第36話①『魔術師達の閑話①』
再び奇妙な夢を見たカーク。
夢の中の声はカークに対し、選択にまつわる忠告をする。
その声と話に聞き覚えがあるカークであったが、誰なのか思い出せない。
その一方でカークは、桜散と共に総一郎邸を訪問する。
するとそこで、彼らは思わぬハプニングに遭遇することに……。
第36話①『魔術師達の閑話①』
――――――――――――???。
『ねぇ』
『……ん?』
カークは、夢を見ていた。思えばこんな夢、以前見たような……。
『頑張ってるね? 役者も順調に揃っているようだ』
謎の声に、話しかけられる夢だ。カークは周囲を見回したが、誰も、何も居ない。
暗黒の中、カークは1人立っていた。
『ここまで、君は順調に進んでいるみたいだけど……。果たして、今後はどうかな?』
煽る様な喋り方に、カークは思わず眉をひそめる。
『何だ? お前は。俺に何が言いたい?』
カークは、虚空からの声に尋ねる。
『ふふふ、そうだね。一言でいうと、これから君には大きな選択をする場面に遭遇することになる。……君の今後の未来を左右する、大きな選択だ。よく考えて、選ぶんだね』
虚空からの声は、彼にそう忠告した。
『選択? 選択って、一体?』
カークは更に尋ねる。
『それが何なのか自力で気づくということも、大事だよ?』
謎の声は、カークの問いに答えようとはしない。
『……そうかい。でも俺の考えは変わらんよ。人生なるように、なるだけだ』
カークは、達観したように言い放った。
『……ふむ。まだ、そう考えるんだね?』
謎の声は、何やら考え込んだようだった。
『何だ、何が言いたい?』
カークは三度尋ねる。
彼はこの声の主が誰なのか、そして何を自分に伝えたいのかが、よく分からなかった。
『……』
声は返事を返すことが無く、カークの視界はぼやけていった――――――――。
39日目
――――――――――――朝。
「っ!?」
カークの視界がはっきりしたとき、そこは彼の寝室であった。
「何だ、夢か……」
夢だと気付いた途端、さっきまでの出来事が急速に彼の記憶からぼやけていく。
(今、何時だ?)
カークがふと、時計を見ると、針は9時を差していた。
(そういや、ゆーずぅは……)
彼は譲葉のことを思い出した。
(大丈夫かなぁ……心配だ)
昨日の戦いで傷を負った譲葉。
一応、大丈夫とのことだったが、やはり気にはなってしかたがない。
(そういやさっちゃ、起こしに来ないな)
カークは気になり、部屋の外へ出た。
その後カークは桜散の部屋へと向かおうとすると、ちょうど部屋から桜散が出てきたところだった。
「あ、おはようさっちゃ」
「おはよう、カーク。1人で起きたんだな?」
「起きれるよそりゃ」
「はいはい」
桜散も心なしか、普段より大人しい様子だった。
「……ゆーずぅのことが気になる?」
そのため、カークもつい聞いてみた。
「……そうだな。何だ? お前も気になってたのか?」
「ま、まぁ……」
「……そうか。そうか……」
桜散はぽつりとそう呟くと、そのまま1階へ通りていく。
(……)
桜散の心なしか小さく見える背中を見ながら、カークも1階へと降りたのだった。
カークが1階へと降りると、どうやら李緒は外出しているらしく、姿が見えなかった。
洗面所で顔を洗う。
(腹減ったなぁ)
思えば、昨日の夜は何も食べていなかった。凄まじい空腹感に襲われる。
「失礼……」
「Ah……」
洗面所に入ってきた桜散と入れ替わるように、カークは居間へ向かった。
居間に着くとキッチンに向かい、冷凍庫を開ける。
そして中から冷凍食品のドリアを取り出し、電子レンジに入れ加熱した。
レンジのタイマー音が軽快に鳴り響き、加熱終了を告げる。
すかさずカークはドリアを取り出し、テーブルの上に置いた。
「はふっ、はふっ!」
アツアツのエビドリアを口に運びながら、カークはリモコンを操作した。
『――――井尾釜市内の行方不明者はこれで全員保護されたとのことで、警察は詳しい事情を聞く方針です』
……行方不明者に関する話題だ。
どうやら全員、無事に保護されたらしい。
