第9話『順風満帆な戦いの日々』
[あらすじ]
新たな『仮面の怪物』が出現した。カークは桜散、譲葉、アレクシアの3人と連携して異空間の攻略に乗り出すが、肝心の怪物本体は中々見つからない。
そんな中、ある日桜散とアレクシアの仲が再び悪くなってしまう。
気まずくなったカークは1人トボトボと家に帰るが、その途中で偶然総一郎と出会う。
第9話『順風満帆な戦いの日々』
19日目
――――――――――――昼。
昼休み、カークが大学構内を歩いていると……。
「5月24日に行われる反政権デモの参加にご協力お願いしまーす!」
「反原発デモへの参加にご協力ください~!」
男子学生と女子学生の2人組が、マイクを片手に反政権・反原発デモへの参加を呼び掛けていた。どうやら来月、全国の学生自治会が国会議事堂前で開催するもののようだ。
よく見るとメインストリートの各所に、学生自治会が用意したと思われる、ヒノモトの現政権や国防軍、昨年の震災における原発事故を批判する立て看板が随所に設置されていた。
(相っ変わらずだな……本当に)
演説の様子を見たカークは、思わずその光景から目を背け、見なかった振り、聞かなかった振りをして通り過ぎようとした。
すると、演説をしていた一人の男子学生に肩を触られた。
「すみません! 大学自治会に所属する……」
それを聞いたカークは、思わず不快感を露わにし、学生の手を撥ね退けた。
「Fuck you! うっせえなぁ! もう、俺に関わらないでくれ!」
そう怒鳴ると、男子学生は驚き、思わず後ずさった。
その隙に、カークはメインストリートを早歩きで通り抜けた。
(はぁ。まったくもう……やなもんだなぁ。もうあんなのに関わるのはゴメンだ!)
今度昼に食堂へ行くときは、メインストリートを避けようとカークは思ったのだった。
――――――――――――放課後。
「はぁ。やっと今日の講義終わった」
放課後。カークは1人、大学の中央にある広場でくつろいでいた。
「よっ! カーク君!」
そんな彼の目の前に譲葉が現れ、声を掛けてきた。
「おっ、ゆーずぅ。お前も講義、終わったん?」
カークは返事を返した。
「うん! あと、昨日はありがとう。李緒さんによろしく言っといて」
「分かった」
カークがそう言うと、譲葉は彼のそばへと歩いてきた。
「そう言えばカーク君って、留年? してるんだっけ?」
「ああ、そうだが?」
「何で留年したの? 勉強、さぼったの?」
譲葉は、カークが留年した理由を知りたいようだった。
「いや。講義はちゃんと出てたしテストの点も悪くなかった」
「じゃあ何で?」
譲葉は更に尋ねる。
「謹慎食らったんだよ。暴力沙汰起こして。それで単位没収、留年と」
カークはさらっと、彼女の問いに答える。
「暴力沙汰? いったい何で?」
「そんなんいいだろ。今となっては終わったことだし、思い出したくもない」
しつこく聞こうとする譲葉に対し、カークは面倒臭そうに言った。
「ふーん……そっかぁ。教えてくれないんだぁ。せっかく助けてもらったんだから、私も何か、カーク君の手助けをしたいと思ったんだけどな~」
そう言うと、譲葉はジト目でカークを見つめた。まるで憐れむような眼だ。
「悪かったな」
譲葉の不満そうな様子を見て、カークはため息をつく。
すると、彼と目が合っている少女の顔は、たちまち元に戻った。
「……まあ、いいよ。カーク君が嫌だって言うなら、しつこく聞いたりはしないから」
「そうか。ありがとう」
カークは譲葉に気の毒なことをしたなと思った。
「そろそろ、帰るね。それじゃ、また今度」
そう言うと、譲葉は広場からメインストリートへ歩いて行った。
(あーあ、やっちまったな。ゆーずぅはゆーずぅなりに、俺に話しかけてきたのに。これはしくじったな)
物寂しそうに去っていく譲葉の後姿を見たカークは、ことのあらましを話すべきだったのではないかと、内心後悔したのだった。
――――――――――――夕方。
夕方。カークは大学から出て、地下鉄の駅へと歩いていた。
(ん!? あれは……)
駅への途中にある交差点に差し掛かったところで、彼は思わぬものを発見した。
歩道橋の柱。その影。人目に付かないところに、黒い穴が開いていた。
(異空間か! そう言えばさっちゃが行方不明者が出ているだろうって話をしていたな)
カークはそう思い、手元の携帯端末を操作し、Webニュースを閲覧した。すると、井尾釜市で行方不明者が1人出ているというニュースを見つけた。
ニュースの更新日時は昨晩午後10時過ぎであり、これは昨日桜散が言っていた推論と合致する。
(行方不明者の人数は、確かあと12人だったはず。今回行方不明者が新たに出て、13人か。この中には、一体何人いるんだろうか?)
