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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第六章「魔術師達の閑話」
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第35話③『そして、役者は揃った……かに見えたが③』

第35話③『そして、役者は揃った……かに見えたが③』

――――――――――――。

 総一郎は、夢を見た。


 土砂降りの夜。1人の少年が、草の生い茂る斜面で、1人の少女を何度も何度も殴っている。

 斜面に仰向けに倒れている少女の長い白髪は、すっかり雨で濡れて地面にへばりついていた。

 少女の身体は雨で冷やされすっかり白く、まるで死人のようだ。

 しかし顔面を殴られながらも、少女はか細い呼吸をしていた。

 少女の顔は何度も殴られた結果血にまみれ、頬には痛々しいあざが出来ている。

 その虚ろな眼は、自分を殴り続ける少年の目を、じっと見つめていた。


 少女の白いワンピースは少年の手によりずたずたに引き裂かれ、ところどころ赤黒い染みができていた。破れている箇所からは膨らみかけの胸が見えている。どうやら下着も少年の手で引きちぎられたようだ。

 しかし、そんな惨い姿になった少女に対し、少年は暴行を止めようとしない。

 少年の表情には、怒り、悲しみ、憎しみが入り混じっていた。


 その光景を、総一郎は遠目で傍観している。

 夢だから当然なのだが、現実的では無い感覚だ。

 彼がその光景から目を逸らしたところで、夢はぶつりと途切れた。



38日目

――――――――――――異空間(屋敷)。

「はっ!」

 総一郎が目を覚ますと、そこは寝床とした小部屋であった。

(夢か……)

 そっと目を閉じる。

(父さん、母さん、それに要も、俺のこと心配してるんだろうなぁ……早くここから出ないと)

 彼はリュックサックの缶詰を食べ、ペットボトルの水をごくごくと飲む。

 そして少しの食休みを経て立ち上がり、小部屋を後にした。


「……ん?」

 ホールに辿り着いたとき、総一郎は異変に気付いた。

 寝る前まで鍵がかかっていたはずの、1階正面左の扉が開いていたのである。

 更に、3階の扉も開いている。

 また、眷属によって壊されたはずの2階の扉が元通りに直っていた。

(これはどういうことだ?)

 総一郎は2階に上がり、直った扉を開けようとする。しかし扉は開かなかった。

(開かないな。……どうするか?)

 自分が寝ている間に、何かが起きた。

 彼には、それが何となく理解できた。しかし何が起こったのかはまだ分からない。


 そのとき3階の方から、何やら物音が聞こえた。

(3階の方?)

 彼は上を見上げる。

 3階の扉の奥から再び、扉を開ける物音が小さく響いた。

(ちょっと見に行ってみるか)