(これで、一件落着、だな)
異形の怪物による行方不明事件は、きっとこのままひっそりと忘れ去られていくのだろう。
(これでいいさ、これで……)
カークはエビを噛まずに飲み込むと、テレビのスイッチを切った。
そして時計を見る。
今日は日曜だが、見たいアニメは特に無い。
結局、彼はそのままドリアを黙々と食べ進めた。
ドリアを食べ終えたカークはふと、総一郎のことを思い出した。
(昨日は総一郎の世話になったなぁ。それに、あいつにもいろいろ聞きたいことがあるんだよなぁ。……ちょっくら行ってくっか)
そう考えれば、善は急げ。
彼は荷物をまとめ、家を出ようとする。
すると……。
「待て。何処へ行くつもりだ?」
玄関先でカークを呼び止めたのは桜散であった。
「ん? いや、ちょっと総一郎のとこへ行こうかなと思ってさ」
「そうか。……私も行っていいか?」
「いいけど、総一郎に何か聞きたいことでも? その、異空間での出来事とか」
カークは桜散が同行を申し出たことを意外に感じた。
「それもあるが、前回行かなかったからな。実際に彼の屋敷とやらを目で確かめたくなった」
「Hhm……」
「……いや、それだけじゃないな」
カークが頷くと、桜散は少しの沈黙の後、訂正するかのように口を開く。
「というと?」
「このまま家でじっとしていると、何というか重い気分になるなと思ったんだ。……譲葉ちゃんのことがあったからな。だから、気分転換したくなった」
「そうか……」
昨日のことは、彼女のなかでしこりになっていたようだ。
「あと、彼にお礼言いたい」
「OK、いいと思うぜ。俺も気分転換したい気分だったからな。Let’s move it!」
「オッケー、レッツムービッ!」
カークの喋り方を真似するように、桜散は舌っ足らずなヒノモト語訛りのエンゲリスで返事をした。
――――――――――――午前。
「ごめんくださーい!」
カークは、総一郎邸の門に立ち、チャイムを押した。
そばに居た桜散は、屋敷の周囲を無言でキョロキョロしている。
「こんにちは。何かご用でしょうか?」
すると、チャイムから女性の声が聞こえてきた。
「Ah、Eh……。俺は、総一郎君の友人で、カーク・高下って言います。総一郎君はいらっしゃいますか?」
カークはどう返事してよいか迷いつつ、何とか用件を伝えた。
「カーク様ですね? かしこまりました。ただいまお迎えにあがります」
「分かりました。よろしくお願いします」
会話のやり取りが終わった。と同時に、カークは大きくため息をついた。
(はぁ、何とか伝えられた。確か前は、ゆーずぅが応答したんだよな。……チャイムで人を呼ぶなんて久しぶりだからなぁ。正直、どう答りゃいいのか迷ったぜ)
情けない有様である。彼の、日頃の交友の無さが祟ったと言えよう。
「……」
そんな彼の様子を黙って見ていた桜散は、カークの視線が外れた際、少しだけニヤニヤと笑みを浮かべていた。
しばらくすると門が開き、中からメイド服姿の女性が現れた。
「こんにちは、カーク様」
「あ、こんにちは。えーと、あなたは確か……」
カークは、必死に目の前の女性の名前を思い出そうとした。
「要でございます。……そちらの方は?」
要はカークの後ろにいる見知らぬ少女を不思議そうな顔でちらっと見る。
「私はカークの連れで、住吉 桜散といいます。よろしくお願いします、要さん」
桜散はぺこりと一礼した。
「桜散様ですね。それではお二方、総一郎様の所へご案内いたしますね」
要はメイド服のスカートの両裾をつまみ、そのまま少しだけ腰を落とす仕草をした。
「あ、ありがとうございます。要さん」
カークも桜散に続くように一礼する。
「いえいえ。さて、行きましょうか」
「「はい!」」
カークと桜散は要の後に続き、屋敷の中に入って行った。
その頃総一郎は、自室でギャルゲーをプレイしていた。
「ふぅ。ふむふむ……。これは当たりだな、幼馴染の子も可愛いし」
話の流れ、絵の出来、BGM。
3点綺麗に揃っている。
(やっぱ面白いゲームは面白いんだよなぁ)
総一郎はそう考え、部屋の片隅に無造作に積み上げられたソフトの山を一瞥する。
