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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「非日常との邂逅」
6/41

第6話『ある家族の悲劇と、異空間の真実』

[あらすじ]

 桜散の父親、住吉(すみよし) ()(せい)。以前カークが公園で偶然出会った人物だ。桜散が実家から勘当されたらしいという話を李緒から聞いたカークは、桜散に家族のことについて尋ねた結果彼女と喧嘩してしまう。

 一方そんな状況を知らぬ理正は、メールでカークと譲葉のことを呼び出す。彼は2人に対し、魔術と異空間、そして近頃話題になっている井尾釜市の行方不明事件の真相について語り出すのだった。


第6話『ある家族の悲劇と、異空間の真実』

11日目

――――――――――――朝。

 次の日、カークは家で1人、椅子に座って朝食を食べていた。李緒は買い物に出かけ、桜散はカークを起こしてすぐに自分の部屋に籠ってしまったからだ。

 彼は暇つぶしに、テレビのスイッチを入れた。

 ニュースではまた連続失踪事件のことを報道していた。

(ん? この場所、ここに近いな)

行方不明者の家が、カークの家の近くだった。近くに異空間が出現したのだろうか。

(さっちゃはともかく、母さんが心配だなぁ。こうなってくると)

 カークが李緒の身を案じていたその時、彼の携帯にメールが届いた。

(ん? 送り主は、理正さん! ゆーずぅの件か?)

彼はそら来たと言わんばかりに文面を読んだ。


『題:君に聞きたいことがある 本文:こんにちは、カーク君。早速ですまないが、今日の12時にいつもの公園へ来てくれませんか? 一応勘違いしないように言っておきますが、昨日の件ではありませんよ? 君と、あと譲葉君にも来てもらいます。事情は来てから話します。譲葉君にはもう連絡してあるので、よろしく頼みますよ』


(昨日の件、じゃないだと? それにゆーずぅにも関係しているなんて。じゃあ一体、何の話なんだ?)

 メールを読み、カークは首をかしげた。昨日の件じゃなくて、自分と譲葉に用があるとは一体……。カークがそう考えていると。


「おう、どうしたカーク? そんな浮かない顔をして」

桜散が2階から降りてきた。

「あ、さっちゃ。おはよう」

「おはようならさっき、もうしただろう? カーク。ん、メールか? 誰から? 李緒さん?」

「うわ!」

桜散はカークの携帯を覗こうとする。慌ててメーラーを閉じるカーク。

「ん? 別に私に見せてくれたっていいだろう?」

「お前なぁ、プライバシーの侵害だぞ。いつもそうだが、ちょっとやめないか」

桜散に抗議するカーク。

「良いじゃないか。私とお前の仲だぞ?」

「親しき仲にも礼儀あり、だ」

「むぅ」

カークに言いこめられ、桜散は不機嫌そうな顔をした。


「そうだ、お前に一度聞いてみたかったことがあるんだが、いいか?」

「ん? 何だ?」

ふとカークは、桜散に質問しようと思った。彼女の父親、理正について。

 なぜ今聞こうとしたのか、それは分からない。ただカークは、さりげなく聞いた方がいいと考えたのだ。

「お前の両親って、どんな人物だったんだ?」

「っ!」

カークは意を決し、桜散に尋ねた。桜散の様子が変わる。


「なぜ、なぜ、今それを聞く?」

明らかに彼女の様子が変だ。カークは続ける。

「いや、ちょっと気になったんだよ。お前ってさ、ほら。突然ここにやって来たからさ、その前はどうしてたのかなって。あ、言い辛いなら言わなくてもいいぞ。俺のちょっとした好奇心だからさ」

「……」

黙ってカークの話を聞く桜散。それを見たカークはさらに続けた。

「特に、お前の父さんって、どういう人物だった? 俺の父さんは家に居ない点を除けばいい奴だと思ってるけど、お前の父親は」

「やめろ!」


 バン! 机を叩く音がリビングに響く。カークの目前にいる少女は、左手を机に叩きつけた。

「!?」

突然の桜散の変貌ぶりに動揺するカーク。

「どうしたんだ、さっちゃ? いった」

 バン! 彼女は更に机を叩いた。

「私の父さんは、いやあいつはな! 私のこと捨てた、ろくでなしだったよ! お前のとは違ってな!」

すごい剣幕でカークに迫る桜散。

「そうか? 俺の父さんだって、はたから見れば、仕事のために家族ほっぽり出してるろくでなしに見えるが……。案外今頃、お前を捨てたことを、心の何処かで後悔しているかもよ? 良心の無い人間なんてそうそう居ないんだ、お前の両親だっ」

 バン! カーク的には、桜散をなだめるつもりで言ったつもりだった。だが悪手! 火に油を注ぐ。

「黙れ! お前に何が分かる! お前に何が分かるんだ!」

 バンバンバン! 桜散の叫びと、机への理不尽な暴力が止まらない! 

 桜散はついに、椅子に座っているカークに掴みかかった。彼女の顔が、カークの顔面15cmの距離まで近づく。

「良いよな、お前はさ。両親共にお前のことを大切にしてくれててさ。それに比べて私の方は、ほんっと、最低だった!」

 そう言うと、桜散は顔を伏せた。コツンと、桜散のおでこがカークの頭部に当たった。

 まるでカークのことを妬むような叫びに、カークは桜散の心の闇を垣間見、恐怖を覚えた。よく見ると桜散の眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「分かった、分かったよ。まあ落ち着け、落ち着けよ、さっちゃ」

「あいつらのこと思い出して、落ち着いていられるかってんだ!」

 そこまで喚いたところで、

「あー、もう! 腹立ってきた……はっ」

桜散はカークの怯えるような目を見て、我に返った。


 桜散はその後、カークから手を離し、離れた。

「あ……。すまん、カーク。その、完全に八つ当たりだった。本当に、すまない」

謝る桜散。それを見て、カークは言った。

「いや、謝るのは俺の方だ、さっちゃ。悪かった。辛いこと思い出させるようなこと聞いちまって」

「お前は、悪くない。悪くないから……な」

桜散はうなだれ、そして。

「ちょっと、頭冷やしてくる」

「あ! さっちゃ」

そう言うと、2階へと上がって行ってしまった。


 1人になったカークは心の中で自問自答していた。

(俺は、間違っていたのか……? 聞くべきじゃなかったのか? いや、間違ってないはずだ。俺は、俺は何も間違ったことはしていない)

(しっかし、あの様子を見ると、こりゃマジでタブーなんだな。さっちゃに、何やっちまったんだよ? 理正さん……)

 カークは桜散のことを寂しそうに話す理正の表情を思い浮かべながら、1人リビングの真ん中で立ち尽くしていた。


 その後、カークは桜散に黙って家を抜け出し、理正と待ち合わせをしていた公園へと向かった。今は、とにかく彼女の元から離れたかった。

 親のことを話す桜散の、あの怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった表情がどうしても、カークの頭から離れず、居た堪れない気持ちになったからだ。


