第35話②『そして、役者は揃った……かに見えたが②』
第35話②『そして、役者は揃った……かに見えたが②』
38日目
――――――――――――朝。
「Uuu……Aaa……」
ここは、譲葉の家。
電話を受けた翌日、桜散はまだ風邪が治まっていないカークと共にやってきたのだ。
そして今、カークは椅子に座っていた。そばには譲葉が立っており、そこから少し離れた位置に桜散、アレクシアもいた。
「はぁーっ」
譲葉が両手を掲げ、力を込めている。白いオーラが生じ、カークの身体を包みこんだ。
「Ah……きくぅ……」
光を流し込まれたカークは、どことなく穏やかな表情だ。
ほどなくして、カークから光が消え、譲葉は手を離した。
「どう?」
カークに対し、問いかける譲葉。
「あ、ああ……身体の方は、もう大丈夫だ」
先ほどまでまだ気分が悪そうだったカークであったが、譲葉に治癒魔術をかけられ、すっかり元気になったようだ。
「よかった~! これって風邪とかにも効くんだね。ふむふむ……」
自分の力が役に立ったこともあってか、譲葉はご満悦だった。
「なるほどな、興味深いな」
「……」
そしてそんな様子を、桜散は感心そうに見つめ、アレクシアは無言で見つめていた。
そしてしばらくしたのち、桜散は本題に入った。
「総一郎は、異空間に飲み込まれたかもしれない」
桜散は、自分の予測を全員に説明した。
「あいつは異空間の場所を載せた画像を俺に提供してきたんだ。実際にその場所に行って……ってのは十分考えられるな。もし……」
「数日間、あの中で、飲まず食わずなら、間違いなく、死ぬ、わね」
カークの懸念をアレクシアが代弁する。
「でも、異空間内では、魔力を持った存在以外は静止するんでしょ? 総一郎君は魔術使えないみたいだし、魔術の素養が無ければ、大丈夫じゃない?」
総一郎は魔術を使えない。
行方不明者達は異空間内で例外なく静止しており、総一郎も同様になると思われたが――。
「それは、そうとも、言い切れない、わね」
「どういうこと?」
「最初、使えなかった、でしょ? 譲葉も、カークも、桜散も。素養が、あっても、使い方が、分からなければ、使いようが、無い。使えないことと、素養がないこと、イコール、じゃない」
譲葉が抱いた素朴な疑問は、アレクシアにやんわりと否定された。
「確かにその通りだな。万に一つの可能性はあり得る。……放置はリスクが大きい」
アレクシアの言葉を補うように、桜散は懸念を口にする。
「そっか。いずれにせよ、早く助け出すに越したことは無いってことだね」
「だな。……なぁアレクシア、確認してぇんだけど、何処か覚えがある場所ってねぇか?」
カークはアレクシアに、異空間の所在について尋ねた。
「そうね……」
アレクシアはそこで一度黙り、再度言葉を紡ぎ出した。
「市の、中央図書館。あそこ、最近不穏な、気配がする。行ってみて、いいかも、ね」
「Wow……まじか! ちょうど俺も、皆にそのことを話そうと思ってた!」
「どういうこと?」
アレクシアの言葉を聞いて納得したかのような反応を示したカークに対し、譲葉は疑問を投げかけた。
「さっき言ったろ? あいつから貰った、異空間の入口が載った画像。ほら、これ……」
カークは家で印刷してきた画像を全員に見せる。
総一郎の提供してきた画像に映っていた異空間の入口。それはどこかの建物の外壁に発生しているようだった。
「あっ……。確かにこれ、中央図書館っぽいね」
カークが用意した画像を見て、譲葉は気付いたようだった。
「この臙脂色で角ばった外見の建物。間違いなくあの場所だと思うんだが……どうかな?」
カークが話そうと考えていたことと、アレクシアの見解は一致していた。
「悪く、ない、と思う」
「なるほどな。とりあえず行ってみよう」
桜散は椅子から立ち上がった。
