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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第二章「魔術師の集いし場」
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第7話『2人が出会い、修羅場が始まる』

[あらすじ]

 アレックスもとい、謎の少女アレクシア。カークに対し変に馴れ馴れしい彼女の態度に、桜散の機嫌は悪くなるばかり……。

 そしてある夜、アレクシアはカークに対し、彼の命に危機が迫っていることを忠告する。

第7話『2人が出会い、修羅場が始まる』

12日目

――――――――――――朝。

 朝6時、カークの耳元から声が聞こえ、彼の体は大きく揺さぶられた。

「おい、朝だぞ」

「分かってるって」

 カークは、いつものように桜散に起こされた。彼は本当に朝に弱い。とはいえ、今日の彼は5時半に目覚まし時計でうっすらと起きていたため、桜散の呼びかけに対しはっきりとした声で答えた。

「そうだカーク」

「ん? どうした、さっちゃ?」

カークは尋ねる。すると、桜散は表情を緩め、こう言った。

「昨日お前が言ったこと、信じてやる」

桜散の言葉を聞き、カークは安堵した。

(そうか……。10人、助けられたんだな)


「私は先に下りて朝飯用意するから、お前も早く降りてこいよ?」

そう言うと桜散はカークの部屋を出て、階段を下りて行った。一人部屋に残されるカーク。

 昨日色々なことがあったが、今日は月曜日。カークの事情如何に関係なく講義に出席しなればならない。カークは大学の講義風景を思い浮かべながら、必要なものを鞄へと入れた。

 その時、カークの携帯が振動する。彼はそれを手に取り、発信者の名を見た。

(んん? アレクシア!?)

電話はアレクシアからだった。何か用があるのか。カークはそう思い、電話に出た。

「もしもし、カークだが、アレクシアか?」

「ん? おはよ。そう、私よ。アレクシア」

電話越しからアレクシアは喋った。

「どうした? 何か俺に用があるのか?」

カークは彼女にそう尋ねる。すると、

「今、あなたの家の前に、いる」

「What’s!?」

カークは携帯を持ったまま窓に近づき、開けて外を見た。彼の黒い頭に朝日が照り付ける。

 すると玄関先に、白を基調とした服装に身を包んだアレクシアが立っていた。彼女はカークに気づき、右手を振った。カークもつられて、右手を振った。その後、彼は電話に出直す。

「家の前にいるのか。今そっちに行く」

カークは今から玄関に行くことをアレクシアに伝える。しかし、彼女はその提案を断った。

「いい。私が今、そっちに行くから。カークは、待ってれば、いいよ」

「え? それは一体どういう」

プツッ! カークが疑問を投げかけたところで、彼女の方から電話を切られた。

 ピンポン! 電話が切られてすぐに、玄関のチャイムの音が鳴る。音は廊下、階段を通じて、カークの部屋にも聞こえてきた。

「はーい!」

部屋の外から桜散の声が響いてくる。

「あ! さっちゃが出るみたいだな。まずい、俺も行かないと!」

彼女はアレクシアのことを知らない。

 桜散に彼女のことを説明しないと面倒なことになると考えたカークは、寝間着姿のまま階段を駆け下りた。


「こんにちは、どなたでしょうか?」

「……あなた、誰?」

カークが玄関先に行くと、桜散とアレクシアの2人が玄関先で向き合っていた。

「ここは、カークの家。あなたは、誰なの?」

先に口を開いたのは、アレクシア。

「初めまして。私は桜散。住吉、桜散といいます。あなたの名前は?」

桜散はアレクシアに名前を尋ねる。しかし、

「あ、カーク。来た、わよ」

アレクシアは桜散のことを無視し、カークに声を掛けた。その様子を見た桜散は、カークに詰め寄り、耳打ちする。

「おいカーク。……彼女は一体、何者なんだ?」

「ああ、彼女が、アレクシアだよ。ほら、前に言った」

「あの子がそうなのか……?」

桜散はアレクシアの珍妙奇天烈な言動に困惑しているようだ。

 2人がひそひそ話をしていると、アレクシアは桜散にこう言った。

「やっぱりあなた、知らない人、ね。……私の記憶に、無い。ここはカークと、カークのお母さんが住んでいる家のはず。あなたは、何なの?」

アレクシアは桜散のことをキッと睨み付けた。まるで不審な人物が家に居るかのような扱いだ。

「な!?」

桜散は彼女の様子を見て顔をしかめた。

「ねぇ、カーク。その女、誰?」

更にアレクシアはそんな桜散に追い打ちをかけるような言葉を、カークにかけた。

「あ、ああ。こいつは桜散。俺の家に居候してるんだ。それで」

「それ以上は良いぞ、カーク。……何だこいつは。失礼にもほどがある。おい、お前。私はあなたでも、その女でもない、桜散って名前がある! あと私が、ここに居て悪いのか?」