カークは異空間への入口を前に、一人逡巡していた。亜空間の入口は、その場から動くことなく静止している。彼が目の前に立つと、柱に開いた穴は少しだけ大きくなった。
(中に入れ、ってことか? こりゃ罠だな)
カークは今すぐにでも中に入りたいと思ったものの、今は彼1人、それに丸腰である。
(ここでもし何かあったりしたら困るし、今は悔しいが、また今度……)
そう考え、後ろを向こうとした、その時だった。
「あら? カーク」
カークの背後から、アレクシアが声を掛けてきた。
「む、アレクシアか。見ての通り、ここに異空間の入口がある。それを見ていたんだけど」
カークはアレクシアに、目の前にある異空間について説明した。
「ふーん、そう」
彼女は一言そう言うと、異空間に入ろうとする。
「あ、おい待て! 一人でとか、危ないぞ?」
カークはアレクシアに忠告した。
しかし、彼女は彼の忠告に耳を貸すことなく、そのまま異空間へと入って行ってしまった。
(そういやあいつ、魔術師なんだよな。おそらく、俺やさっちゃ以上の。
……あいつがどういう魔術を使うのかが気になるな。それに、女の子一人で入っていくのを黙って見ているのは気が引ける)
アレクシアが異空間に一人で入っていくのを見ていたカークはそう考え、後を追うように柱の穴へと飛び込んだ。
その直後、穴は急速に縮んで、消えた。
――――――――――――異空間(交差点)。
「……どうして、ついて、きたの?」
異空間へ飛び込んだカークが最初に目にしたのは、自分に背を向けて立つアレクシアの姿であった。
「女の子一人で、行かせられるわけないだろ。放っておけるか」
カークは答える。
「はぁ、ホント、お人好し、だね。その点は、変わらない、か」
彼の返事に、アレクシアは両手でやれやれのポーズを取った。
「変わらない?」
カークは彼女の言葉に引っ掛かりを感じ、尋ねる。
「いや、何でも、ない。それより、私に、ついてきて」
しかし、アレクシアは彼の問いには答えず、自分の後をついてくるよう言った。
「そうか。……この奥に怪物がいる、ってのはお前も知っているのか?」
カークが尋ねると、アレクシアは後姿で頷いた。
「お前も、魔術を使えるんだよな?」
彼が再度尋ねると、彼女も再度頷いた。
「そうか」
沈黙が流れる。しかし、その空気は、アレクシアの一言によって破られた。
「行きましょ。あなたの実力、見極めさせて、もらう、わ」
そう言うと、アレクシアは歩き出す。
「それはこっちの台詞でもあるな」
カークはそう言い、彼女の後をついて行った。
カークとアレクシアの2人は異空間内を進んでいく。
今回の異空間にあったのは、道路。真っ黒な地面の上に、アスファルトで舗装された道路が走っている。道路は縦横無尽に張り巡らされており、ところどころに標識や交差点が見える。
そして周囲は見渡す限り、建物が無くまっさらだ。道路が走っていない部分の地面には緑色の格子模様が入っており、一定時間ごとに光る。
その異様な光景は、さながら道路のある部分だけテクスチャが張られたCGモデルのようであった。空や遠くの色も、今までの異空間とは違い真っ黒だ。これらにも緑色の格子模様が入っていた。
異様な光景の中、異空間内を道路に沿って歩いていく2人はやがて、先ほどとは別の交差点に辿り着いた。交差点にはスクランブル式の横断歩道があり、角には歩行者用信号機が1つ、ぽつんと立っていた。
「信号機? にしては1か所しかないのは変だな」
カークがそう言う疑問を呈したときだった。
「……気を付けて。あれは、信号機では、無い」
アレクシアがカークに忠告した。
そして、それと同時に、それまで消灯していた歩行者用信号機に、緑色の光が灯る。すると。
テケテケテケ……。どこからか、人型の何かが、カーク達の居る交差点目がけ、四方の道路から集まってきた。交差点から伸びる4本の道路、それぞれ4体ずつ、合計16体。
人型のそれは紙のようなものでできており、まるで子供の落書きがそのまま実体化したような姿をしていた。移動速度は人が走る速さ程度と、それほど速くは無い。
「紙でできた、人形? 落書きみたいだが、あいつらは何なんだ? お前には分かるか?アレクシア」
訳の分からないものが自分達の元へ接近してくるのを見て、カークは思わず、アレクシアに尋ねた。
「仮面の怪物の、眷属。手下、みたいなもの、ね。あれが、こいつらを、呼び出した」
そう言うとアレクシアは、先ほどの歩行者用信号機を指差す。彼女はこれらの存在を知っているようだった。
「それじゃあ、あの信号機が、ここの主、仮面の怪物か?」
「違う。あれも、眷属」
「はぁ?」
アレクシアの言葉に、カークは耳を疑った。
「それじゃあ、怪物の本体は何処にいるんだよ?」
「多分、この空間には、居ない。この異空間は、あの眷属が、生み出した、もの。つまり、あの紙人形達は、眷属の、眷属」
「まじかよ……」
眷属1体で独自の異空間を保有し、その眷属はさらに下に眷属を有していると言うのだ。
今までカークが見てきた仮面の怪物は全て、眷属を持たない(蛇腹腕の仮面、ジャングルジムの仮面)か、あるいは持っていても1種類のみ(岩男の仮面)といった感じであった。しかし、今回のは少なくとも2種類の眷属を有している。
眷属1体でこれとは。まだ見ぬ本体の力が相当強いであろうことを、カークはアレクシアの言葉から察した。
2人が話しているうちに、紙人形達は交差点に到着、カーク達を取り囲んだ。
「まあ、どうこう言っても仕方ない。とにかく、こいつらを倒すしかないか!」
そう言うと、カークは右手を人形達に向かってかざす。
「待って」
しかし、それをアレクシアは制止した。
「おい、待てよ! 何でだよ?」
抗議するカークを横目に、アレクシアは左手を前方へと示す。そして。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
彼女は叫んだ。
ゴォォォォォォ! 彼女のシャウトと同時に、周囲に旋風が発生! 旋風は、アレクシアの左腕に集まっていく。そして左腕の上に、ボール状の圧縮された空気の塊が生み出された。
「ヤァー!」
アレクシアはそれを見てさらにシャウト! 同時に腕を大きく振りかぶり、空気塊を投擲!
バン! 塊が彼女の手元から離れたその瞬間、先ほどまでボール状だった空気塊は、針で突かれたゴム風船の如く破裂し、幾多もの小型の竜巻へと変化した。
そして、それらの竜巻はカーク達の周囲全方位に飛び散り、取り囲んでいた紙人形達に衝突! ズタズタに引き裂いていく!
