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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「非日常との邂逅」
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第5話『縁談お断りします』

[あらすじ]

 譲葉の縁談の相手が判明した。その人物とはカーク達と同じ井尾釜市に住む、高良(たから) 総一郎(そういちろう)という青年らしい。そのことを知ったカークは、譲葉と共に総一郎との面談に臨む。

第5話『縁談お断りします』

9日目

――――――――――――朝。

「朝だぞ、カーク。起きろ」

カークは桜散に起こされた。

 ドアの鍵は、もう掛けなかった。だから彼女は、彼の枕元で耳打ちすることができた。

 彼女の方も、今回は叩き起こそうとはしなかった。冷や水も無かった。昨日李緒に説教されていたカークを見て、何か思うところがあったのだろう。

「あ、ああ。起きるよ。おはようさっちゃ」

カークはベッドから身を起こした。


「そういえばカーク、魔術のことも大事だが、譲葉ちゃんの件はどうするんだ?」

桜散はカークに尋ねた。

「あ! それさ、ちょうどお前に話がしたかったところなんだ。あのさ、ゆーずぅの許嫁について、調べてくんない?」

カークは昨晩の譲葉とのやりとりを思い出し、そして桜散に依頼した。

「調べるも何も、私は何も情報を持ってないぞ? 情報収集能力だって、譲葉ちゃんの家ほどじゃないし。譲葉ちゃん本人から話を聞くくらいしか」

「だから、あいつから直接聞き出してほしいんだ。ほら、女の子同士だから話せる話題ってあるだろ? こういうのって男の俺が深く突っ込んで聞くのはちょっとアレだと思うからさ、お願い!」

 カークはこのとき気付いた。自分は、譲葉の許嫁について、何一つ知らないことに。しかし、直接譲葉に聞くのは気が引けたので、桜散に頼むことにした。

「お前の言うことにも、一理はあるな。私も今日、譲葉ちゃんと1対1で会話したいと思っていたから、ちょうどいいか」

桜散はカークの依頼を受けるようだ。

「お、頼み聞いてくれるのか?」

「たーだーし! 依頼というからには報酬が欲しい。無論、お前が用意できないようなものは望まないし、高い物を買わせたりはしないから安心しろ」

「お前は何が欲しいんだ? さっちゃ。俺は、お前の意見が欲しい」

報酬が欲しいという桜散の提案に、カークは意見が欲しいと返した。

「それなら、今度、パフェ奢ってくれ」

桜散は即答した。

「OK。取引成立だ」

カークも即答した。


――――――――――――昼休み。

 ムシャムシャ……。

「で、どうだったよ? さっちゃ。ゆーずぅからは聞き出せた?」

カークはジャムパンを齧りながら、桜散に尋ねた。

「ん。聞いてきたぞ? 譲葉ちゃんに。何でも、許嫁の名前は『高良(たから) 総一郎(そういちろう)』、という名前で、この井尾釜市に住んでいるそうだ。年齢は18歳で、譲葉ちゃんとは同い年。家は、それなりにお金持ちみたいだが」

 桜散はそこで言葉を切り、手に持っている梅おにぎりを食べた。すかさずカークは尋ねる。

「だが?」

「んん……。どうやら、彼の父親は実家から、勘当されているらしい。裕福ではあるが、譲葉の家ほど巨大なお金持ち、ってわけでは無いそうだ」

「ゆーずぅ言ってたな。あいつの両親が、その許嫁の両親に昔世話になったとかなんとか。財力的な力関係はゆーずぅの家の方が上なのか、ふむ」

カークは考え込む。

 その間に桜散は口の中のおにぎりをごくりと呑み込んだ。


「で、だ。とりあえず、それくらいかな。彼女自身、彼のことはよく知らないみたいだし。これ以上の情報は望めないだろう」

「そうらしいな」

カークは桜散の話を聞きつつ、ペットボトルの緑茶を飲む。

「一度、彼と会ってみるというのはどうだ? 譲葉と一緒に。同じ町に住んでいる以上、会うことは可能なわけだしな。ちょうど明日が休日だし、譲葉ちゃんを誘って行くといい」

桜散はカークにそう提案した。

「それなんだが、実は昨日の晩、ゆーずぅに明日一緒にその、相手の所に来てくれないかって誘われた」

カークは昨晩の電話について説明した。

「何? 誘われたのか? なら、もし問題のある奴だったら、お前が譲葉ちゃんを守ればOKだな」

桜散の意見は、譲葉と一致した。

「そうか」

 カークは納得した。桜散がそう言うのであれば、自分が譲葉のボディガードを務めることは正しいことなのだろう。彼はそう確信したからだ。


「……怒りにまかせて、魔術は使うなよ? 放火は重罪だからな」

桜散はカークを茶化す。

「分かってるってば」

カークは桜散の言葉に思わず耳を塞いだ。

「むしろゆーずぅが相手を凍らせたりしないか心配だよ」

「そういう事態を防ぐのも、お前の役目じゃないか? ふふふ」

桜散は笑みをこぼす。

「お前は来ないのか? さっちゃ」

「私が行ってもしょうがないだろ? 結局は、譲葉ちゃんと許嫁君との問題であって、私が入る余地はないわけだしな。守るだけならお前ひとりで十分。むしろぞろぞろ引き連れて行ったら、変に警戒されかねない」