「そうだな! さっちゃ。まず行ってみて、それで外れなら、次の作戦を考えよう」
「おっけー。それじゃ行こっか」
こうして、総一郎救出作戦が発動された。
カーク達はその後、地下鉄を使って中央図書館へと向かった。
井尾釜市の中央図書館は、正六角柱が複数組み合わさったような独特な外観の建造物だ。地上5階、地下3階からなるフロアの内、一般客が利用可能なのは地下1階、1階、3~5階の5フロアだ。
「写真は多分、この位置なんだが……」
カークは建物の外壁の一部を眺め、手元の写真と見比べる。
「入口らしきものは見当たらないな。」
まず4人が向かったのは、写真と一致するであろう外壁がある場所だった。
だが、異空間の穴らしき黒い丸は、どこにも見当たらなかった。
「なあ、アレクシア。不穏な気配ってのは、どこで感じたんだ?」
そこでカークはアレクシアに、不穏な気配を感じた場所について尋ねた。
すると、彼女は、上の方を指差した。
「建物の、上の方。……今も、気配がある。これは、もしかすると」
カーク達は外壁の上部を見回すも、やはり外には穴は無い。
「外には無いから……中?」
「カークの写真を踏まえて考えると、入口が建物の中に移動した……ってことか? まぁ現状手がかりが無いし、とりあえず上の階に行ってみよう」
「OK」
カーク達は図書館の中に入ると、そのままエレベータのボタンを押す。
そしてやって来たエレベータに乗り込み、5階へと向かった。
「それで、アレクシア。どうだ? 不穏な気配は」
今度は桜散が、アレクシアに尋ねた。
「待って。……こっち」
アレクシアは階段の入口に向かう。
3人も後を追った。
「……あった。あれ、ね」
階段に向かったアレクシアは、上の方、突き当たりを指差した。
「これは!」
「……当たりだな」
「うん、そうだね!」
3人はアレクシアの指差す方向を見て、納得した。
三角形型の螺旋階段の上の方。立ち入り禁止の柵の先に、黒い靄のようなものが現れている。
そしてそれは、カークの写真に写っているそれと極めてよく似ていた。おそらくこれが異空間の入口なのだろう。
「それじゃ、早速乗り込むとするか! Let's move it!」
「ああ!」
「うん!」
「……そうね」
4人は異空間へ飛び込む。
全員飛び込んだ後、異空間の入口は姿を消し、静寂だけが残った。
36日目
――――――――――――深夜。
カーク達が異空間に突入する2日前の夜、総一郎は自宅に居た。
このとき、一体彼は何をしていたのだろうか?
「魔術、か……」
夕食後、自室にあるバルコニーで、総一郎は1人、物思いにふけっていた。
(俺も、彼らの仲間に入りたいなぁ……)
魔術を扱うカーク達は、総一郎にとって羨望の対象であった。彼もカーク同様、心の何処かで非日常を求めていたのである。
(まあ、でも俺は使えないからな。だからこそ、彼らに情報提供、という形で力を貸しているわけで。……深く考えても、仕方ないか)
総一郎はバルコニーから自室に戻った。
『○○は私のこと、どう思ってる?』
総一郎が次に取った行動は、ギャルゲーをプレイすることであった。
彼はギャルゲーの中でも、特に幼馴染物が好みであり、こぞって買い集めていた。
「……はぁ」
だが、しばらくプレイした後、彼はため息をつく。
そしてゲームの電源を切り、気晴らしに散歩へ向かうのだった。
春と夏の境目、今の季節の夜風はちょうど良い塩梅で、清々しい物であった。
(……)
総一郎の住む場所は井尾釜市の郊外、いわゆるニュータウンと呼ばれる地域だ。周囲は家と緑が入り混じり、坂の多い地形になっている。
そして夜になると、住宅街の明かりと闇夜の森のコントラストが映える。
光と闇の境界、この神秘的な風景の中を一人歩くことが、総一郎の楽しみの1つだった。
