3 海
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どうして眼を開けた傍らに、眼をつむったりあけたりする深尾さんがいた
のだろう。昼食の前、四時限目からどうも居眠りをしてしまったらしい。瞼
のふちに残っている黒板、授業内容が皿やナイフにすりかわる。手書きのシュ
ーベルトの作曲した楽譜でも見つけたように、感性や才能といったものが、
うす紅いろの、風情のわるくない、ややすらりとした彼女を炭素繊維や繊維ガ
ラスにしていく。くすぐったい、イミテーション。あるいは、スマートな、シ
ャープな愛の吸収・・空想は逸脱し、心理と行動は、観察と意識のたわむれの中
で自己抑制のストイシズムを壊していく。世界はいかなる理念も卑俗の次元に
あるというのに、神を殺し、夢を笑い、それでいてなお、熟みわれた果物の蜜
で膨らむのはどのようなユートピアの希求なのだろう。曲率半径はエロチシズ
ムのプレリュード。なまめかしく卑しめる、底辺の開花。あらゆるものに下品
な付属物を与え、音声やBGMや効果音をあてたふきだし。透視術――円形の
管は六角形の管になり、そのこなれやわらぐ状態のまま、うつつにあふれてく
る、ポーズやジェスチャー。フランス軍側からの砲撃は止み、イギリス軍の大
砲が時折聞こえてくるみたいに、何度か、笑い声は聞いた。この人は、得体の
しれないところがあるけれど、最低、嘘はつかない人だろうな、と思う。そう
想いながら、ビタミンEとポリフェノールによる抗酸化作用や、コレステロー
ル値を低下させるオレイン酸の効果。人間の思考というのはどうしてこう白い
飛沫を伴うものなのだろう。葉書のように半永久的に何処かの壁にセロファン
テープでとめられている筆記体。流れるまぼろし、撓う柳、ゆれる、さまよう
時代感覚。教室は孤独の住む沼地であることをやめ、風力発電用の巨大回転翼
でもあるみたいに様変わりしていた。窓から風が入ってくるのは、見えないし
じまの塔にでもあたったからだろうか、と馬鹿なことを考える。ショベルカー
がひっくり返ったみたいに、僕は、地面に押し付けられたままの状態で、美術
品を空間と一体化させたようなインスタレーションを味わう。そこに、静かに
誰も見えない海が見えてくる。自分の海、自分の知っている海、波の音、呼吸
するリズム、打ち寄せる心臓の音、それが、一瞬何もかもはっきり見えたよう
な気がする。気のせいかも知れなかったけれど――。