桜散はカークを制止すると、アレクシアに対して食って掛かった。

「お、おいさっちゃ」

「私はな。李緒さんの好意でここに住まわせてもらってるんだ」

「へぇ。……桜散、あなた、いつから?」

食って掛かる桜散に、アレクシアは不思議そうな顔をしながら尋ねる。


「5年前からだ!」

桜散はアレクシアに対して叫んだ。アレクシアは黙って桜散を睨み付けている。

 2人は相対し、一歩も譲らない雰囲気だ。

「おい2人共。ちょっとやめないか! 今、朝だぞ? ここで騒いだら近所迷惑だ。それに、こんなことしていたら大学に遅刻する!」

カークは2人の間に割って入る。

「カーク、この女。気を付けた方がいい、よ」

「余計なお世話だ。カーク、気をつけろ」

「えぇ……」

互いにいがみ合う2人を前に、カークはなすすべもなかった。


 結局、カークは2人を放置し大学へ向かった。1限目の授業にアレクシアが顔を出しているのを見たため、おそらく桜散も講義に間に合ったのだろう、とカークは推測した。

 午前中の講義中、カークはノートを取りながら、昨日のことを思い出していた。

 桜散との喧嘩、桜散の両親(理正と桜花)について。

 魔術を使う理正、世界中に居る魔術師と、彼らを狙って平行世界から襲来する仮面の怪物。

 そして、異空間で固まっている行方不明者達。これらの出来事にカークは1人思いを馳せるのだった。


――――――――――――昼休み。

 昼休み。カークが大学内を散歩していると、譲葉と出会った。

「やっほ。カーク君」

「あ、ゆーずぅ。元気にしてる?」

「うん。理正さんのおかげで、もうぴんぴん!」

「そうか、良かった」

カークは譲葉の体調を気遣う。

「それよりもカーク君、桜散ちゃん、どうしたの?」

「ん? さっちゃがどうしたのか?」

カークは桜散のことを聞く。

「桜散ちゃん、今朝から何かピリピリしてて、近寄りがたい雰囲気だったんだけど……。まさか、また理正さんのことで何かあったの?」

「いや、今回は理正さんは関係ない。そうだなぁ、実は」

カークは今朝アレクシアが家に来たこと、応対した桜散との間で一悶着あったことを話した。

「そうなんだ……。アレクシアちゃんって、桜散ちゃんと会ったの今日が初めて?」

「そうだよ。今まであいつとアレクシアには面識なんて無かった。それよりも」

カークはそこで一呼吸付いた。

「アレクシア、彼女は俺や母さんのことを、前から知っているかのような話し方だった。でも桜散のことは知らない。そんな感じだった」

カークは譲葉に、アレクシアの言動から感じた違和感を話す。

「いったいどういうことなんだろね? 私も気になるなぁ」

「今度聞いてみるかな、あいつに」

 カークは、今度アレクシアに会った際に、なぜ自分について昔から知っているのかのような言動をしているのかを聞くことにした。


――――――――――――夕方。

 放課後、帰る途中でカークは公園へと寄り道した。立ち寄った理由は、理正と話ができないかという期待感からだ。

 彼との出会いの場であり。昨日戦いの場となった場所。

 カークは公園のベンチに座っている理正を発見した。

「こんにちは、理正さん」

「おお、カーク君」

カークは理正に挨拶した。

「ちょうど、君にメールを送ろうと思っていたところでした」

「メール? また異空間のことについてか?」

理正は首を横に振る。

「いやいや、違いますよ。譲葉君と総一郎君の件だ」

彼が話そうとしていたのは、総一郎の両親を説得しに行く日についてだった。

「私は今週の土曜日、総一郎君のご両親に会いに行こうと思っているのですが、譲葉君に連絡を頼みたかったんだ」

「なるほど、そういうことだったか。分かりました、理正さん。今週の土曜日は俺も都合がつくので同行したいんだが、いいか?」

カークは理正に同行を申し出た。彼自身、譲葉の両親に彼女のことを頼まれている以上、結末は見届けたいと考えていた。

「いいですよ。元はと言えば、譲葉君達と私の両方に繋がりを持っていた君がいたからこそ実現できたことだからね。君には、同行する権利があるよ」

カークの申し出を、理正は快諾した。

「じゃあ、ゆーずぅにはしっかり連絡しておく。ありがとう、理正さん」

「いえいえ」

カークは理正に一礼し、家へと戻った。


――――――――――――夜。

 家に帰ったカークは、帰ってすぐに桜散に話しかけた。

「おう、さっちゃ。ただいま」

「おかえり、カーク。遅かったな。寄り道でもしていたのか?」

桜散はあっさりした様子でカークを迎える。

「まあ、ちょっとな。それよりもお前、大丈夫か?」

 今朝あれだけ逆上していたのに、今の桜散は妙に冷静だ。その様子を見て、カークは彼女のことを心配した。

「大丈夫だ。……大方、私がアレクシアの件で機嫌を悪くしていると思っていたんだろう?」

桜散はカークの心情を見抜いた。

「よく分かるな、お前。いつも思うんだが、探偵に向いているんじゃないか?」

カークは桜散を茶化す。

「お前、考えがすぐ顔に出るからな。単純なんだよ」


 桜散はそこで一息つくと、自分の思いをカークに語った。

「で、だ。単刀直入に言おう。私はアレクシア、彼女のことを、好きになれない」

桜散はアレクシアのことをよく思っていないようだ。それを聞いて表情が固まるカーク。

「ああ、勘違いするなよ? カーク。私は、彼女が敵だと言いたい訳じゃないんだ。彼女のお前や譲葉ちゃんに対する反応を見るに、むしろ私達の味方だと考えた方が自然だからな」

 桜散はアレクシアについて存外冷静に分析していた。彼女の見立てでは、アレクシアは敵ではなく味方で間違い無いらしい。

「ただ、私は彼女に対して、どうもモヤモヤとした気持ちを抱いてしまうんだ」

固い表情で桜散を見つめるカークに対し、彼女は安心させるようにそう言った。とはいえ、桜散の理性と感情は、それぞれ異なる結論を下していた。

「モヤモヤした気持ち? 朝、あんなこと言われたからか?」

カークはアレクシアが、桜散のことを不審者のように扱っていたことを思い出した。

 まるで、カークの家に居てはいけない人物であるかのごとき扱い。一度生まれた家を追い出された(と思っている)桜散に対しては、タブーと言える扱いだろう。


 だが、彼女のモヤモヤの原因は、これでは無いようだった。

「確かにそれもあるかもしれない。私的にも、彼女の挑発についカッとなってしまったからな。だけど……、何だろうな? 今抱いている感情は、私にも上手く説明できないんだ。すまない」

「そ、そうか……。分かった。お前がアレクシアに対して感じている、その、もやもやした気持ちの正体が分かったらさ、俺に教えてくれよ? 俺もあいつの正体は知りたいし、お前のその感情の正体が分かれば、解明に役立つかもしれないからな」

「あ、ああ。分かった。ちょっと、私の中で気持ちの整理をしてみる。また何かわかったら教えるよ、カーク」

カークは顎に手を当て、深く考え込み始めた桜散を見て、それ以上聞くのをやめた。


 その後カークは自分の部屋に戻り、

(さっちゃとアレクシア。あの2人……うーん。何で、ああなったんだろうな? というかあいつに今度、何でさっちゃにあんな態度を取ったのか問い質さないとな。正直、俺もあいつのさっちゃに対する態度・物言いにはかなり不満があったし。あいつは俺の話を聞いてくれそうな気がするから、一度ガツンと言っておかないとな)

 彼は今度アレクシアに会った時のことを考えながら、眠りに就いた。


――――――――――――深夜。

 ピピピ……ピピピ……! カークの携帯の着信音が鳴る。

「う、うーん」

彼にこんな真夜中に電話をかけてくる相手は居ない。普段鳴らない音で、カークは目を覚ましてしまった。

「むむぅ、電話……? 何だこんな夜遅くに」

カークは寝ぼけながら発信者の電話番号を見た。そこには、電話帳に登録された着信者の名前が書かれていた。

「な!? アレクシアだと? 出ないと!」

電話の相手はアレクシアであった。今日は2回目の電話だ。カークは電話に出た。

「もしもし。こちらはカーク・高下だけど、アレクシア?」

「こんばんは、カーク。夜遅く、悪いわね」

電話からはアレクシアの声が聞こえる。

「いきなりで、悪いんだけど。今すぐ、商店街に、来て?」

彼女はカークに家の近くの商店街へ来るよう言った。

「え? 今から? 今日何時だと思って……いや」

カークはそこまで言いかけたところで考えた。

(待てよ……。これは、あいつに俺のことを聞くチャンスなんじゃないか? こういうのは早い内に聞くに限る。行ってみるか)

「ん? どうしたの、カーク?」

「あ、いや。何でもない。分かった。今から行くよ」

カークはアレクシアの呼び出しに乗ることにした。

「分かった。それじゃ、待ってる」

アレクシアからの電話が切れたことを確認したカークは、服を着替える。

(さっちゃに気づかれないように、抜けないとな。慎重に慎重に)

 カークは隣の部屋で寝ている桜散に気づかれないよう静かに部屋を抜け、ゆっくりと階段を下りた。そして、これまたゆっくり玄関のドアを開け、夜の街へと繰り出した。


 深夜。時計の針は、既に0時過ぎ。カークの家の近くにある商店街は、シャッターが下り、静けさが漂っていた。

 そんな商店街のアーケードを、カークは奥へと歩いて行く。すると、アーケードの中間地点にある川へと辿り着く。その川に架かっている橋の中央に、アレクシアは佇んでいた。

「よう、アレクシア。来たぞ」

「本当に来たんだ? カーク。待っていた、わ」

アレクシアは一瞬驚いた顔をし、カークを見つめた。

「お前が呼んだんだろうが……。で、用件は何だ? 後、俺もお前にいくつか聞きたいことがあるんだけど、良いか?」

カークはアレクシアに、自分を呼び出した理由について尋ねた。

「そう、ね。あなた一人にだけ伝えたいこと、あったから、呼び出した」

彼女はそこまで言うと、カークにこう言った。

「カーク。あなた、このままだと、死ぬわよ?」


 カークには、アレクシアの言葉の意味が理解できなかった。

「は? それは一体、どういうことなんだ?」

「そのままの、意味、ね。カーク、あなたの命が、危ない、ということ。これから、命を落とすようなことが、起こる。今、呼んだのは、そのことを、忠告する為」

彼女はカークに説明した。

「なぜ、そんなことが言えるんだ? お前は俺達について、一体何を知っているんだ? お前は、一体何者なんだ?」

 アレクシアの目つきは、真剣だ。きっと何か確信があるのだろう。カークはそう考え、彼女に問いかけた。奇しくも、カークのふと口に出た疑問は、彼自身が聞きたいと思っていたことだった。

「それは、言えない。なぜなら、あなたがどういう風に、命を、落とすかは、私にも、分からないから。でも、あなたは、遠くない時期に、死ぬ。これは、間違い無い、わ」

アレクシアはそう断言した。


「あと、私が何者かという話だけど……。私は、ただの魔術師、よ。そう、ただの。ただのね。人より、少し長く生きているだけの、ね。だから、あなたについても、あの桜散とかいう子よりも、知っている。と、私は思っている。……質問はこれで終わり?」

アレクシアは自分の素性について、カークに語る。

 その物言いは、まるで自分に何度も言い聞かせているかのようだった。

「分かった、つまり、お前は大学1年生だけど、魔術師で、俺達よりも長く生きている。んで、俺のことに詳しいのは魔力によるもの、とでも解釈すればいいのか?」

カークは彼女が魔術の力か何かで、物事を見通すことのできる人間ではないかと考えた。

 例えば理正は、カークや譲葉が纏う魔力で、自分達が魔術の使い手であることを見抜いた。おそらくアレクシアも理正に準じる、あるいはそれ以上の魔術の使い手で、似たような手法で自分達のことを把握したに違いない。

 カークがこのような考えに行き着いたのは、理正の『常識が通用しない以上、柔軟な発想力が必要』という言葉に影響されたからに他ならない。

「そういうこと、に、なるかしら、ね」

アレクシアはきょとんとした顔をしつつも、ゆっくりと首を縦に振った。


「なあ、アレクシア。お前、住吉理正って人、知ってるか?」

 カークはふと、彼女が理正の知り合いなのではないかと考えた。彼曰く、魔術師の知り合いが何人かいるそうだから、彼女もその一人ではないかと考えたのだ。

 しかし、この質問に対するアレクシアの答えは、彼の予想に反したものだった。

「ん? 知らない、わ。そんな、名前の人」


「What’s!? 理正さんの仲間、じゃない? すまんが、お前が魔術師になったのって、いつ? 最近? それとももっと昔から?」

 彼女は理正の仲間ではないばかりか、面識が無いというのだ。そうなると、アレクシアについて考えられるパターンは2つ。

 カーク達同様、最近になって魔術に目覚めたか、あるいは昔から魔術が使えたものの、理正が把握していない魔術師か。カークはアレクシアに、魔術師になった時期を聞いた。

「うーん。魔術に、目覚めた時期、ね。えーと、ね……」

アレクシアは難しそうな顔をした。彼女にとって、この質問は答えにくいようだ。

 正確には、答えて良いかどうか、迷っている? そんな風に感じられる。少し考えるようなしぐさが続いた後、アレクシアはこう答えた。

「最近、と。言えば、いいのかな? 多分、最近だと、思う」

「そうか」

彼女の答えはぎこちない。これは何か隠しているな、とカークは感じた。

(これは嘘っぽいなぁ。追求するか? いや、ここで深く踏み込み過ぎて彼女を不機嫌にさせるのはなぁ。どうする……?)