「さて、そろそろ家に戻るか」
大通りをある程度歩いたところで、総一郎は家に引き返そうとした、
「あら? もしかして、総一郎?」
だが突如、後ろから声を掛けられる。
振り返ると、そこには見覚えのある金髪サイドテールの少女が佇んでいた。
「おや、もしかして、アレクシアさん?」
総一郎の問いに、アレクシアは黙って頷いた。
「おお、そうですか。こんばんは、アレクシアさん」
「こんばんは、総一郎」
2人は互いに挨拶を交わした。
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね。アレクシアさんは、何のためにこちらに?」
総一郎はアレクシアに、ここにいる理由を尋ねた。
「総一郎は?」
アレクシアは総一郎に、なぜここにいるかを尋ねる。
質問に対し、同じ質問で返される。
「僕は……まあ、散歩ですよ。気晴らしに。お気に入りなんですよ、この風景が」
総一郎は軽く目を見開き、周囲を見回す。
ここは周囲に比べて照明が少なく暗い。
だが彼の『目』をもってすれば、夜闇は散歩の障害にはならない。
「なるほど、ね。……私も、同じ感じ、かしら? ここは、心が、落ち着く」
アレクシアは軽く目を閉じる。
「そうでしたか。ふふ、奇遇ですね。こうやって、こんな時に出会うなんて」
総一郎は、この奇妙な出会いを嬉しく感じた。
その後、総一郎とアレクシアは別れ、そしてそれぞれ家路につく。
「それじゃあ、また明日、大学で」
「ええ、また明日、会いましょう」
別れの挨拶を交わした後、総一郎はアレクシアが去っていくのを見送る。
(こんなところで、アレクシアさんと出会うなんてな。こいつは僥倖だ、僥倖)
総一郎はほっこりした気分になりながら踵を返そうとした。
だがそのとき、アレクシアの背後の地面が、小さく光ったのが見えた。
「ん?」
普段の彼なら、小石か何かだと考え、気にも留めなかっただろう。
しかし、このときの彼はふと、その光に向かって走り出した。
「これは……」
そして見つけた光の正体。それは銀色の腕輪であった。
腕輪の幅は5cmほどと、かなり太いサイズだ。
「腕、輪? 落し物かな? あ、あの……」
総一郎はアレクシアに呼びかけるも、彼女は既に目の前から見えなくなっていた。
(もう居ない……)
総一郎は腕輪を拾い上げた。腕輪には奇妙な溝がいくつも入っている。
そしてオレンジ色の丸い石が一か所、存在感を示すようにはめこまれていた。
「綺麗だなぁ」
総一郎は、周囲を見回す。
(落し物、といっても、アレクシアさんのとは限らないからな。一旦、交番に届けて、それから後日彼女に聞いてみるか……)
再度腕輪を見る。腕輪は雑に捨て置かれたのか、あちこちに傷がついていた。
更に持ってみて初めて分かったが、非常に軽い。銀色だが、銀製ではないだろう。せいぜいアルミニウムだ。
(おもちゃの腕輪みたいだなぁ……)
普段なら、このようなおもちゃのような腕輪、気にも留めないに違いない。
しかし落とし物疑惑があることもあり、どうしてもこの腕輪を放っておけなかったのである。
(付けてみたいな……)
更にふと、こんな感情が脳裏に浮かんだため、総一郎はおもむろに右手に腕輪をはめた。
(っ!?)
するとその瞬間、腕輪にはまったオレンジ色の石が、街灯に照らされきらりと光った。
腕輪に入った溝と無数に入った傷も街灯の光を反射し、腕輪全体がギラギラと輝いているかのようだ。
(綺麗だな……)
地面に落ちていたときは地味に見えていた腕輪が、装着した瞬間キラキラと輝きを放つ。
総一郎は腕輪を外すのも忘れ、軽快にステップを踏みながら交番に向かって夜道を歩き出そうとする。
だがちょうど、そのときだった。
突如ゴォン、という音とともに、総一郎の目前には黒い穴が出現!