(あれどうしよっかなぁ。ゴミに出しちゃおっかなぁ)
積み上げられたそれは、総一郎の目にかなわなかったソフト達である。
いわゆる「地雷」、「クソゲー」と呼ばれるハズレソフトや、彼自身が面白くないと感じたソフトだった。
とはいえ1本6~7千円もするフルプライスのソフトで、ゴミに出すのは躊躇われる。
しかし彼自身、気に入らないソフトを中古市場に流す行為に気が乗らなかった。
(うーむ。まあ、後で考えるか。とりあえず、続き続き……)
彼はソフトの処遇を棚上げし、ゲームの続きをプレイし始める。
すると、部屋のドアを何者かが叩く。
しかし、ゲームに没頭する総一郎はヘッドホンを装着しており気付かない。
「総一郎様。カーク様と桜散様がお見えです」
要の声だ。
しかし総一郎は気付かない。よほど熱中しているようだ。
彼のプレイするゲームは、主人公がヒロインに告白する手前、ちょうど佳境に差し掛かっていた。
「どうしたんですか?」
部屋の外で、カークは要に尋ねた。
「返事がありません。中にいらっしゃるのは間違いないのですが……。きっと、またゲームを致しているのでしょう」
要はドアを開けようとする。
しかし、ドアノブが回らない。
鍵が掛かっているようだ。
「鍵が掛かってます。開けますね」
要はカークの方を少し向いた後、何やら器具を取り出し、鍵を開け始めた。
「What!? 開けちゃっていいのか!?」
その様子を見て、カークは思わず彼女を止めようとした。
「何故、止めるのですか?」
「Ah、Eh、その。こういうときは、ちゃんとノックした方が良いかと」
カークにはこういうシチュエーションに覚えがあった。
こういう風に鍵をかける場合というのは、家族に見られたくないことをしているときだ。
……例えばネットゲームをやっているときとか、エロ画像を見ているときとか。
彼にもそういう趣味があるのではないか。
カークはそう考え、少し待つべきだと思ったのだ。
しかし、カークの総一郎に対するささやかな気遣いも、要の前には無意味であった。
彼女はたちまち鍵を開け終え、ドアノブに手を掛ける。
「Wait a moment! ちょ、話聞いてますか!?」
自分の話を聞いてなお躊躇いなく鍵を開けた要に対し、総一郎の尊厳を守るべくカークは詰め寄る。
「聞いてますよ? いいじゃありませんか、別に開けても」
「いや良くないですって! 男の城に勝手に入るなんて……」
「どうせギャルゲーですよ。いつものことです」
要はさらっと言い放った。
「なら尚更だ。女性であるあなたが入るのは、彼にとって最悪の事態に他ならない!」
自室でエロ画像を見ている最中に桜散に踏み込まれた経験があるカークは、両手をブンブンと振り回しながら必死に食い下がる。
「……」
なお、2人の様子を、桜散は無言で黙って見つめていた。
「……」
しかしそんなカークに、要はキッと睨み付ける。
「Ugg……」
その鋭い眼光が目に入り、思わずたじろぐカーク。
「知りませんよそんな。……それに私だって、何度も部屋に入ってますから、気にしませんよ?」
要はしつこいカークに対し不機嫌な態度を取ると、そのままドアを勢いよく開けた。
「総一郎様! カーク様がおいでです! 返事をしたら、どうですか?」
「「「……」」」
総一郎の部屋に入ったカーク、要、桜散の目前には、ヘッドホンを装備しながら一心不乱にパソコンの画面を見つめる総一郎の姿があった。
画面には服がはだけた少女の画像が映っている。
「ん? ……」
物音で振り返った総一郎。
「……」
彼の心は、ゲームに熱を入れた状態から瞬間凍結した。
実際のところ、彼はゲームがHシーンに入ったためスキップで飛ばそうとしていた。
しかし部屋に入った2人からは、エロ画像を見ている瞬間のようにしか見えなかった。
「あ、要……。それに、カーク君……こ、これは」
凍結状態が解除された総一郎は、慌ててゲームのウィンドウを閉じる。
しかし手遅れである。
「総一郎様ぁ!」
要は顔を赤くしながら、総一郎へと詰め寄る。
……これは明らかに怒っている!