 総一郎はそう考えて3階に上がり、扉の奥へと走っていった……。



38日目

――――――――――――異空間(屋敷)。

 カーク達が気づいたとき、彼らは大きな部屋の中に居た。

「ここが今回の異空間か。まるでどっかの屋敷の一室みたいだな。総一郎やゆーずぅの家を思い出すぜ」

 カークは周囲を見回す。部屋にはベッドや机など、綺麗な調度品が配置されている。壁紙の色は白で、絨毯の色は紫であった。

「ここの何処かに総一郎君がいるんだね。早く探し出さないと」

 譲葉は立ち上がると、部屋の扉を開けようとした。

「あれ?」

 譲葉はドアノブを回そうとしたが、ガチャガチャと音が響くだけで動く気配がない。

「鍵が、かかっている? おかしいな。ここは部屋の中だろう? 譲葉ちゃん、つまみらしきものは無いか?」

 桜散は譲葉に、サムターンの有無を尋ねた。

「ううん、無いね。鍵穴も無い。どーしよ」

「どういうことだ? 中から開けられない扉とは一体」

 譲葉と桜散は、理解しかねる状況に困惑した。ドアを開けられなければ、総一郎を探すことすらままならない。

 2人がドアを開ける方法を考えようとしたときだった。

「待って。……少し、そこから離れて。譲葉」

 アレクシアはドアの前から離れるよう、譲葉に促す。

「え? あ、うん、分かった」

 譲葉は彼女の指示に従い、ドアから離れた。

 そして、アレクシアが入れ替わるようにドアの前に立つ。

「イヤーッ!」

 そして、彼女は左手をドアに構え、叫んだ。

 すると大きな音と共に、扉が開く。

 3人が近づいて見てみると、鍵が壊れていた。

「これで、先へ進める、わね?」

 アレクシアは3人の方へ振り返り、そう呟いた。


 カーク達が部屋を出ると、そこは大きなホールであった。右側には正面玄関らしき扉があり、左側には階段が見える。どうやら彼らは、1階にいるようだ。

「やっぱり、屋敷の中か? アレクシア、仮面の怪物の気配は?」

 カークはアレクシアに、仮面の怪物の所在を尋ねた。

「……いる! 上の方。ここに、間違いなく、いる、わ」

 彼女はホールの上の方、3階に向かう階段の方を指差した。

「3階、か。怪物本体がここに居るなら、総一郎を探すより怪物本体を倒す方を優先した方が早そうだな。行くぞ!」

 桜散の言葉とともに、4人は3階へ向かった。


 ホール3階にある唯一の扉は、固く鍵で閉ざされていた。

「もう1度、鍵を壊す。……離れて」

 アレクシアは鍵のかかっている扉の前に立つ。

「ハァッ!」

 そして再び扉にかざした左腕に力を込める。

 再び大きな音が鳴り響き、扉が開いた。

「あれか? 鍵を開ける魔術か何かか?」

 2度も鍵を破壊したアレクシアの魔術を見て、カークは彼女に尋ねた。

「そう、ね。まあ、力づく、だけど」

 アレクシアはカークの問いに対し、まんざらでもない様子で答えた。

「とにかく、これで、先に進めるね。早く行こうよ!」

 譲葉は扉の中へと入る。

「あ、待ってくれよゆーずぅ!」

 3人は譲葉の後を追うように、扉へ入った。


 4人は3階の、廊下らしき通路を駆け抜けていく。

「これって……前入った空間に似てるな」

 カークには、この回廊に見覚えがある。確か前に譲葉、アレクシアと一緒に入った異空間の様子そのものだ。ただ、廊下の質感は前に入った空間に比べより豪華というか、高級な屋敷のような内装が施されていた。

「確かにそうだね。ってことは、あの空飛ぶ眷属とかも居るのかな?」

「分かんねぇな。今回は怪物がいるみたいだが、どんな奴なんだろうな?」

 そうこうしている内に廊下の末端にたどり着き、突き当たりのドアを開ける。

 すると、四角い小部屋に出た。彼らが入ってきた方の向かい側に、もう1つ扉がある。

 そして、この部屋には。

「おいおい、これは……」

 カーク達が小部屋に入ると、そこには複数の像。いや像ではない。行方不明者がいた。

 カークはその光景を目にし、思わずたじろいだ。

「行方不明者、か」

 桜散は顎に手を当てる。

「でも、総一郎君は居ないね」

 譲葉は像を1つ1つ覗き込む。

「まあ、ここで見つけられて、ラッキーじゃねえか」

 カークは『彼ら』を見て、そう呟いた。

「おいおい、良いことのように言うなよ?」

 桜散は、カークに突っ込みを入れる。

「でもやっぱり、行方不明者を発見できた方が良いだろ? 総一郎じゃねぇのは残念だけどよ。見つかるに越したことはねえだろ」

 彼女の突っ込みに対し、カークはこう反論した。

「むぅ。まあ確かにそうだが……」

 カークの反論に、桜散は若干不満そうであった。

「……近い。近い、わね」

 像に注目する3人を横目に、アレクシアは仮面の怪物の所在を掴みつつあった。

「この奥に居るんだな?」

 カークの問いに対し、アレクシアは黙って頷いた。

「それじゃ、探索再開!」

 今度はカークを先頭に、4人は先へと進んだ。


――――――――――――。

 カーク達より遅れること数刻後。総一郎は3階の小部屋に入った。

「これは……」

 彼の目の前にあったのは、複数体の行方不明者達の姿であった。

 行方不明者の中には老人や女性、更に子供までいるようだ。

(こんなにこの空間に囚われていたのか……)

 総一郎がそう考えた直後、爆発音が再度彼の耳に届く。音は奥の方から聞こえた。

「……考えるのは後、だな。先に行こう」

 奥の扉を開け、再び総一郎は走り出した。


――――――――――――。

 奥へ進んだカーク達は、ついに屋敷の最深部と思しき両開きの大扉の前に辿り着く。

 扉の前からは、尋常ならないほどの不穏な空気が漂っている。

 それは魔力に対してさほど敏感でないカーク達でさえ認識できるほどの、禍々しい気配であった。

「何だ? このどす黒い霧のようなものは」

 カークは扉から漏れ出す、黒い瘴気らしきものを指差した。

「魔力、よ。仮面の、怪物の。……見えているのね? カーク」

 アレクシア曰く、仮面の怪物からは常時禍々しい魔力が駄々漏れており、その気配を辿ることで居場所を探れるとのこと。とはいえ通常、この魔力を感知できる魔術師はごく限られる。なぜなら怪物から出た魔力は時間とともに霧散し、その痕跡はごく僅かになるからである。