ビリビリビリビリビリ! 紙が破けるような音と共に、紙人形達は粉微塵になり、跡形もなく消え去った。
(何だよ、こりゃ)
凄まじい光景を目撃していたカークは、只々呆気にとられる。
(風属性、って感じか? それにしても、あれだけいた人形達を一網打尽にするとは……なんて力だ)
驚いているカークを、アレクシアは見つめる。
「まだ、終わってない、わよ? カーク。あなたも、戦いなさい、な」
彼女が言い終わると同時に、先ほどから沈黙を守ったままであった信号機が、再度点灯! 今度は赤信号だ。
すると遠方から、今度は車のような姿をした眷属が1台だけ出現し、カーク達の居る交差点へ猛スピードで急接近してきた。
この眷属も先ほどの紙人形同様、子供の落書きがそのまま立体化したような姿をしていた。さしずめ紙の車と言ったところか。
紙の車は、勢いを落とすことなく交差点へ接近してくる。どうやら、このまま2人を撥ね飛ばす気のようだ。
「分かってるよ!」
アレクシアの言葉に、カークは応えると、右腕を接近してくる車へとかざした。そして。
「Ahhhhhhh――――!」
ボォン! 右腕から炎弾を数発発射! 炎弾は道路の上を高速で飛翔し、紙の車に命中! これを瞬時に灰へと変えた。
その様子を見たアレクシアは、口元に笑みを浮かべ、カークに対し大げさに拍手をした。
「上手、上手。なかなか……やるじゃない? 魔術、使いこなせてる、みたい、ね」
「あ、ああ。そうだな。それよりも」
カークは車を倒した後、歩行者信号型眷属の方を向いた。
信号機のランプは、赤から青へと変わる。同時に、四方から再度紙人形型の眷属がやって来た。
「あいつを倒さないと、キリが無いんじゃないか?」
カークは信号機型の眷属が、人型や車型の眷属を呼び出していると考えた。こういう手下を呼ぶタイプの敵は、倒さない限り手下を延々と呼び続ける。ゲームなどでよくあるパターンである。
「そうね。……まず私が、人形達を叩く。あなたは、その隙に、あいつを」
アレクシアはカークに指示を出す。
彼女の指示を聞いたカークは、先ほどの戦闘の流れから、その後に来るであろう流れを予測した。
「そして、車が来たときは俺が迎撃。お前はその間に信号機を攻撃する。……で、合ってるか?」
「ふ、ふふ。分かってる、じゃない? それで、行きましょう?」
アレクシアはにやにやと笑い、カークへ呼びかけた。
「おう! 行くぜ!」
カークは叫び、それと同時に走り出した。
人形が、カーク達を包囲!
ゴオン! すかさずアレクシアが空気弾発射! バァン! 破裂! 竜巻が、人形達を殲滅する!
その隙間を縫うようにカークが信号機に接近し、火炎放射!
ボォォォォ! 炎の直撃を受けた信号機型眷属は、支柱をうねうねさせてもだえ苦しんでいる。しかし、しばらくすると炎を振り払い、赤信号を点灯させた。
その様子を見たカークはすかさず、交差点を見回す。車は……カークから見て左側! それを見た彼は接近する車に向け走り出し、アレクシアと交代!
カークと交代したアレクシアは、信号機に向けて左手をかざした。すると。
ゴォォォォォ! 左手から突風が発生! 信号機を吹き飛ばさんとする。そして、信号機を支えている支柱が、ガタガタと音を立てて揺れる。
「――――――――――――!」
歩行者信号から、鈍い金切声のような音が響く。ダメージが入っているようだ。
「yeah!」
時を同じくして、カークは接近してきた車型眷属を、火炎放射で焼き払っていた。先ほどとは異なり、車は3台! これは彼にとって想定外の事態であったが、火炎放射の向きを操作することで、何とかしのぎ切った。
そしてカークは、すかさずアレクシアの元へと向かう。彼女も、信号機から離れ、バトンタッチ。同時に信号機が青に変わる。
1度パターンに入ってしまえば、後は作業の繰り返し。2人は短時間で、敵の攻略法を見つけ出していた。
そして、パターンに入ってから4周目。アレクシアの突風攻撃が、ついに決定打を与える。
パァーン! 甲高い音と共に、根元から支柱が破断! 信号機型眷属は、そのまま突風に飛ばされ、景色の彼方へと消えて行く。それと同時に、急接近していた車型眷属7台を、カークは火炎弾で、次々と撃破!
最後の眷属を、カークが灰に変えたところで、周囲の背景が歪み出した……。
――――――――――――夕方。
「はぁ。何とか倒したな。……結局、怪物も行方不明者も居なかったか」
現実世界へ戻ったカークは、そう呟く。苦労した割に、得られたものはゼロであった。
「そう、ね。もっと、探さないと、ね?」
アレクシアはそう言うと、軽くため息をついた。流石の彼女も、少し疲れたようだ。
「今日はもう帰って、また今度にしないか? 正直俺は、もう疲れた」
「そう、ね。今は英気を、養い、ましょう? また、見つけたら。連絡する」
「分かった。頼んだ」
「頼まれた」
2人の意見が一致。
「今度からは、さっちゃやゆーずぅも呼んで、一緒に戦わないか? 見る限り、お前と俺達とではやろうとしていることに違いは無い。なら協力した方が楽だ。そうだろう?」
カークはアレクシアに対し、自分達の仲間にならないか誘った。
「……分かった。そっちが、先に見つけたら、連絡お願い。私が、連絡したときは、呼べる人を連れてきて、いい」
アレクシアは、彼の提案に乗った。
そして、彼らはそれぞれ家路についた。
(さて、アレクシアとさっちゃ、この2人が共闘するシチュエーションに持っていけそうな訳だが。……流石に命が係る様な状況下で、あいつらもいがみ合いはしないだろう。呉越同舟というか、あいつらもそこまで馬鹿じゃないと思うし)