「なっ!?」
動揺する総一郎、しかし、ステップしていたため体が宙に浮いたまま、穴に向かって前進!
そして、彼はそのまま穴にポンと飛び込み、姿が見えなくなった。
彼を呑み込んだ穴も、やがて輪郭からぼやけていき、そして消えた。
後には生温い夜風が吹く、閑静な街並みが残るのみ……。
37日目
――――――――――――異空間(屋敷)。
「うう……」
総一郎が目を覚ますと、そこは何らかの建物の中であった。
「何だ、ここは一体?」
彼は周囲を見回す。倒れていたのはどうやら廊下のようだ。壁に窓らしきものは、一つも無い。
(俺は確か、夜道を歩いていたところを黒い穴に飲まれて、それで……)
総一郎は自分の身に起きた出来事を思い出していく。
(異空間、なのか? ここは)
総一郎は立ち上がる。身体に異変は、無い。問題なく歩けそうだ。
(だとすると、俺は静止してもおかしくはないはずなんだがな……)
カークから、事前に異空間についてある程度の話は聞いている。
それによれば、魔術の素養がない人間は、異空間に入ると静止してしまうらしい。
しかし、総一郎は静止することなくこの場所にいる。
(参ったな。カーク君達も居ない中、こんなことになるとは)
彼は魔術を使えず、しかも丸腰だ。これで異空間に居る怪物とやらに遭遇でもしたら……。
更にそれ以前に、食べ物も飲み水も無いこの場所でじっとしていては、その内餓死してしまうだろう。
(喉乾いてきたなぁ。水、無いかなぁ)
総一郎は、何か役に立つものが無いか周囲を探索することにした。
総一郎は、通路を奥へ奥へと進んでいった。
すると突き当たりにドアがあり、それを開けると3階層からなる巨大なホールに出る。位置関係から推測するに、総一郎が出てきた扉は、3階に1つだけある扉だったようだ。
彼の目の前には、2階、1階に下りるための階段が左右に1つずつ伸びていた。
(これは大広間、か? 屋敷の中なのか? ここは)
総一郎は、自分の家の玄関ホールを思い出した。しかし彼の家に比べると、目前に広がるホールは桁違いのデカさだ。おそらく譲葉の屋敷のそれよりも大きいだろう。
彼は階段で1階と思われるフロアに下り、ホール正面にある玄関扉の前に辿り着いた。
そしてドアノブを、回す!
しかし、回らない!
鍵がかかっているかのようであるが、サムターンらしきものがどこにも見当たらない。
「くっ、開かない! 別の場所を探すしかないか……」
総一郎は後ろを振り返り、彼から見て右側の扉へ入った。
「これは……」
総一郎が入ったのは、細長い部屋だった。
部屋の中央には、白いクロスがかかった細長いテーブルが置かれ、その上には白い皿とナイフ、そしてフォークが綺麗に並べられていた。
部屋の奥の方には閉まった扉が1つあった。
(食堂……? 厨房に行けば、何か食べ物があるのでは?)
周囲を見回してみると、細い部屋の脇に厨房へ繋がっているであろう通路があった。
(よし!)
総一郎は通路に足を踏み入れる。
すると彼が予想していた通り、その奥には厨房があった。
(食べ物、食べ物……)
彼はそこにあった棚や冷蔵庫を、次々開ける。
しかし、厨房には何もなかった。
蛇口もあったが、水は出てこなかった。
(ですよね……。こんなんだろうと思った)
ここは異空間。都合よく食糧があるとは限らない。総一郎も、厨房に着いたとき薄々予感していた。しかしいざ現実を見せつけられると、ひどく落胆させられた。
(どうしよ……)
総一郎がトボトボと厨房を後にし、食堂へ戻ろうとしたそのときだった。
ギィ……。
扉の向こうから、何やら物音が聞こえた。
「何だ、敵襲か!?」
総一郎は恐る恐る食堂へと戻る。
すると、先ほどまで閉まっていた奥の扉が開いていた!