 約束の時間より30分近く早く、カークは公園へと辿り着いた。すると、譲葉がいた。

「あ、おはよう。ゆーずぅ」

「おはよう! カーク君。……どうしたの? 元気、無さそうだけど」

譲葉はカークの様子を見て、尋ねた。

「あ、いや。何でもないよ」

「そう? ……ひょっとして、桜散ちゃんと喧嘩したの?」

「いや。別に喧嘩ってほどじゃないけど……」

見透かすような譲葉の発言に、カークは動揺した。

「ほんと? もしかして、何かデリカシーが無いこと言って怒らせちゃった? 一昨日、私に送ったメールみたいなさ」

「言ってないよ!? ……あれは悪かったと、俺は今思ってるよ」

カークは譲葉に釈明した。

「じゃあ、何があったの?」

「うーん、何っていうとなぁ」


 カークがそこまで言ったところで、公園に理正がやってきた。彼はグレー色のトレンチコートを着ている。

「お、カーク君、来ましたか。譲葉君も」

「あ、こんにちは、理正さん」

「こんにちは。……カーク君、事情後で話してね?」

「分かったよ」

「?」

2人のやり取りを見てきょとんとする理正。

「あ、そうだ、理正さん。どうして俺達を呼び出したんだ? あとゆーずぅも」

カークは理正に尋ねた。譲葉と総一郎の件でないなら、なぜ自分と譲葉を呼び出したのか。

「私も気になってました。どうしてですか?」

「はい。それはですね」

理正はそこまで言うと、一呼吸置き、さらに話し出した。


「最近この街で、行方不明者が増えていることは知っていますか?」

「ああ、知ってる。けど」

「それがどうしたんですか? 私達を呼んだのは、そのことを注意する為ですか?」

理正は一呼吸おいて、次の言葉を話した。


「あれは、『仮面の怪物』の仕業だ」

息を飲む2人。またしても、予想外の人物からの予想外の単語だ。

「仮面の怪物?」

「何ですか? それは」

 2人は白々しく彼の問いに答える。これは、目の前の老人が言っていることに現実感が無かったのも理由だろう。彼らは確かめようとした。

「仮面の怪物というのは、読んで字の如く仮面の怪物だ。仮面をつけている化物で、異空間に潜み、人間を襲う」

この話が冗談などではないことは、理正の真剣な顔つきを見れば明らかだった。

「そのうえで、君達に、これからあることを手伝って欲しい」

そう言うと、理正は腕時計を確認し、公園の片隅、人が通らない場所を一目見た。

「そろそろ、現れるはずだ」

理正は言った。

「何が、ですか?」

譲葉が聞く。

「見ればわかる。ほら、来たぞ?」

理正はそう言うと、公園の隅を指差した。

 2人は彼が指す方を向いて、仰天した。


 さっきまで何もなかったところに、黒い球体が現れている。球体の周囲は風景が歪み、輪郭がボケている。これはカークにとって、もう3回目だ。

「あ、あれは!?」

「異空間だよね? どうして?」

驚く2人。

「……やはり、君達も知っていたか」

理正は何かを確信し、穴の方へと向かって歩き出した。

「お、おい理正さん! 危ないぞ?」

カークの話を無視し、彼は穴の前に立つ。そして顔を動かし、2人に一緒に来るよう合図した。

「ついてこい、ってことか? ゆーずぅ」

「多分」

2人は恐る恐る理正の方へと近づいた。それを確認した理正は、穴の中へと飛び込む。

「あ! 待ってくれ! 理正さん!」

カークと譲葉は、理正を追って穴の中へと飛び込んだ。

 今までとは違い、彼らが飛び込んだ後も、黒い穴はその姿形を留めていた……。


――――――――――――異空間。

「さて、事情を話してもらおうか、理正さんよ」

カークは理正に問いかける。

 カークと理正、そして譲葉は異空間の中にいた。

 今回の異空間は、前2つとはまたしても異なっていた。風景は、公園。ただ、カーク達のいた公園ではなく、もっと広い、緑に覆われた自然公園のような場所だ。遊歩道は砂利道で、広葉樹の木々の中を縫うように整備されている。目に悪い空の配色は相変わらずだ。

「異空間のことを知っているってことは、あなたも魔術を使えるんですか?」

譲葉は理正に尋ねた。

「その通り。私は魔術を使うことが出来る。もっとも、君達とは若干原理が異なるがね」

理正は首を縦に振る。

「やっぱり! じゃあ今日私達を呼んだのは、魔術の使い手だと気付いたからですか?」

魔術の使い手、現る。これで、5人目。理正は話を続けた。

「君達から魔力を感じていたから、恐らくとは思っていたよ。だがまさか、仮面の怪物や異空間のことまで知っているとは。ここの風景を見て動揺しないということは、何度もこうやって穴に入ったことがあるね?」

理正はカーク達の素性を見抜いた。2人は黙って頷いた。

「ええ、そうです。カーク君と桜散ちゃんは2回、私は1回、黒い穴みたいなのに飲み込まれました」

 譲葉とカークは、理正に自分達の経緯を話していく。


「そんで、俺達は、中の化物を倒していく過程で突然魔術を使えるようになった。それで、魔術を使って化物を倒して、脱出したんだ」

「よく生きて帰ってこれたね?」

理正は2人の話を聞いて驚いているようだった。

「大変でしたよ。私達、危うく死にかけましたから」

「そうそう。俺なんて魔術が使えなかったら間違いなく、そのまま化物に握りつぶされてた」

 カークと譲葉は自分達の戦いの記憶を回想した。


「それで、理正さん。俺達に手伝って欲しいことって、……怪物退治か?」

「そう。昨今の行方不明事件の原因。それは奴らが異空間の入口を作り出し、人間を取り込んでいるからに他なりません。私は昨晩、テレビのニュースを見てもしやと思い、君達が帰った後に再びこの公園に足を運びました。するとどうでしょう、目の前に黒い穴が出現しているではありませんか」

「この穴ですね?」

譲葉は周りを見回しながら、そう言った。

「幸いここは、普段誰も通らない場所。ですが、このまま放っておけば、誰かが迷い込んでしまうかもしれない」

「なるほどな」

カークは彼の話を理解したようだ。


 理正は2人を呼んだ理由を説明した。

 つまるところ、慈善活動に協力してくれということか。カークと譲葉はそう理解した。

「私としては、自分がいつも通っている公園に異空間が出現し、おまけに行方不明者が出そうとなれば、放ってはおけない。君達だって、そうでしょう?」

2人は理正の言うことに頷いた。結局、2人も理正もお人好しなのだ。

「分かった、理正さん。俺は協力する。……俺的にも、怪物と行方不明事件の因果関係をはっきりさせたいと考えていたから、ちょうどいい機会だ」

「私も同じく。あの、理正さん。後で魔術について教えていただけませんか? もしかしたら、今後も使うことになるかもしれないので、」

「ありがとう、2人とも。では譲葉君、また今度魔術について、私の知り得る情報を教えよう」

「ありがとうございます!」


  カーク、譲葉、理正は異様な自然公園内を進んでいく。歩きながら、カークは理正に尋ねた。

「あの、理正さん。さっきのとは話変わるんだが、ちょっといいか?」

「ん? 何だね、カーク君」

2人の前を歩いていた理正が立ち止まる。それにつられ、カークと譲葉も立ち止まった。

「今朝、聞いた。さっちゃに、両親について」

 理正の話が一段落したところで、カークは今朝の出来事を理正に話した。

「何? 私のことを直接話したのか?」

「いや、直接ではなくて、それとなく」

「どうだったかね?」

「大変だった。物凄い剣幕で迫られて、あんたのこと、相当恨んでるみたいだった」

「そうか。そこまであの子は私と、桜花(おうか)のことを……」

「ん? ちょっと待って。カーク君、理正さん」

譲葉が2人の話に割って入る。


「両親のこと、って? 理正さんって、桜散ちゃんとどういう関係なんですか? それと、カーク君。今朝話したって、どういうこと? もしかして、それで何か様子がおかしかったの?」