 桜散はカークにそう言うと、ペットボトルのお茶をごくごくと飲み始めた。

「そう、だな。確かに。言われてみれば、人様の家にアポも無しに何人も行くのは失礼か。分かった。何かあったら帰ってからお前に話すよ」

カークは桜散の言葉に頷いた。

「分かった。良い報告を期待している」

「おう」

 2人は食事を終え、午後の講義のために別れた。


――――――――――――午後。

「お、ラッキー」

カークは掲示板を見て、顔を緩ませた。午後の講義が休講になったのだ。1週間で2コマも休講になるとは珍しい。

「どうすっかな。家に帰ろうかなぁ……」

 そんな風にカークが考えていると。


「いいよね、休講」

横から、アレクシアが声をかけてきた。彼女はカークの緩んだ顔を覗き込もうとする。

「うわ! びっくりした」

思わず飛び退くカーク。

「失礼、ね。私だって、ここに通ってる。今年で、1年生」

「あ、ああ。確かにそう言ってたな。あれは、嘘じゃないんだな?」

「もちろん」

 素性を偽って近づいてきた相手だ。カークも警戒する。もっとも、その警戒は徒労に終わったようだ。

「あ、そうだお前。何か困ってることない? 同じ魔術を使う者同士、仲良く、やろうぜ?」

カークはアレクシアに右手を差し伸べた。……昨日譲葉がやった通りに。


「……! あ、ありがとう」

その様子を見たアレクシアは、一瞬はっとした顔をし、左手で彼の右手を取り軽く上下に揺すった。

「ん? よろしくな」

彼女の不審な態度を疑問に思いながらも、カークは挨拶した。

「よ、よろしく」

 彼の手を取ってからの、アレクシアの様子がおかしい。まるで何かを懐かしんでいるような、そんな表情をしながら、カークの手を固く握っている。

「どうしたんだ? 何か、様子が変だぞ?」

「あ、いや。大丈夫、ちょっと、思い出しただけ」

 そう言い、アレクシアは手を放した。手を放した後も彼女は、先ほどまでカークの手を握っていた左手をちらちらと見ている。

「そうか、じゃあ、今後よろしくな、昨日はすまんかった」

カークは頭を下げた。

「いや、私も、誤解招く真似して、すまなかった。謝る」

アレクシアも頭を下げた。

「は、ははは……」

「ふ、ふふふ……」

2人は互いにおかしく思い、揃って笑い声を出した。


「それじゃあ、私は、これで。また、会う」

「おう! また会おう。あ、そうだ」

別れのあいさつの最中、カークはアレクシアに切り出した。

「ん? 何?」

「あのさ、魔術とかについて、今度俺達と一緒に調べない? 同じ魔術使い同士、一度一緒に集まって話をしたいと思ってるんだが」

カークは、彼女を自分達の集まりに誘った。

「ん。いい、よ。行くよ」

「それでさ、呼ぶときは連絡したいんで、連絡先教えてくれないかな?」

「OK。メアド交換、しよう?」

 アレクシアは自分の持っている携帯をカークに向けて掲げた。カークはそれを見て自分の携帯を、アレクシアの携帯と合わせた。

「よし、これでアドレス交換完了。今後ともよろしく! そっちも何かあったら自由に連絡してくれていいから」

「……! うん、よろしく、ね。カーク。それじゃ、今度こそ、またね」

「おう、またな!」

アレクシアは去って行った。


――――――――――――夕方。

pppp……。メールの音がする。譲葉からだ。カークはメールを閲覧した。

『題:明日の流れについて 本文:カーク君。明日ですが、午前9時にカーク君の家の近くの公園(前に桜散ちゃんと会ったとこ)で合流しましょう。明日はよろしくね』


(明日の予定についてか、ふむふむ。返信しよっと)

メールの内容は、明日(土曜日)の予定についてだった。

 メールを見たカークは、譲葉に送るための返信メールを作成した。

『題:Re:明日の流れについて 本文:ゆーずぅへ。メール見たぞ。明日の9時だな。こちらこそ、よろしく頼む』


 そこまで書いたところで、カークはメールに、ある文章を追加するかを悩んだ。

(これ入れようかな? でも入れたら失礼かもしれないなぁ……。ま、いっか。入れちゃおう。このくらいのユーモアはあってもいいだろ、うん)

カークは悩んだ末にメールに1文を追加し、送信した。

『題:Re:明日の流れについて 本文:ゆーずぅへ。メール見たぞ。明日の9時だな。こちらこそ、よろしく頼む

 追伸:もし、相手が嫌なやつだったとしても、魔術使っちゃ、ダメだぞ☆』


 返信はすぐに来た。

『題:Re:Re:明日の流れについて 本文:返信ありがとう。カーク君。よろしく』

そこからメールは10行ほど改行され、次の文章が書かれていた。


『追伸:カーク君の方も、使っちゃだめだよ? 私は大丈夫だけど、カーク君の方が心配だよ。

 あと、女の子にダイレクトにそういうこと言うのって、デリカシー、無いんじゃない? 私は別に気にしてないけど、例えば桜散ちゃんとかに送るときは、こういうのやめた方がいいよ』