(何だよおい……やべぇよやべぇよ!)
ホラー映画のワンシーンさながらの恐怖体験に、彼は混乱した。
(とりあえず、食糧探し、続行しなきゃ)
総一郎は恐怖心を理性で何とか振り払い、食堂にあった椅子を1つ抱えた。椅子は木製で頼りないが、無いよりマシだ。
彼は椅子を抱えたまま、先ほど新たに開いた扉の中へと向かった。
扉の先は廊下であった。
総一郎は椅子を前に構えつつ、注意深く進んでいった。
するとやがて、再び突き当たりにドアを見つける。
早速ドアノブを回そうとするも、回らない。
(ん? 鍵がかかってるのか?)
ホールの大扉とは異なり、この扉には鍵穴があったため、鍵がかかっていると考えられた。
とはいえ総一郎は鍵を持っていない。諦めて引き返そうと左を向くと、そこにも扉があった。
こちらのドアノブは、回った。
(お、こっちは入れるな……)
総一郎は注意深くドアノブを回し、音を立てないよう、ドアを開いた。
中に入り扉を閉めると、そこは小さな小部屋だった。
しかし、そんなことが問題にならないようなものが、総一郎の目の前に現れた。
「ウワァァァァ!」
彼は恐怖で思わず悲鳴を上げた。
部屋の中には、人の形をした物体が立っていた。
人型のそれは、部屋の隅に鎮座している。
色、形は間違いなく人間、それも青年だ。顔と思しき部分には、恐怖の感情が刻み込まれている。
恐怖心を堪え、悍ましいオブジェに恐る恐る近づいてみると、それは石像のごとく全く動く気配がなかった。
(あ、いや、これ、もしかして……)
ここでふと、総一郎はカークからの情報を思い出した。
(カーク君の言っていた行方不明者、か? あれか、魔術の素養がない人間は動かなくなるってのはこうなるのか……あーびっくりした)
幽霊の正体見たり、枯れ尾花。
カークからの事前情報によって目の前のそれが何かを理解したことで、総一郎の恐怖心は程なくして落ち着いていった。
そして平静さを取り戻した後、周りを見回す。すると……。
(あ、あれは!)
1個のリュックサックが、目に留まる。
中を開けると、そこには食料と飲み物が入っているではないか。
「うお! 食料発見! どれどれ……」
総一郎はリュックサックからペットボトルを1つ取り出し、開けた。中身はミネラルウォーターのようだ。口に運ぶと喉の渇きが癒される。
(本物だ! 本物の水だ! やったぞ)
彼が次に取り出したのは、乾パンの缶詰だ。開けてみると、中には乾パンと氷砂糖が。一口齧ると避難訓練の味がした。
(よっしゃ、乾パンも食える!)
リュックサックの中には他にも、お茶や缶詰などがぎっしり入っていた。おおよそ3日分の食料といったところか。
(ふんふん……これなら、あと3日は戦えるな)
総一郎は乾パンとペットボトルをしまい、リュックを背中に背負う。
そして椅子を再度抱え、小部屋を後にした。
その後総一郎はホールに戻り、反対側の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
(1階で行ける所はこれで全部か。……2階を探してみるか)
階段で2階へ上がる。
2階には扉が2つあった。その内、正面玄関から見て右側の扉に手を掛ける。
(ドアノブは、動かせるな。先へ進んでみるか)
そしてドアノブを回し、中へと進んだ。
ドアを開けると、そこは廊下だった。
(また廊下か。どっかは入れる場所を探してみよう)
総一郎は一度、廊下の一番奥まで進み、そして引き返した。
廊下は途中で何度か直角に曲がっており、途中に扉が3つあった。その内2つは鍵がかかっており、一番奥、突き当たりにある扉のみ開けることが出来そうだった。
総一郎は恐る恐る、扉を開け、中へと入った。
部屋に入ると、奥の方からガサガサと、何かを物色しているような物音が聞こえた。
(げげっ!? 何かいるのか?)