2人を質問攻めする譲葉。

「待った待ったゆーずぅ。説明する、俺が全部話すよ。いいですね?理正さん」

「……分かった。カーク君、すまんが説明してあげてくれないか」

 カークは譲葉に、桜散の過去や、理正と桜散の関係、今朝桜散に父親について聞いたら逆上されたことを話した。


「そうだったんだ。あなたが、桜散ちゃんのお父さんなんですね?」

「そうです。私は住吉、理正。住吉桜散の父親です」

「なるほどね。それでカーク君は、桜散ちゃんを怒らせちゃって落ち込んでた。で、合ってる?」

譲葉はカークに確かめるように聞いた。彼はこくんと頷く。

「大体はな。ただ、あいつ、親のことを話すとき、すごい辛そうな表情をしてたんだよな。あれは怒ってるって言っていいのかな。何だろう、俺もよくは分からんかった」

苦い表情を浮かべるカーク。

「そっか」

譲葉は納得したようだった。

「譲葉君、すまないが、桜散にはどうか、このことは」

「分かってますよ。自分のことは内緒にして欲しいってことでしょ? 桜散ちゃんも思い出したくないみたいだし、彼女にはあなたと会ったことを喋らないでおきますね」

「ありがとう」

理正は胸をなでおろした。

 

 が、その様子を見て、譲葉は理正に釘を刺した。

「ただし、教えてください。あなたは一体、桜散ちゃんにどんな仕打ちをしたんですか? 家から追い出したんですよね? ……やったこと次第では、この約束、ふいにしますよ?」

譲葉の心に、理正についての疑念が芽生える。

「理正さん。話してくれないか? アンタと、さっちゃの過去を」

理正のことを睨み付ける譲葉を見て、カークも理正に真相を明かすよう求めた。

「分かりました。話しましょう。私と桜花、桜散の関係を」

理正は、桜散が家を追い出された経緯を話し始めた。


「私と桜花は研究者で、私は物理学、桜花は化学を専門としていました。そんなこともあり、昔からあの子は科学に関心を持っていました。そしていつしか、彼女も私と同じ、物理学者を志すようになったのです」

理正は懐かしそうに語った。


「しかし、ちょうど桜散が中学校に入った頃からでしょうか。あの子と桜花の仲が、悪くなりだしたのは。2人とも、頭が良くて自尊心が高いところが本当にそっくりで、目を合わせると何かにつけて口論するようになりました。そんな様子を私は、ただ見ているだけで、何もしていませんでした」

「何もしていなかった?」

譲葉は尋ねた。

「はい。喧嘩の最中に時折、桜散が私のことをちらちらと見ることがありました。思えばあれば『助けて』のサインだったのでしょう。でも、当時の私はそれを見過ごしてしまった。見て見ぬふりをしてしまった」

理正からは後悔の念がにじみ出ている。


「そんなある時、桜花が桜散に手を上げるようになりました。しまいには互いに物に当たったりしだした。過熱する2人の様子を見て、私は取り返しのつかないことになると感じ、あの子を桜花から引き離すことにしたのです」

彼の話は続く。


「そして4年前、私は桜散を呼び出し、彼女にこう言いました。『古い友人の伝手で空き家を借りたから、ここで住むように。生活費は私が送るから』と。すると、桜散は私のことをキッと睨み付けて、その次の日に家を飛び出しました。……あの家を出るときの、桜散の怒りと悲しみに満ちた表情は、今でも忘れられません」

「……」

カークは、今朝の桜散の表情を思い浮かべた。


「それからは彼女の住む家を訪ねても追い返されるばかりで。……しばらくすると、彼女はカーク君の家に住み始めました。私は、あの子がカーク君の家族と幸せそうに暮らしているのを見て、そっとしてあげたほうが良いと考え、それからはこっそり陰から見守ることにしました。そうして4年が経ち、今に至るというわけです」


 そこまで言うと、理正は一息ついた。

「なるほどな。理正さん、さっちゃは多分、あんたに厄介払いされたと思ってるぜ。助けてくれると思った奴が、自分を家から出そうとすりゃ、そりゃ見捨てられたと思うわな」

理正の話を聞いて、カークはため息をついた。

「理正さんのやり方は分かるけど、本人に黙ってそんなことしたらねぇ……。桜散ちゃん、可哀想に」

譲葉は桜散に同情していた。

「あんたとその、桜花さんの関係ってどうなんだ? そんなろくでなしの母親なら、あんたが桜散を引き取って、夫婦の縁を切ってしまえば良かったんじゃ?」

 カークは、理正に桜散の母、桜花のことを尋ねた。彼の話を聞くに、母親が全部悪い気がしたからだ。

「私は別に、桜花のことが嫌いではありませんよ。尻に敷かれたりはしていますが、私は本当に彼女のことを愛していますし、彼女も私のことを尊重してくれています。几帳面で細かいところの気配りができる、本当にできた妻ですよ。

 ただ、私には優しくても、桜散には厳しかったんですよ。桜花は」

理正はカークの疑念を否定した。


「うーん。いわゆる同族嫌悪ってやつなのかな?」

譲葉は彼女なりに、桜散と桜花の母娘関係を考察した。

「几帳面で細かいところにうるさい、か。ほんと、さっちゃに似てるな。……あの面倒さは母親譲りだったのか。はぁ、似た者同士ってのは難儀なもんだなぁ」

 カークは桜散のことを思い起こした。彼女は何かにつけてカークに酸っぱく口出ししていた。おまけに変にプライドが高いところがある。そんな桜散をカークはウザったく思いつつも、嫌いになれなかった。

 おそらく理正が桜花に抱いている感情も、これと同じものに違いない。


「理正さんは本当に、桜花さんのことが好きなんですね。夫婦仲は悪くない、けど子供は親に不満を持ってるかぁ」

 譲葉は、どちらかというと仲の良い夫婦とそれに対立する娘という視点で理正の話を聞き、自分や総一郎のことを思い出していた。

「はい。そして、桜散のことも同様にです。だからこそ、私の中に離婚という選択肢はありませんでしたし、桜散と桜花には仲良くして欲しかった。でも、望みは叶いませんでした」

理正の顔のしわが深くなった気がした。


「なあ、今思ったんだが、あんたがさっちゃを庇えば済む話だったんじゃないのか?」

 カークはふと、理正がなぜ母親に虐げられる桜散のことを見て見ぬ振りして来たのかが気になった。桜花は理正には優しく、桜散には厳しい。

 なら理正が桜散を庇い、桜花を注意していれば、こんなことにならなかったのではないかと。

「それができていたならば、こうはなっていませんよ。何で私はあの時、しなかったのか。正直、私自身も分かっていないんですよ。何ででしょうかねぇ」

そう言うと、理正は赤黒の空をじっと見つめた。彼自身にも、気持ちの整理がついていないようだった。


「はぁ。事情は分かりました。理正さん。正直、私は納得がいっていませんが……。黙っておいてあげます。ですが、ちゃんと桜散ちゃんと、向き合ってあげてください。逃げないでください」

譲葉はそう言うと、理正への睨み付けを止めた。

「そのつもりです。今回は呼びませんでしたが……君の件が解決したら、今度は私の番だね」

理正は観念したように言った。

「頼むぜ理正さん。俺からも頼む。本当の親が一番だって母さんも言ってたしな」

カークはそう言うと、本題を思い出した。


「さて、一息ついたし、先に進むか。理正さん、行方不明者ってのは、ここに飲まれて大体何時間くらいまで大丈夫なんだ? というかのんきに話しちまったけど、やばいんじゃないか? 急がないと!」