(Oh! my! gosh!)
その光景を見たカークは、思わず顔を手に当て後ろを向き、耳を塞ぐ。
そして彼の不運に、密かに同情したのだった。
「では、私はこれで」
要は一言簡潔に告げると、廊下の奥へと歩いて行った。
そして部屋には総一郎、カーク、桜散の3人が残った。
3人は、部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を取り囲むように座っている。
「「ありがとうございます」」
カークと桜散は去り行く要にお礼の言葉をかけた。
続いて総一郎を見て、それぞれ一言。
「その、何だ。こういうこともある」
「私も気にはしないぞ? 人の趣味にとやかく言うつもりはない。客人という立場もあるしな」
2人なりに総一郎を慰めたつもりだが、上手くいったようには思えない。
「いや、僕は物語に没頭したいと思ってHシーンをスキップしようとしただけで」
「分かってる。分かってるさ、そう言う趣味があっても良いと、俺は思う。すこぶる健全だ」
「だな」
「いや分かってないでしょう!?」
総一郎は動揺し、弁解する。
その言葉に、桜散は少し苛立った。
「分かってると言ってるだろう? 君はHシーンを飛ばそうとして、その瞬間に入られ誤解された。違うのか?」
桜散の言葉に、総一郎は不満げな顔をしながら無言で頷いた。
「なら君が言う通り、そうなんだろう。私は君を信じるぞ総一郎。まぁ正直運が良かったな? 数ヶ月前の私がこの光景を目の当たりにしていたら、果たしてどうなっていただろうな?」
「それは、もっともなことで……」
総一郎はがっくりとうなだれる。
(数ヶ月前のさっちゃ、ねぇ……)
確かに、最近の桜散は心なしか落ち着いているとカークは感じていた。
今日については昨日のこともあったとは思うが、数ヶ月前はいつも不機嫌そうだったのを記憶している。
不機嫌な日は露骨にカークにあたってくるので、可愛いもんだと思いつつ、もやもやした気持ちも同時にあった。
だが最近はそんなイラつく頻度も減り、心なしか嬉しそうにしている日が増えた。
(親父さんと、話せたからかな?)
本当の所は彼女本人に聞かないと分からないが、桜散の機嫌のいい日が増えたのはカークにとって、朝方どやされる頻度が減るため嬉しいことであったのは間違いなかった。
「うーん、うーん……」
カークがそんな風に考えている中、総一郎はちゃぶ台に顔を伏せ、ウーウー唸り始める。
「だ、大丈夫か? 総一郎!」
突然苦しげに唸り始めたのを見て、桜散は心配そうに声をかける。
これもかつての彼女ではあり得なかったことだろう。
「要に誤解された。きっと嫌われた……。うぅーっ!!!」
ちゃぶ台に顔を伏せたまま、くねくねと体を動かす総一郎。
「お、おい! 大丈夫か総一郎?」
「うー……」
カークが声をかけると、動きが止まる。相当参っているようだ。
「そんなことで要さんが嫌いになるとは思えないが……いつものことなんだろう?」
「要さんには後から言って、俺達で誤解を解いておくから、な?」
「うーん」
2人の言葉に、総一郎は顔を起こした。
「ありがとう、カーク君、桜散さん!」
「いやいや。それはこっちが言いたい台詞だ、っと。そういやさっちゃ」
そこでカークは、桜散に話を振る。
「ん?」
「ほら、お礼言いたいんだろ?」
「あ、そうだった! その、総一郎! 昨日はありがとう」
桜散は座った状態で、総一郎にぺこりとお辞儀した。
「……どういたしまして。僕は当然のことをしただけですよ」
総一郎は謙遜しつつ、彼女の感謝を受け取る。
「さっちゃがお礼を言うとか相当だぞ? だからさ、その、元気出せ」
「むっ、それは聞き捨てならない物言いだな。カーク」
「うぐ、S、Sorry……」
カークは己の失言を後悔したのだった。