総一郎は息を飲み、前方に椅子を構えた。
そして目を凝らし、周囲を見回す。部屋の大きさは、20畳ほど。電気は消えており、真っ暗だ。
(真っ暗、か。だが……)
視界は暗黒で、普通の人であればしばらく経たないと周囲を確認することすらおぼつかないだろう。
だが総一郎の視界は、まるで暗視スコープをかけたかのように闇の中を鮮明に捉えている。
これこそまさに、彼の特技。
漆黒の闇の中でも常人と異なり鮮明に視界を得ることができる『目』。
後の時代に『暗視の眼』と呼ばれたものだ。
物心ついたときから彼が持ち得ていたそれは、間違いなく異能の類に入る力と呼んで差し支えないものなのであるが、総一郎にとってはそれが当たり前であり、人とは異なるそれを特別な物とは認識していない様であった。
(どれどれ……)
そして、そんな不思議な力をもって部屋の奥を確認してみると、何かが宙を浮いているのが見えた。
しかし部屋全体に黒いもやのようなものが漂っており、彼の『目』をしても詳細は確認できなかった。
(何だ、この黒い靄は。何かあるみたいだが、はっきりと見えねえ)
総一郎は壁伝いに手を回す。
すると照明のスイッチらしきものがあった。
彼は意を決し、スイッチを押した。
カチッとスイッチを押すと同時に、天井の照明が点く。
すると部屋に漂っていた黒いもやが消え、視界があっという間に晴れていき――物音が止まる。
総一郎はすぐに、奥を確認した。
そこにはコウモリのような翼が生えた、青紫色の球体が浮かんでいた。球体の中央には、一つの目。球体の下からは尻尾のようなものが生えている。
特筆すべきはその大きさ。球体の大きさは直径2mほどで。翼は翼幅4mほど。それほど巨大な何かが、総一郎の目の前で羽ばたきしていた。
そして、球体の目が総一郎の方を向く。
「っ……」
総一郎は恐怖を覚えた次の瞬間!
目の前の球体は突然、総一郎目がけ襲いかかる。
球体の下部から、鋭いかぎづめのようなものが生える。
「ウワァーッ!」
総一郎は仰天し、慌てて部屋を飛び出し、ドアを閉める。そして、廊下を駆け抜けた。
ドアを激しく叩く音が廊下に響く。
総一郎はホール手前のドアで一息つく。
(はぁ、はぁ……。あれがカーク君が言ってた例の化け物か?)
だが、突如行き止まりのドアが吹き飛び、空飛ぶ化物が姿を現す。
「げっ!」
総一郎はすぐさまホールへ続くドアを開け、ホールへと逃げ込んだ。
化物は廊下を高速で飛翔し、追いかけてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ホールの吹き抜け、階段がある場所までたどり着いた総一郎。だが息抜く暇は無い。
バサバサという音と共に化物はホールに到達し、その一つ目を光らせ……。
「っ!?」
突如、あたりに甲高い高音を響かせる。それを聞いた総一郎は思わず両耳を塞いだ。
そして音が響いて十数秒後。総一郎が逃げ出てきたドアの反対側にあるドアが突如轟音と共に爆発し、中から先程のものと同じ一つ目の化物が姿を現した。
「げげっ! 増えた!」
総一郎は2体の一つ目の怪物を前に肝を冷やした。椅子を握る腕に力がこもる。
……このときの総一郎に知る由は無いが、2体のこれらは、この異空間を形成している仮面の怪物の眷属である。
2体いる一つ目の眷属の内、片方がよく響く低い羽音を放ちながら飛翔し、総一郎目がけ飛びかかる!