時間を潰してしまったことに気づき焦るカーク。しかし、理正は落ち着いていた。

「大丈夫ですよ、カーク君。おそらく被害者は怪物にとって『ハズレ』ですから。

 もし当たりなら、行方不明者はとっくに怪物の餌食で、この空間が再びこの場所に出現するということは無いはずですから」

理正は冷静に分析した。

「何? どうしてそんなことが分かるんだ?」

カークは尋ねた。

「私の腕時計を見てください」

そう言うと、理正は2人に対し、右腕につけている腕時計を見せた。時計の針は、12時1分を指している。しかし、様子が変だ。


 秒針が、止まっている。長針も、短針も、1mmたりとも動いていない。

「先ほどここに入る前、時計は12時ちょうどを指していました。そして今の時計。12時1分を指したまま、止まっていますね?」

理正はカークと譲葉に確認するような様子で言った。

「あ、ああ。確かに止まってるな」

「だけど、それはどういう意味なんですか?」

2人は理正に尋ねる。

「簡単に言えば、魔力を持った人間と、仮面の怪物、そしてその眷属以外は、この異空間で活動することはできません。時計や電子機器も、魔力を纏ったもの以外はこの空間内では正常に動作しませんよ」

 理正によると、この空間内で活動できるのは魔力を持った存在のみであり、それ以外の存在が迷い込んだ場合、まるで時間が止まったかのように静止してしまうらしい。


「仮面の怪物は、魔力に呼応して異空間の入口を開き、魔術の素養がある人間……、つまり『魔術師』が通りかかった時のみ、中に取り込もうとします。

 そして、取り込んだものの中から、この空間内で動ける存在、すなわち魔術師のみを選別し、捕食するのです」

彼は仮面の怪物の習性について話し始めた。

「なるほどな。そうやって、俺とさっちゃ、ゆーずぅは取り込まれたってわけか」

「そう言えば、化物たちは決まって、私達が近づいてから動き出してたよね。あれは動ける私達を感知して襲ってたのかな?」

感心する2人を見て、理正は続ける。

「しかし、魔術適性のある人間というのはそうそう居ません。そういう場合、怪物は異空間の入口を開けたまま、魔術師が近づいてくるのを待ち伏せします。……そうして開いた穴に、もし適性の無い人間が迷い込んでしまったとしたら?」

「獲物にありつけなかった怪物は、また新しい人間を取り込もうとする?」

カークは自分なりの頭で推理した。

「そうです! 怪物にとって、魔術師以外はいわば『ハズレ』。奴らは魔術師以外には目にもくれません。静止した人間はここでずっと止まったままです。怪物がもし獲物にありつけていたなら、行方不明者が出た次の日に再出現するなんて有り得ません」

理正はこう断言した。


「つまり理正さん。行方不明になった人は怪物に食べられるどころか、捕食対象にすらなっていないから大丈夫ってこと?」

譲葉は理正に確認した。

「おそらくは。というより、今行方不明になっている人の大半は、魔術の適性が無い、魔術師以外の人間がほとんどでしょうね。

 そもそも魔術師自体、世界的に見てまだ100人も居ないはずなんですよ。とはいえ、カーク君や君のように素養に目覚める人間が年々増えてきていますが」

理正は譲葉の問いに答える。

 それを聞いたカークは、彼に率直な疑問を投げかけた。

「やけに詳しいんだな。仮面の怪物の習性とか、魔術を使える人間の数とか。アンタ一体どうやってそんなこと調べてたんだ?」

目の前の男は、やけに仮面の怪物や魔術について詳しい。その理由は、如何に?


「私は君達よりずっと前、20年以上前から魔術が使えたのでね。その関係もあって個人的に調べていたんですよ。魔術師の友人も何人か居ますよ」

「20年ってことは……桜散ちゃんが生まれる前からですか?」

「ああ、そうだよ。ついでに言っておくと、桜花も魔術が使えるんだ。私達、科学者兼魔術師というわけだ。ははは」

理正は自嘲気味に笑う。

「ってことは、あいつが魔術を使えたのは、もしかして親譲りなのか?」

カークは魔術の素養が遺伝するかを尋ねた。

「遺伝はすると思いますよ? 今の遺伝学で説明することは難しいとは思いますが……。私の友人の仲にも、子供が魔術を使えたという人がいますし、まあ遺伝するんじゃないでしょうかね」

魔術師の才能が遺伝するかについては、理正もはっきりとした結論を出せていないようだ。


「魔術師の家系……か。なぁ、理正さん。世界に魔術師が100人くらいしかいないって言うなら、そんな少ない獲物を、あの怪物達は取り合っているのか?」

 カークは怪物たちの在り方を疑問に思った。世界に僅かな数しかいない魔術師を怪物は餌にしているなら、それがこの街に集中して現れているのは不自然じゃないかと。

「いえ。確かにこの世界の魔術師の数は限られています。ですが、それは『1つの世界』に限定した話。奴らは異空間を通じて、他の世界から来てるんですよ。……パラレルワールドって言えば分かりますかな?」

 理正はカークに、仮面の怪物達が自分達の世界とよく似た別の世界、パラレルワールドから異空間を経由してこちらの世界に来ていることを告げた。


「そんな世界があるのか? 信じられないな。それに科学者であるアンタがそんなこと言うなんて」

カークは半信半疑だ。

「でも、他の世界から来ていると考えた方がうまく説明できますよ?それに、奴らに私達の常識が通用しない以上、柔軟な発想力が必要だと、私は考えています。

 ……魔力の気配に敏感な奴らがこの街に集中して現れているのは、もしかするとこれから、この街で魔術師の数が増えるということなのかもしれませんね。君達が魔術に目覚めたように」