「さて……。2人共、挨拶だけでなく、何か他に用事があったのでは?」
総一郎は調子を取り戻すと、カークと桜散に今日来た理由を尋ねた。
「Ah、そうだな……異空間に迷い込んだ経緯とか、中でどんなことがあったのか、話が聞きたくなった」
「私はカークと同じなのと、あと純粋に総一郎の家を見に行きたくなったので来た」
「そうでしたか。そうですね……異空間に入った経緯は……」
総一郎は2人に、数日前に起きた出来事について話した。
「なるほど。夜にアレクシアに会って、その後異空間に……」
「はい。それにしても、てっきりマネキンか何かだと思ってたあれが、行方不明者だったとは……」
総一郎は、異空間で見た異様な像のことを思い出していた。
「異空間では魔力を持たないものは動かなくなるらしい。ただ、それにしても君の話を聞く限りだと、食べ物とかは問題なく食べられるみたいだな。……考えたことも無かった」
桜散は総一郎の異空間体験談に興味津々だった。
「動かなくなるっつっても、物体の時間が止まるってわけじゃねえんだな」
「ふむ……」
どうやら異空間内で動かなくなった物体は、取ったり食べたりが可能なようだ。
「それにしても、アレクシアは総一郎と会ってたんだな。あいつ、それを黙ってたんかよ……」
カークはちゃぶ台のうえに置かれたペットボトルの紅茶を手に取る。これは総一郎が用意したものだ。
蓋を取って少し飲んだ後、蓋を閉めてちゃぶ台にことりと置く。
「聞かれなかったから答えなかったんじゃないか? まぁ彼女視点で見れば、会ったけどその後によもや異空間に飲まれたとは思っていなかったんだろう」
桜散はちゃぶ台の上にある別のペットボトルの紅茶を手に取ると、蓋を開けて飲み始めた。
「それにしたって、最後に会ったことくらい教えてくれりゃ良かっただろ……。何か、怪しくね?」
カークはちゃぶ台の上にある茶菓子入れから煎餅が入った袋を取り出すと、中の煎餅を袋に入った状態のまま手で割り、その後袋を開けて欠片を1つ1つ食べ始めた。
「確かにそうかもしれんが、仮に教えてくれたところで有用な情報にはならなかったと思うぞ? 総一郎が行方不明になった場所と、私達が入った異空間の入口の場所は違ったわけだしな」
桜散は茶菓子入れに入っているマドレーヌの袋を手に取ると、それを手で破って開ける。
「それに、彼女の言う通り図書館はビンゴだった。単に必要なかったから教えなかったってのは十分考えられる」
そして、マドレーヌを一口かじった桜散は、紅茶を少し口に含むと、それらを口の中で混ぜ合わせて味わった。
「そうかなぁ……」
アレクシアと異空間の存在に、何かしら繋がりがあるのではないか。
そしてだからこそ、異空間について怪しい場所を教えられるのではないか。
カークは煎餅をペットボトルの紅茶で流し込みながら、ぼんやりとそう感じていた。
「そうだ、アレクシアさんで思い出したのですが……結局これは何なんでしょうかね?」
総一郎は戸棚から腕輪を取り出すと、ちゃぶ台の上にことりと置いた。
「これって、腕輪?」
「っ! あれか! 異空間で眷属に襲われたとき、光ったという?」
桜散は腕輪の周囲を嘗め回すように眺めている。
「そうです。手に付けてたこいつが光って、魔術が使えるようになったのもそれが最初だったと記憶しています。アレクシアさんが帰った後に落ちているのを拾ったので、てっきり彼女の物だと思ったのですが……」
「なるほどな……」
カークは腕輪を手に取ろうとするも、周りの目を気にして取るのを止めた。
改めて眺めてみると、何の変哲もない、安っぽい造りの銀色の腕輪だ。
腕輪には宝石のようなものがはまっている。
「腕輪をつけていたら魔術が……か。これを外した状態で、魔術は使えるのか?」