 今回アレクシア以外の面々にも感知できたのは、ここが屋内という閉鎖空間で、放出された魔力が霧散せずに滞留していたためだ。

「とにかく、この扉の奥に怪物がいるんだね? 総一郎君、無事かなぁ。……食べられてないといいんだけど」

 譲葉は心配そうに、扉の奥を見つめた。

「一応怪物はやべえってことは教えたんだが、不安っちゃ不安だよな。仮に動けたんであればどっかに隠れてるといいんだが……」

「だね~」

 不安そうな譲葉に、カークは同調した。

「まあ、気を付けていくぞ」

 桜散はそんな2人のやり取りをよそに、扉に手を掛ける。しかし。

「む? 開かない。ここも鍵がかかっているのか。……アレクシア、悪いが頼む」

「分かった。イヤーッ!」

 扉から離れた桜散と入れ替わるようにアレクシアは扉の前に立つ。

 扉の脇から漏れ出るどす黒い魔力が一層強まったように見える最中、アレクシアはシャウト!

 刹那、3度目の爆発音と共に、扉はキィキィと音を立てながらゆっくりと開いていく。

 同時に、開いたドアからどす黒い瘴気が一気に溢れ出した。

「ぐう」

「くっ」

「うぅ」

 あふれ出る魔力の奔流に、アレクシアの背後に居た3人は顔を手でふさぐ。

 しばらくすると、黒い瘴気は薄まり……消えた。

「行きましょ。カーク、桜散、譲葉」

 4人は扉の先へと向かった。


――――――――――――異空間 最深部(悪魔の屋敷)。

 カーク達が辿り着いた場所は、八角形型のダンスホールであった。白・黒・灰色の四角い模様の石のブロックが、交互に床に配置されている。それらの表面は、しっかりと研磨された大理石や黒曜石のようにピカピカと輝いている。

 部屋の壁面には、レンガのようなタイルがびっしり張り付けられており、天井は黒く塗装された、二等辺三角形型の分厚い板が頂点で繋がり、中央部が高くなっていた。天井まではおよそ7~8mといったところか。

 そして、カーク達が入ってきた扉がある壁面の向かい、ちょうど正八角形の対面に、この異空間の『主』は居た。

「あれがここの怪物か」

 桜散は正面の怪物を見やる。怪物は部屋の奥に立っており、微動だにしない。

 怪物は白色をしており、身体に対して不釣り合いに大きな楕円形の頭部を持っていた。また、両肩には小さなコウモリ型の翼が付いている。体の表面はテカテカしており、不気味な外見だ。

 そして頭部には大きな目が1つと、その下にある口から出ている大きな舌。舌の先端には鋭い棘がいくつも刺さっており、舐められたら大怪我しそうだ。

「あれ? あいつ、仮面ついて無くね? 眷属なのか?」

 カークは、怪物の顔に仮面らしきものが見当たらないことに気付いた。

「いや。間違いなく、あれが、そう。ほら、あそこ、目の、真ん中」

 カークの指摘に対し、アレクシアは怪物の目の中央を指差した。

「目……? あっ、えっ? もしかして、あれが仮面なの?」

 アレクシアの指差した方向を見た譲葉は、思わず訝しんだ。

 怪物の目の中央に、非常に小さい丸い板のようなものが張り付いている。あれが、仮面だというのか?

「あんな小さいのも仮面なのか? アレクシア」

 桜散が尋ねると、アレクシアは頷く。

「そうか……。まあいい。とりあえず怪物は発見した。さっさと倒すぞ!」

「おう! 俺がまず前に出るから、3人は援護頼む」

 カークは両手を構えつつ、怪物の前へと出ていく。

「分かった。無理はするなよ?」

「頑張って、カーク君」

「……気を付けて」

 3人はそれぞれカークの後方につき、いつでも魔術を打ち込めるよう構えた。


「Ah――――――――!」

 カークは怪物めがけ走りながら、左腕から炎弾3発発射! 

 一方の仮面の怪物、大きな舌でそれをガード! 無力化! 