 この文章を見たカークの顔が、青ざめたのは言うまでもない。


――――――――――――夜。

「ただいま」

「おかえり、カーク。待ってたぞ」

帰宅したカークを、桜散が出迎えた。

「あれ? 母さんは?」

「今日は残業で遅くなるそうだ。晩ごはんはあるもので勝手に食べろとのお達しだ」

「そうか。それじゃ、カップ麺でも食べるか」

「分かった。そうしよう」

2人は夕食を食べることにした。


 夕食のカップ麺にお湯を入れ、待つ。その間に、2人はテーブルに座り、テレビを見ていた。

『先月より井尾釜市で発生している連続失踪事件について、有効な対策が取れない警察に対し、市民からは批判の声が上がっています―――――』

 また例の失踪事件のニュースだ。どうやら、警察は対応できていないようだ。


「なあさっちゃ。ふと、気になったんだが」

「ん? どうしたカーク」

「何で『連続』失踪事件、なんだ? 人が行方不明になるだけなら普通によくあることだし、複数の事件を何で警察は連続失踪だと関連付けたんだ?」

「どういうことだ?」

 カークの疑問はこうだ。今回、行方不明になっている人物は全員面識が無く、時間も場所もバラバラ。これらを全て繋がった一連の事件であると、どうして警察や世間は断定しているのか? ということだ。

「それについてだが、私も実際のところ、よく分からないんだ。知らない間に『連続失踪事件』なんて呼ばれてた。大体行方不明者が10人を超えたあたりにな」

 桜散曰く、SNSで誰かが勝手に関連付けだしたのが広まったのではないかとのことだが、どこまで本当かどうか分からないらしい。

 また警察は組織犯罪、例えば他国工作員による集団拉致事件という線で捜査しているらしいが、全くのお手上げ状態だとも。


「それにしたって行方不明者が井尾釜市だけに集中してるってのも変だな。というか、大々的に報道されてる割に、街中で騒ぎになっていないのが気になる」

 行方不明事件が続いている割には、自分の周りでそう言った話を聞かないし、周囲で噂になっているのを聞いたことが無い。カークは疑問を呈した。

「お前が単に人付き合いして無いだけだろう。私の教室では噂話になってたぞ? 夜で歩くと危ない、とか。女子ほど狙われやすい、とかな」

「そうか? ……俺が疎いだけなのかな」

 カークは自分の交友関係の狭さを痛感した。とはいえ、交友関係が狭いのは桜散も同様。にも関わらず、これほど2人の間に情報量の差が生じているのは、2人のアンテナの強度が違うということか。

「そうだろうさ。人付き合いの無さも、お前が疎い理由なのかもしれないな」

「むぅ……」

不機嫌そうな顔をするカーク。


「あと、人付き合い云々とは違うんだが」

そこまで言うと、桜散は一瞬黙った。

「ん?」

「ほら、あの異空間と、怪物だよ」

桜散はそこで、異空間と仮面の怪物について話し始めた。カークもそれに食いつく。

「ちょうど俺も、それは考えてた。1度だけならともかく、2度も飲み込まれたからな。無関係、ではないと思う。多分」

「そうだ。私が思うに、今回の事件の原因は、あの仮面の怪物なんじゃないかと推理している」

桜散は推論を述べ始める。

「じゃあ、もしかして今行方不明になってる奴らは……」

カークは言った。

「大方、異空間に飲み込まれて、そして……」

桜散も言った。

 2人とも、同じ可能性に行きついていた。

「おいおいおい! それじゃあ、もう」

「……可能性はありうる、な」

桜散は硬い表情で、そう言った。

「うわぁ……」

 カークは自分達が、かの行方不明者たちと同じ末路を辿ったかもしれないことを考え、身を震わせた。

「じゃあ俺達、相当ラッキーだったんだな。一歩間違えれば行方不明者になってたと」

「あくまで推論に過ぎないぞ? 証拠は、無い。あの異空間の中に、行方不明者の遺留品とかがあればはっきりするんだが……」

桜散はそう言うと、カップラーメンの蓋をめくり、麺をズルズルと啜り始めた。

「なるほどな、確かに。今度、あれにまた飲み込まれることが有ったら。いや無い方がいいんだが、そういうのも探してみるか?」

カークは桜散に提案し、同様にカップラーメンを食べ始めた。

「いいな、それは。悪くない、提案じゃないか。面白いかもしれん、面白い、っていうのは不謹慎かもしれないが」

麺を啜る桜散の顔が緩んだ。それを見て、カークの顔も緩む。


「じゃあ今度、ゆーずぅと相談しよう。このことについてさ。……あ、そうだ! そのことについてなんだが、アレクシアと連絡先を交換した」

 カークはふとアレクシアのことを思い出し、桜散に話した。桜散の箸が止まる。

「何? 彼女とどうやってアドレス交換した? 彼女は、私達の味方とは限らないんだぞ?」

桜散はカークに忠告する。

「それがさ、昨日ゆーずぅと一緒にいたときに会ってさ。あいつ、ゆーずぅと打ち解けてて」

「譲葉ちゃんも、彼女に会ったのか。ふむ」

カークの話を、桜散は相槌を打ちながら聞く。

「それで、今日も会ったんで話しかけたらアドレス貰えた。俺から、今度一緒に会って話さないかって誘ったんだが、OK貰えたよ。どうも、俺が単に勘違いしてただけで、敵じゃなさそう」