理正は自分なりの推論を2人に語る。

 彼自身も、怪物がこの街に集中して現れる理由は分かっていないようだった。


「異空間に、並行世界かぁ。本当にゲームみたいな話になって来たよね、カーク君?」

譲葉は理正の話を聞いて、興味を持ったようだ。相変わらずの発想だ。

「おいおい、前もさっちゃに注意されたと思うが、これは遊びじゃないんだぞ?」

「でもカーク君だって、何だかんだ楽しんでるんじゃない? 今の状況をさ」

譲葉はそう言ってカークを茶化した。

「うぐ、確かにそうだけどさって、んん?」

カークは道の先に奇妙なものが複数あるのを見た。


「あれ、何だ?」

「えっ? もしかして、敵!?」

身構える譲葉。

「いや、待て2人とも、あれは……」

理正は何かに気付いたようだった。物体目がけて走っていく。

「あ、待ってください! 理正さん!」

2人は追いかけた。


 50mほど走ったところに、『それら』はあった。

「な!? ゆーずぅ、理正さん。これは、もしかして……」

驚愕するカーク。

「これが、理正さんが言っていた……」

その異様な光景に、言葉を失う譲葉。

「そうだ、カーク君、譲葉君。行方不明になった、『彼ら』だ」

 3人の目の前にいたのは、10人の人間だった。しかし彼らは、立ったまま固まってしまっている。まるで、石像のように。

 表情は呆気にとられているものもあれば、目を閉じているものもある。一瞬の表情が、そのまま保存されているようだった。


「ゆーずぅ、行方不明者って確か昨日ので、22人目だったよな?」

カークは譲葉に行方不明者の数を確認する。

「そうだけど、カーク君。ってことは、ここにいるのはその半数ほど?」

「そういうことになりますな」

理正は譲葉の疑問に対し、そう答えた。

「理正さん。あんたの推論、合ってたみたいだな。ってことは、残りの12人は別のやつの異空間に取り込まれてるってことか?」

「そうでしょうね」

理正はカークの疑問に対しても、同じように答えた。


「なあ、俺達がここで仮面の怪物を倒したら、こいつらはどうなるんだ?」

カークは理正に、怪物を倒せば彼らを救えるかを尋ねた。

「そのときは、彼らは異空間に飲み込まれた場所から現実世界に帰還するでしょうね。もっとも、ここにいるときの記憶は、彼らに無いでしょうが」

理正はそう答えた。

「おお! なら決まりだな。……こりゃ熱い展開になって来たぜ! つまり俺達の力が、正真正銘人助けになるってわけだ」

カークは自分がヒーローになる様子を想像し、胸躍らせた。

 彼は普段、何かと斜に構えているが、何だかんだ言って、こういう胸が熱くなる展開が好きなのだ。

「そうだねカーク君、行こう! 化物倒して、さっさと終わらせようよ!」

カークの様子を見て、譲葉も決意する。

「若いって、良いですねぇ。っと、しんみりしてる場合じゃありませんね。じゃあ2人とも、行きましょう! 彼らを救うためにも」

2人の様子を見て、理正は若い頃を思い出したようだ。

 こうして決意を新たに3人は、仮面の怪物がいる異空間の最深部を目指し走り出した。


――――――――――――異空間(自然公園)、最深部。

 異空間の最深部は、森を抜けた所にあった。そこは砂利が敷き詰められ、木々に囲まれた、200m四方の広場で、まさに「公園」といった場所だった。

 前の異空間を思い起こさせる、その中央に、今回の異空間の主は鎮座していた。

「あれは、ジャングルジム?」

「あれが、ここの『仮面の怪物』……あんなのもいるんだ」

譲葉はまじまじと、怪物の姿を見る。


 怪物の形は、一言で言えば、カークの評通り、ジャングルジムだ。巨大なジャングルジムが、広場の中央に立っている。銀色の鉄パイプらしきものでできた、一辺50cmほどの立方体の骨組みが、10m四方の大きさを誇る怪物の身体を構成していた。

四角い形をした本体の四方には、これまた鉄パイプっぽいものでできた、長さ20mほどの雲梯 (下にぶら下がって遊ぶ、梯子型の遊具)が1本ずつ、計4本突き出ていた。これらはジャングルジムの付け根からうねうねと動いており、まるで腕のようだった。

 そして、ジムの頂点にはひし形の仮面。カーク達が離れているためか、まだ活動はしていない。


「姿形はふざけているが、油断するんじゃないぞ? 2人共」

理正は2人に注意を促した。

「はい! そう言えば、理正さんはどんな魔術を使うんですか?」

譲葉は理正に尋ねた。道中に敵が居なかったためか、2人とも理正が魔術を使う姿をまだ見ていない。

「私はカーク君と同じ炎の魔術が中心ですが、他にもまあ、いろいろ使えますよ。見せましょう」

 そう言うと理正は、トレンチコートの中から奇妙な形をした腕輪を取り出し、自分の左腕に取り付けた。

 腕輪には、1辺20cmほどのひし形の板が取り付けられており、板の中央には黒い穴が開いている。


「ん? 何だ、そりゃ? 俺達が魔術を使うときは、そんなの使わないぞ?」

カークは理正の奇妙な腕輪を見て、疑問を口にする。カーク達は念じるだけで魔術を使う。理正が手に付けているような奇妙な装置は必要ない。

「君達とは若干原理が異なる、と先ほど言いましたよね? これはそう言うことです」

理正はそう言うと、大きく息を吐き、力を込めた。

「ハァー!」

 すると、先ほどまでひし形だった板が中央から割れて左右に展開し、板の穴に赤色の光が灯った。


「これで準備完了です。さあ、行きましょうか」

 そう言う理正は、心なしかそれまでよりも少し若く見えた。白髪やしわの数が減っている。これも魔術によるものなのだろうか?

「おお! 何だかかっこいいな!」

「そうやって使う方法もあるんですね……」

カークと譲葉は、理正の様子を見て感心した。

「さて、先に行きますよ。ハァー!」

 理正は左腕を前に突き出し、怪物めがけて魔術発動! 彼の左腕の装置から炎の弾が3発発射される。すかさず怪物がそれに反応して動きだし、2本の腕でそれらを防いだ。

「俺も行くぜ! Hh―!」

カークも理正に続いて炎弾発射! 怪物の腕に命中した。

 そこにすかさず、譲葉が追撃!

「それっ!」

2人の炎で赤熱していた怪物の腕が、譲葉の吹雪で零下100度まで急速冷却!

 カン! 吹雪を防いでいた2本の腕が、急速な温度変化に耐えきれずに破断する。

「よっしゃ今の隙に!」

カークはそう叫び、怪物へと走って行った。理正と譲葉も後に続く。


 ヒュン! 怪物の懐30mまで飛び込んだカーク目がけ、中央から切断された雲梯が伸びていく。

「うお、危ね!」

カークはすんでのところで攻撃を回避し、火炎放射! 怪物の本体に炎で炙る。

 一方譲葉と理正は、片面をカークに任せ、もう2本の腕への攻撃を行っていた。怪物の身体は左右にゆらゆらと揺れ、金属が軋む音が聞こえてきた。

「いいぞ、2人共。奴も消耗してきている。このまま攻撃を続けるんだ!」

理正は2人に指示を飛ばす。


 ヒュン! 再生した腕1本が、カークを横から薙ぎ払う。咄嗟の攻撃に、回避が間に合わない! 

 ドン! 命中!

「グワー!」

カークは横へと吹き飛ばされた。このままでは木に激突してしまう! しかし。

「Ahhhhhhh――――!」

 カークは空中で木に向かってありったけの炎を噴射! 木を炙る炎の反動で減速し、そのまま反転! 

 木を蹴り飛ばし、両腕からのジェット噴射で怪物の方へ飛んでいく。彼の炎を受けた木はメラメラと燃え出した。

 そして、怪物めがけて飛ぶカークは再び前方に炎を噴射! 怪物に当たった炎の反動を利用して減速! そのまま怪物の近くへ着地した。

 着地した彼は、その場に膝をついた。それを見た譲葉が駆け寄る。

「大丈夫!? カーク君。今治すね」

そう言うと、譲葉は治癒魔術を使用し、カークのダメージを回復した。

「ありがとう、ゆーずぅ。っ!? 危ない!」

譲葉の背後から雲梯が高速で迫る。カークは譲葉を抱きかかえて飛び退く。今度は回避が上手くいった。


「ハァ!」

そこに理正が乱入し、怪物の腕を斜め上方へと蹴り上げた! 蹴られた腕からは炎が吹き出し、反動で怪物の身体が揺れる。

「……すごい力だな、理正さん。アンタ、本当に老人なのか?」

理正の常識外れのパワーを見たカークは、譲葉を抱えながら率直な疑問を口にした。

「君達も、魔術を極めれば、このくらいできますよ?」

理正は、自分の腕から出る炎で2本の雲梯を軽快にいなしながら、笑顔でカークの疑問に答えた。

「さて、そろそろ終わらせましょう。カーク君、譲葉君。今から私が指示を出すから、その通りに魔術を使ってくれ!」

「あ、ああ! 分かった」

「分かりました!」

応じる2人。


「よし、ならまずは譲葉君。君の氷魔術は、単に吹雪を起こすだけじゃなくて、氷の塊とかも作れる。上に人が乗れるような氷の柱、……だんだん上へと昇って行けるような、足場を作ってくれませんか?」