 彼はアレクシアにより深く突っ込んだ質問をするかどうか、迷った。


「うーん……」

顎を手に乗せて考え込む仕草をするカーク。

「良い? 質問は以上、かしら? 私は、そろそろ帰ろう、と、思うんだけど? 明日、大学もあるし、ね。何か私に、聞きたいこと、あるなら、続きは、また今度に、しましょ?」

彼が考え込む仕草を見て、アレクシアはこう提案した。

「あ……」

 深く考え込んでいたカークは我に返り、腕時計を見た。時刻は1時になろうとしている。今夜はもう遅い。これ以上遅くまで起きて明日寝坊でもしたら、桜散に怒られる。

「確かに、そうだな。俺もお前も明日、あるんだよな、大学が。はぁ……」

カークは平日であることを思い出し、ため息をついた。


「また、大学で、会える。今度もっと、詳しい、話、しましょう?」

アレクシアはカークの肩に手を置き、言った。

「分かった。……今日は、これくらいにしておいてやる。だけど、俺はお前の話を完全に信用しちゃいないからな」

 カークはアレクシアに対し、負け惜しみと言わんばかりにキッと睨み付けた。その表情はあまりに滑稽だった。

「ふふ、ふ。おかしな、顔ね、カーク。そうそう、私の話を、信じる、信じないは自由だけど……」

彼女はそう言うと、目を閉じながら言った。

「信じてくれるなら、私達、いえ私は、救われる。うれしい、かな?」

「……そうか」

 私達、という言葉にカークは引っかかったが、これ以上追及しても、彼女は教えてくれそうになかったため、聞かなかった。


「じゃあ、また明日な」

「ええ、さよなら、カーク。また明日、大学で」

2人は別れの挨拶を交わす。

「あ、そうだ。アレクシア」

「ん? 何?」

カークは思い出したかのように言う。

「さっちゃとは、仲良くやってくれよ? 朝のは、あいつに失礼だ」

「……」

彼の話を黙って聞くアレクシア。

「お前にとってはどうでもいいのかもしれんが、俺にとってはさっちゃ、掛け替えの無い大切な奴だ。今後もお前があいつにあんな態度を取るなら、俺はお前を許さないからな? これだけは言っておく」

カークは彼女に、釘を刺した。

「掛け替えの無い、ね。……分かった。今度から、ああいう風には、言わない。桜散とも、仲良くなれるよう、善処、する」

アレクシアはカークの言葉に、ぎこちないながらも答えた。

「いいな、約束だからな」

「約束……。うん」

カークの念を押す言葉に、彼女は少し間を置いた後、こくんと頷いた。

「それじゃ、今度こそ、またな」

「うん、さよなら」

2人は別れた。


 カークは帰り道、ぼんやりと考えていた。

 自分の抱えていた疑問を彼女にぶつけることこそ成功したものの、肝心な所は煙に巻かれたような気分だった。謎は解けず、むしろ深まるばかり。

 だが、自分が近いうちに死ぬという話の根拠にこそ、彼女の正体を解き明かす秘密が隠されているのではないか、とも考えていた。

(もっとあいつと仲良くなれれば、もっといろいろ教えてくれるのかな? だとするならなおさら、さっちゃとは仲良くなって欲しいなぁ。……俺が頑張らないといけないな、よし!)

 もっとアレクシアと仲良くなって、彼女にいろいろ教えてもらえるよう努めなければ。そして、そのためにも、一刻も早く桜散と彼女の仲を修復しなければならない。

 自分が頑張らなければ……。カークはそう決心した。



13日目

――――――――――――朝。

 トントントン……。窓から、音が聞こえる。

 トントントン……。また、音だ。止まない音で、カークは目を覚ました。

「うーん……。何だ? 窓の方から?」

カークはベッドから起き上がり、カーテンを開けた。すると、そこには。

「ウェア!?」


 カークの部屋の窓に、灰色の服を着たアレクシアが張り付いていた。彼女の金色の髪が、窓辺に張り付く。

 カークは思わず驚き、窓から飛び退く。それを見たアレクシアは、窓越しに人差し指を上むきに立て、口に当てる。静かにしろ、ということか。

「な、な、な……」

すると彼女は窓の鍵を指差し、軽くトントンと叩いた。

「あ。今開ける」

カークは静かに呟き、ガラス窓を開けた。窓辺越しに対峙する2人。

「おはよう、カーク」

「お、おはよう、と言いたいところだが。今何時だと思ってるんだよ……」

 カークは壁時計を見る。時計は5時を指していた。昨日帰って寝たのが1時半だったので、今日は3時間半しか寝ていない計算だ。

 普段は5時半に目覚まし時計が鳴り、6時までには桜散が起こしに来るのだが。

「ふわぁ……」

彼は欠伸をする。正直、もっと寝ていたかった。

「そもそも朝っぱらから何だ? というか、玄関から入ろうな、と言いたいところだが。鍵、掛かってるかぁ……。ふわぁぁ」

 カークは窓から上がってきたアレクシアを見て、また欠伸をした。寝ぼけ眼で窓辺の方を見ると、下屋の縁に梯子がかかっているのが見える。おそらく彼女は、あれを使って上がったのだろう。

「ごめんなさい、カーク。それで、頼みが、ある。今から、一緒に、来て」

アレクシアはカークに謝り、一緒に来るよう頼んだ。

「え? でも」

「今すぐ、ね。お願い? 後、用、終わったら、そのまま大学、行くから、荷物も、持って」

彼女の真摯な目つきを見て、カークは考える。

(ついて行くべきか……? でも、彼女のことを知りたいし、ついて行くべきだよなぁ)

カークはアレクシアの誘いに乗ることにした。

「分かった。だけどちょっと待ってくれ、服着替えるから」

「分かった。後、ここから、出るように」

アレクシアはカークに、窓から外へ出るよう促す。

「え? ……分かったよ」

カークは服を着替え、今日の講義で使う荷物をリュックにしまった。


 そして、リュックを背負ったカークは窓枠を乗り越え、アレクシアに続いて梯子を下りた。

 その後、彼は靴が無いことに気付く。しかし、アレクシアが代わりの靴を用意していたため、それを履いた。靴のサイズはピッタリであった。

「お。ぴったりだな。よく分かったな? 足のサイズ」

「ふ、ふふ。私にかかれば、こんなの、お見通し」

 アレクシアの口元が緩む。機嫌の良い彼女の様子を見たカークは、詮索しないことにした。


「ところで、何処へ行くんだ?」

 アレクシアに手を引かれ、早朝の井尾釜の街並みを歩くカーク。朝ということもあり、大通りの車は少なく、人の気配もない。静寂と春風が心地良い。

 しばらく歩いた2人は、いつもの公園へと辿り着く。そして、2人は公園のベンチに座った。

「これ。朝ご飯、食べてないでしょう?」

 そう言うとアレクシアは、何処からか鞄を取りだし、中からおにぎり3個とペットボトルのお茶を取り出し、カークへ手渡した。おにぎりは手製のようだ。

「お? これ、俺に?」

カークがアレクシアに問うと、彼女はこくんと頷いた。

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

カークはおにぎりを1個齧る。

(特に、何の変哲もない、おにぎり。不味くは、無いな。……む?)

食べている部分が具に到達したところで、彼は気付いた。

(これは、おかか味! 鰹節と醤油のコンボ!)

2つ目を食べ始めた彼は、またしても驚く。

(次は、梅! 梅干し! 酸味と塩味がいい塩梅!)

そして、3つ目は。

(シャケ! これはまごうこと無き焼いた鮭! 塩味と香ばしさが堪らない!)