「うわっ!」
総一郎は両手で椅子を振り回すも、怪物は鉤爪で椅子を破壊!
木が砕ける音と共に、破片が総一郎に降りかかった。
「アタタ! っくしょう!」
丸腰になってしまった総一郎は慌てて階段へと走る。
だが! その瞬間眷属の鉤爪が総一郎の右肩に突き刺さった!
「グワーッ!」
痛みで総一郎転倒! 階段のすぐ手前で倒れる。
何とか受け身を取り、立ち上がる総一郎だが、彼の右肩からは血が流れ、痛みが走る。足取りもおぼつかない。
「ちくしょう……!」
総一郎はそのまま階段を降りようとするが、もう1体の怪物が、総一郎に体当たりした。
「うわっ!」
総一郎は咄嗟に受け身を取ったが、そのまま階段に転倒、1階まで転げ落ちた。
「うう……」
肩を負傷し、おまけに階段を転げ落ちる最中、体のあちこちをぶつけてしまった。
頭部を守る受け身と背中のリュックサックが無ければ、彼の命は無かっただろう。
「ちくしょぅ……」
何とか立ち上がるも、最早彼はボロボロ。
だがそんなことなどお構いなしだと言わんばかりに、目玉の眷属は無慈悲に襲い掛かる。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょーーーーーー!」
総一郎は左手で右肩を抑えながら、右手を怪物に向けた。
すると、彼の右手に装着されていた腕輪の、そこにはまったオレンジの石が、まばゆい、されど不穏な輝きを放つ。
そして次の瞬間! 何かが総一郎の右手、その少し前方から飛び出した!
飛び出した何かは、空を切る音と共にそのまま1体の眷属目がけて飛んで行き……その目玉に突き刺さった!
「キィャャャャャャャャー!」
目玉の眷属は悲鳴を上げる。
そしてその目からは、黒い何かが勢いよく噴き出し、爆音とともに爆発四散! 跡形もなく消滅した。
吹き出した黒い何かも同時に消えた。
「何……だ?」
突如起きた不可解な現象に動揺する総一郎。
だがもう1体の眷属が自分目がけて迫るのを見たことで、戸惑いの気持ちは吹き飛んだ。
「アァーッ!」
右腕に力を込める。
痛みが、彼の心の中に苦痛と憎悪の気持ちを呼び起こさせた。
すると彼の右腕から再度何かが射出され、迫りくる一つ目の悪魔に命中した。今度は目ではなく翼だ。怪物の動きが鈍る。
「この! この! この!」
総一郎は右腕に何度も力を込める。
空を切る音と共に三度射出される何か! 総一郎は、飛翔するものに目を凝らす。
すると、それが石の破片であることが分かった。
破片は軽快な音と共に眷属に当たり、3発目は目玉に突き刺さった。
「キィャャャャャャャャー!」
鈍い音と断末魔が響いた直後、怪物は爆発四散した。後には何も残らなかった。
「はぁ、はぁ……」
眷属2体を倒すと、総一郎はホールの床に座り込んだ。背中のリュックが音を鳴らす。
「何、なんだ?」
総一郎は右腕を前に向け、力を込めた。
すると、右手から石の破片が飛び、壁に突き刺さった。
(これはもしや、カーク君が言っていた魔術……なのか?)