 ジュッ……という音とともに、何かが焦げたような匂いが辺りにほんのりと漂う。

「てーい!」

 さらにカークは火炎放射を出しながら追撃を試みるも、怪物は舌で炎をかき消し、そのままカークの体にトゲ混じりの舌をぶつけた。

「Ouch!」

 辛うじて直撃こそ避けるも、勢いそのままに吹き飛ばされ、床に叩きつけられるカーク!

「カーク君!」

 すかさず譲葉が駆け寄り、彼に治癒魔術を掛けた。

「はぁっ!」

 カークの元へ譲葉が駆け寄ったのを確認した桜散は、怪物目がけ水弾を発射した!

 すると水弾を怪物は舌で迎撃! またしても攻撃は無効化された。

「イヤーッ!」

 アレクシア、空気弾発射! 破裂! 無数の竜巻が、怪物に迫る。

 しかし怪物は舌を振り回し、竜巻の群れを1つ残らずかき消す! 

 そして、その場に何事も無かったかのように仁王立ちした。

 怪物の大きな一つ目が、ぎょろぎょろと周囲を見回す。

「Hh!? 何なんだあの怪物! こちらの攻撃まるで効いてねぇぞ!?」

 怪物は部屋の奥で、相変わらず周囲をきょろきょろしており、何もしてこない。

「あの舌が、こちらの攻撃を防いでいるようだな」

 桜散は冷静に、敵の様子を分析した。

「うーん、どうすればいいんだろう……」

 譲葉は、手を頬に当てた。

「誰かが、引きつけて、その間に、攻撃する。これで、いけるんじゃない? かしら」

 悩む3人を前に、アレクシアはこう切り出した。

「つまり1人が奴の注意を引き、その間に3人が舌の死角から攻撃するってことか。OK! 俺は賛成」

「……奴はあの場から、ほとんど動かないみたいだな。向きを変えるくらいなら、危険も少ないだろう。一度やってみよう」

「私も賛成。それじゃあ、誰が引きつけ役やる?」

 譲葉は3人に尋ねる。

「私が、やる。いざとなったら、風で逃げられる、から」

 一番に名乗りを上げたのは、アレクシアであった。

「分かった。気をつけろよ?」

「もちろん。貴方も、気を付けて」

 カークの気遣う言葉に、アレクシアはどことなく穏やかな声色で返事をした。

「それじゃ、作戦開始だね」

「おう、行くぜ!」


 カーク達とアレクシアは2手に分かれ、まずアレクシアが怪物の左側に接近! 

「……」

 そして無言で左手から突風発射! 怪物の顔に当てる。

「ムゥゥゥゥゥゥ……」

 怪物は唸り声をあげ、アレクシアの方を向く。

「イヤー!」

 アレクシアのシャウトと共に突風の勢いが増し、怪物の顔に暴風が当たり続ける。

「ムゥー! ムゥー!」

 怪物は嫌がるように舌を動かし、風を防ごうとしている。

「よし! 良いぞ。攻撃開始だ!」

 桜散の合図とともに、残り3人が怪物の背後に接近!

「それ!」

 まず譲葉が、怪物の頭上に氷柱召喚! 

 落下した氷柱はベコッっという音と共に、頭部に命中! 

 すると、怪物の足取りがふらふらし始めた。

「ふんっ!」

 その隙を見逃さず、桜散はジェット水流で追撃する! 

「ムゥーッ!!!」

 怪物が呻く。

「うりゃ!」

 そして最後に、カークは巨大な赤サークルを召喚し、怪物に爆炎を浴びせた。

「ムゥー! ムゥー! ムゥー!」

 怪物は火達磨になり、両手で頭を抱えてその場で蠢き始めた。

「いいぞ! 効いてる」

 桜散は作戦の成功を確信した。

「ちょっとかわいそうな気もするけど、まあ仕方ないよね!」

 譲葉は怪物へ、氷柱の追加攻撃!

 大部屋には吹雪の音と水流の音、そしてパチパチと燃える炎の音が響く……。

 このとき、誰もが作戦の成功を確信していた。そう、疑わなかった。……だが。

「ムォォォォォォォ!」

 怪物が突如咆哮し、周囲に衝撃波が発生!

