

えば、ストーカーと言っているけれど、イジメの一歩手前みたいな状態ではな

いか、と憶測を回す。きわめて慎み深いという印象を与えた深尾さんが、どう

してエロ本を買ったのか、これは本当に一番の大きな謎だった。


 あるいは、そういうのが視野に入っているから、わざとぼかしているのか、

と。女というのは、自分で納得したい生き物ではないか、と自分は思う。


 「でもそれだったら、俺に好きだとかなんとか言ったのも、それが理由か。

 ボディガードか。用心棒か。なんだよ、それ。それだったら、もっと早く言

 えよ。俺も困るだろ。」


 すると、ムッとしたように、彼女は眉間に皺を寄せた。箸を置いて、頬をふ

くらませて、袖を引っ張ってくる。抗議。性急な認識の圏外。欺瞞性。まあ、

ちょっと可愛い。でもそれを認められるほど、俺は立派な人間にはなれない。


 「・・・それも、別の話です。」


 そうなのか、と思う。でも普通に考えて、そう切り出されたら、そうとしか

思われないし、どちらかといえば、そっちの方がすんなりいくんだけど、とも

思った。まあ、弱ってる時に、バリバリの不良みたいな奴にガツンとやられて

運命を感じるというのも安易すぎる気はしたけど、そういう心理は、わからな

くもなかった。外国で日本人と会っただけで戦友と思うようなシチュエーショ

ン。特殊な状況下では、自分の感情の告白をなすべき準備行動を試みているよ

うなものだから。閉塞的な状況が浮き彫りになりながら、旅立つことが不可能

な時の自分たちは、鞣した皮の匂いを嗅ぎながら、凶暴な野獣を手元で飼い慣

らしているような妄想をする。


 すう、と、深尾さんが息を吸うのがわかった。眉間に皺を寄せた顔。


 「――だから、やっつけてください。」

 

 「は?」


 「・・・だって、あなた、私のカレシですよね。私、靴箱に、ストーカーさ

 んへ、私は、学校一の不良であり、近隣高校をシメまくった人間凶器こと三

 枝学さんと付き合っています、と、もうメッセージ出しておきました。返り

 討ちにしてやってください。ボコボコにしてやってください。」


 何その用心棒的な役割・・。

 っていうか、近隣高校をシメまくった人間凶器こと三枝学って誰?


 「え、なにそれ・・闇討ちされたらどうするの? グサッといきなり、刃

 物でやられたらどうするの? まゆ、わかってる、」


 「わかっていないのは、あなたです、ま、ゆ、み。」


 いや、いまの本当にうっかり言っただけだ・・。

 いつまでも朝のことを根に持つんじゃねえよ、と思う。


 「まゆみ、わかってるか、刺されるかも知れないんだぞ。俺も、お前も。」


 と、思ったら、ころころ笑ってきたので、こいつ駄目だ、と思う。

 それとも何か俺は、護身術の達人なのか?


 「――え、でも、三枝さん、守ってくれるんでしょ。四六時中。守って、戦

 って、グサッと刺されて男の勲章、みたいな?」


 




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