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「ねぇ、悠斗。神社行かない?」

「はぁ?やだよ。1人で行って来いよ」


冷たいものである。

予想はしていた回答なので、特に気にしない。

美琴は靴を履くと、そのまま軋む引き戸を開ける。


「行ってきます」

「ちょ、本当に1人で行く気?」

「だって悠斗行かないんでしょ?」

「行くのやめろって」

「なんで」

「なんでって…なんでも」

「あっそ、行ってきます」

「あ、おい、美琴!」


引き止めるくらいなら、一緒に来い、と悪態をつきながら外へ出る。


どうして、神社に行こうと思ったのかと聞かれれば、単に神社のおじいちゃんの死で、神社の存在を思い出したからだった。

加えて、休みの日に家で特にやることもなく、暇だったからというのもある。

行動に出たのは、本当に、なんとなくだった。

なんとなく、神社に行けば、何かが変わるような予感がしたのだ。


畑のあぜ道を歩きながら、ぼんやりと空を見つめる。

冬に差し掛かったこの季節、空は遠く澄んでいた。

のんびりとした田舎の空気に、のどかさを感じるとともに、その静けさに不安がよぎる。

まるで、この世界でひとりぼっちになったような、物悲しい気持ちになった。


道端に目を向ければ、誰が植えたのか、小菊が咲いている。

真っ白な花弁が何重にもなっている様子は、小さいながらも美しい。

あぜ道の果てはまだ見えず、神社に続く山の麓の道は遠い。

小さい頃、着物を着てよくこんな道を通ったものだと自分ながらに関心してしまった。

この道は、こんなに長かっただろうか。


ふと、立ち止まって考える。

違和感を覚えた。

七五三以来、あの神社には行っていない。

記憶違いだと言われれば、それまでだが、こんなに長い道を祖父母と一緒に歩くのも可笑しい。

後ろを振り返ってみるが、見晴らしの良い長いあぜ道が続いているだけで、そこには何もない。

自分の家さえ見えないくらいだ。


とにかく進もう。

美琴は先ほどよりも早足で前へと進み始める。

そして、ものの数分で、神社へ続く山道へと辿り着いた。


「勘違いかぁ」


ぼんやりと、ひとりごちる。

朝の悠斗の件といい、あんな夢を見たせいで、また変な思い違いをしたようだ。

誰も見ていないものの、恥ずかしくなり、美琴は早足のまま山道へと踏み入れる。


山道は、畑と違い木が鬱蒼と茂っている。

ほとんどが枯れ葉になり、枝ばかりだというのにも関わらず、日が差さない。

昼間なのに暗く、少し不気味に感じるのだ。

カァカァ、とカラスが頭上で鳴いている。

七五三のときも、こんなに暗かっただろうか。

道は細く、一歩足を踏み間違えれば、麓まで滑り落ちてしまいそうだ。


進めば進むほど、不安が募る。

いくら前を見ようと神社の鳥居すら見えない。

けれども、道は1本道であり、間違えようがない。


ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ


ハッとして足を止める。

歌が、聞こえた気がした。

恐る恐る周囲を見ても、そこには何もない。

ただただ、枯れ葉が落ちる音と、カラスの声が聞こえるだけだ。


神社に行けば、誰かいるだろうか。

そう思いかけて、首を振る。

神社のおじいちゃんは死んだのだ。

誰もいない。

そう、誰もいないのだ。


急に怖くなった。

誰もいない神社に行くという事実に震えた。

こんなことなら、悠斗に無理やりでも着いてきて貰えば良かったのだ。

今なら、まだ、帰れる。


美琴は前に進もうとしていた足を下げ、くるりと振り向く。


「美琴、こんなところで何やってるの」

「うわっ」


目の前に、母がいた。

驚きのあまり、尻もちをついて転ぶ。


「ほら、もう。高校生にもなって、おっちょこちょいねぇ」

「ごめん。いると思わなくてびっくりした」


小さく笑いながら、 母は美琴に手を差し伸べる。

その手に掴まろうと、手を差し出しかけて美琴はふと疑問に思った。


母の様子は、平時そのものだ。

息を乱した様子は一切ない。

けれど、先ほどあぜ道を振り返った時、そこに人影は無かった。

もし、美琴に追いつこうと思うならば、走らなければ不可能だ。

母は普段から鍛えている訳でもなく、運動が得意でもない。

それが、なぜ。


美琴は手を引っ込めると、自力で立ち上がる。

黙って、お尻についた枯れ葉と土を払い、後ずさった。


「どうしたの、美琴」

「おかーさん、どうやってここまで来たの?」

「どうやってって、畑のあぜ道を通ってでしょ」

「でも、さっき、振り返った時、誰もいなかった」

「何言ってるの。ほら、帰るわよ」


1歩、また1歩、と美琴は母から離れる。

そして、勢い良く振り返って、神社への道を駆け上り始めた。


「ちょっと、美琴!そっちはダメ!」


何がダメなんだろう。

この先にあるのは神社だけだ。

神社に行くのがダメなのだろうか。


今朝の悠斗の顔が思い浮かぶ。

恐ろしいことが起こっている予感がした。

とにかく、神社に行けば助かるかもしれない。

その一心で、息が上がり、胸が痛くなろうと駆け上がった。


神社の鳥居が見えてくる。

鬱蒼とした中でも朱色で塗られた堂々としたそれは、美琴を勇気づけた。

あと少しで。


「美琴、悠斗やお母さんを困らせたらダメだろう?」


鳥居の目の前に突如として現れた父に愕然とする。

父は、美琴が家を出る時には居間でテレビを見ていたはずだ。

追い越された記憶もない。

神社までの道は1本道。

では、この父はどうやって、ここまで来たのだろうか。


「どいて…」

「美琴」

「そこどいて!あんた誰なの?!なんでお父さんの姿してるの?!お父さんは、お母さんは、悠斗は無事なの?!家族に何かしたら承知しないんだから!」


父が困ったような顔をする。

いっその事、逆上して襲いかかってくれれば良いのに。


「何を言ってるんだ。帰るぞ」

「やだ!!あんたなんかと一緒に行かない!!」


父が悲しそうな表情を浮かべる。

そして、伸ばされた手が、美琴の手首を捕まえた。

逃げ出そうと、ほぼ反射的に手を引く。

その途端、ずるりと父の手の皮が剥け、塊となって、ぼとり、と地面に落ちた。


「ひぃっ!」


己を掴んでいる手が、崩れ、腐敗する様子に、美琴は半狂乱になる。

必死にもがいて、振り解こうと、力の限り暴れた。

父が、父の姿をした何かが押さえ込もうと、もう片方の手を伸ばす。

逃れようと、身を捩り、足を思い切り引くと同時に、掴まれた手が血で滑った。

その勢いのまま、開放された時。


「あっ」


ずるり、と地が滑る感触。

枯れ葉に埋もれて分からなかったが、土が柔らかくなっていた。


「美琴っ!」


まるで助けるかのように、両手が伸ばされる。

けれども、それは届くことなく、美琴はそのまま滑り落ちて行った。

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