カークは帰りの電車の中でそう考えながら、今後起こるであろう闘いに備えた。
――――――――――――夜。
『今月から連続して起きている、井尾釜市の行方不明事件ですが――――――――』
家に帰ったカークは、李緒、桜散の2人と一緒に夕食を食べながら、テレビを見ていた。ニュースは相変わらず、連続失踪事件の件で持ちきりだ。
保護された10人の行方不明者達に、失踪している間の記憶が無かったこともあり、ネット上では『神隠しではないか』などと噂され始めている。
「あんたたちも気をつけなさい。用が無いときは早く、家に帰ってくるようにね」
テレビ画面を見ながら、李緒はカークと桜散に忠告した。
「分かってるよ、母さん」
カークは少々不満げな顔をしながら、夕食の肉じゃがを食べていた。
「そう言えばカーク、今日は帰りが遅かったな。何をしていた?」
桜散はそう言うと、箸でご飯を口に運ぶ。
「それなんだが……」
カークは李緒の方をちらっと見た後、隣に座る桜散に耳打ちした。
「今、母さんがいるからさ。後でお前の部屋で話したいんだが、いいか? 嫌なら俺の部屋でもいいけど」
カークの言葉を聞いた桜散は、カークが言いたいことが異空間絡みの件であることを察する。
「分かった。それなら、私の部屋で構わないぞ」
そして、彼女は彼の提案を受け入れた。
夕食後、カークと桜散は桜散の部屋に移動していた。桜散は学習机とセットの椅子に座り、カークは桜散が用意した椅子に座っていた。
「異空間を見つけた?」
カークは桜散に、夕方の件を包み隠さずに話そうと考えていた。彼としては、少々勇気のいることだったが、仲間を団結させるには必要不可欠だと、そう心に言い聞かせた。
「ああ。それで、1人で行くのは無茶だなと思ったんで帰ろうとしたんだが、そこにアレクシアがやってきてな。一緒に中に入って調べてきた」
「それで?」
アレクシアの話題が出た途端、桜散は眉をひそめた。
「ま、待て! 勘違いするなよ。あいつは異空間を見るや否や、いきなり中に飛び込んで行ったんだぞ? 流石にそれをスルーして帰るとか有り得ないだろ。友達なんだし」
桜散の様子に、カークは慌てて弁解する。
「……友達、か。相変わらずお人好しだな、お前は。まあ、それなら仕方が無いな。それで?」
『友達』。その言葉を聞いた途端、桜散の表情が緩んだ。それを見て内心ほっとしたカークは、話を続けた。
「それでさ、一番奥まで行ったんだが、肝心の怪物は居なかったんだ」
「何? それじゃ、どうやって脱出したんだ?」
驚き、学習机をコツンと叩く桜散。
異空間から脱出するには、仮面の怪物を倒さなければならない。桜散はそれまでの経験からそう考えていた。しかし、実際は違ったようだ。
「何て言ったらいいのかな? あいつによると、仮面の怪物の眷属? ってのが居て、そいつを倒したら出られた。手下ですら独自に異空間を出現させられるっぽいから、今回の怪物は相当ヤバそうだぞ」
「そうか」
カークの説明を、桜散は相槌を打ちながら聞いている。
「あと、アレクシアの魔術を見た。あいつは、風を使うみたいだ。一緒に戦ってみて分かったが、相当な手練れだよ」
「そうか」
桜散は再び頷いた。
「それでだ。今度怪物と戦うときは、アレクシアも誘って行こうと思ってるんだが、どう思う。あいつにはもう協力の約束を取り付けた。ゆーずぅも多分反対しないだろう。あとは、お前の意見を聞きたい」
カークは桜散に、アレクシアとの共闘を提案した。桜散は少し思案すると、カークに言った。
「彼女とは、正直思うところはあるが、味方が増えること自体、悪いことではない。……もし異空間を今度見つけたら、私も呼べよ?」
桜散はカークに、異空間探索時に連れて行くよう頼んだ。
「分かってるって。お前がリーダーで、俺が右腕なんだからな」
カークは右腕で、胸をポンと叩く。
「右腕、か。そうか……。ふふ、お前のことは、頼りにしているからな」
「それはこっちの台詞だな。頑張ろうぜ。お互い」
そう言うと、カークは右手を桜散に差し出した。
「分かった」
桜散は左手を差出し、カークの手を握った。
固い握手。これが同性同士なら、友情と呼べるものであったであろうが、これは男女の関係。
とはいえ、このとき2人の距離感は、1度の大きな対立を経てなお、一定間隔を保っていた。
それからの数日間は、まさに激闘の日々であった。
20日目
――――――――――――異空間(交差点)。
「ハァーッ!」
ヒュン! ヒュン! ヒュン! 桜散は左腕から無数の水弾を発射! 水弾は扇状に広がりながら、遠方から急加速で接近する車型眷属に飛来。そして命中! 紙の車は、ボロボロと崩れ落ちていく!
「Ahhhhhhh――――――!」
「ヤァー!」
時を同じくして、カークとアレクシアが、火炎放射と竜巻弾で歩行者信号機型眷属を攻撃!
ゴォォォォォォォ!! 竜巻に炎が混ざり、炎の竜巻となって信号機を包み込んだ!
「――――――――――――!!!」
信号機から金切声のような高音が響くと同時に、周囲の風景がぼやけていった……。
21日目
――――――――――――異空間(交差点)。
カーク、桜散、譲葉、アレクシアの4人は異空間内にて、仮面の怪物の眷属と戦っていた。今日は譲葉の都合がついたため、4人で行くことになったのである。
「しかしまさか、こんな大所帯で戦うことになるなんてな」
桜散はそう言いながら、彼方から走行してくる4台の車型眷属に対して水弾を発射!