 譲葉にいきなり難題を出す理正。しかし、

「分かりました、やってみます! ムムムー!」

譲葉はそれに答え、腕に力を込めながら氷の柱をイメージした。すると、

 ヒュン! ザクッ! 虚空から氷柱が出現し、地面に突き刺さった。

 氷柱の上は平らになっていて、人が乗れそうだ。

「そうだ! その調子だ譲葉君! そうやって、足場を作ってくれ」

「はい! ムムムー!」

 ザクッ! ザクッ! ザクッ! 次々と氷の柱を生成し、足場を作っていく譲葉。それを見たカークは、理正に尋ねた。

「理正さん、俺に何かできることはありませんか?」

「ありますよ。……時にカーク君、君はジャングルジムで遊んだことがありますかな?」

理正は突然カークにこう尋ねた。


「あるけど、それが何か?」

「なら簡単ですね。奴の身体に取りつき、そこから上の方、仮面がある所まで登ってくれませんか?」

彼は譲葉以上の無理難題を、カークに提示した。

「えぇ!? 怪物の上には、ゆーずぅの作った足場で上るんじゃないのか?」

 足場と聞いた時点で、カークは理正が何をしようとしているのか理解していた。

 怪物の上に登り、仮面を攻撃する。おそらく、仮面は怪物の弱点なのだろう。

 しかし、譲葉が拵えた足場を使わずに直接怪物に取りつくよう指示した理正の言葉を聞き、カークは自分の考えが間違っているのではないかと思った。

「大筋はそれで合ってますよ。仮面が高い所にあるから、このままだと攻撃が届かない。君や私の炎弾も、地面からだと腕で防がれてしまいます。だから直接登って、叩くしかない」

「なら何故!?」

「私が足場を使って奴を引きつけます。だから、その間に君は奴の身体を登り切り、直接仮面を叩いてくれ!」


 理正は囮になるつもりだったのだ。つまり、理正が氷の足場を移動しながら敵の注意を引き、その隙にカークがジャングルジムを攻略するという作戦だ。

「んな無茶な!? 囮なら、俺が引き受けますよ?」

カークは理正を案じた。しかし、

「私は大丈夫ですよ。作戦の成功は君にかかっている。……君も、彼のことを信じるだろう?」

理正は譲葉の方を向き、アイコンタクトした。譲葉は黙って頷いた。

「まじかよ、おいゆーずぅ。お前もなんか言えよ!?」

作戦の成功が自分にかかっていると聞き、動揺するカーク。思わず譲葉に助けを求めた。


 しかし、譲葉はカークに対して笑顔でこう言った。

「大丈夫だよ!理正さんは私が全力でサポートする。だから気にしないで行ってらっしゃい! もし、しくじっちゃっても、私が何とかするから」

2人が失敗しても、自分が支える。譲葉の力強い声を聞いたカークは、腹を括った。

「では行くぞ! カーク君、譲葉君。一旦、奴から少し離れてくれ」

理正は2人に離れるよう言った。

「え? ああ、分かった」

「はい!」

カークと譲葉は仮面の怪物から離れる。


 2人が離れるのを見て、理正は地面に向かって力を込めた。

「イヤー!」

 ビシビシビシ! 彼のシャウトと共に地面に亀裂が走る。そして。

 バリバリバリ……バゴン! 怪物がいる場所の地面が突如陥没! 亀裂に怪物の身体が埋まり、動きが鈍った。怪物はミシミシと体を揺らすが、ますます陥没に嵌る。

 理正が地面を陥没させたのを見て、カークと譲葉は内心驚愕した。

(何だありゃ? 地面を、陥没させた? あんな大きな亀裂、初めて見たぞ)

(何あれ! あれも魔術? 理正さん、私みたいに複数の魔術が使えるのかな?)

「よーしOK! 作戦開始だ!」

驚く2人を見て、理正は次の指示を出した。各々、作戦通りに動き始めた。


 まず理正が氷の足場に飛び乗る。彼の足から強い風が吹き出し、足場の表面についた細かい水滴を全て吹き飛ばした。

「おっとっと」

理正は着地後思わずバランスを崩しそうになるが、すかさず、

「あらよっと!」

次の足場へと飛び乗る。その際も足から風が噴き出た。

 これは、すべりの原因になる水滴を飛ばすために、理正が風の魔術を行使しているのだ。もしそのまま平らな氷の足場に乗ろうものなら、表面の水滴が摩擦を無くし、つるつると滑ってしまうだろう。

 理正はこのことを知っていたため、自分が足場に乗ることを申し出たのである。

 次々と足場を渡り歩き、足場の高さが怪物の仮面と同じ高さである10mまで達したところで、理正は左腕を振りかざし、仮面めがけて炎弾を飛ばした。怪物は腕を使って防ごうとする。

 ヒュン! ボッ! 炎弾が腕に命中! そしてすかさず、理正のいる足場めがけ、怪物の腕が飛んで行く。それを見た理正、すかさず次の足場へジャンプ! 

 パリン! 先ほどまで理正の居た足場が雲梯によって破壊された。次の足場に着地しながら、理正は炎弾を射出していく! それと同時に、

「ムムムー!ハァッ!」

譲葉が理正の行く先々に次々と氷の柱を提供! 彼の行く道を確保していった。


 パリン! ボッ! ザクッ! パリン! ボッ! ザクッ! 足場の壊れる音と、炎が怪物に当たる音、そして氷柱が地面に突き刺さる音。

 この3つを聞きながら、カークは怪物の身体を登って行く。ジャングルジムの高さは10m、1段が50cmなので、全部で20段。仮面がある位置は、ちょうど19段目と20段目の間だった。

 理正が腕を引きつけている間にカークは怪物の側面に取りつくことに成功していた。そして、彼は怪物の身体を上っていたのだが……。


 ミシミシミシ! 怪物はカークを振り落さんと体をユラユラと揺りまわす。鉄パイプの軋む音が周囲に響く。

「Wow!」

揺れに振り回されるカーク! 思わず振り落とされそうになり、しがみつく。なかなか上に登ることが出来ない。

(Damn! 子供の頃、ジャングルジムに登るの得意だったし、楽勝だと思ったが、こんなんねぇぜ! しかも下怖っ)


 下を覗いたカークは身震いした。彼は今、身体の中間地点、高さ5mの所にいた。普通の建物で言えば3階ほどの高さだ。落ちれば大けがでは済まないだろう。

 しかし、登り続けなければならない。2人の健闘を無駄にしないためにも。彼は振り落としの動作に耐え、1段1段、慎重に登って行った。


 一方その頃、理正は足場を飛び移りながら必死に怪物の攻撃を避け続けていた。彼が足場に飛び乗ってから、既に10分以上が経過していた。

(まだか、カーク君! そろそろ私も、譲葉君も限界だ。急いでくれ)

彼は息を切らしながら、足場を飛び移っていく。もう彼自身、へとへとであった。譲葉の表情にも、疲労の色を現れはじめる。

 パリン! 理正の前方にあった、氷の足場が破壊された。

(しまった!)

後ろにはもう足場が無い。譲葉は腕に力を籠め、足場を作ろうとする。

「ぐあっ……」

 だがその瞬間、彼女はめまいを起こし、膝をついて四つん這いになってしまった。

(譲葉君! これは力を消耗しすぎたか……)

 その様子を見た理正は理解した。いわゆるMP切れだ。しかもそれだけじゃない、彼女自身の体力も、相当消耗してしまっているようだった。譲葉はその場から動けない。

(そんな……力が、力が出ない……)

譲葉は四つん這いになりながら、息をぜぇぜぇと切らしていた。

「くっ、時間切れか」

理正は足場から動かない。怪物の腕が、彼の居る足場を破壊しようとした、その時だった!