 同時に、怪物の身体を覆っていた炎が掻き消えた。

「うわっ!」

「きゃっ!」

「ぐわっ!」

「……くっ!」

 怪物の予期せぬ攻撃に、転倒する4人。

「ムォォォ! ムォォォ!」

 怪物は更に咆哮! 同時に、目の色が黄色から赤に、体色が、白色から赤色へと変わっていく。

「これは……いったん離れるんだ!」

 豹変する怪物の様子を見て、桜散は起き上がりながら距離を取るべく後退する。

「Darn! ちぃっ!」

 桜散の声を聞きながらカークが立ち上がった、ちょうどそのときであった。

「ムン!」

 怪物が、それまで見せなかったような俊敏な動きで方向転換! そして。

「えっ……?」

 カークの隣にいた譲葉を、怪物は舌で横殴り! 彼女の左腹部に先端の棘が何本も突き刺さった! 

「ぐぁっ……」

 怪物の舌は彼女を突き刺したまま、カークの頭上をかすめるように通過し、彼の頭皮を棘が掠める。

「ゆーずOuch……!」

 カークは激痛に悶絶し、両手を抱えてその場に転がる。

 そして遠心力で吹き飛ばされた譲葉はというと、そのまま壁面に衝突し、床に落ちる。

 彼女がぶつかった壁には赤いシミができていた。

「ぐ……ゆーずぅ……」

 頭を抱えながら譲葉の方を見るカーク。彼の両手には血がべっとりと付着している。

「譲葉ちゃん! カーク!」

 桜散は、譲葉の下に急いで駆け寄ろうとするも――。

「ムォォォォォ!」

 直後に怪物が咆哮し、周囲に爆音が響いた。

「ぐっ!」

「くぅ!」

 カークと桜散は両耳を手で塞ぐ。

 周囲には音が響き、同時に目玉に翼が生えたような敵が、2体出現した。

「あれは、怪物の眷属!」

 耳塞ぎから回復したカークは呟く。

 刹那、一つ目の眷属がカーク達目がけ飛来! 目玉の下には、鋭い鉤爪が見える。

「うわぁ!」

「きゃっ!」

 カークと桜散はそのまま眷属に掴み掛られ、空中へ連れ去られてしまう。

「Darn! 離せ、この! 離しやがれ!」

 カークは自由に動かせる左腕で、自分を捕えた眷属に殴りかかる。

 しかしまったく離そうとする気配が無い。

「待つんだカーク! 今離されたら、地面に真っ逆さまだ!」

 2人は今、地上から5mの高さに持ち上げられている。

 今不完全な姿勢で落とされれば、例え魔術があったとしても受け身は不可能。

 そのまま顔面から地面に叩きつけられ、一巻の終わりである。

「でも! ゆーずぅが! あっ、そうだ! おーい! アレクシアー……っ!?」

 カークは地上のアレクシアに、譲葉を助けてもらうべく叫ぶも――。

「アレ、クシア?」

 カークの目の前に、無情な光景が映る。

「……」

 怪物の背後、譲葉の反対側の壁の下に、アレクシアは倒れていた。

 カーク達は気づかなかったが、怪物が舌による薙ぎ払いを繰り出したとき、彼女も巻き込まれていたのである。 

 もっとも、アレクシアは咄嗟の判断で棘を回避してはいた。

 だが受け身には失敗し、壁に背中を強打してしまったのである。

「……」

 一見傷は譲葉より軽いようだが、彼女はうつ伏せで倒れたまま、動かない。

 そうこうして居る内に、譲葉の倒れている床には、赤いシミが広がり始めた。

「ゆーずぅ!!!」

 カークは錯乱する! 

 しかも悪いことに、怪物は譲葉の方へと歩き出す。

「譲葉ちゃん……ちぃっ!」

 身動きが取れず、黙って見ているしかない状態に、桜散は歯ぎしりした。

「Darn! ちくしょう、ちくしょう!」

 カークは届かないことなど分かりつつも、それでも手を伸ばさずにはいられなかった。

 そして怪物は桜散のそばに到達し……。

 舌による無情な一撃が、少女にとどめを刺そうとした、そのときだった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 ドーン! と、何かがぶつかる音が響く。

 突然の側面からの殴打に、怪物の身体は横にぶれ、舌による一撃が逸れる。

 そして怪物のそばには巨大な石柱……古代ギリシアの神殿の柱のようなものがごとりと転がった。

「ムゥゥゥゥゥ……」

 攻撃を受けた方へ、怪物は振り向く。

「なっ! あれは!」

「総一郎!」

 空中の2人は叫ぶ。


 怪物が向いた方には、両手で木製の椅子を抱えた総一郎の姿があった。


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