「だなぁ。しっかし俺だけ男で、女の子が3人……。ギャルゲーだったらハーレム展開だな。こんなん予想外だわ」
交差点の中央にて、カークは桜散と背中合わせ。カークは反対方向から走ってくる車型眷属2台に炎弾を打ち込み、撃破した。
「カーク君? そんなこと言ってる暇あるなら、もっと攻撃、攻撃! そろそろ交代だよ?」
アレクシアと共に交差点の角に立っている譲葉は、カークに対して叫ぶと氷柱を信号機の真上に召喚し、叩きつけた。
「そうね、交代よ。カーク」
譲葉の攻撃と同時に空気弾を信号機にぶつけたアレクシアは、譲葉と共に交差点の中央に移動し始め、紙人形の召喚に備えた。
「分かってるってば!」
カークは譲葉に言い返す。
「お前が私達にうつつを抜かしているのが悪い。ほら、ぼけっとしてないでさっさと行くぞ」
そんな様子を呆れ顔で見ていた桜散は、カークの手を引っ張った。
「皆……人遣い荒いんだからぁ、も~!」
カークは桜散に引っ張られながらそう言うと、譲葉達と入れ替わるように信号機の元へ走った。
この後、アレクシアと譲葉がそれぞれ竜巻と吹雪で紙人形をまとめて消し飛ばし、カークと桜散が火炎放射と水流で信号機を攻撃。そして信号の色が変わると同時に交代。
人数が最初戦った時の2倍居たこともあり、この日は2周目で倒すことが出来た。
23日目
――――――――――――夜。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らすカーク。
カーク、桜散、アレクシアの3人は、異空間に潜んでいた仮面の怪物の眷属を倒し、脱出した。
「しっかし、まさか1度に2体出てくるとは。さっちゃの作戦が無かったら、ヤバかったわ……。人形の迎撃している間に、車に轢かれてたわ」
「そう、ね。人形と車、同時に来られたら、厄介だったわ、ね」
今回、歩行者信号機型の眷属が1度に2体出現、それぞれが眷属を呼び出すという非常事態となった。
しかし、「2台の信号機に同時に攻撃を仕掛け、信号の変化を同期させる」という桜散の作戦により、何とか攻略することが出来た。
「あいつは攻撃に反応して、信号の色を変えているみたいだからな。そして、信号の色に応じて呼び出す眷属の種類が決まっている。青信号ならば紙人形、赤信号なら紙の自動車だ。
前者は1体打ち漏らすと仲間を次々呼ぶから範囲攻撃で倒す必要があり、後者は高速で体当たりしてくるから遠距離攻撃で接近してくる前に倒す必要がある、と」
桜散は敵の性質を、冷静に分析していた。
「すげぇな、さっちゃ。俺なんかあんまり深く考えずに戦ってたぞ?」
カークは、桜散の話を聞いて驚いている。
「ふ。私も、それくらい、分かる。……あなたも、なかなか、やるみたいだけど、ね」
アレクシアは桜散を褒める。心なしか、彼女の表情はにやけていた。その様子を見た桜散も、にやけた顔をする。しかし、2人の様子は穏やかではない。
(ひぇー……。何だこりゃ? いやーなオーラを感じるぞ……)
2人の間に近寄りがたい雰囲気を感じたカークは、早くも家に帰った後のことを考えるのだった。
24日目
――――――――――――朝。
朝6時。カークは桜散に起こされた。
「起きろ……朝だぞ?」
「ああ、おはようさっちゃ」
しかし彼は、彼女の様子がおかしいことに気付く。
「おはよう……カーク」
声の調子といい、何か気分が悪そうだ。
「大丈夫か? 風邪でも引いたのか?」
「大丈夫だ、何の、問題も、無い」
桜散の喋り方が、どことなくアレクシアのようになっているのを見て、カークは訝しんだ。
しかし、彼には思い当たる節があった。
「もしかして、あれか? 月一のあれなのか?」
カークは婉曲的に、桜散に尋ねる。
「そう言うことを聞くとは、デリカシーが無いぞ……? まあ、直接的に言わなかった点は、褒めてやる。……お前の考えている通り、だ」
……どうやら図星らしい。それでさっきから具合が悪そうだったのか、とカークは理解した。
その時、カークの携帯が、メールの着信を告げた。差出人を見ると、アレクシアだった。
『件名:異空間を発見 本文:場所は、櫻木町駅前の、交差点角。人が近寄らないよう、見張ってるから、至急来て。』
「アレクシアからか?」
桜散はカークに尋ねる。
「ああ。櫻木町駅前で異空間を見つけただってさ」
カークはそう言うと、桜散にメールの内容を見せた。
「……こんな早朝とは珍しいな? 待たせるのもアレだし、さっさと行かないとな」
そう言うと、桜散は廊下へ歩き出そうとする。
しかし、カークは彼女の手を掴んだ。
「待て」
「何だ?」
「お前は、今日は休んでろ」
カークは、体調が悪そうな桜散を見て、休むよう促す。
「いや、問題ない。私も行く」
桜散は無理をおして行くつもりだ。
「駄目だ。そんな状態で、行かせられるわけないだろう」
「私が、足手まといだとでも?」
桜散はカークを睨み付ける。その表情を見たカークは驚愕した。
怒りと悲しみ、ごちゃ混ぜになったような表情。それは以前親のことを尋ねた際に、彼女が浮かべた表情と似ていた。
(さっちゃ……。あー、もう! 仕方ないなぁ)
彼女の表情を見たカークは、気まずい気持ちになる。そして2人の間に少しの沈黙が流れた後、カークは口を開いた。
「分かった、分かったよ。お前も来ていいよ。……でも、無理はするなよ? お前に何かあったりでもしたらさ、俺は……」
カークは悲しげな表情を浮かべた。その様子を見て、桜散は申し訳なさそうに呟いた。
「……すまんな、カーク。でも、ありがとう」
桜散自身、カークが自分のことを想って言ってくれていることは理解していた。しかし、それでも彼女は行きたかった。彼と共に、行きたかったのだ。
その後、2人は家を出て地下鉄に乗り、アレクシアの待つ櫻木町の交差点へと向かった。
交差点の角では、アレクシアが2人を待っていた。