3つのおにぎりの具は、すべてカークの好物でまとめられていた。

(全部、俺の好物! しかも一つの漏れ無しにとは。……ここまで把握しているとは、何て恐ろしい奴だ)

お茶を飲みながら、カークはアレクシアが、自分の好物を把握していることに驚いた。

「どう? 味は?」

味を聞くアレクシア。

「あ、ああ。美味しかったよ。あと、具が全部俺の好物で、良かったよ」

実際おにぎりは美味しかった。米も適度の固さで食べやすく、具もしっかり味がついている。彼の感想は素直なものだ。

「そ、そう? 良かった。作った甲斐、あった」

アレクシアはそう言うと、笑顔を浮かべた。彼女の頬がほんのり赤くなった。


「今日俺を呼び出したのは、このためだったのか?」

カークはアレクシアに、用件を尋ねる。

「あ。えーと、うん。そう! あなたの考えで、合ってる、わ。あなたに、食べてもらおうと、思った」

アレクシアは、彼に呼び出した理由を話した。

「そうか。それにしても、俺なんかのためにこんな、その、悪いな」

カークは苦笑いを浮かべながら、そう言った。

「悪くない。あなたは私にとって、大切な、人。だから……」

「え?」

カークはアレクシアの発言を聞き、耳を疑う。


「なあアレクシア、今の発言の意味は? 大切な、人?」

 大切な、人とは一体。自分のことか? カークは驚く。

「あ! ううん、何でも、ない! 何でもない、わ」

カークの問いに、アレクシアは両手を振って否定する。

 だがその仕草は、恋人との関係を他人に茶化され否定する人間のそれであった。

(あいつ、何で俺なんかのために? 意図は何だ? ついこの間会ったばかりの人間にする態度じゃないぞ? 俺を何かに嵌めようとしているのか?)

カークはアレクシアの様子を見て、内心警戒していた。

「なあ、お前は何で、俺にここまでする? 俺に忠告してくれたり、こうして好物のおにぎり作ってくれたり。お前と俺は、先々週会ったばかりなのに……。どうしてこんな、その理由は何なんだ?」

カークは彼女に疑問をぶつけた。

「それは……」

彼の問いに対し、アレクシアは気難しい表情をし、黙ってしまった。

(まだ、話してはくれないか。ギャルゲーで例えるならば、好感度不足でイベントが発生しない状態。むむぅ、これは難儀だなぁ。さっちゃ級に面倒な相手かもしれんぞ、こりゃ)

 一向に理由を話してくれないアレクシアの様子を見てカークは、これは長期戦になるなと確信した。


 その後、カークとアレクシアは公園からそのまま地下鉄駅へと歩き、大学へと向かった。大学についたときの時刻は8時。講義開始にはまだ早い時間だった。

 カークとアレクシアは正門から大学に入り、大学内を東西に貫くメインストリートを歩いていく。そして、正門からメインストリートを歩いて350mほどのところにある、『工学部 講義棟A』と書かれた白い建物に辿り着いた。

 カークとアレクシアは理工学部であるが、建物に書かれている文字は工学部。これは、カークが入学した年に学部の再編が行われたためだ。

 工学部から、理工学部へ。カークと、彼と同じ年の桜散はいわば、記念すべき理工学部の1期生という訳だ。そして、アレクシアは2期生。

もっとも、カークはその後謹慎処分を喰らい、1年留年してしまったのだが。


 建物に入った2人は、1限目が行われる教室へと入った。

 この教室にある学生が座る机は、3人が横並びに座れる構造で、椅子と背もたれが後ろの机と一体化したタイプだ。

 カークとアレクシアは、黒板から見て一番右前の机に1つおきに座った。座った位置は、アレクシアが左側(窓側)、カークが右側(通路側)だ。

「はぁ……」

椅子に座ったところで、カークはため息をついた。それと同時に、強烈な眠気が彼を襲う。

「講義始まるまで、寝てようかなぁ」

腕時計の針は、8時15分。1限目の開始が8時50分なので、寝る余裕はある。

「講義、始まったら。起こそうか? カーク」

アレクシアはカークにそう言った。

「あ、すまんな。でも悪いなぁ。お前も今日、寝てないだろう?」

 カークはアレクシアを気遣う。そもそも、彼女だって今日は大して寝ていないはずだ。まして、自分のためにおにぎりまで作って来たのだ。大してどころか、全く寝ていないのかもしれない。彼はそう考えたのだが……。

「いや? 大丈夫。私は、眠くならない、から」

そう言うアレクシアの表情からは、全く眠気が感じられない。思えばここまで、彼女は欠伸一つ出していなかった。

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて……がくっ」

彼女の言葉を聞いたカークは、もう限界であった。彼は、そのまま机に突っ伏した。


 8時40分、講義開始の10分前。教室には、人が集まり始めていた。今日の講義はいわゆる教養科目で、理工学部の全学年・全学科の学生を対象としたものだ。百数十人が入る教室には、すでに多くの学生がひしめき合うように座っている。

 さらに5分が経過し、教授が教壇に立ち、講義の準備を始めた。

「カーク、そろそろ、講義、始まる。起きて?」

その様子を見たアレクシアはカークを起こした。

「ん、そうか。もう始まるのか……」

カークは筆箱から目薬を取り出して目に差し、両手で顔をぺしぺし叩く。


 ガチャ! ドアが開く音。そして、中に入ってきたのは。

「む、さっちゃ」

 ドアを開けて入ってきたのは桜散であった。桜散は教室をきょろきょろ見回し、前奥にいるカークに気付いた。

 そして、彼女はカークの元へと近づいた。

「あ、さっちゃ。おはよ」

彼が声を掛ける。すると、桜散はカークの元へと詰め寄った。

「おいカーク! お前、何処ほっつき歩いていたんだ? 何処行ったのか心配したんだぞ!?」

「んな別にいいじゃんよ? 俺だって、たまには朝早く外に出たい時もある」

 桜散は不機嫌な様子に、カークは不満をこぼす。彼の発言を聞いた桜散は、その足元を見た。

 知らない靴を、履いている。

「その割には、窓からこっそり、というのはどういうことだ? なぜこっそり抜け出した?」

桜散はさらに不機嫌な表情をする。すると。


「彼は、私が、連れ出したの、桜散。何か、不満? 彼に?」

カークに詰め寄る桜散の肩に、アレクシアが手を置き、そう言った。

「そうか、お前がか。そうか……っ!」

そう言うと、桜散はアレクシアを睨み付けた。

「そう、私。あと、私は、アレクシア。お前じゃない。昨日の言葉、あなたに、返すわよ、桜散」

それに対し、アレクシアの方は氷のように冷たい表情。

 またしても争いが始まりそうな様子に、カークは間に割り込んだ。

「おいおい待てよさっちゃ、あとアレクシア。お前ら昨日といい、少し落ち着けよ」

2人を止めるカーク。しかし、その後の発言が良くなかった。

「あとさっちゃ。俺に用があるだったらさ、電話でもメールでもよこしてくれればよかったのに。連絡くらい、それで取れるだろ?」

 カークは何でもかんでも口出ししようとする桜散の態度にうんざりし、こう言ってしまった。


 すると、カークの態度を見て、桜散が声を荒げる。

「は? カーク、お前、その態度は何だ? そもそもお前がこっそり抜け出したのが悪い!」

「はぁ!? お前の方こそ何言ってんだ? こっそり抜け出すことの、何がいけないんだよ?」

カークは桜散に抗議する。

 こっそり家を出ることの何がいけないのか。彼にはどうしても納得がいかなかった。

「それは……。と、とにかく、ダメなものは駄目だ!」

桜散は顔を赤くしながら、カークに反論する。普段、理知的な態度を取っている彼女らしからぬ態度だ。

「何だよ! 訳分かんないよ! さっちゃ!」

桜散とカークは言い争いを始める。しかし、この喧嘩はすぐに中断された。

「おい、お前ら! 講義始まってるぞ! 喧嘩するならさっさと、教室から出てけ!」

教授の怒鳴り声で、2人は沈黙。教室全体も、同様に沈黙する。

 そして桜散は、一番前の机にある空いている席に座り……講義が始まった。


――――――――――――昼休み。

 昼休み。カークは1人昼食を終え、午後の講義が行われる教室へ向かうべく、大学内のメインストリートを西の方へ歩いていた。

 結局あの後、カークと桜散は、1限目の講義が終わるまで一言も口を利かなかった。さらにアレクシアは、2限目の終わりと同時にいつの間にか姿を消しており、昼食はカーク一人で食べることになった。

(はぁ。何なんだよさっちゃ。……黙って抜けた俺にも、落ち度があったんかなぁ)