「そうか。彼女はおそらく魔術の使い手としては私達の先輩。彼女から何か情報を得られれば、さらに協力を得られれば、進展が得られるかもしれない」

「だろ? だから今度一緒に来るよう言って、4人で話をしよう」

「……分かった」

桜散は一瞬間をおいて、カークの提案に乗った。


「どうした? 何か問題あったか?」

「いや。……私は、アレクシアのことを何も知らないし、面識が無いからかな。ちょっと警戒しているのかもしれない」

「大丈夫だよ、あいつ。ちょっと喋りは変だが、お前とも多分、打ち解けるよ」

「だと良いんだがな」

2人はそこで食事を終えた。


「ただいま~」

「母さんお帰り」

カークと桜散が夕食を終えた1時間後に、李緒が帰ってきた。

「桜散ちゃんは?」

「風呂入ってる」

「そう。あなたは?」

「俺は後で入るよ」

「そう」

2人はリビングに移動した。


「そういえば、母さん」

「ん? なあに?」

「初めて会った頃のさっちゃって、どんな感じだったっけ?」

カークは李緒に、最初の頃の桜散について尋ねた。

 こんなことを尋ねたのは、彼女の父、理正の発言が頭の片隅にこびりついていたからだ。

『あの子が、自分の親について、君に話したことはありますかな?』

『私が彼女の目の前に現れれば、どういった反応を示すか』


「そうねえ。もう4年前よね。あの子がここにやって来たのは。……最初に会った時の彼女は、本当に目が死んでいたわね」

「目が、死んでた?」

カークは李緒の目を見た。

「そう。まるで、何もかもに見放されて、希望も何もかも無くなった人の目よ。正直、あのまま1人で暮らしていたら、どこかであの子は壊れていたと思うわ。私はあの子の、あの目を見て、どうしても放っておけなくてね」

李緒は昔を懐かしむように、カークに桜散との出会いを語った。

「それでさっちゃを、ここに住まわせたと」

「私が最初、あの子にうちに住まないかと提案したときは、きつく断られたわね。でも、何度も訪ねる内に、あの子も私に心を開いてくれるようになって、それで、1ヶ月ほど経って、ようやく来てくれたの」

「そうだったんだ」

「あの子も、ここで暮らすようになってから、だいぶ良い目をするようになったわ」

李緒はそう言うと、廊下の方を見た。


「ねえ母さん、さっちゃはどうして1人でこっちに越してきたのかな? 親とか、どうしたのかな? 何か知らない?」

 カークは、李緒に桜散の両親について知らないか尋ねた。直接桜散に聞く前に、確認として。

 カークのその言葉を聞いて、李緒は一瞬、顎に手をつける姿勢をした後、語り出した。

「桜散ちゃんには、誰にも話さないでって言われてるけど……。そうね、あなたにはいつか、話しておかなきゃって思ってたし、ここで話すわね」

カークは唾を飲んだ。


「あの子はね、両親に見捨てられたのよ。家を追い出されたって、私に言ってたわ」

「勘当されたって、こと?」

「戸籍上の親子関係は切れてないと思うけど、まあ、そう言うことになるわね」

 勘当。親子の縁を切ること。中学も出たばかりの15歳の少女に、そんな扱いをした桜散の両親に、カークは怒りを覚えた。

「母さんは、さっちゃの両親と、連絡は取ったことあるの?」

カークは真っ当な疑問を投げかけた。

「うーん……無いわね。というか、あの子は頼んでも教えてくれなかったし」

李緒は首の後ろに手を回し、困り顔をした

「そうか、あいつ、よっぽど親のことが嫌いなんだな」

「そりゃそうでしょ。……でもね、私としては、いつかあの子が、本当の親と向き合えるようになって欲しいって思ってるの」

「ん、どうして?」

「私は今あの子の保護者だけど、本当の親ってのは、やっぱり違うものよ」

「……」

カークは黙って李緒の話を聞いている。


「父親母親ってのはね、世界に1人ずつしかいないの。どんなに酷い人だったとしても、桜散にとっては、掛け替えのない存在なのよね。あの子ももうすぐ20歳だし、『親孝行したい時分に親は無し』となる前には、一度会わせてあげたいわね」

「そうか……」

桜散の家族の事情を聞いて、カークは考えた。

(理正さんが言ってたのは、そういうことだったんだな。となると、あいつに親のこと聞くのはタブーなんだろうな……)