桜散は指輪を右手の人差し指で指し示す仕草をする。
「はい。僕も腕輪のおかげかなと思ったんですが、一度使えるようになった後は、腕輪無しでも普通に使えるのを確認済みです」
「腕輪がないと使えないってわけじゃねえのか……」
カークは腕輪について、着けると魔術が使えるアイテムか何かではないかと睨んだものの、総一郎の魔術は腕輪なしでも発現しているようだった。
「異空間で動けていた以上、魔術自体は総一郎が元々持っていた素養だろう。腕輪に素質を開花させる機能があるとか? ……証明する手段は無いがな」
桜散は腕輪について、魔術の素養がある者の素養を開花させる代物ではないかと考えた。
「なるほどその線もあり得るかもな……」
素質のある者にだけ反応して、その才能を開花させる。
その手のアイテムは、フィクションではド定番な代物だ。
「まぁ、この腕輪がどういう働きをするものなのかは断定できないが、仮にこれがアレクシアの所有物だったとして、そして魔術に関する何らかの品物だったとすると、確かにカークの言う通り、彼女は怪しくなってくるな……。まるで総一郎が魔術と関わるよう、意図的に仕向けたようじゃないか。……仮定に仮定を重ねてるな。流石に飛躍しすぎてるか?」
桜散は、この腕輪がアレクシアに関係しているのではないかと睨むも、流石に証拠もない中でそう結論付ける訳にはいかないと思い直す。
これも数ヶ月前の、メンタルが不安定だった彼女では到底こうはならなかったであろう。
「Uhm……わっかんねぇなぁ……。つか、仮に総一郎を魔術に関わらせるためだったとして、何のためにやってんだ? 行方不明者を全員見つけ出すためか?」
「行方不明者は全員見つかったんだったな。それが目的だとすると、彼女は善となるが、それも違う気がするな……」
「行方不明者と、アレクシアがやりてぇこと? 何というか、関係ねぇ気がすんだよな……」
カークの脳裏には、自分に対し忠告する彼女の姿が浮かんだ。
「うーむ……」
「動機が分っかんねぇ……!」
アレクシア自身、謎に満ちたパーソナリティなのに、謎の行動を取っているもんだから、さらに怪しくなってくる。
だが怪しいと言っても、それは現状証拠もないためどこまで行っても憶測でしかない。
動機が分からぬ彼女の行動に対し、カークと桜散の思考が堂々巡りになる中……。
「まぁ、そうですね……。ここであれこれ考えても仕方ないですよ。カーク君、桜散さん」
総一郎は腕輪を、ちゃぶ台からひょいと持ち上げる。
それを追うように、2人の目線が上へと向く。
「今度アレクシアさんに会ったとき、これを見せて聞いてみましょう」
総一郎は腕輪を2人の前でちらちらと振るような仕草をした後、戸棚ではなく彼が大学に行くときに使っている鞄の中へとしまった。
「確かに総一郎の言う通りだな。少なくともアレクシアとはやり取りできてるし、向こうも敵意は無い訳だから、直接聞くのがはえーわ」
カークは欠伸をしながら、ちゃぶ台に乗っていたお菓子を口に運ぶ。
「だな。憶測であれこれ考えるより、実際の彼女にしっかり向き合うべきだな。うむ」
桜散は背伸びをしたのち、両頬を両手でぺしぺしと叩いた。
3人がそんな風に話をしていると、ドアから軽快な音が数回鳴り響く。
「総一郎様、失礼いたします。飲み物をお持ち致しました」
そして、扉の向こうから要の声が聞こえた。
「あ……要……。入って、いいよ」
総一郎は彼女の声を聞いて一瞬、表情を曇らせた。
「ん? どうしたんだ……あっ、さっきのことか!?」
総一郎の浮かない様子を見て、カークはさっきの惨劇を思い出す。
……ちょうど良い機会だ。自分が要に話さなければ。カークはそう思った。
ドアがガチャっと開き、要が入ってくる。
「失礼いたします。どうぞこちらを」