カークは1人自省していた。

 すると、メインストリートの中央。図書館がある辺りに差し掛かったとき、見覚えのある人影を発見した。

「あ、さっちゃだ」

桜散だ。彼女はカークの前方50mほどのところを、一人で歩いていた。

「おーい!」

声を掛けるカーク。しかし、桜散は彼の声を聞くや否や、無言で早歩きを始める。

「おい、待てよさっちゃ!」

 カークは桜散の元へと走って近寄り、彼女の右肩に触れた。すると。

クルッ! 桜散はカークの方を向いた。そして。

「……」

彼女は一言も言葉を発することなく、ただカークのことを睨み付けていた。

「っ!」

桜散の怖い目つきに、思わずカークは手を離してしまう。

 すると、彼女はカークの方に背を向け、走り出した。

「あ、おい! 待て、さっちゃ!」

カークは追いかけようとするも、ワンテンポ遅れ、引き離されてしまった。

 メインストリートを奥へと走り去っていく桜散の後姿を、カークはただ黙って見ていることしかできなかった。


――――――――――――放課後。

 結局午後も、カークは桜散と話をすることができなかった。とはいえ2人は学年が異なるため、顔を合わせないこと自体は珍しくないのであるが。

(Ah―。どうしよう……。こりゃまずいでしょ……)

 桜散とアレクシアの仲を取り持つどころか、自分と桜散の仲が悪化してしまい、がっかりするカーク。

 彼が疲れ切った表情で正門へと歩き出そうとしたそのとき、彼の携帯が振動した。

(Wh!? もしかして、さっちゃ?)

カークは希望を胸に携帯を取り、メールを確認した。しかし、差出人の名前は、彼の期待していた相手では無かった。

『題:今から来て 本文:カーク、話があるの。図書館のそばで、待っているね』

メールの差出人はアレクシアであった。

 彼女からのメールに、カークは落胆した。しかし、今日の予定はもう無い。断る理由も無かった彼は、アレクシアに指定された場所に行くことにした。


「あ、カーク。こんにちは」

 大学の図書館のそば、階段を上った先にある木々が生い茂る場所に、彼女は佇んでいた。カークの姿を見て、声を掛けてくる。

「……はぁ」

彼女の姿を見たカークは、思わずため息をつく。

「……何? どうしたの、カーク?」

彼の様子を見て、アレクシアは尋ねた。

「あ! いや、何でもない、大丈夫だよ? 大丈夫……」

 お前のせいでややこしいことになったんだと、カークは思わずアレクシアに愚痴りかける。しかし、そもそも彼女の提案に乗って家を抜け出したのは、カーク自身の選択に他ならない。

 選択の結果生じた不利益について、彼女を責めるのはお門違い。彼はそう思い直し、何とかその場を取り繕った。

「で、何なんだ? 俺を呼び出して。何か例の忠告の話か?」

「ううん、違う。もう、忠告は、したわ。今日の話、それは、仮面の怪物の、話」

アレクシアはカークに、呼び出した理由を話し始める。

「最近、また新しく、怪物が、現れた。あなた達、怪物を倒している、でしょう? だからこれは、私からの情報、提供」

「何!? それは本当なのか?」

「ええ」

アレクシアは言った。

「それじゃ、話は、終わり。またね、カーク」

そう言うとアレクシアは、カークに背を向け歩き始めた。

「あ、おい待てよ……っ!? うわっ!」

 追いかけようとしたカークを、突然の強風が襲う。思わず顔を手で覆うカーク。彼が前を向きなおしたときには既にアレクシアは居なかった。

「話し終わったら一方的に居なくなるとか、もーう」

カークは困惑した。

(とはいえ。新たな怪物の情報か……。残りの行方不明者のこともあるし、さっちゃに相談して……あっ)

カークは桜散とのやり取りについて考えた。

(早く何とかしないとなぁ……)

カークは肩を落としながら、とぼとぼと家路につこうとする。しかし、その時だった。

 ブルブルブル……。またしてもカークの携帯が振動した。差出人を見る。

『件名:最近どう? 本文:桜散ちゃんのこととか、あの後どうなった?』

譲葉からのメールだった。

(ゆーずぅ、か。ああ、こうなればお前だけが癒しだ……って、あっいけね! 理正さんに頼まれてたこと伝えないと! すっかり忘れてた、あぶねあぶね)

カークはそこで理正に、譲葉への連絡を頼まれていたことを思い出した。

(とりあえず連絡しないと)

『件名:Re:最近どう? 本文:まあ、ぼちぼちやってるよ。それより、今週の土曜日に理正さんが総一郎の家に行くらしいんだけど、ゆーずぅも来れる? というか来てくれないと困ったことになると思う。理正さんに出欠の連絡するんで、返事お願い! あと総一郎にも、このこと伝えといて』


カークはメールを送信した。

(ふぅ、これで大丈夫。さて、帰るか……)

彼は改めて家路についた。


――――――――――――夜。

「ただいまー!」

家のドアを開け、挨拶するカーク。しかし、今日は誰も迎えてはくれなかった。

(母さんは、車無かったし多分残業だなこりゃ。さっちゃは……)

カークは桜散のことを考えながら、リビングへと足を運んだ。


 カークがリビングに向かうと、キッチンで味噌汁を作っている桜散の姿が見えた。

「あ、さっちゃ」

「……」

 カークの声掛けに対し、桜散は無言のまま。彼女は包丁で、大根を千切りにしていた。まるでカークのことを無視しているかのようだ。

(うーん、どうすりゃいいんだこれ、気まずいぞ)

 彼女の様子に、カークは気まずい気分になった。そうこうして居る内に、桜散は鍋に水を張り、大根を入れて火をかけ始めた。

 その後、彼女は油揚げを刻んで鍋に投入し、大根が煮えてきたところで粉末だしと味噌を投入。味噌汁が完成する。


 トン! 桜散はダイニングテーブルに座るカークの前に、茶碗に入った味噌汁とご飯を無言で置いた。

「お、おい、さっちゃ」

 カークが声を掛けるも、桜散はそれを無視。彼女はカークの向かいの席に自分の分の味噌汁とご飯を用意すると、冷蔵庫から大皿に入ったひじきの煮物を取り出し、テーブルの中央に置いた。

 そして、桜散はカークの向かいの席へと座る。いつもの二人なら、ここで晩御飯についての話題を始めるところなのだが。

「いただきます」

桜散は一言だけ言うと、ひじきの煮物を小皿に移し、それをおかずにご飯を食べ始めた。

「い、いただきます……」

カークも彼女に合わせて挨拶するも、ぎこちない。

 その後2人は、無言で夕食を食べる。途中、桜散とカークの目が合うことが何度かあったものの、互いの口から言葉は出なかった。

「ごちそうさま」

「ごちそうさま」

桜散の挨拶に、カークも応える。

 そして彼の挨拶を聞いた桜散は、無言のまま食器を流しに置き、階段を上がって行った。


 階段を上って行く桜散の様子を見た後、カークは椅子に深々ともたれこんだ。

(うわぁ……)

彼の表情には疲労の色が強く現れていた。

「ただいま! あら? どうしたの、カーク?」

李緒が帰ってくる。

「あー、母さん。おかえり……夕飯は冷蔵庫のひじき、食べたから」

「はいはい。ところで、桜散ちゃんは?」

李緒はカークに、桜散のことを聞く。

「さっちゃなら、上にいるよ」

カークはそこまで言ったところで、李緒に相談する。

「ねえ母さん。あの、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」

「ん? どうしたのカーク」

李緒は聞き返す。

「それがさ……」

カークは李緒に、桜散のことについて相談した。

 一昨日、アレクシアと会った桜散の様子がおかしくなったこと。今朝、自分が家をこっそり抜けると彼女が怒り出し、喧嘩になってしまったこと。そして、彼女が今も自分に口をきいてくれないこと。


「へぇ……」

李緒はカークの話を聞くと、何やら考え込み始めた。

「母さん、俺どうすればいいのかな? さっちゃに謝ろうとしても、無視されちゃってさ……」

カークは藁にもすがる思いで、李緒に悩みを打ち明ける。

「うーん……もしかして桜散ちゃん、そのアレクシアちゃんって子に、焼きもち焼いているんじゃない?」

李緒は自分の見解を述べた。

「焼きもち? あいつが焼きもち? 何でまた」

「例えばの話。自分が長い間面倒見てきて、その子のことなら何でも知ってるって言えるほどの女の子のそばに、ある日突然知らない男が現れて、その子が男と仲良くやってるのを見たら、どう思う?」

李緒はカークの疑問を遮りながら、彼に例え話をした。

「うーん、そうだなぁ。……ゲームとかでよくありそうな展開だよね? そういうシチュエーションだったら、女の子を横取りした男に嫉妬するってのがよくありそうな……。あっ、そうか! そういうことなのか? 母さん」