「さっちゃが勘当された経緯って、母さん知ってる?」

「さあ? 私もそこまではあの子から聞けてないわね。聞いてみたらどうかしら? あなたに、あの子は心を開いてくれてるみたいだし、話してくれるかもね」

 李緒はカークに、桜散本人に聞いてみるよう言った。

「そうだな、ちょっと聞いてみるよ」

「もしそれで、何かあの子との間に困ったことが有ったら、いつでも相談しなさいよ。私は、あなたの母親なんだから。あと、父さんにもメールで聞いてみるといいかもね」

「分かった」

カークは頷いた。


「それにしても、本当に桜散ちゃんって可愛いわよねぇ。私としては、カークの面倒見てもらえるとうれしいんだけど」

そこで李緒は話題を変えた。

「そういう考えで朝起こしに行かせたり、俺の小遣い管理させたり、あいつに料理教えたりしてたのか? 謀ったな、Mam!」

あからさまにカークに桜散を宛がおうとする李緒のやり口に、思わずカークは叫ぶ。

「うふふ。でも……あんな良い子、そうそう居ないわよ? あの子自身まんざらでもないみたいだし、良いんじゃない?」

「ば! 母さん……」

 李緒はカークの耳元でそう囁く。それを聞いたカークは、顔を赤くさせ、黙ってしまった。

 その後カークが寝るまで、桜散のことを考え気まずくなったのは言うまでもない。



10日目

――――――――――――朝。

 ReReRe……! 目覚ましの音と共に、カークは目を覚ました。今度はちゃんと二度寝しなかった。

「おはよう、カーク。今日はちゃんと起きれたみたいだな? な」

部屋のドアを開けると桜散が待ち構えていた。目つきが少し、にやけている。

「げ。今日はお前に気づかれずに下に行こうと考えていたんだけどなぁ」

目の前の少女に自分の全てを掌握されている現実に、カークは必死に抗おうとする。

「ふっ、甘いな。何年お前を起こしに来ていたと思ってるんだ、甘いぞ」

桜散はにやにやと笑っている。

「ちょっと気持ち悪いぞ、お前」

「むぅ。別にいいじゃないか。こういう表情したって」

桜散の表情が一転、不満げになった。だが、彼女は別のことを思い出し、真顔になった。

「そういえば、今日だったよな? 譲葉ちゃんが許嫁の所に行くの」

「ああ、そうだよ。9時に公園で落ち合う約束してんだ。朝飯食ったら、そのまま出かけるよ」

「分かった。良い報告を、期待しているぞ?」

桜散はにっこりとほほ笑んだ。

 桜散を見て、こいつ表情がコロコロ変わるなとカークは思いながら、1階へと降りた。


 その後、朝食を食べたカークは、家を飛び出し、譲葉に会うために、約束の公園へ向かった。

 公園に着くと、ベンチに譲葉が座っているのが見えた。近づくカーク。すると、彼女の方から声をかけてきた。

「おはよ! カーク君、来てくれたんだ」

譲葉は微笑んだ。それを見たカークは、顔を緩ませ挨拶を返す。

「当たり前だろ、おはようゆーずぅ。これから、行くんだよね?」

「そう。私の許嫁、高良、総一郎の家に。今日はよろしくね!」

「分かった。で、どうやって行くんだ?」

カークは譲葉に、総一郎の家への行き方を尋ねた。

「えーとね、地下鉄に乗っていくんだけど、まあ地下鉄に乗ったら説明するね」

「了解」

 そう言うと2人は、地下鉄駅へと歩き出した。


 総一郎の家は、カーク宅の最寄り駅から、地下鉄(通称:青羽(あおばね))に乗って40分程度行った駅の近くにある。同じ井尾釜市内だが、カークの住んでいる場所とは異なり、いわゆるニュータウンと呼ばれる郊外の住宅街だ。

 普段カークが通学に使っている地下鉄の定期券の区間外だったため、彼は新しく切符を購入した。ちなみに譲葉は大学の近くに住んでおり、普段徒歩で通学しているため、この地下鉄は利用していない。

 地下鉄を下りた2人を待っていたのは、起伏の多い地形と、そこに並ぶ住宅街だった。彼らはその後バスに乗り換え、総一郎の家へと向かった。

 総一郎の家は、いわゆる豪邸である。家屋は地味な洋風の2階建てだが、庭がとにかく広い。門から家のドアまで50mほど距離がある。カークの住む2階建ての一軒家なぞ比べ物にならないほどだ。もっとも、これでも譲葉の家に比べるとだいぶ小さいのだが。


 2人は総一郎宅の門前に立った。門は鋼鉄の板でできており、なかなかに重厚だ。

「さて、着いたな」

「そうだね」

譲葉が、門についたチャイムを鳴らし、人を呼ぶ。

「こんにちは、先日ご連絡した九恩院、譲葉です。高良、総一郎さんにご用があるのですが……」

「かしこまりました、すぐ迎えに伺います」

譲葉に応対したのは女の人のようだ。

 しばらくすると、門が自動で左右に開く。開いた先には、1人の女性が立っていた。

 女性の髪は黒のポニーテールで、服装はメイド服。どうやら使用人のようだ。

「お待ちしておりました。九恩院、譲葉様。そして、カーク・高下様。私、使用人を務めさせていただいております、(かなめ)と申します。総一郎様の元へとご案内いたしますね。こちらです。どうぞ」