「おはよう。カーク、桜散。待っていた、わ」
「おう、おはよう!」
「……おはよう」
3人は挨拶を交わした。
「それで、異空間は何処だ?」
カークは尋ねる。
「あそこ、ね」
アレクシアが指差したのは、交差点の角、地下道への階段を覆う建物の壁だった。階段の裏側、歩行者からは死角になる場所に、ぽっかりと穴が開いている。
「……人手が無いようなところにあるってのは変だな?」
穴の位置を見て、桜散は疑問を感じる。
人を取り込むなら、人目に付く場所に入口を展開した方がよさそうな気もするが……。
「私達みたいに、探り入れてる魔術師を、誘ってる、かもね?」
アレクシアはそう推測していた。
「つまり魔術師だけを選んで狙ってると?」
カークが尋ねると、彼女はこくんと頷いた。
「奴も、私達が探ってるのに、気づいてるのか……。こりゃ厄介、だな」
桜散は、依然として姿を見せない仮面の怪物について考え込む。
「今回も本体がいるかは分からないが、気合入れていくぞ? 2人共」
カークは桜散とアレクシアに呼びかける。
「分かった、カーク。行きましょ」
「そうだな……行くぞ。カーク」
2人は彼の呼びかけに答えた。
「よし、それじゃGO、だ!」
彼の掛け声とともに、3人は異空間へと飛び込んだ。
――――――――――――異空間(交差点)。
もう、ここに来るのは4度目か。彼らは既に、黒と緑が織りなす異様な風景に慣れていた。
「この奥には、本体は居るのか?」
桜散はアレクシアに尋ねた。
「……ここも、ダメ。周囲の魔力が、少ない。多分、怪物は、居ない」
アレクシアはそう言うと、お手上げのポーズを取った。
「そうか……。どんだけ倒せばいいんだこりゃ。というか、どうすれば怪物本体のいる場所に辿り着けるんだ?」
カークも、アレクシアに尋ねた。
「分からない」
彼女は即答した。
「Ah? うーん」
カークはうなだれた。
「まあ、深く考えても、しょうがない、だろう……。行くぞ。さっさと眷属を倒して、脱出だ」
桜散はそう言うと、先に歩き出そうとする。しかし、どこか苦しそうだ。
「桜散。……大丈夫? あなた」
アレクシアは、桜散に声を掛ける。しかし。
「大丈夫だ! 心配される謂れは、ない」
桜散は、彼女の気遣いに対してこう返した。どうやら、少しイライラし始めているようだ。
「すまんな、アレクシア。さっちゃはその、今日はアレの日なんだ」
桜散の様子を見て、カークはアレクシアにフォローを入れた。
「アレ?」
「ほら、女の子が大体28から32日周期で経験する……。分かるだろ?」
カークはアレクシアに、教科書仕込みの知識を披露した。
「あー、そう言うこと、か」
アレクシアも理解したようだ。
しかし、彼女は桜散にとんでもない爆弾を投げた。
「なら何で、来たの? 桜散。生理がつらいなら、来なくて、よかったのに。正直、足手まとい、よ?」
「うるさい!」
桜散はものすごい形相でアレクシアを睨み付けた。その様子を見たカークは慌てる。
「ま、待て待て待て! 何やってんだ。こんな所で。ほら、さっさと行くぞ?」
彼は早口でそう言うと、2人より前に出て、走り出した。
「あっ、待って。カーク」
「待て! カーク!」
アレクシアと桜散は、カークの後を追った。
「……居たな」
桜散は、交差点を見つめる。交差点の角に、歩行者用信号機が、ポツリ。
「1体だけか? 今回はやけにあっさりしてるな」
カークは敵の少なさに拍子抜けしていた。
「道中、1度も眷属に、遭遇、しなかった。漂う魔力の少なさといい、できて間もない、異空間なのかも、ね」
「これはあっさり行けそうだな」
「油断するなよ?」
桜散はカークに釘を刺す。
「分かってるって。それよりも、お前も無理すんな。俺達2人に任せとけ」
「そう、ね。無理は、禁物。命取り、よ?」
アレクシアもカーク同様、桜散に無理をしないよう呼びかけた。
「……分かった」
桜散は不満そうな顔をしつつも、頷いた。
彼女がやけにおとなしいのは、実際生理による症状がつらく、来るべきでは無かったと、心のどこかでうっすらと思い始めていたからに他ならない。
そもそも桜散がついて行ったのは、カークとアレクシアが2人きりになるのを防ぎたかったわけであり、同行した時点で目的を達成できていたというのも、彼女が彼らの忠告を聞いた理由の1つに挙げられるはずだ。
「それじゃ、行くぞ! アレクシア、さっちゃ!」
「おう!」
「ええ」
3人は交差点へと走り、眷属へと立ち向かっていった。
――――――――――――昼。
その後、カーク達は例によって仮面の怪物の眷属を倒し、異空間から脱出した。昨夜とは裏腹に、信号機型眷属が1体しか居なかったうえ、幾多もの戦闘を経て彼らが成長していたこともあり、攻略作戦は2周目の半ばで終わった。
カーク達が現実世界に帰還したとき、太陽は高く上っており、時刻は既に正午を過ぎていた。
相変わらず、仮面の怪物や行方不明者は見つからず仕舞い。しかし、そんなことが気にならなくなるような問題が、カークの目の前では起こっていた。
「……」
「……」
桜散とアレクシアである。相変わらず2人は、ギスギスした雰囲気。特に今日は、桜散がイライラしていることもあり、2人の間に近寄りがたい空気が漂っている。
これをもし、彼女達のことを知らない通行人が目撃していたなら、十字を切るか「くわばらくわばら」と呟き、見なかったことにしていたであろう。
幸い、休日かつ歩行者から死角になる位置だったので、誰も目撃することは無かったが。
「……」
「……」
お互い、睨み合っている。カークのことなど眼中に入っていない様子だ。
(おいおいおい、どうすりゃいいんだこれは)
カークは2人の様子を見て困惑する。
(というかさっちゃ! さっちゃを、さっさと連れて帰ろう! 休ませてやんないと)
カークはそう考え、桜散に声を掛ける。