要はちゃぶ台の上に追加のペットボトルのお茶とお菓子が入った容器を置き、空になったペットボトルと茶菓子入れを回収した。
「お、ありがとうございます!」
カークはお礼を言いつつも、要をふと見つめる。
要の身長は、桜散や譲葉よりも低い。おそらく160cmも無いだろう。
外見から推測するに、年齢はおそらく20代後半ほどか。
服装は白と黒のメイド服。
それはいわゆるオタク系ファッションで見られるようなスカート状のものではなく、エプロンや割烹着を思い起こさせる本格的なものだ。
また、服が服なので分かりづらいが、スタイルは良さげだ。
そして顔つきはきりっとしているが、どことなくあどけなさがあった。
「あの、要さん」
「はい? 何でしょうか?」
「Ehっと……」
カークは総一郎の件について、要に話しかけた。
「……という訳なんです。あいつは別にスケベとかそう言うのじゃなくて」
「分かっていますよカーク様。総一郎様だって、男の子ですよ? それにTPOは弁えるお方ですから。……いつも旦那様と奥様が寝静まった後に、1人でこっそり見てますからね。エロ画像とか」
要は総一郎の方を向いてニヤリと笑った。
「なっ!? 要、お前。見られてたのか……?」
総一郎は、顔を青ざめる。
「大丈夫ですよ、総一郎様。私は、全く気にしてませんから」
そんな様子の総一郎に、要は笑顔のまま優しく話しかけた。
「そ、そうか……」
要の言葉に、総一郎は安堵する。
しかし、その様子を見た彼女は、総一郎に強くこう言い放った。
「ただし! ネット上に違法アップロードされている画像を見て楽しむのは感心しませんね。ちゃんと見たいものは、自分で購入して楽しむようにしてください! いいですね?」
「は、はい……」
要に叱られた総一郎は、ばつが悪そうな顔をし、しょんぼりと頭を下に向けた。
基本優しく、ときには厳しく。
そんな要の様子を見て、カークは。
(良いなぁ。やっぱ何というか、こういう存在は大事だよなぁ)
こう、しみじみ思ったのだった。
要が部屋から去った後、桜散とカークはは総一郎に尋ねた。
「なぁ総一郎。君が好きな人ってのは……」
「もしかして……」
総一郎が要と話をしているとき、心なしか嬉しそうにしていることに2人は気づいていた。
それに何より、彼女に嫌われたかもというだけで、彼は2人の目も気にせず机に突っ伏し意気消沈したのだ。間違いあるまい。
「あ、ははは。気づいていましたか。そうです。要……彼女が、僕の好きな人ですよ」
総一郎は2人に、要に対する恋心を打ち明ける。
心なしか、彼の顔は赤みを帯びていた。
「やっぱりそうか。成程なぁ。確かに良いよな、要さん。優しいけど、ときには厳しい。何というか、良い関係じゃん」
「そうですか?」
「そうだな。極めて良好な関係性を築けているんだな。そりゃ、譲葉ちゃんとの縁談を断るわけだ。今のを見て納得したよ」
桜散は総一郎の問いに、迷いなくそう頷いた。
「毎朝さっちゃに起こされて、お小遣い管理されてる俺が言うんだ、間違い無いよ」
「は、はは。そうですか、ふふ。そう考えると、僕とカーク君って、結構似てますねぇ」
「……確かに似てるかもな。ふっ……」
カークと総一郎に対し、桜散は不敵な笑みを浮かべた。
「な、何だよ気持ち悪いなぁ。……まあ本人を前にしちゃ、言い逃れはできねえな。っと、A? ちょっと待てよ……」
カークはそこで、ある違和感を覚えた。
「総一郎。お前確か、幼馴染物が好きなんだよな? ……年上の女性も好みだったりすんのか?」
カークは総一郎に、好きなタイプを尋ねる。
「幼馴染物が好き、か。私は初耳だな。……本当なのか?」
桜散も初めて聞いた総一郎の嗜好に興味を抱く。
「そうですね……。幼馴染物は好きです。そして年上も好きかと言えば、そうかもしれませんね。何というか、頼れる、強い女性ってのが好きというか。」