 例え話を聞き、カークは理解したようだ。李緒に自分の考えがあってるかを確認した。

「そ。今の桜散ちゃんの気持ちは、多分そんなところなんじゃない?」

李緒はそう断言した。

「そうか、言われてみれば確かに。でも、ならどうすりゃいいんだ? 俺としては、さっちゃのことは大切だと考えているけど、アレクシアとも仲良くなりたいと思ってる」

「それは友情として?」

李緒は問う。

「そりゃ当たり前だろう」

カークは即答した。

「ならそのことを桜散ちゃんに話しなさいな。あの子だって馬鹿じゃないし、ちゃんと口で伝えれば分かってくれるわよ」

「そうかなぁ」

カークは疑問を呈する。

「そうよ! というか、なるべく早く話しなさい。時間が経てば経つほど、どんどんややこしくなるし、話しにくくなるわよ。後悔しない内にさっさとすることね」

 李緒はそう言うと、リビングから廊下へ出て行った。


 その晩、カークはベッドにもぐりながら、李緒の言葉を思い出していた。

『なるべく早く話しなさい』

『時間が経てば経つほど、どんどんややこしくなるし、話しにくくなるわよ』

(分かってる、分かってるよ……)

明日、桜散に全て話そう。たとえ無視されても、絶対に。

 カークはそう考え、眠りに就いた。



14日目

――――――――――――朝。

 朝。カークは、目覚まし時計で起きた。桜散は、まだ寝ているようだ。

(早く起きれたなぁ……ふわぁ。昨日は、これより早くアレクシアに起こされたんだよな)

 昨日のことを思い出すカーク。その時、彼の携帯が震える。

『件名:おにぎり、どう? 本文:またおにぎり作ってみた。食べる? 食べるなら、玄関先で待ってる』

カークはメールを見た後、どうしようか迷った。

(断るべきか? でも、アレクシアは何も悪くないんだよなぁ……。あいつはただ純粋に好意でやってるっぽいし。……もう作ってきてるみたいだから、断るのは何かかわいそうだなぁ)

カークは服を着替え、荷物をリュックにまとめると、部屋を出た。

 家の中は、静まり返っている。その中でカークは、音をたてないように階段を下り、忍び足で廊下を歩き、玄関のドアへと辿り着く。そして。


 カチャ……。玄関のドアをゆっくり開け、外へと出た。

 彼としては、おにぎりを受け取り、そのままアレクシアを帰すつもりだった。そしてそのまま部屋へと戻っておにぎりを食べてしまえば、彼女の好意をふいにせずに済み、かつ桜散と話す時間を作れる。そう考えたのだ。

 しかし、この彼の計画は、予想外の展開で破綻する。


「おはよう、アレクシア」

「おはよう、カーク」

玄関のそばで会話を交わす2人。

「メール、見たでしょ? はい、これ」

そう言うと、アレクシアは鞄からアルミホイルとビニールラップでできた包みと、ペットボトルのお茶を取り出し、カークに渡した。

「これ、食べて、ね? ……今日は、渡すだけに、しておく」

アレクシアはカークの後ろの方をチラッと見た後、そう言った。

「お前……。ありがとう。うぅ……大事に食べるわ」

 カークはアレクシアが、自分の置かれている状況を察してくれたのだと思い、感極まっていた。そしておにぎりとお茶を、あらかじめ背負っていたリュックサックへ仕舞った。

「それじゃ、またね」

「ああ、また……っ! なっ!?」

 アレクシアと挨拶を交わし、後ろを振り向いたカークの目に、予想だにしていなかったものが飛び込んできた。

 家の角、暗がりになっている場所から見える2つの目。その眼は恨めしそうに、カークとアレクシアのことを覗き見ている。

 その目とカークの目が、合う。カークを見つめる目が、ギョロッと動いた。

「うわーっ!?」

 暗がりからこちらを覗き見る目に恐怖したカークは、思わず走り出した。すると、暗がりから1人の少女が飛び出し、彼を追いかけ始めた。

 その様子を見たアレクシアも、2人を追いかけた。


「はっ、はっ、はっ!」

 カークは必死に走った。恐怖から逃れるために、走った。追跡者を撒くために、住宅街の複雑な路地を縦横無尽に駆け巡った。

 そうして逃げ回った彼が最後に辿り着いたのは、地下鉄駅近くにあるいつもの公園だった。幸い、彼がここに辿り着いた頃には、後ろに追手は居なかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

息を切らすカーク。彼はペットボトルのお茶をリュックから取り出し、飲んだ。

「はぁ……何とか撒いたみたいだな。何だ、ありゃ?」

彼は得体の知れないものを見てしまい、動揺していた。

「Ah―! 怖かった。怖かったよぉ、トラウマもんだ!」

彼はそう叫ぶと、背負っているリュックサックを置き、ベンチにもたれかかる。

「あんなん想定外だぜ……」

カークはそこまで呟いたところで、ふと空腹感を覚えた。

(腹、減って来たな。おにぎり食べるか……)

 彼はリュックサックから、先ほどアレクシアから貰ったおにぎりを取り出した。ラップとアルミホイルを開けると、丸くて黒い塊が3つ。

 おそらく昨日同様、おかかと梅干と鮭だろう。1つずつむしゃむしゃ頬張る。……優しい、味だった。

「あー、しかしうまいなぁ」

 彼はおにぎりの味に舌鼓を打つ。先ほどまでずっと走っていたこともあり、一段と美味しく感じられる。彼は最後のおにぎりを食べ終えた。

「うーん、ごちそうさまでした!」

パシン! 彼は両手を合わせて叩いた。

「美味しかったか?」

「あ、あー。美味しかったよ?」

彼は突如掛けられた問いにつられて答え、後ろを振り向いてしまった。


「そうかそうか。そりゃ、良かった、な?」

「ひっ!」

 カークの背後5mのところに立っていたのは、金髪のロングヘアの少女ではなく、黒髪の、セミロングの少女だった。

「さ、さっちゃ」

「酷いなぁカーク。私を見て、逃げ出すとは。……それで? こんなところで、女の子お手製のおにぎりを悠々自適に食べてるとはな。お前も、随分とリアルが充実してきていて、良い御身分だな?」

 そう言う桜散の声は、普段彼を茶化す声ではなく、冷酷にカークの心を突き刺すものであった。

「な、なあさっちゃ……」

「問答無用!」

 ヒュン! 桜散は左手をかざし、カークに目掛け水弾を発射! 

「Wow!?」

 バッ! カークは咄嗟にリュックを掴んでベンチから飛び退き、回避! 直後、ベンチが水浸しになる。

 誰かに見られる可能性を考慮していないあたり、彼女も相当頭に血が上っているようだ。


「何すんだ! さっちゃ!」

「……」

 突然魔術で自分を攻撃してきた桜散を非難するカーク。しかし、桜散は無言で左手を彼に向ける。その目つきは、彼のことを非難していた。

 ヒュン! 再び水弾がカーク目がけて発射される。

「ちっ!」

カークは右手をかざし、魔術を行使! 火炎放射で水弾を迎撃した!

 シュゥ! 水弾と火炎が相殺し、水蒸気が辺りに立ち込めた。

「やるのか? やる気なのか? さっちゃ!」

カークは桜散に問う。

「……」

彼女は答えない。

「……あぁ! 分かったよ。分かった!」

カークは桜散に叫んだ。

「答えは分かった。なら、こちらからも行かせてもらうぞ!」

カークはそう言うと、桜散の元へと走り出した。


 自分の元へと突っ込んでくる様子を見た桜散は、カーク目がけ水流を発射した! 

「ごわ!」

水流を顔面で受けるカーク。しかし!

「うぉぉぉぉぉ!」

彼はそのまま前進! 桜散の元へと突き進む!

「ぐっ!」

 桜散の手に力がこもり、水流の勢いが増す。カークの動きが止まり、彼の足元がじりじりと後ろへ押され始めた!

「うぼぼぼぼぼ!」

カークは顔に水を受け、溺れそうになるも、次の瞬間! 右手を桜散の方へと向ける。

「―――――――!」

カークは口を閉じたまま言葉にならない叫びをあげ、右手から炎を噴出させた。炎は水流の右横を掠りながら、桜散の方へと向かっていく。 

 その様子を見た桜散は、炎を防ごうと水流を左へ揺らした! その時、水流に覆われたカークの視界が開ける。

 彼はこの瞬間を、待っていた。


「うぉぉぉぉぉぉ!」

 カークは右手の炎を止め、左手を顔の前へと持っていく。そして、右腕を地面に向けて火炎噴射! 彼の身体はその反動で放物線を描き、桜散の元へと落ちていく!