「お、おいさっちゃ。そろそろ帰ろうぜ? 俺腹減って来たんだけど……」
これは嘘ではない。そもそも、2人は朝食も食べずに家を飛び出したのだ。しかし。
「カーク。お前はもう帰っていいぞ? 私は彼女ともっと、話がしたい」
桜散はカークに一人で帰るよう促した。
「え? でもお前も朝食食べてないだろ? それに具合悪いんだし、さっさと帰って安静にした方がいいよ」
「結構。もう大丈夫だからな」
「でも……」
カークは桜散を気遣った。しかし、彼女はこの好意を無下に断った。
「良いから! 私も後で帰る。……安心しろ。私は何も、アレクシアと戦うとかそう言うのではないからな?」
心配そうな目で見つめるカークに対し、桜散は落ち着かせるように言った。
「桜散、そう言ってる、みたいだし、帰れば? カーク。また、何かあったら、連絡する、わ。もちろん、桜散には、何もしない、から、ね?」
アレクシアにまでそう言われ、二進も三進も行かなくなったカークが取った選択は。
「……分かった。帰るよ」
2人を置いて、地下鉄駅の入口へと降りて行くことだった……。
その後、カークは1人地下鉄に乗るべく、駅のホームで電車を待っていた。そこへ。
「おや、カーク君じゃないか。こんにちは!」
カークに声を掛けてきたのは総一郎であった。
「Ah? 総一郎、おは、じゃなかった。こんにちは、だな。……何でこんなところに?」
カークは総一郎がなぜ、ここにいるかを尋ねた。彼が今いる『櫻木町駅』は、総一郎の家の最寄駅である『センター北駅』の遥か南、地下鉄で30分ほどかかる場所に位置している。普通に考えれば、彼がこんな場所に来るはずは無いのであるが……。
「えーと……ちょっと、下見をしていたんだ」
総一郎は少し考えるしぐさをした後、そう言った。
「下見?」
「ええ。私用、とだけ言っておきましょうかね」
「ふむ……」
カークはそれ以上追及しないことにした。
「ところでカーク君。何かあったのかい? さっき君が、ホームの階段をトボトボと降りてくるのを見たからさ」
今度は総一郎が、カークに尋ねる番だ。
「あー、そうだ……。ちょっと話を聞いてくれないかぁ?」
総一郎の言葉に思わず弱々しい態度になるカーク。
「む? どうしたんだい?」
「それがさぁ……」
カークは総一郎に、桜散とアレクシアの仲が悪くなっていることを話した。
「ふむふむ。僕はアレクシアちゃん? のことは知らないけど、これはこれは、面白いことになってますねぇ」
カークの話を聞いた総一郎は、顔をにやけさせる。
「おい待ってくれ。俺にとっては全然面白くないんだけど?」
カークは総一郎に突っ込みを入れた。
「何を言っているのですか? カーク君」
「Wh?」
「君が置かれているシチュエーションは、まさに、両手に花! いわばハーレムではありませんか! 男子であれば一度は夢見る、まさに夢のような展開ではありませんか!」
「は、はぁ……」
カークは熱気の入った総一郎の語りに、正直困惑していた。
「むしろ、君の状況が羨ましい。更に! 君には譲葉さんという幼馴染! 幼馴染まで近くにいるではありませんか! このこの~。リア充爆発しろ!」
そう言うと総一郎は、カークの肩を軽く何度か小突いた。
「う、う~ん……」
総一郎に話すべきではなかったか、とカークは後悔したのだった。
その後総一郎とは日常の些細なことを話し、カークは家に帰った。
「ただいま~」
「あら、早朝から何処へ行っていたの? カーク」
リビングに行くと、李緒が話しかけてきた。
「いや、ちょっとね」
李緒の問いを、カークは適当にはぐらかした。
「そう」
李緒はそれっきり聞いてこなかった。
「ところで母さん、さっちゃ帰ってきてる?」
カークは李緒に、桜散が帰って来たかを尋ねた。
「いや、見てないけど?」
「えっ?」
「えっ、て? 一緒に出掛けたんじゃないの?」
李緒はカークに尋ねた。
「あーっ、そうなんだけど……そっかぁ。帰る時2手に分かれて帰ったからさ。先に帰ったのかと」
「ちょっと、何やってるのよ!」
カークの態度を、李緒は叱咤した。
「うーん」
「駄目よ、女の子一人で行動させちゃ……。最近は行方不明事件もあるし、そうでなくても女の子よ? あんた、あの子に対する扱いが、雑。デリカシーが無いわ」
「あ、あぁ」
カークは言い訳しようと思ったが、やめた。
「まあ、今日はもう仕方ないわね。もし不安なら、探してきなさい。というか、携帯に連絡入れれば繋がるでしょ?」
「うん」
カークは頷く。
「よし。……お腹すいたでしょう? 昼ごはん何が良い?」
「冷凍食品でいいよ」
「分かった」
そう言うと李緒は、キッチンへと入って行った。
昼食後、カークは桜散の帰宅を待っていた。
しかし、待てども待てども帰ってくる気配が、無い。携帯にメールを送ったが返事はなく、電話にも出ない。
(遅いなぁ。さっちゃ……。やっぱり、無理してでも連れて帰るべきだったんだ……うぅ)
カークは桜散を置いて帰ったことを後悔し始めていた。
1時間待つ。……帰って来ない。
2時間待つ。……帰って、来ない。
カークの脳裏に、朝の具合が悪そうな桜散の姿が浮かぶ。
(うぅ、さっちゃ……)
彼が瞼に力を入れた、その時だった。
ガチャ! 玄関のドアが、開く音。カークは一目散に、駆け出した。リビングから、廊下を抜けて、玄関へ。
玄関に辿り着いた彼の目前には、一人の少女。彼女の髪は、黒のセミロング。彼がいつも見慣れ、かつ最も待ち望んでいた少女の姿が、そこにあった。
「ただい」
「さっちゃ!」
カークは桜散が話すのより前に彼女に駆け寄り、ガシッっと力強く抱きしめた。
「な!?」
「さっちゃ! うぅ、良かった、良かったよう……」
顔と顔が擦れ違い、頬と頬が触れる。
カークは桜散の温もりを、胸の鼓動を、確かに感じていた。
「……」
桜散は、そんなカークの態度に最初は動揺しつつも、即座に振り払おうとはしなかった。
