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この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります


歌が聞こえる。

不思議な声。

少年のような、少女のような、男性のような、女性のような。

曖昧ではっきりとしない声音だったが、それでも恐怖は抱かなかった。


「だれ…?」


真っ暗だった。

そこには、何もなかった。

ただただ、暗闇が広がっていた。


泣かないで、泣かないで。


声がする。

あぁ、あの夢と同じ声。


「誰なの?」


ふと、顔を上げる。

そこには狐面を被った子どもがいた。

真っ白の面に、赤色で隈取がされており、その両耳の下には飾り紐が垂れ下がっている。

色褪せた黄土色の着物に、その手には何故か千歳飴の袋を持っていた。


「あなた…?」


見覚えがあった。

確かに、その子どもを美琴は知っていた。

そうだ、あれは、確か。



「うぇっ…ひっく…」


ぐずぐずと鼻を垂らして、美琴は手に持った千歳飴の袋を祠の前に供える。

賽銭箱すら置いていない、小さな祠。

その祠の奥には狐を模した石像が祀ってある。

2度手を叩き、ぐっと目をつむって祈りを捧げた。


「ち…千歳飴あげるから…ママと、パパと、ゆうとを返してください…うぅ…」


そして、その足で振り返り、一目散に真っ暗な神社の1本道へと走る。

一刻も早く、家に帰りたい。


(ここで、神社のおじいちゃんと待っててね)


そう言った祖母との約束を破り、おじいちゃんの家を飛び出してきたのだ。

履きなれないぽっくりが、足の指に食い込む痛さ。

日が落ちてしまったせいで、容赦なく冷え込む寒さ。

手がかじかみ、カチカチと歯が鳴る。


(息子は無事なのか?!)

(いんや、奥さんと悠斗くんも…その…即死だと…)

(そんな…っ!)

(車の横っ腹に突っ込まれたらしい。そのまま壁に挟まれて…って話だ)


嘘だと思った。

悪い冗談なのだと。

悠斗の具合が悪くて、結局、晴れ姿を見に来れなくなった両親がついた、嘘なのだと。


真っ暗な細い道は、一歩間違えれば、麓まで真っ逆さまだ。

明かりも無いのに進むのは、無謀にもほどがある。

けれども、美琴は止まれなかった。

一刻でも早く家に辿り着ければ、そこでは家族が待っていてくれるような気がしたのだ。


泣かないで、泣かないで。


「だ…だれ…っ?」


声が聞こえた。

少年のような、少女のような、男性のような、女性のような。


顔をあげると、暗闇の道の先、ぼうっと光る面が浮かんでいる。

お化けかとも思ったが、よく見れば、同じくらいの年の子どもが、じっとそこに佇んでいた。

上質な絹で織られたであろう、つややかな黄土色の着物に、狐の面を被った妙な姿。


泣かないで、泣かないで。


「うぅ…だ、だってぇ」


面を被っているせいか、目の前の子どもが言葉を発しているのかは不明だ。

けれども、間違いなくその子の声だと美琴には分かった。


「ママとパパと、ゆうとがぁ…」


ぐずぐずと鼻をすする。

狐面の子どもは手招きをする。

けれど、美琴は首を横に振った。

幼い美琴の目にも、その子どもが普通の人間とは違うことは理解できている。


「やだぁ」


そう駄々を捏ねると、狐面の子どもは困ったように首を傾げた。

しばらく様子を見ていたが、美琴が梃子でも動かないと悟ると、そっと近づいてくる。


泣かないで、泣かないで。


美琴は再度、首を横に振って、いやだと言う。


「かぞくをかえしてぇ…」


ぽろぽろと溢れる涙。

暗さと涙で滲んだ視界で、目の前の狐面の子どもが小さく頷く。


「うぇ…うっ…かえして、くれるの…?」


こくり、と今度は、はっきりと狐面の子どもが頷いた。


「ほ…ほんとに?みんな、だいじょうぶ?」


こくり、こくり。

何度も頷く姿に、美琴はホッと安心する。

そして、狐面の子どもが持っていた千歳飴の袋に気がついた。


「それ…」


先ほど、神様にお願いしたのだ。

千歳飴をあげるから、家族を返してください、と。

そこで美琴は悟った。

目の前の子どもが、神社の神様だということを。


千歳飴の袋を持たない手でちょいちょい、と狐面の子どもが手招きする。

着いて来い、という仕草に美琴はおとなしく従った。


行きはよいよい 帰りはこわい


不思議と頭の中に声が響いてくる。

そのわらべ歌は幼い美琴も知っていた。

小学校の友達と一緒に遊ぶ時の歌だ。


「あ!あぜ道だ!」


真っ暗な視界が開ける。

狐面の子どもが指差す方向には、見慣れた道が月明かりに照らされ輝いていた。


こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ

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