彼は、自分が魔術を使えるようになったのではないかと考えた。
「うっ……」
しかし、突如右肩に激痛が走り、総一郎は横に倒れた。
見ると、服に3つの穴が空き、そこから血がにじみ出ている。先ほど鉤爪でやられたのだろう。
「ううー、あぁー……」
呻き声を上げる総一郎は、左手で右肩を強く押え込んだ。
すると腕輪が再度光り輝き、左手から白い光が放出された。
「うぅ……うん?」
直後、彼は右肩の痛みが無くなっていることに気付いた。
慌てて服の袖を捲ると、そこにあったと思しき傷が無くなっていた。
「傷が、治ってる? これは確か、譲葉さんが使えるという……」
カークの言葉を思い出す。曰く、譲葉は人の傷を癒す魔術の光が使えるのだという。
「やっぱり魔術なのか? マジで、魔術なのか!?」
肩の痛みが無くなったことで、総一郎の心は一気に晴れ上がった。
「よっしゃっ!」
思わず歓喜の声を上げる総一郎。そして、立ち上がると、意気揚々と歩き出す。
異空間からの脱出手段は今だ見つかっていない。しかし魔術を使えるようになった今の自分なら、案外何とかなりそうな気がした。水や食料が無事だったことも、彼の心に更なる希望をもたらした。
こうして総一郎は、建物の探索を再開した。
彼が次に向かったのは、先ほど目玉の眷属が出現して新たに開けた、正面から見て左側の通路であった。進んでいくと、先ほどと同じ一つ目の眷属が2匹いた。
2匹は翼を動かしてバサバサと羽音を立てながら廊下を徘徊している。
「またあいつらか。だが……」
総一郎は眷属達に見つからないように廊下を移動し、物陰に隠れる。
そしてそこから、右手を眷属に向けてかざし、力を込める。
直後、かざした右手から石片が射出され、片方の眷属に命中! これを撃墜した。
撃ち落とされた眷属はそのままもがき苦しみ、直後爆発四散した。
すると異変を察知したのか、もう1体の眷属は周囲をきょろきょろと見回し始めた。
総一郎はこの機を逃すことなく、間髪入れずに石片発射!
そして命中! 撃墜! 爆発四散!
こうして2体の眷属を、総一郎は気付かれることなく葬り去った。
「っし!」
その後も道中で何度か眷属と遭遇したものの、石片を遠くから飛ばす戦法で次々と撃破していった。
何回か倒しているうちに、彼も勝手が分かってくるようになっていく。
5度目の戦闘では遭遇早々に石片で牽制しつつ物陰に移動し、そして3体いた眷属を石片飛ばしで1体ずつ各個撃破することにも成功していた。
そうして2階のフロアを奥へ奥へと進んでいった総一郎であるが、突如眠気に襲われた。
「ふわぁ……」
思えばどれだけの時間、探索しただろうか?
異空間内は時間感覚が分かりにくいが、総一郎は既に6時間近く屋敷内を歩き回っていたのである。
鍵がかかった部屋ばかりだった1階とは異なり、2階は異常なほど探索できる範囲が広かったことも、彼があちこち歩き回った一因となった。
(どっか安全に休める場所、無いかなぁ?)
総一郎はそう考え、1度ホールへと戻った。
ホールは広く、寝転んで休むには最適そうであったが、先程のようにドアを破壊して眷属がやって来る可能性が否定できなかった。
2階のフロアについては一通り探索し、安全そうな部屋もあったものの、廊下に眷属が徘徊していた。
しかも倒した眷属は部屋を出ると時間経過で復活するらしく、廊下を通行する度に眷属と戦う羽目になった。酷いときは部屋を調べている途中で眷属が再出現し、ドアを破壊して入ってきたこともあった。そのため総一郎は、2階で休むことを断念した。
残るは1階と3階であるが、彼が最初入ってきた3階のドアは、1階と2階を探索している間に何故か鍵がかかり、開けられなくなっていた。
よって総一郎は、1階で休むことにした。
1階で動ける範囲は食堂、厨房、廊下、そして食料と行方不明者を見つけた小部屋の4つだ。
総一郎はこの内、ホールから最も遠い小部屋を休息の場とすることに決めた。
(ここで休むしかないか……うーん、見られてるような気がして、気が乗らないな……)
おぞましい形相のまま固まった人間のそばで寝るのは気が引けるが、この部屋は鍵を掛けられる構造で、しかも明かりまであるため、彼は妥協することにした。
(ふう……)
小部屋に入って鍵をかけた総一郎は、一息つく。そして床に横になり、目を閉じたのだった。