 使用人、要に案内され、カークと譲葉は、屋敷の中へと向かった。


 屋敷の中は、暗く閑散としていた。玄関は大広間になっていて広いが、人の気配一つ感じられない。不気味な雰囲気だ。その中を、カークと譲葉は要と共に進んでいく。

 2階に上がると、ある一つの部屋の扉の前で要の足が止まった。彼女は扉にノックした。

「総一郎様、お客様です」

「ああ、分かった。今出るよ」

中から男の声が聞こえ、そして

「はいはい。えーと、そこの2人は?」

扉から1人の青年が現れた。焦げ茶色の髪はぼさぼさで、薄手のTシャツとジーパン姿だ。

「譲葉様と、カーク様です」

要が青年、総一郎に2人のことを説明した。

「あー。そうだったね。えーと、どうぞ。話は中でしましょう」

総一郎はそう言い、2人を手招きした。

「あ、失礼します」

「ああ、失礼する」

2人は総一郎に招かれ、彼の部屋へと入った。


 総一郎の部屋は、大体6畳ほどで、端にベッドと机が1つずつ、棚が2つ置かれていた。棚の中には漫画本やTVゲームのパッケージ。いわゆるオタクの部屋であった。

 ただ、掃除はしてあり、床は綺麗だ。

「よいしょっと」

総一郎は押入れから丸いちゃぶ台を取りだし、部屋の中央へ置いた。そして2人に座るよう促した。

「ささ、2人とも、座るといいですよ」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

「分かった。失礼する」

 3人がちゃぶ台越しに座った。

「さて。話は聞いています。お初にお目にかかりますが、あなたが九恩院、譲葉さん、でいいのかな? そして、そっちは彼女の友人、カーク君。初めまして、高良、総一郎です。総一郎で構いません。以後よろしくお願いします」

総一郎は胡坐座りをしながら、2人に一礼した。

「それであってます。高良、総一郎さん。初めまして。九恩院譲葉です」

「初めまして。カーク・高下だ。カークでいい。よろしく」

2人も総一郎にあいさつを交わす。

「君付けでいいですよ、譲葉さん。さて、挨拶が済んだところで、本題に入りたいと思います。今回、譲葉さんから連絡を受け、こうしてお会いする機会を設けたわけですが……。説明をお願いします、譲葉さん」

 総一郎は譲葉に質問を投げかけた。彼の眼は、彼女のことを一点に見ていた。

「単刀直入に言いますね、総一郎さん、じゃなくて。総一郎君。私、今回の縁談、はっきり言って嫌です。お断りします」

譲葉は総一郎に用件を伝えた。

(……ものっすごく直球にいったな、ゆーずぅ。さて、相手の方はどう出るか)

カークは総一郎と譲葉のやり取りを不安そうな目で見ていた。いざとなったら自分が譲葉を守らなければならない。握っている手に力がこもる。

 譲葉のお断り宣言を聞いた総一郎は、手で頭を掻くしぐさをした後、こう言った。


「はぁ……だろうなぁ」

彼はまるで、譲葉の言葉を予想していたかのような態度で困ったような顔をした。

「正直、僕もこの縁談、お断りしたい所なんですよねぇ」

「ん? どういうことだ?」

カークは驚く。

「あなたも、今回の縁談は断りたいと?」

譲葉も思わず問いかける。

「ええ、そうです。今回のは父と母が、僕の将来を心配して、僕に内緒で勝手に決めた事なんですよ。僕はね、自分の結婚相手位、自分で決めたいと考えています。それに」

「それに?」

「僕にはもう、好きな人がいます。もちろん、譲葉さんじゃないですよ? だからハッキリ言って、僕も今回の件で正直迷惑してるんです。父さん母さんは言っても聞かないし、ホントどうしたもんかと思ってたんです」

「そうだったんですか」

 譲葉の表情が綻んだ。総一郎には本命の想い人がいるが、彼の両親は無理やり結婚させようとしているのだ。

「そんな時、譲葉さんの方から連絡がきたもんだから、こりゃ腹括らないといけないかなと諦めていましたが……」

 総一郎は譲葉が縁談を嫌がっていることを喜んでいるようだ。


「つまりだ。両方とも今回の縁談は蹴りたいと思ってるわけだ。なぁんだ……。あ」

 カークは総一郎の方を向いて言った。

「総一郎、すまん。俺はお前のこと、ぶっちゃけ誤解してた。実際に会うまで、ろくでもない奴だと思ってた。でも実際はそんな感じは無かった。だから謝る。すまん」

カークは頭を下げた。

「いえいえ。……聞きましたよ。譲葉さんのこと。これは間違いなく、僕達のせいです。誤解されても、仕方がないと考えています。カークさん、本当に譲葉さんのことを大切にしているんですね。幼馴染と聞いていますが……。本当に良い関係で、羨ましいですね」