数分間、2人の間には沈黙が流れていたが、しばらくすると、桜散は恥ずかしそうに、カークへ言った。
「その、カーク。離してくれないか? そろそろ、リビングに行きたい」
「あっ、す、すまんさっちゃ! 離れるよ」
桜散の頼みを聞き、カークは慌てて手を離す。彼女の顔を見ると、うっすらと赤くなっていた。
「じゃあ、また後で」
そう言うと、桜散はリビングへ急ぎ足で歩きだした。
「あ、さっちゃ、待って!」
彼女を追い、カークもリビングへと入って行った。
カークは夕食後、桜散に今日の顛末を聞いた。どうやら、あの後アレクシアと一緒に駅近くのファミレスで食事を取って別れたのだという。
その後の足取りについては、桜散は恥ずかしそうな仕草をし、教えてはくれなかった。
「本当に何でもなかったのか?」
「何でもないぞ!? ちょっと時間を潰していただけだ」
「そうか……」
桜散は顔を真っ赤にしながら答える。
「とにかく! この話はもう終わりだ」
「分かった。さっちゃがそう言うなら、深くは聞かないよ」
「ありがとう。カーク」
桜散は気まずそうな目をしながらカークにお礼の言葉を言った。
その後、この日は特に何も起こらず、カークは普通に就寝した。久しぶりに、良い眠りに就けた気がする……。
25日目
――――――――――――朝。
日曜日。カークはいつものように桜散に起こされた。
「おはよう。さっちゃ」
「おはよう、カーク」
互いに挨拶を交わす。
「身体の方はもう大丈夫?」
カークは桜散に、具合を尋ねる。
「ああ。もう今日は大丈夫だ。山場は、過ぎた」
「そうか……。すまんな、昨日はお前を置いて帰っちゃって」
カークは安堵しつつも、彼女に昨日のことを謝った。
「気にするな。そもそも先に帰るように言ったのは私だからな。でも、心配してくれていたのは、うれしかった」
桜散はそう言うと、カークから顔を背ける。
「そうか……。お前からそう言う言葉を聞けると、うれしいな。かわいいやつめ」
カークは何気なく呟いた。
「なっ!? くぅ……。そ、そうだ。朝ご飯、出来てるからな! 早く降りてこいよ!」
桜散は、カークの言葉に居た堪れなくなったのか、いそいそとカークの部屋を出て行った。
その様子を見たカークは。
(うーん、かわいいなぁ)
思わずほっこりとした気分になった。
(うーん……)
この日は特に何も無かったため、カークは朝食後部屋に籠り、自室のパソコンでインターネットを見ていた。
魔術に関わる前のカークにとって、ネットサーフィンは日課であった。大学生活1年目半ばに食らった謹慎処分で家に籠っていた時も、ずっとパソコンの前に向き合う日々を送っていた。
そんな彼の姿を見て、李緒は毎日浮かない顔をし、桜散はしつこく彼を部屋の外へと連れ出そうとしたものだ。
しかし、ここ最近のカークは帰宅後すぐに飯を食べ、その後は疲れて寝てしまうようになった。そのため、カークはここ数週間ネットとはご無沙汰であり、久しぶりだった。
(どれどれ……)
彼がまず見たのはネットニュースだ。桜散はここから行方不明事件の情報を得たらしいが……。
(どれどれ……井尾釜市連続行方不明事件は、と。ここ数日は、大きな動きは無いみたいだな)
カーク達がジャングルジムの仮面を倒し、行方不明者を10人助けて以来、新たな行方不明者は1人しか確認されていなかった。おそらくあの仮面が、ここ数週間に起こっていた行方不明事件のほとんどを引き起こしていたのであろう。
(えーと、他には……)
次に見たのは、彼が普段閲覧していたSNSだった。これは、投稿した内容が時系列順に表示されていくタイプのものである。しかし、ここにもめぼしい情報は無かった。
(はぁ。いつも通りか)
世間では行方不明事件が取り沙汰されているが、ネット上ではそれらに対する荒唐無稽な陰謀論や、神隠しといったオカルト話、その他もろもろ。とても、今のカークにとって役に立つ情報は流れてこなかった。
そもそも、井尾釜市民以外には対岸の火事であり、市民以外がマジョリティを占めるネット界隈において、これらの反応はある意味当然だった。
電子の海の名も無き住人達は、ただ面白さを求めているに過ぎない。事件のことを語っているのだって、大半は面白半分、怖いもの見たさと言えよう。
(どうすっかなぁ。ゲームでもやるか……? でも正直面倒くさいからなぁ。うーん)
カークは次に何をやるか悩んだ。しかし、ちょうどその時だった。
「おーい! ご飯できたわよー!」
1階から李緒の声が聞こえたため、彼は休憩がてら、昼食を食べることにした。
昼食後、午後もカークはネットサーフィン。そうこうして居る内に、夕方になった。
(はぁ。今日は何も起きなかったなぁ。思うに無駄な1日を過ごしてしまった……)
そう考えながら、カークは夕食について李緒に聞こうと廊下を出ようとする。
その時だった。カークの携帯が、鳴る。
「ん? メールか?」
着信音からメールと判断。差出人を見る。
「ゆーずぅ? 珍しいな」
メールを送って来たのは譲葉であった。早速内容を確認。
『題:GWの予定について 本文:カーク君、こんばんは。早速だけど、ゴールデンウィークって暇? 暇なら何処か、遊びに行かない?』
彼女からのメールは、ゴールデンウィークの誘いであった。カークがカレンダーを見ると、今週の月曜、木曜、金曜日が祝日になっていた。ちなみに今日は、日曜日だ。
(どうすっかなぁ……)
カークは悩んだ。譲葉の誘いに乗って遊びに行くのも悪くないが……。
(でも、面倒だなぁ)
こうも思っていた。
そして迷った末に、彼が下した結論は。
『題:Re:GWの予定について 本文:ゆーずぅ、こんばんは。連絡ありがとう! せっかくのお誘いなんだけど、俺はゴールデンウィークにやりたいことあるんで、すまん。参加できない。心遣い、ありがとうね』