総一郎は2人の質問に答えると、煎餅を齧った。
「ほう。……」
カークは以前幼馴染が居ないかと聞いたとき、何か隠していそうな雰囲気があったことを思い出し、ここで深堀りするのは止めるべきだなと判断する。
「君に、幼馴染はいないのか?」
だがそんなことは知らない桜散は、総一郎に遠慮なくぶっこんだ。
「っ! ……いえ。居ませんでしたよ? 残念ながら……」
桜散の問いに対し、総一郎は一瞬、体をビクッと震わせる。
そして少し間を置いて、彼女の問いを否定する。
その様子は、以前カークが尋ねたときと変わらなかった。
「……? うーんまあ、私も居なかったし、そんなものか……」
桜散も総一郎の不穏な様子に気付いたようだったが、彼に配慮したのか、カーク同様それ以上追求することは無かった。
「私も……ですか。そういえば桜散さんって、カーク君の幼馴染、ではないんでしたっけ?」
ここで総一郎は、うろ覚えな様子で桜散に尋ねる。
「あぁ。そうだな……ええっと、説明が難しいな……。私とカークの関係性は……」
「俺が説明するよさっちゃ。そうだな、事のあらましは、俺が高校1年のときに……」
桜散が説明しようとしてどもったのを見たカークは、アシストするように話を始めるのだった。
そうこうしている内に、雑談の時間が終わり、別れの時間がやってきた。
「それじゃあ、また月曜日に! See you tomorrow!」
「今日は興味深い話が沢山できて楽しかった! ありがとう総一郎!」
「こちらこそ、ありがとうございました。カーク君、桜散さん。また明日!」
カークと桜散は総一郎に別れの挨拶を交わすと、要に連れられながら屋敷の外へと案内された。
「では、失礼いたします」
屋敷の正門まで案内を終えた要は、そのまま中へ戻ろうとする。
「あっ、要さん! ちょっといいかな?」
「はい?」
そこで、去ろうとする要をカークは引き止めた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、……総一郎について、どう思ってますか?」
カークの問いに対し、要は少し考え、こう答えた。
「うーん……。面倒を見る甲斐がある人、ですかね?」
「Eh……。それは使用人としてですか?」
更に深く尋ねるカーク。
「うーん。それはぁ、ノーコメントで」
要は彼の質問に答えながら、両手の人差し指でバツを作り、自分の口に当てた。
「I understand. 質問に答えていただき、ありがとうございました」
「いえいえ。また、総一郎様と遊んであげてくださいね? それでは、私はこれで」
要は家の中へと戻って行く。
その後ろ姿を、カークはじっと見つめる。
要の答えは結局、総一郎に対し好意があるとも、そうでないとも取れるものであった。
「なぁさっちゃ……これって脈……あんのかな?」
カークは恐る恐る、要とのやり取りに立ち会っていた桜散に問う。
「私にも分からないな。何というか見ていて感じたんだが、掴みどころがない人なんだな、要さんは。いつもニコニコしていて本心が分かりにくいというか……」
カークに意見を求められるも、桜散も要の本心を上手く理解することはできなかったようだった。
(すまねぇ総一郎! 要さんがお前をどう思っているか、上手く聞き出せなかったわ……)
カークは内心しょんぼりしながら、桜散と共に地下鉄駅へ足を運んだのだった。
――――――――――――午後。
カークと桜散が地下鉄の弘妙寺駅の入口から出たとき、太陽は南中を越え、南西辺りにいた。
「さっちゃ、俺ぁちょっと公園寄ってから帰るわ」
「……そうか。私は、先に帰ってるからな」
「OK」
帰宅する桜散と別れると、カークはその足で家の近くの公園に向かった。