 ボォン! 爆音が周囲に響いた。そして。

 ヒュン……。怪物の腕が、最後の足場を壊す寸前で、止まった。

「これは……カーク君!」

理正はすかさず怪物の方を見た。怪物の仮面から、黒煙が上がっている。そして、

「オラ! オラ! オラ! オラ! ウリャー!」

 仮面の側面に取り付いたカークが、仮面に何度も右肘を叩きつけているのが見えた。右腕の当たったところから炎が噴き出す。なんと綺麗なラリアットだろうか!

「オラ! オラ! オラ! オラ!」

カークはラリアットを止めない。肘からは血がにじみ出ているが、それでも彼は止めなかった。

 ピシッ! 仮面にクラック! そして。

 パリン! ガラスが割れるような音が、周囲一帯に響いた。


「キィィィィィィィィィィィ!!!」

続いて響いたのは、黒板を爪で引っ掻いた時に出る音のような、怪物の断末魔であった。

「うわ!」

断末魔を聞いたカークは、思わず耳をふさぐ、そして手を離してしまった。

「のわー!」

 9mの高さから真っ逆さまに落下するカーク! 危ない!

(カーク君!)

ダウンから復帰した譲葉は叫ぶが、魔術の使い過ぎによる疲労で声が出ない。彼女が目を閉じたその時!


 ブワッ! 柔らかい、そして、暖かい感触が、カークが地面に激突するのを防いだ。

(これは……風か? 誰が一体?)

 風だ! 彼の直下から発生した強い上昇気流が、彼を受け止めていた。カークがふと見ると、いつの間にか地面に下りていた理正が、自分の方目がけて左腕と装置をかざしていた。

「理正さん!」

(理正さん!)

カークは理正に叫び、譲葉はほっと、胸をなでおろした。

 風に受け止められていたカークは、次第にゆっくりと地面へ降りていき、やがてストっと着地した。同時に、彼の背後にある怪物の身体が、上の方からボロボロと崩れ、消えていく。

 そして、怪物の身体が完全に消えたと同時に空間がぼやけ、3人は異空間から元居た公園へと戻った。


――――――――――――夕方。

 彼らが公園へと帰還した時、外は夕方になっていた。前に異空間に入ったときにはほとんど時間が経過していなかったが、今回はだいぶ時間が経っていた。


 パァー! 理正の左腕から発せられた白い光が、四つん這いになって息を切らしていた譲葉の疲れと、カークの怪我を癒していく。

「これで大丈夫でしょう。立てますか? 譲葉君」

「え、ええ。大丈夫です、ありがとうございます、理正さん」

譲葉は立ち上がり、深呼吸した。彼女も、もう大丈夫なようだ。

「ありがとう、理正さん」

カークは感謝の言葉を述べた。

「今日は半日つきあわせて悪かったですね。2人共、お疲れ様」

理正はカークと譲葉をねぎらった。

「あんた、ほんとすごい魔術師なんだな。炎属性、地属性に風属性。おまけに治癒魔術まで使えるときた。俺達なんかより全然強いじゃんか」

カークは理正の多芸ぶりを評した。

「そんなにいろんな魔術が使えるなら、あなた1人でも十分だったんじゃ……?」

譲葉は苦笑いしながら、理正に尋ねた。

「いや。今回の戦い、君達2人が居なかったら成り立たなかった。私1人じゃ、あんな巨大な仮面の怪物の相手なんて無理だったよ。君達が居てくれたからこそ、奴を打倒し、彼らを解放できた。君達は立派なことをしたんだ」

彼は2人の健闘ぶりを称える。


 理正の言葉を聞いたカークは、異空間内で見た、静止した行方不明者達のことを思い出した。

「あっ!? そういえば、あいつらはどうなったんだ? あの、中で固まってた……」

「そうだ! あの人達、助かったんですよね? 周りを見ても居ないんですが」

周りを見回す2人。怪物を倒し、異空間が崩壊したものの、周りに行方不明者は居なかった。

「大丈夫ですよ。さっき言いましたが、彼らは飲み込まれた場所から現実世界に戻っているはずです。じきに警察が、彼らを発見するでしょう。今晩のニュースを見てみるといいかもしれませんね」

理正はそう言うと、左腕の装置を外した。装置の外見は、いつの間にか元のひし形に戻っている。彼はそれを、着ていたトレンチコートの脇に仕舞い、右腕の時計を見た。

 彼の時計の針は、5時15分を指している。先ほど異空間において12時1分で止まっていたそれは、現実に戻った途端、本来の時刻を指し示していた。


「しっかし、仮面の怪物って、何なんだろうな?」

カークは夕暮れ空を見ながら言った。

 行方不明事件と怪物の因果関係ははっきりした。だが、怪物の正体は結局分からなかった。パラレルワールドから時空を超えてやってくる存在、魔術師を狙う、謎の敵。

「そうだねぇ。理正さんは、何か知りませんか?」

譲葉は、理正に仮面の怪物について尋ねた。

「私にも、分かりません。そもそも、奴らが現れたのはここ最近になってからで、まだ情報が集まってないんですよ。友人達にも調べて貰っていますが……」

理正は困った顔をしながら、首の後ろに左手を回した。


「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

譲葉は理正に礼を言った。

「いえいえ。さて、今日はもうお開きとしませんか。各々、帰って体を休め、次なる戦いに備えましょう」

「そうだな、俺も疲れたし、それに。行方不明者のことやさっちゃのことも気になるからな」

「私も気になるなぁ。あと、疲れたぁ。ははは」

譲葉はカークの方を見てにやりと笑う。それを見たカークも、肩の力を抜いた。


「じゃあ、2人とも、今後ともよろしくお願いしますね」

「ああ、分かってるよ理正さん」

「理正さん、私達のことや、桜散ちゃんのことも忘れないでね!」

譲葉は理正に念を押した。

「ええ、分かっています。では、また今後」

「またな!」

「またね!」

2人に見送られ、理正は帰って行った。


「さて、俺達も帰るか」

「そうだね。あ、後でさ、桜散ちゃんのことも教えてよ。あと、桜散ちゃんの連絡先も」

譲葉はカークに、桜散のことと、彼女の連絡先を教えるよう頼んだ。

「桜散のことは良いけど……。連絡先は、あいつから聞いてくれない? 俺が黙って教えるのはまずいと思うしさ。一応帰ったら、お前が話をしたがってたって言っとくからさ」

「おっけー。それじゃよろしくね」

「おう!」

2人はそれぞれの家路についた。


――――――――――――夜。

「ただいま」

カークは家に帰った。出迎えたのは李緒だった。

「お帰りなさい、カーク」

「母さん、さっちゃは?」

彼は桜散の居場所を尋ねた。

「今、リビングにいるわよ」

「分かった! ありがと」

カークは李緒にそう言い、リビングへと向かった。


 カークがリビングに向かうと、桜散がソファーで横になりながら、テレビを見ていた。彼女の顔はどこか不機嫌そうだ。

『臨時ニュースです。本日夕方5時半ごろ、井尾釜市西区の住宅街で、先日から行方が分からなくなっていた××さんを発見したと、警察に110番通報があり――――――』


 ピッ! 桜散がリモコンを操作し、テレビのチャンネルを変えた。

『××さんは健康状態確認のため、井尾釜市内の病院に搬送されました。また、他にも人を保護したとの通報が警察に複数寄せられており、警察は現在確認を行っています―――――』