「ちっ!」

桜散は再び水流をカークに浴びせ、突っ込んでくるカークを弾こうとする。しかし。

「Ahhhhhhhhh――――――――!」

 カークは顔の前に当てた左手から炎を噴出させ、水流にぶつける! 水が蒸発し、水蒸気発生! 蒸気を纏ったまま、彼は斜め下へ落下! そして。

 ドン! カークと桜散の距離が、零になる。後方へと倒れる2人。その瞬間、カークは桜散の身体を抱きしめ、彼女が地面に叩きつけられるのを防いだ。


 カークが気づいた時、彼の腕の中には桜散が居た。彼女の顔は、カークの身体にうずまり、見えない。彼女は、もう抵抗しては来なかった。

「なあ、さっちゃ」

腕の中の桜散に語りかけるカーク。

「……」

彼女は口を開かない。カークは続けた。

「……ありがとな」


桜散の頭が少しだけ、びくっと動いた。

「いつも、毎朝起こしてくれて。たまに、晩御飯作ってくれて。勉強、教えてくれて。本当に、ありがとう、さっちゃ。そしてごめん! お前の気持ちに気付いてやれなくて。……寂しかったんだよな? お前は。……違うか?」

彼は腕の中の頭に顔を向け、そう問いかけた。すると。

「……ああ、そうだな。そうかも、しれんな」

くぐもった声が聞こえた。

「さっちゃ」

彼の声と共に、彼女は顔を上げる。2人の顔は10cmの距離まで近づく。

「私の知っているお前が、どこかに居なくなってしまう。そんな気がした。譲葉ちゃん、総一郎、そしてアレクシア。お前が私の知らぬ間に、色んな人間と仲良くなっている様子を見て私は、羨ましかったのかもしれない」

 桜散はカークの顔に左手を添える。その手には、優しみが込められていた。

「そして私は多分、アレクシアに嫉妬、していたのかもしれないな」

彼女は自分の感情を整理するかのごとく、カークに思いを打ち明けた。

「俺が、お前がいつも面倒見てきた俺が、あいつに取られたから? 取られたと、思ったから? だから、あいつに現を抜かす俺に、食って掛かった?」

カークは、問いかけた。

「取られた、か。……取られたと思った。取られたくないと、思った?」

桜散はカークの問いに対し、考え込み始め、そして。


「……そうか、分かった。ようやく分かったぞカーク。お前とアレクシアが気軽に話してるのを見たとき、私の中に生まれたモヤモヤの正体が。これはつまり……ふ、ふふ! ふふふふ! そうか、そういうことだったのか。ふ、ふふふふ! ふははははは……」

何かを悟ったのか、桜散はカークの胸の中で笑い始めた。彼女の顔が、下を向いていく。

「な!? おいさっちゃ! 大丈夫か?」

桜散が突然笑い出したのを見て、気遣うカーク。

「は、ははは。あ、あはははは……。いや、大丈夫だ。カーク。私は大丈夫だ。しかしまあ、そうか。私は、お前のことを。ふふふ、あはははは! 実に、実に滑稽で、おかしい! おかしいじゃないか! ははは、はは! ……実に、おかしいもん、だなぁ」

 桜散はそう言うと笑いながら、カークの胸元に顔を埋めてしまった。

 カークは、彼女の頭の温もりが少し増しているのを、服越しにうっすらと感じた。


 それからどれほどの時が経っただろうか? 

 カークと桜散は、2人ベンチのそばで蹲っていた。しかし、2人だけの時間は、終わりを告げる。

 ピピピピピピ……。桜散の携帯が鳴る。遅刻防止用の、7時半になるアラームだ。その音を聞いたカークと桜散は、立ち上がった。

「そろそろ、大学に行く時間だな。さっちゃ」

「ああ、そうだな、カーク」

2人は体を起こし、服についたほこりを払った。

「俺は荷物持ってるけど、さっちゃは? 一度家に戻った方がいい?」

カークは尋ねた。

「いや、大丈夫だ。今日の講義に使うものは大学のロッカーに置いてきてある。筆記用具も予備がそっちにあるから、このまま大学に行こう」

桜散はそう答えた。

「そうか、なら行くか……」

 カークと桜散は、公園から出ようとする。しかしそこで、彼女と出会った。


「ずいぶん、仲が良いの、ね。カーク、桜散」

2人の前に立ちはだかるは、金髪ロングの少女。

「アレクシア……」

桜散は彼女と向き合う。目と目が、合う。

「あ、アレクシア、あのさ。おにぎり、食べたぞ。……美味しかった」

カークはアレクシアに、おにぎりの感想を述べる。しかし、彼の心中は穏やかではない。

(おいおい、また一触即発なのか? さっちゃを蔑ろには、できるわけがないな)

カークは目と目を合わせて向き合う2人の様子を不安そうな面持ちで眺めた。


 2人の睨み合いが続く。だがその様子は、一昨日のものとはいささか異なるようだった。お互いに相手のことを、舐めるように見つめ、腹の内を探り合う。そんな雰囲気だ。少なくとも一昨日よりはギスギスしていない、表面上は。

 そんな中、カークはふと、腕時計を見る。時計の針が8時になろうとしていた。

「お、おい! 2人共、もう8時だ! このままだと、1限目に遅刻しちまうぞ!」

カークは2人に声を掛ける。

すると、2人は睨み合いを止め、駅へと走り出した。それを追いかけるカーク。


 その後の3人は、まさにてんやわんやな有様だった。地下鉄に乗り、……そこでは特に何も起こらなかったが、大学の最寄駅に着いた途端に猛ダッシュ。3人揃って大学までの道のりを走った。

 カークが教室に辿り着いたのは、今まさに1限目が始まろうとしている瞬間であった。彼は勢いよく教室のドアを開けた。

 ガチャ! 5~60人程度がひしめき合う教室に、カークの到来を告げる音が響く。黒板に近い方のドアから入ったので、彼の存在は否応無しに目立った。

「こら! 教室に入る時は、静かにしろ! 後、時間の余裕を持ってくるように!」

 教室に次に響いたのは、教授の怒号。それで教室は静まり返り、カークは周りから奇妙な目で見られながら、後ろの席へと着く。こうして、1限目は始まったのだった。


――――――――――――昼休み。

 昼休み。カークは桜散からメールで呼び出され、大学内の食堂へと足を運んでいた。二人は食券を使って昼食を購入し、外れのカウンター席へと座った。

「ふう、さっちゃ。本当にごめんな」

「いや、いい。正直、今思うと、私も本当に子供じみたことをしていたと思うからな。すまなかったな、カーク」

隣同士に座っている2人の間に、いつもの雰囲気が取り戻されていた。のであるが。

「で、どうしてお前が此処に?」

「……居て、悪い、かしら?」

カークの両隣に、桜散とアレクシア。2人が座っている。彼女達はまた張り合っているようだった。

「お、おいお前ら。その、何だ。悪いけどさ、椅子の距離、開けてくんない? 飯食べづらいだろうが」

 桜散とアレクシアに椅子ごとピタッと張り付かれ、息苦しさを感じたカークは、小声で2人に声を掛ける。しかし2人共、彼の話を意に介していないようだ。


(両手に花、何ってやつだろうな。エロゲでよくあるシチュエーション! だが……気まずい! 気まずすぎる! つか、臭ってないよな? 自分の体臭や口臭が気になって、全く集中できない! あぁー! こんなことなら、しっかり歯磨いておけばよかった! しっかり体洗っておけばよかった……! うぅー!)

 カークは自分の身体の匂いを嗅いだ後、2人の間で体を縮こめ、なるべく左右を見ないようにしながら、昼食のハヤシライスを一心不乱に口へと運んだのだった。


――――――――――――午後。

 ブルブルブル……。午後の講義中、カークの携帯が振動した。ノートを取っていたカークは、片手でメールを確認する。

『題:放課後空いてる? 本文:空いてるならいつもの公園でお話ししたいんだけど……。』

メールの差出人は、譲葉だった。

(ゆーずぅかぁ。理正さんの件について話し合わないとな)

『題:Re:放課後空いてる? 本文:空いてる。時間どうする? 後、俺も話したいことがあるんだけど、いいかな?』

カークは返事のメールを送信した。


――――――――――――放課後。

 放課後。カークと譲葉は、公園にて落ち合わせた。

「よう! ゆーずぅ」

「こんにちは、カーク君」

挨拶を交わす2人。このやり取りは何度目だろうか。

「ゆーずぅ、話って何? 土曜日のこと? まさか、用事あって行けない?」

カークは譲葉に聞く。

「まさかぁ! 私の予定は大丈夫だよ! 一緒に行こう」

彼女は大げさに手を振り、彼の問いに答えた。

「そうか、なら大丈夫だな。……話って、他にある?」

「無いよ? でも、いいじゃん。私、カーク君とお話できて楽しいよ。カーク君は楽しくない?」

譲葉は悲しそうな顔をする。

「いや! そんなことは無い! 楽しいぞ? ありがとな。ゆーずぅ」

カークはそう言うと、にっこりと笑った。それを見た譲葉も笑顔で返す。


「そう言えば、カーク君も何か話があるって言ってたけど……桜散ちゃんのこと?」

譲葉はカークに、桜散のことを尋ねた。

「そうなんだよ~」

 カークは彼女に、まるで聞いてほしいと言わんばかりの喋り方をした後、譲葉に事情を説明した。


「へぇ~。桜散ちゃんとアレクシアちゃんがねぇ……」

「そうなんだよ。あの2人、出会う度に睨み合ってて。俺も気が気じゃないんだ」

カークは話を続ける。

「さっちゃが俺に対して怒ってたことについては、あいつを蔑ろにした俺が悪いと思ってる。そんで、そのこと謝って、許してもらえたんだけど……。2人の仲は俺が如何こうしても解決する気配が見えなくてさぁ」