 カークと譲葉を見て、総一郎は寂しそうな笑顔を浮かべる。彼の表情は、まるで失われてしまった過去を懐かしんでいるかのようだった。

「いや、正直お前がこんな出来たやつだとは思って無かった。……これであっさり解決、すればいいんだけどなぁ」

カークはため息をついた。

「私、パパとママを説得したんですが、聞いてくれなかったんです。総一郎君も?」

「ええ。そうです。本当に困りますよねぇ。分かりますよ、譲葉さんの気持ち」

「「はぁ」」

2人もため息をついた。

 要するに、両者とも親の説得がネックなのだ。総一郎の話を聞くに、譲葉の両親同様、彼の両親も梃子で動かないような人物なようだ。3人は頭を抱えた。


――――――――――――夕方。

 その後、カーク、譲葉、総一郎の3人は、カーク宅近くの公園へと足を運んでいた。これは気晴らしのためと、今後どうするかを相談するためであった。しかし。

「はぁ……。気晴らしすれば、いいアイデアが浮かぶと思ったんだが、結局無駄足だったなぁ」

ベンチに寝そべりながらカークが呟く。

「そうだね~。どうしよ~、ほんと」

「全くです。何とかならないでしょうかねぇ」

総一郎と譲葉はベンチにもたれかかり、へばっていた。

「しかも、総一郎の両親、仕事で家に居ないとか。説得も減ったくれもないじゃねぇか」

カークは2人に対して愚痴をこぼす。

「ごめんねカーク君、せっかく一緒に来てくれたのに、何の成果も得られなくて」

「いいえ。私も、両親が居ないことを伝えておくべきでした。申し訳ありません」

 カークに対して申し訳なさそうな顔をする2人。彼がついていく必要は何処にもなかったどころか、本当に居るだけになってしまったのだ。

「はぁ。もういいよ、謝ることも無いよ。はぁ~どうしよマジで」

 ベンチに寝そべりながら、へばる3人。思考が堂々巡りしそうになった、その時だった。


「おや、カーク君。こんにちは。……ん? そちらの2人はもしかして、九恩院のお嬢ちゃんと、高良のお坊ちゃんか?」

3人の前に、白髪交じりの初老の男が現れた。カークには、この人物に見覚えがあった。

「あなたは、理正さん? こんにちは、カークです。以前は失礼しました」

 カークは男に深々と頭を下げて挨拶する。彼は桜散の父、理正だ。

「お2人さん、初めまして。私、理正と申します。」

 譲葉と総一郎に対して、理正は自分の名前を名乗った。

「この人、カーク君の知り合い? それにしても」

「何で、僕たちのことを知っているんですか? あなたは一体」

譲葉と総一郎は、互いに理正に問いかけた。

「やはりそうでしたか。私は君達のご両親達と知り合いというか、彼らの縁を取り持ったからね。今も彼らとは時々話すんだよ」

 理正は2人の質問に答えた。彼は九恩院夫妻と高良夫妻の古き知人であり、彼らの仲人を務めたと。

「Hh? 何だと!?」

「何だって!?」

「何ですって!?」

理正の発言に驚く3人。思わぬ繋がりがあったものだ。


「あの! ……理正さん、でいいんですよね? 頼みがあるんですが、良いですか?」

譲葉が理正に詰め寄る。

「ん? な、何だね?」

「私のパパとママを説得してもらえませんでしょうか? 私を勝手に総一郎君と婚約させようとしてるんです!」

事情を説明する譲葉。総一郎もそれに続く。

「こっちも同じく、僕の父さん母さんも説得してもらえませんか!? お願いします! 婚約断りたいんです!」

必死の形相で頼み込む総一郎。よほど、本当の想い人のことが好きなのだろう。

「ま、待ってくれ待ってくれ! いきなり言われても、困るよ。どういうことなのか、詳しいことを教えてくれないか?」

2人に詰め寄られ、慌てる理正。

「あ、すみません。理正さん。事情を話しますね。実は」

かくかくしかじか。譲葉は理正に、自分達の事情を説明した。


「縁談、か。全く、あいつらも心配性ですねぇ。君達もまだ若い。そんな早まる必要もないというに。彼らも困ったもんですな」

 事情を聞いた理正は呆れていた。

「おそらく、総一郎君のご両親を説得して縁談を取り下げさせれば、譲葉君の両親の方も丸く収まると思いますよ? 譲葉君の両親はあくまで恩人からの頼みで……という感じで引き受けてるだけでしょうからね」

