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泣かないで、泣かないで。


この声は、前にも聞いたような気がする。

私は泣いてなんかいないのに。

旅行が出来ないのは残念だけど、泣くほどのことじゃないでしょう?


泣かないで、泣かないで。


だから、泣いていないって。

この人は、どうして私が泣いてると思っているの?


泣かないで、泣かないで。


「だから、泣いてないってば!」


ピピピピッ、と電子音がする。

飛び上がった美琴は、手を伸ばして目覚まし時計を止めた。


「うっわ、寝言いいながら起きるとか…」


ないわ、と両手で顔を覆った。

それにしても、奇妙な夢だった。

誰かがしつこく、泣くなと言っていた。

最初は心配してくれてるのかと穏やかだった気持ちも、あれだけしつこくされれば苛つくというものだ。


ぼさぼさの髪の毛を手で掻いて、ふわりと大きく欠伸をした。

夢は夢。

すぐに忘れよう、と美琴は洗面所に向かう。

今日は休みだというのに、寝覚めが悪い。


きゅい、と音を立てて蛇口をひねる。

目の前の鏡を見て、自分の酷い顔に辟易とした。

さっさと身支度を整えるために、冷たい水で顔を洗う。


「美琴、早起きじゃん。顔洗いたいから、早くどいてくんない?」


おはようも無しに、随分とご挨拶なものだ。

美琴は顔の水気を振り払い、鏡越しに悠斗を睨む。

その瞬間、恐怖に立ち竦み、全身が凍りついた。


血みどろの顔、剥がれた皮膚、ばっくりと割れた頭。


「ひっ…!」


思わず悲鳴を上げる。

錆びついた鉄のような匂いに吐き気を催す。

慌てて振り返れば、そこにはいつもと変わらない悠斗の姿。

皮膚も滑らかで、もちろん、頭は割れてなどいなかった。


「なんだよ?」


もう一度、鏡を見る。

今度は普通の悠斗の姿があった。


「な、なんでもない」


タオルで顔を拭いて、急いでその場を離れる。

再度、振り返ってみるが、やはり、そこにはいつも通りの元気な悠斗の姿があるだけだった。


「変な夢見たからかな」


軽く頭を振って、着替えに向かう。

寝ぼけていただけなのだ。

幽霊ものの映画や番組を見た時、髪を洗うのがなんとなく怖くなるのと一緒。

単なる見間違い。

気にすることはない。



「そういえば、神社のおじいちゃん亡くなったって」

「えっ」


衝撃的な話に、朝ごはんの納豆を混ぜていた手が止まる。


「どうして」

「もう年だったって。お通夜、今日みたいだから、制服用意しといてね」

「わかった」


別に、神社のおじいちゃんと特別親しいわけではなかった。

それこそ、初詣や七五三の時にちょっと話した程度だ。

神社の近くに住んでるから、神社のおじいちゃんと呼んでいたけれど、特別神社と関わりのある人でも無かった。

それでも、身近な人の死は少なからず美琴に衝撃を与えた。


「そっか、おじいちゃん、死んじゃったんだ」

「あの神社も面倒見る人がいなくなって大変だな」

「そうねぇ。あ、お通夜は、そこの会館でやるみたいだから」


小さく頷く。

そこの会館、というのはこの近所の人が使う集会所のことだ。

小学校の子供会で使うこともある場所。


「用意しとく」


美琴は納豆を混ぜる手を再び動かし始めた。

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