 プツッ! テレビの電源が、桜散によって切られた。


「ただいま、さっちゃ」

「おかえり、カーク」

桜散は横になったままカークを出迎えた。2人は黙ったまま、お互いを見つめた。

 先に口を開いたのは、桜散だった。

「今日は、あの後どこに行ってたんだ? 外出してたみたいだが」

桜散は気まずそうな顔をしながら、カークが今日何をしていたのかを聞いた。

「公園に行った。そしたらゆーずぅと会ってな」

カークは今日の出来事を話し始めた。


「――――――そしたらさ、公園の隅に例の異空間があったもんだからよ! 2人で行ったわけ。んで、奥に化物が居たんで倒してきた」

カークは理正の件を伏せつつ、譲葉と異空間探索を行ったことを嬉しそうに、桜散に告げた。しかし、

「それで?」

桜散は暗い表情をしながらカークの話を聞いていた。まるで興味が無いような顔だ。

「それで、こっちに戻ってきてみたらもう夕方でさ。あいつと別れて帰って、そんで今に至るってわけだ」

「そうか」

桜散はそれだけ言うと、顔をソファーの背もたれの方へと向けた。そして、

「はぁ」

と一言、ため息をついた。

「どうしちまったんだよさっちゃ? 俺は別に今朝のことなんか」

「分かってるよそんなことくらい!」

桜散は声を荒らげる。しかし、

「あ……」

彼女は何かを思い起こしたのか、また黙ってしまった。

「はぁ……」

(よっぽど今朝のことで、精神的に参っちゃってるんだな。さっちゃ……)

ため息ばかりついている桜散の様子を見て、カークは体が重くなった気がした。


(どうしたらいいんだ、こりゃ? 面倒だなぁ。桜散の母さんも、落ち込むとこんな感じなのかな? 面倒だなぁ、うーん)

カークは桜散の様子から、まだ見ぬ彼女の母を想像した。

(うーん、気まずい。だが、ゆーずぅに連絡させるよう頼まれてるんだよな。それだけは伝えなきゃ。あと、今日のことも)

彼女が自分に余所余所しくなっているのを見たカークは、彼女に告げた。


「そうださっちゃ。お前に絶対に伝えなきゃならないことが2つあるから、それだけ伝える。聞いてくれ」

カークに背を向ける彼女の身体がビクッと揺れる。

「まず一つ目、ゆーずぅがお前と話したいそうだから、今日中にあいつに電話して、お前の連絡先を教えてやってくれないか?」

カークは譲葉に頼まれていた役目を果たす。

「……お前は私の連絡先を知ってるだろ? 何で教えなかったんだ?」

桜散はボソッとつぶやいた。

「いやいや! 人の個人情報勝手に教えるとか、プライバシーの侵害だから! 駄目だから、な」

「そうか。プライバシーの侵害、か……。はぁ」

 桜散は今朝、自分がカークの携帯を覗こうとしたことを思い出したのか、背もたれにぎゅっと顔を押し付けた。


(あちゃー! 失敗したかこれ! 選択肢ミスったか!? だが、まだ話はもう1つ残ってる。こっちも一応伝えないと……)

 南無三。カークは桜散の様子を見て、しまったと思った。しかし、まだ話は終わっていない。彼は続けた。

「そして、二つ目。行方不明者を異空間内で発見して助けてきた」

「何だと?」

桜散はソファーから体を起こした。

「どういうことだ?」

カークに背を向けたまま、桜散は尋ねた。

「異空間の中に、行方不明になった奴らが居た。といっても、全員ピクリとも動かず、固まっていたがな。どういう訳かは知らんが、あの空間の中では俺達みたいに魔術を使えるやつ以外、動きが止まってしまうらしい。んで、化物を倒したら、皆現実に戻った。さっきニュースでやってただろう? とりあえず10人は助けた」

カークは桜散に、異空間での出来事を話した。


「本当か? 信じがたいな。それに、お前の割にはやけに詳しいな。こういう時、いつもならお前は訳が分からなかったと言ってるだろうに」

桜散はカークの方を向き、首をかしげた。

「俺だって、異空間はもう3回目だぜ? もう何が起きても動揺したりしないさ。……異空間の中で、俺の携帯がフリーズしちまってたんだ。それを見た後、立ったまま固まってる行方不明者の姿を見れば、これくらい推測できる。お前だって、ここまで情報が揃えばこの程度の推測は容易い、だろう?」

カークは異空間での停止現象を推測した理由をでっち上げ、さらに桜散の洞察力を買いかぶった。

 ここまで彼が強気に出ているのは、彼女のことを本心で買い被っていることもあるが、何より理正のことを悟らせないためだ。

 桜散の前で少しでも弱みを見せたら、そこから粗を突かれる可能性が高い。故にカークは強く主張した。


「それは、確かにそうだが……」

カークに褒めちぎられ、顔を赤くする桜散。さっきまで不機嫌そうだったのは何処へやら。

「もし10人助けたって話を疑うなら、これから流れるニュースを見てみるといいよ。これから全部で10人保護されるはずだからさ」

 カークは、強く断言した。彼自身、本当に10人救えたかは確証が無い。彼だって確かめて安堵したい気持ちがあるのだ。

 しかし、理正のことを隠し通すため、彼は強く押し通した。


「……分かった。もしおまえの言うことが本当なら、今の話、信じてやる。だが、もしおまえが嘘をついているようなら、分かってるな?」

「分かってる。その時は煮るなり焼くなり、俺にお前の考える真実を吐かせるなり、好きにするといい」

 先ほどから、カークは内心緊張しっぱなしだ。

「はぁ。お前も、言うようになったな」

桜散はため息をつく。しかし、それは先ほどまでのものとは違い、安堵のため息だ。

「そりゃお前に何年も付き合わされてたら、俺だってそうなるよ」

「そうか? お前にしては、面白い主張だなとは思って聞いてたんだがな」

そう言うと桜散は顔をにやけさせた。

 ……こうなれば、もう大丈夫だ。カークは内心、ほっとした。

「お前なぁ。俺だって、やる時はやるんだよ!」

「そうかぁ? ふふふ」

桜散がにっこりと笑った。今日彼女が笑ったのはこれが初めてだ。

(ああ、よかった。何とか誤魔化せたか……。それにしても、さっちゃの笑顔は良いなぁ、可愛い。ああいう面倒くさい面が無きゃ本当に可愛い女の子なんだけど。うーむ)

 気持ちの浮き沈みが激しい、目の前の少女の笑顔を見ながら、カークは少し、考え込んだ。


「それじゃ、ゆーずぅへの連絡を頼む」

「分かっている。今から掛ける」

「それじゃ、俺はもう寝るんで、ゆーずぅによろしく。おやすみ、さっちゃ」

「ああ。おやすみ、カーク」

カークは自分の部屋に入り、ベッドに寝転んだ。彼の頭の中に、いくつもの出来事が浮かんでいく。

(大学が始まってから、ほんと数日でいろんなことが起きたなぁ)

 彼は枕元で、自分が今直面している問題について思い起こした。魔術のこと、仮面の怪物のこと、譲葉と総一郎のこと、桜散と理正のこと、そして、アレクシアのこと。

(明日から大変だなぁ。まぁ、明日になってから考えるか。なるようになるだけだし)

 彼は、これから起こるであろう様々な困難について思いをはせながら、目を閉じた。




『だが、当時の彼は理解していなかった。講義開始日からこの日までの出来事が、これから彼に降りかかる幾多もの困難の、ほんの序章に過ぎなかったということを。無論これは、当時の私にも知り得なかったことだ。

 そして彼はこの後、思い知ることになる。なるようになるのを任せるのではなく、自らの意志で「選択」することの重要性を。

 ここに、私の人生に決定的な影響を与えた「彼」との、出会いの経緯を語りたい。 『回顧録』序章より引用』

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