 理正曰く、おそらく最初に縁談を持ちかけたのは総一郎の親であり、そちらを説得できれば、譲葉の両親も彼らに従い縁談を撤回するはずだとのこと。

「では、お願いできますか? 総一郎君のご両親の説得を」

譲葉は言った。

「いや、待て待て。いきなり、と言われても無理がある。今日はもう遅い。それに、こういうのは電話越しの説得よりも、実際に会って話をした方がいい」

理正はそう言いながら、空を見上げる。太陽は既に地平線の下だ。

「あ、すみません。そうですね、では、また今度お願いできますか?」

「僕からもお願いします」

「俺からも頼む、理正さん。2人の問題を何とかしたいんだ」

頼み込む3人。

「分かった。なるべく早く、彼らと話をする機会を設けよう。無論、その時は君達も一緒に来てもらうことになるが、大丈夫かね?」

「「はい!」」

譲葉と総一郎は即答した。


「では、今日はもうお開きですか? 理正さん」

カークは理正に訪ねた。

「そうですな。では、また後日よろしく頼みます。カーク君、君から2人に連絡すればよいですか?」

「OKです、理正さん。総一郎、後でメアド教えてくれ」

カークは総一郎に連絡先を教えてくれるよう頼んだ。

「分かりました。今、教えます」

そう言うと総一郎はスマートフォンを取り出し、カークの携帯にかざした。連絡先が交換される。

「それでは3人とも、夜遅くならないうちに帰るように。またの」

理正は帰って行った。

「じゃあ俺達もそろそろ帰るか」

「そうだね。カーク君、また今度よろしくね」

「おう!」

「カーク君、理正さんとの連絡役、よろしく頼みます」

「おう! 任せとけ」

3人は別れの挨拶を交わして、それぞれの家へと帰った。


――――――――――――夜。

「ただいま~」

「おかえりなさい」

家に帰ったカークを出迎えたのは、李緒だった。

「母さん、さっちゃは?」

「リビングにいるわよ。あと晩御飯できてるから」

「晩御飯は?」

「鯖の醤油干しよ」

「分かった。ありがと」

「はいはい」

カークは李緒との会話を終え、リビングへと向かった。


「おかえり。待っていたぞ」

「ただいま、さっちゃ」

カークはリビングで、桜散と顔を合わせた。

「早速だが、今日の報告、と言いたいところだが、まずは冷めない内に夕食を食べてしまおう。話はそれからだ」

「OK。あー、腹減った」


 夕食後、カークは桜散に今日の出来事を話した。

 総一郎の方も譲葉同様、今回の縁談をウザったく思っており、解消を望んでいること。

 総一郎と譲葉、双方の両親達に共通した友人がおり、彼と偶然会うことが出来たこと。そして、両親の説得は、その人物の協力があれば解決できそうであること。


「ふむ」

桜散はカークの話を黙って聞いていた。

「つまり、その仲介人は双方の家に大きな影響力を持っている、というわけだな?」

「そういうことだな。いやはや、まさか意外な方向で解決しそうだとは思わなかった。正直俺は総一郎の両親がゆーずぅの親同様頑固だって聞いたときはどうしようかと思ったぞ。2人の様子も気まずかったし、思わず逃げ出したくなった」

 カークは疲れた様子で桜散に話しかける。彼にとって、今日の出来事はとても精神的負荷が大きかった。


「大変だったな。私も、ついて行った方が良かったか?」

桜散はカークをねぎらった。

「ん、んん!? い、いや、お前は来なくてよかったよ。正直、俺が居なくても何とかなりそうな雰囲気だったし」

カークは焦った。もし一緒に桜散がついてきていたら、理正と鉢合わせになっただろうから。

「そうか? お前の話を聞く限りだと、その協力者とやらに会えたのは、お前のおかげだろう? お前が居なきゃ、何の進展も無かったはずだ」

「あ、確かに言われてみればそうだな」

桜散の発言に、カークはポンと手を打つ。

「だったら、私も居て良かっただろう。正直、その協力者とやらがどんな人物なのか。私は気になって仕方がないんだ」

「いや、そんな大した人物じゃないよ。ほんと」

「そうか?」

 カークは桜散に理正のことを勘付かれないか戦々恐々していた。一応名前ははぐらかしたが、それでも何かの拍子で喋ってしまいそうだった。

「しっかし、お前がそんな人といつの間に知り合いになっていたとはな。いつ知り合ったんだ?」

 桜散はカークにさらに厳しい質問を飛ばしてきた。カークが理正と知り合ったのは、かのストーカー疑惑の時だ。あの時彼は、何もいなかったと桜散に嘘をついて誤魔化した。

「うーん、それはなぁ……」

思わず言いよどむカーク。


「……まあ、それは今関係ないか。今大事なのは、譲葉ちゃんと総一郎君の件だろうからな」

 桜散の追及が止まり、カークは思わずホッと胸をなでおろした。

「2人の件については俺が連絡役務めることになってるんで、今は連絡待ちだな」

「そうか、分かった」

 桜散がそこまで言ったところで、湯沸かし器の音が鳴った。お風呂が沸いたことを知らせる音声メッセージだ。

「おっと、ちょうど風呂が沸いたみたいだな。先に入ってくる」

「おう、行ってらっしゃい。俺も後で入るんで、栓抜かないでおいてくれよ」

「分かったー」

桜散は風呂へと向かった。

「はぁ、疲れた」

 カークは椅子に座りこみ、軽く目を閉じて休んだ。これからどうなってしまうのだろうか? だがカークは、考えていた。

 なるように、なるしかないと。


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