カークは譲葉に、桜散とアレクシアを仲良くさせる方法は無いか、相談した。

「うーん……。」

譲葉は少し考え込む仕草をした後、こう言った。

「これは修羅場ってやつだね」

「修羅場?」

「そ。桜散ちゃんとアレクシアちゃんの、カーク君を巡る争い……。間違い無いよ」

彼女は、2人のいざこざをそう分析していた。

「しゅ、修羅場! ……だとしたら、俺がいる限り、2人の争いは無くならないってことじゃないか。俺はどうすればいいんだ?」

「逆に質問するよ? あなたは桜散ちゃんのこと、どう思ってるの? 恋愛感情的な意味で」

解決策を求めるカークに対し、桜散に対する恋愛感情の有無を尋ねる譲葉。

「そ、それは……」

面と向かって聞かれ、言い淀んでしまうカーク。

「良い? そういう姿勢が良くないんだよ? カーク君。あなたがどちらにも靡きそうな感じだから奪い合いが起こるの。つまり、あなたがどちらかにはっきりとくっついてしまえば、これは解決すると思う」

「……」

 譲葉は解決策を提示する。カークは、それを黙って聞いていた。


 彼女は話を続ける。

「それで、桜散ちゃんのこと、嫌い?」

「き、嫌いじゃないよ」

「ならさっさと告白して、くっついちゃえばいいじゃん? アレクシアちゃんだって分からない子じゃないと思うから、そうすれば素直に引いてくれると思うよ?」

 譲葉はカークのことをジッと睨みながら、そう言った。

「ま、待て待て! 確かに俺は、さっちゃのこと嫌いじゃないけど……。でも、恋愛感情あるかって聞かれたら、うーん、ってなっちゃうよ。何て言うか……」

「兄妹みたいな感じ? ほら、幼馴染物とかでよくある」

「いや、何て言ったらいいのかな? ……戦友?」

 カークは自分が桜散に対して抱いている感情を、そう結論付けた。

「ふーん……つまり、互いを高め合うライバル、みたいな?」

「そんな感じかなぁ。あいつ自体、喋り方が男っぽいからさ。何というか、男友達みたいな感覚でずっと付き合ってたんだよ」

「桜散ちゃん、可哀想……」

譲葉は桜散に同情した。

「え? まずいの?」

彼女の様子を見て、カークは首をかしげた。

「まずいに決まってるでしょ!? 女の子だよ? 男の子とは違うんだよ!? ……はぁ」

彼女はカークに詰め寄ると肩を落とし、ため息を吐いた。

「そうか……」

カークは顎に手を当て考え込んだ。

「まあでも、カーク君も桜散ちゃんも、見る限り今の関係に特に不満は無さそうだし、その関係でもいいとは思う。プラトニックな関係自体、悪いことじゃないしね」

「な、なら!」

「ただし! 嫌いじゃないなら、ちゃんときっぱり告白しなよ。桜散ちゃん多分、すごい不安になってるから。というかさっさとくっついちゃえばいいのに。ああ、面倒だなぁ」

 譲葉はカークに釘を刺し、またため息を吐いた。

「私、カーク君の色恋沙汰なんて聞かされるとは思わなかったよ……」

「わ、悪いなゆーずぅ」

「いいよ。私的にも面白い話だなって思ってたし、ふふ」

 譲葉は口に手を当て、笑った。


「おや、2人とも、こんなところでどうしましたか?」

「あ、理正さん!」

カークは公園にやって来た理正に声を掛けた。

「あ、理正さん! 土曜日の件なんですけど、私行けます」

譲葉は理正に、土曜日同行できることを伝えた。

「そうですか。ありがとうございます。これで、役者は揃いましたね」

「そうですね。明々後日はよろしくお願いします」

譲葉は理正に頭を下げた。


「ところでカーク君。最近、桜散とはどうかね?」

理正は譲葉が頭を下げ終わったのを見て、カークに尋ねた。

「あ、それは」

「聞いてくださいよ理正さん! 彼、桜散ちゃんのことが好きなのに、なかなか告白できてないんですよ!?」

 カークが喋りはじめるのを遮るように、譲葉は理正にそう言った。

「ちょ! おま、ゆーずぅ」

「ほう、これは。……ふむ、そうですか。興味深い、話ですね。カーク君、娘をよろしく頼みますぞ、ほほ」

理正はカークの方を向き、にやけながらそう言った。

「え、理正さん……。むぅ、親からも言われちゃうとか、うぅ」

 カークは顔を赤くし、下を向いてしまった。


「そうだ、カーク君。長い間あの子に接していない私が言うのも難かもしれないが、君にアドバイスをしておきましょう。もし、あの子と何かしらうまく行かないことがあったら、あの子だけに、特別な何かをしてあげるといいかもしれませんよ? 例えば頭を撫でるとか、手を繋ぐとか」

 理正は下を向くカークに、桜散との付き合い方に関してアドバイスをした。

「さっちゃだけに特別なことをする?」

彼のアドバイスを、カークはそう解釈した。

「そうです。君が自分を特別扱いしているんだってことが分かれば、あの子は安心すると思いますから」

「それは桜花さんとの経験から?」

カークは尋ねる。

「はは、分かりましたか? そうですねぇ、彼女はあの子と、似てますからね。完全に同じようにはいかないと思いますが、まあ参考程度に」

「ふむ……。分かりました、アドバイスありがとうございました。理正さん」

 カークは理正に頭を下げた。

「いえいえ。私の問いに対して言い淀んでいたから、何かあったんだなと思い、アドバイスした次第です。また何かありましたら、気軽に相談してください」

理正もカークに礼をする。

 その後3人は解散し、それぞれ家へと戻った。


――――――――――――夜。

  家に帰ったカークは、夕食を食べた後、自室で桜散との出会いを思い出していた。

(あいつと初めて会った時は、確か……)


『ねえ、母さん。その子が、母さんの言ってた子?』

『そうそう。桜散ちゃんっていうの。家の隣に住んでた』

『……』

『ほら、桜散ちゃん。この子は、私の息子、カークよ』

『カーク、君? 私は、住吉、桜散って言います。よろしく、お願いします……』

『あ、ああ。俺は、カーク。よろしくな、桜散ちゃん……』


(思えば最初に会った頃のあいつはもっと女々しい感じだったな。弱々しくて、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。……あいつも繊細なんだろうなぁ。これからは気を付けていかないと)

 カークは桜散のことを大切にしようと思った。そして。

(いい加減、俺も腹括らないとなぁ)

 彼は桜散との付き合い方について覚悟を決めた後、眠りに就いた。



15日目

――――――――――――朝。

「おい、カーク。……朝だぞ? 起きろ」

 2人の間には、いつもの日常が戻りつつあった。

「ううん……。あ、さっちゃ。いつも、ありがとうな」

カークは桜散にそう声を掛けた後、右手で軽く、彼女の頭を撫でた。

「なっ!」

頭を撫でられ、動揺する桜散。しかし、彼女は彼の手を止めなかった。


 その後、通学時。2人が地下鉄に乗った時も。

「なあさっちゃ。手を繋がない?」

「え? ……まあ、良いが。何故?」

「良いじゃん? ちょうど片手がそれぞれ空いてるんだ。繋いだってさ。俺とお前の、仲だろう?」

 そう言うとカークは、吊り革を持っていない自分の左手を、同じくフリーな桜散の左手に繋いだ。指と指を組み合わせる、いわゆる恋人繋ぎだ。

 彼が左手に力を込めると、彼女も握り返してくる。カークがふと桜散の方を見ると、彼女は顔を下に向けたまま、動かない。黒い髪がだらりと下がっており、表情は見えなかった。

(うまく行ったの、かな?)

 カークは内心迷っていた。とりあえず、理正のアドバイスの通りに動いてみたが……。桜散がどう思っているか分からない以上、彼に結論は出せない。ただ。


 今自分の手を固く握っている、彼女の手。その温もりを、彼はずっと感じていたいと思った。


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